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COLUMN

脅かされる性の自由(1)写真をめぐる冒険

今年2月、フォトグラファーのレスリー・キーさんが写真展会場で私費出版のメールヌード写真集を販売したところ、わいせつ図画頒布容疑で逮捕されるという事件が起こりました。5年前に最高裁判決でフルヌードもOKになったはずなのに…。僕らはこのことをどう考えたらよいのでしょうか?

脅かされる性の自由(1)写真をめぐる冒険

(ロバート・メイプルソープ写真集: MAPPLETHORP)

 

今年2月、フォトグラファーのレスリー・キーさんが写真展会場で私費出版のメールヌード写真集を販売したところ、わいせつ図画頒布容疑で逮捕されるという事件が起こりました(遺憾なことに、3月に略式起訴されました)。これは、僕らにとって、決して他人事ではない、身近でリアルな問題です。エスカレートする検閲や摘発に対し、何かできることはあるのか? そもそもこの問題をどう考えたらいいのか? 今回は、そうしたことについて書いてみたいと思います。(後藤純一)

メイプルソープ裁判の意義


Mapplethorpe」アップリンク
(現在品切れ中のようです)
 レスリー・キーさんの写真集の件について書く前に、歴史上非常に重要な最高裁判決のことをご紹介します。

 2008年2月19日、世界的に有名な写真家であるロバート・メイプルソープの写真集が輸入禁止のわいせつ書籍にあたるかどうかという判断を求める裁判において、最高裁でUPLINK※1の社長・浅井隆さんが勝訴しました。
 ロバート・メイプルソープは、パティ・スミスやリサ・ライオン(女性のボディビルダー)、ポートレイト、男性のヌード、SMテイストな写真、花などの作品が有名で、ほとんどがモノクロの、光の芸術と呼びたくなるような美しい作品を残しています。ブルース・ウェーバーやハーブ・リッツらとともに(3人ともゲイですね)時代の寵児として活躍しましたが、86年にHIV感染がわかり、89年に亡くなりました。
 問題になったのは写真集『MAPPLETHORPE』で、384ページのうち19ページに男性器が無修正で写っているそうです。1999年、浅井さんは5年間にわたって国内で販売していた『MAPPLETHORPE』の見本品をアメリカに持って行き、帰ってきた際、税関にわいせつ書籍だとして没収され、その後、輸入禁止処分を通知されたのを受けて、裁判を起こしました。
 一審は勝訴したものの、控訴され、二審の東京高裁では処分妥当の判決。浅井さんはめげずに最高裁へ上告し、めでたく逆転勝訴の判決が出ました。裁判の争点となった写真集の中の男性器が写った作品については「芸術的観点から編集されたものでわいせつにはあたらない」とのことでした。
 10年近くもがんばって裁判を続けた浅井さんと、妥当な判決を出してくれた裁判官の方に心から拍手を贈りたいと思います。
 最高裁でこういう判決が出たことは、大きな一歩だと思います。
 アートとポルノの境目なんて誰にも引けないと思いますが、とりあえずは一律NGではなく芸術作品だと認められればOK!ということにはなったのです。
 この画期的な判決を受けて、浅井さんはUPLINKのサイトでこう書いています。「映画祭で上映されるような映画で局部が見えているからというような一律の理由で輸入禁止するということがなくなり、写真集などでも、局部を黒く塗りつぶしたり、ヤスリで削っての輸入、出版がなくなる方向に大きくわいせつの基準が変わったと思います」
 
※1 UPLINKは『ヴォイス・オブ・ヘドウィグ』のほか、デレク・ジャーマンの全作品、『セルロイド・クローゼット』『愛の悪魔』など、ゲイにとって重要なたくさんの映画の配給を手がけ、90年代にはカルチャー誌『DICE/骰子』で大々的にレズビアン&ゲイ映画祭の特集を組むなど、様々なカタチで支援してくれています。最近では、今泉浩一さんの『家族コンプリート』の上映もしてくれました。

レスリー・キーさんの作品


六本木の展覧会で販売されていた
『SUPER MIKI』『SUPER GOH』
 レディー・ガガやユーミン、安室奈美恵、浜崎あゆみなど多くの超一流セレブを撮ってきた世界的な写真家であり、オープンリー・ゲイであり、『バディ』にも作品を提供し、東京プライドパレードや東京国際レズビアン&ゲイ映画祭にも登場してくれたレスリー・キーさん。2013年2月4日、六本木の展覧会「FOREVER YOUNG Uncensored Edition !!!! Male Nude Photo Exhibition by レスリー・キー」の会場で私費出版の写真集を販売したことに対し、レスリーさんとギャラリーのオーナーさんが警視庁に逮捕されるという事件が起こりました(6日夜に釈放されました)。これに対し、ゲイの間でレスリーさんを励まし、応援するメッセージがTwitter上などで飛び交っていたほか、多くの著名人らがレスリーさんを擁護するコメントを寄せました(詳しくはこちら

