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COLUMN

日本におけるPrEPの現状と、今後への期待

昨年11月に実施された「PrEPについてのアンケート調査」の結果と今の日本でPrEPのことがどこまで進んでいるのかについての報告会が開催されました。

日本におけるPrEPの現状と、今後への期待

2月23日、ぷれいす東京の主催で、昨年11月に実施された「PrEPについてのアンケート調査」の結果を発表しつつ、また、今の日本でPrEPのことがどこまで進んでいるのかについて情報提供するコミュニティ向けの報告会「PrEPと日本~今とこれから」が開催されました。このイベントをレポートしつつ、劇的な効果が証明され、欧米ではすでに当たり前になっている(アメリカでは225,000人が利用しているという)予防法であるPrEPについて、日本でどの程度認知が進み、また、導入に向けてどの程度状況が進んでいるのか、といったことについての最新情報をお伝えします。現在HIV陰性であると自認していて、HIV感染のリアリティを感じながらセックスライフを送っている、最新の予防法に興味がある(やってみたいかもと思う)ような方はぜひ、読んでみてください。(後藤純一)

 


PrEPとは


 最初に武南病院の山口正純先生から、PrEP(プレップ)とは何か、についてお話がありました。
 PrEPの基礎知識はこちらに掲載されていますが、今日の山口先生のお話では、このような基礎的なことに加え、オンデマンドPrEP(毎日服薬するのではなく、セックスの前後に飲む方法)など、新しい情報もありました。デイリー(毎日服薬)とオンデマンドで効果を比べるという研究もあったそうですが、どちらも同様に感染は0件に抑えられたそうです。
 個人的に印象だったのは、毎日薬を飲めた方は99%感染リスクが下がる(毎日飲めなかった方は予防効果が減弱してしまう)というデータです。本当に劇的な効果があるんだなぁと感じました。
 それから、PrEPを始めるとコンドーム使用率が下がり、他のSTI(梅毒や淋病など)に感染する人が多くなるのではないか?という懸念から、そのような観点での調査も実施されたそうです。多くは性パートナーの数は増えなかったと回答しましたが、なかにはコンドームの使用が減ったと回答する人もいて(PrEP経験者のおよそ4割)、およそ半数の人が1年のうちにSTIに感染していました。ただしSTIに感染してしまった方たちもPrEPプログラム(検診)を受けることにより定期的にSTIの検査を受けることができて、早期にSTIの治療を受けることができたそうです。
 ポイントは、PrEPとはピルのように抗HIV薬を飲むことではなく、事前に医療機関を受診してHIV検査で陰性であることを確認し(副作用の懸念もあるので腎臓の機能もチェックし)、服薬を始めてからも3ヶ月ごとに検査をし、カウンセリングも行い、という統合的な予防の手段であるということです(日本ではこの後にご紹介するSH外来で、医療機関でのPrEPが試験的に始まっていますが、まだ厚労省の認可が下りていないため、独自に抗HIV薬やジェネリック薬を服薬している方もいらっしゃるのが現状です)

 

 


PrEP Onlineについて


 ロンドン在住で「PrEP Online」を運営しているSchwann Khawさんが、たまたま来日していたので、お話してくれました。
 Schwannさんはシンガポール出身で、ロンドンに留学し、ゲイとしてオープンに活動するようになりました。現在もロンドンにお住まいで、近年の急速なPrEPの成果やコミュニティの動きも見てきています。そうした中で、PrEPのジェネリック薬を販売する英語サイトが、とてもわかりづらく、また、アジア諸国が対象外となっていたことを残念に思い、日本や中国などに向けたわかりやすいサイトの運営を始めることにしました。米国食品医薬品局(FDA)および世界保健機関(WHO)で正式に承認されたMylan Pharmaceuticals社製のジェネリックPrEP Ricovir EMを販売しています(3ヶ月分で100ドル。標準の抗HIV薬であるツルバダを個人輸入するとなると1ヶ月に約10万円もかかるため、ジェネリック薬は本当にありがたいです)
 
 