 3月2日、UPLINKが運営するサイト「Web DICE」に、「レスリー・キー『私は死ぬまで、自分の作品を通して、世界中の人々に愛と希望と勇気を与え続けます!』〜生い立ちからわいせつ図画頒布容疑逮捕までを語った独占ロングインタビュー」という記事が掲載されました。レスリーさんの思いが熱く伝わってくる、そして、この逮捕事件の問題点が鮮やかに浮かび上がるような、素晴らしい記事でしたので、抜粋してご紹介します。
 まずは、レスリーさんがどのようにしてフォトグラファーの道を歩むようになったのかという生い立ち。そして長年の夢が叶ってユーミンの写真を撮らせてもらい、表参道ヒルズで大々的に写真展を開催したこと(6000万も借金したそうです)。2006年、自分で借金してスマトラの津波の被災者のために写真集『SUPER STARS』を作り、表参道ヒルズで写真展を開催(行かれた方も多かったと思います)。それから、震災後、2004年から撮りためていたシンディ・クロフォードやレディー・ガガらのポートフォリオを使って、TIFFANYの協賛でチャリティ写真展「TIFFANY supports LOVE & HOPE by レスリー・キー」を行い(写真集の表紙は浜崎あゆみさんが飾りました)、APA経済産業大臣賞を受賞したこと。「私はお金は本当に興味ない。興味があるのは、ヒューマン、アート、レボリューション、そして次のジェネレーション」
 この展覧会の会場でレスリーさんは六本木のギャラリーのオーナー・吉井仁実さんと知り合い、「hiromiyoshiiギャラリーで、レスリーをキュレーションするから、ぜひやらない?」ということになり、「今までの日本にないテーマを撮りたい」と考えて、以前から(『SUPER STARS』でも)撮っていたメールヌードを選び(日本どころかアジアでもメンズヌードをやる人はほとんどいないそうです)、2011年11月に『FOREVER YOUNG』という初めてのメンズヌードの写真展を開催しました。このときは8冊の写真集を出しましたが、これもフルヌードでした(『SUPER STARS』にもフルヌード写真がありました)
 そして今年、2011年と同様に展覧会がオープンし、ほどなくしてレスリーさんらが逮捕されました。取り調べの際、上記のメイプルソープ写真集の最高裁判決のことや、本屋で普通に無修正の洋書(ファッション誌など)が販売されていることを警察に訴えたものの、信じてもらえなかったそうです。釈放後、車の中でずっとiPadを見ていて、大勢のアーティストやモデル、デザイナーの方たちがメッセージをくれていたのを読んで、号泣したそうです。
 2月21日、写真集を印刷した印刷会社の方たちも逮捕されました。レスリーさんは「彼らは日本のアート業界、ファッション業界のために、カタログ、ポスター、写真集などの印刷をいっぱいやっていて、ここ2年間私のすべて出版した写真集も全部やっている。その中の一部がメンズヌードだというだけでしょう。彼らが一番かわいそう。私はとても悲しい。ずっと泣いていた、心が痛い」と語りました。
 そして、こうも語っていました。「私はメンズヌードの写真を撮って、世の中に愛と平和と希望を与えるけれど、警察にとっては『なぜ男の裸の写真が愛と平和を伝えられるの?』ってバカと思われるだけ。もう話しても理解できないから。ただ変態な奴としか思われないでしょう。2013年だし、日本はすごく進んでいる国だと思えたから、まさかこういうことまで、日本国内ではあまりに馬鹿馬鹿しいことが話題になるっていうことは、本当に理解ができないですね。特にアメリカとヨーロッパのメディアの記事を読んだら、日本はアートに対して理解のレベルがこんなに低いって、私はとてもショックです」
 このインタビューの後、起訴まではいかないのでは…との希望的観測をよそに、東京地検は3月28日、東京簡易裁判所に略式起訴しました。こちらに起訴を受けてのレスリーさんのコメントが掲載されています。本当に遺憾なことです。
 

「わいせつ」とは何か

 憲法で性行動の自由は保障されています(第十三条「すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする」)。また、同性愛を禁じる法律もありません(地球上には同性愛で死刑になる国やそのことを表沙汰にすると逮捕される国もあります…本当に痛ましいことです。僕らは本当に恵まれていると思います)

 一方で、日本には以下のような法律があります。

・刑法175条 わいせつ物頒布等の罪(いわゆるわいせつ物陳列罪)
「わいせつな文書、図画、電磁的記録に係る記録媒体その他の物を頒布し、又は公然と陳列した者は、2年以下の懲役又は250万円以下の罰金若しくは科料に処し、又は懲役及び罰金を併科する。電気通信の送信によりわいせつな電磁的記録その他の記録を頒布した者も、同様とする。有償で頒布する目的で、前項の物を所持し、又は同項の電磁的記録を保管した者も、同項と同様とする。」

 電磁的記録とは、CD-RやDVDなどですね。電気通信とはインターネットのことです。要は、紙だろうとネットだろうと「わいせつ」なものを広めてはいけない、という趣旨です。
 問題は「わいせつ」の定義ですが、これは裁判(昭和32年の有名なチャタレー裁判など)の判例で「いたずらに性欲を興奮又は刺激させ、かつ普通人の正常な性的羞恥心を害し、善良な性的道義観念に反すること」となってい
ます。
 この定義には具体性が全くないため、基準は依然として不明瞭、ますます謎が深まるばかりだと思います。
 結局のところ、何が「わいせつ」にあたるのかは、時代によって少しずつ変わってきました。女性の陰毛で大騒ぎされた時代もありました。が、昨今のさまざまな事例を総合すると、現在では「性器が見えている(全裸)かどうか」が基準になっていると言えます(ここで「性器とはどこまでか」という話も出てきますが、男性の場合、陰茎および陰嚢が性器で、肛門は除外されているようです)

 「性器の露出=わいせつ」というとりあえずの基準によって、世の中にさまざま不可思議な事象が生じています。たとえば、コンビニで(申し訳程度に「成人指定」の区切りがありますが)ほぼ誰でも見れる状態でエロ本が売られ、週刊誌にはグラビアが、スポーツ新聞にはエロ記事が当然のように載っています。これこそ「いたずらに性欲を興奮又は刺激させ、かつ普通人の正常な性的羞恥心を害し、善良な性的道義観念に反すること」以外の何ものでもありませんが、性器が見えていないから「わいせつ」には当たらないとして放置されているのです。一方で、今回のように、アート作品であっても性器が見えていたら摘発(最高裁判決でOKが出ていたにもかかわらず、です)ということも起こる…理不尽極まりないですよね。 

「わいせつ」の名の下に脅かされるもの

 本来、人間の裸というのは男女を問わず美しいもので、だからこそ古代から人々は裸を愛でるために像を作り、絵を描き、写真を撮ってきたのです(美術の教科書にも古代ギリシアの裸像やマネ、ルノワールらの裸婦画が載っているはず)。それを「わいせつ」と呼んで貶める心の方がいやらしい(ダビデ像にパンツを穿かせろと言う人が、その最たるものでしょう)

 日本の社会が江戸時代まではとても性に対して大らかだったというのは、よく知られていることです。明治以降の近代化・軍国主義化とともに(国の都合で)検閲や規制がどんどん厳しくなっていったのです。なので、「善良な性的道義観念」(何を「わいせつ」とするか)を日本人の伝統や精神に帰するのはナンセンスです。これは政治的・社会的問題なのです。
 
 21世紀になった現在、ぶっちゃけ全裸写真なんて海外のサイトでいくらでも見れてしまうわけですから、欧米のように「18歳未満の子どもの目に触れないようにというゾーニング(および児童の保護)はきっちりやりつつ、全裸も解禁にする」というルールにするほうがよほどスマートでしょう(摘発にかける税金の無駄遣いもしなくて済みます)
 しかし、現実はどうでしょうか。時代の流れに逆行しているとしか思えません。
 
 18歳未満と言えば、今、「18歳未満に見える人物が(たとえ脱いでいなくても)性的に描かれている作品(写真/漫画にかかわらず)を持っている人は逮捕してよい」という恐ろしい法案が国会に提出されています(詳しくはこちら)。子どもたちを保護するために始まった児童ポルノ規制は、世界的な流れではあるのですが、日本の場合、本来の児童保護ではなく「善良な社会習俗を守る(変態けしからん)」という観点に置き換わっていること、警察の横暴やえん罪の多発を招く可能性が高いことが問題視され、日弁連も抗議しています(イギリスで2004年に行われた一斉摘発では、IDのなりすましによる誤認逮捕が多発し、生活を破壊された方35名が自殺するという悲劇を招いたそうです)
 
 まさか今後、大人も含む全裸写真の単純所持が規制されるようになったりはしないだろうとは思いますが(そうなったら日本全国のほとんどのPCがアウトでしょう…そしてスマホ所有者が無差別に職質・検挙されかねません)、今の政局では、あながち冗談とも言えない話じゃないでしょうか…。
 大事なことなので二回言いますが、これは政治的・社会的問題なのです。
 
 では、日本における性的な表現の自由が守られる(もっと進む)ようにするためには、どうしたらよいのでしょうか?
 実はアメリカでも、インターネットが普及しはじめた90年代後半、ネット上でわいせつ画像が流布するのを規制しようとする動きがありましたが、市民団体が表現の自由を掲げて裁判で闘い、最高裁で規制は違憲だとの判決を得た(自由が守られることになった)という流れがあります。
 先のメイプルソープ裁判のような先人たちの努力も受け継ぎつつ、たくさんの人が声を上げていけば、社会を変えていくのは決して不可能ではないと思います(たとえば署名が10万人分集まれば、民意として無視できないものになるでしょう)
 
(後編につづく)

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