SH外来について


 HIV医療の拠点病院の一つである国立国際医療研究センターの水島大輔先生が、SH外来についてお話してくれました。
 SH(Sexual Health)外来は、2017年1月からスタートした、ゲイ・バイセクシュアル男性向けに性感染症の検査と治療を行う研究ベースの専門外来です。症状がなくても定期的な検査と必要な治療を受けて、ご自身のSexual Healthを維持しようとする方々を応援する新しい発想の外来です。
 現在保険適応になっておらず(ほとんどの医師が見過ごしており)、無症状であることから本人にも見逃されがちである肛門の性感染症検査も行っているのが特徴です。例えば初診時に肛門クラミジアまたは淋菌に感染していると診断された方は全体の16.9%で結構な割合に上っています。こうしたSTI感染が肛門にあると、HIVへの感染もしやすくなるのではないかと見られています。海外では、喉、肛門、尿の3項目での検査が望ましいとされているそうです。
 それから、SH外来ではPrEPについての研究も行っています。きちんと医療機関の見守りを受けながらツルバダを服用する形で予防効果を確認する研究です(たくさんの申し込みがあり、すでにPrEP研究の参加募集は終了したそうです。が、個人輸入でPrEPを行っている方を対象としたフォロー検査(肝機能や腎機能)は受け付けていますし、SH外来も受け付けています)

  
 


PrEPについてのアンケート調査2018


 ぷれいす東京の生島さんから、昨年9monstersで実施されたPrEPについてのアンケート調査の結果の報告がありました。
 PrEP以外にもいろいろ質問されています。印象に残ったところをいくつかご紹介します。
・これまでにHIV検査を受けたことがある方の割合が71.4%と非常に高かかったです(一般だと10%前後)。ゲイ・バイセクシュアル男性のHIVへの意識の高さを如実に示しています。
・HIV検査を1年に1回程度受ける、3~6ヶ月に1回程度受けるという方が合わせて50.8%で、半数を超えました(同上)
・PrEPというもの自体の認知度は、2017年には10%くらいだったそうですが、いまは38.9%まで上がっています。
・「PrEPの薬にはジェネリック薬も存在する」「PrEPを始めたあと、一生飲む必要はなく、やめることができる」など、PrEPについての様々な質問についての正答率を見ると、「たとえHIVに感染していても、治療していてウイルスが検出値以下になっていれば、相手に感染させる心配は事実上ない(U=U)」が35.9%で最も低かった、ということに驚きました。ぜひみなさんに知っていただきたいです。
・PrEPの薬を飲んでいる/飲んでいたことがある方が172名、うちインターネットで購入したという方が77名いらっしゃいました。PrEPはすでに始まっているんだな、と実感しました。
・PrEPが導入されたら、利用したい、日本でも導入されてほしいと回答した方は圧倒的に多かったです。そりゃそうですよね。


 


質疑応答


 会場から本当にたくさん、活発に質問が出ました。
 一部、ご紹介します。

Q. PrEPをやり始めたものの、うまく薬が飲めず、耐性(薬が効かなくなる)ができてしまったら、どうすればよいのでしょうか?
A. 耐性ウィルスの出現が問題になることは稀であり、万が一そうなったとしても、治療法は一つではなく、他の薬もありますので、ご安心ください。(水島先生)

Q. PrEPの薬の副作用について、詳しく教えてください。
A. 腎機能障害が出る場合があるということはわかっています。ただしこれは服薬をやめたら、元に戻ります。骨量が減少するということもわかっています。ただし、骨折が増えたという話はありません。吐き気、だるさ、頭痛などが3~4割の方に見られますが、1ヶ月もすれば慣れます。何もないという方も結構います。(水島先生)
 
Q. 飲み合わせが悪い薬はありますか?
A. ほとんどありません。(水島先生)

Q. PrEPをやり始めたら、HIV感染の心配はなくなると安心してよいでしょうか?
A. だいたい90%リスクが低下するということはわかっていて、例えば100人追跡調査して3人が感染するだろうところを0.3人に抑えられる、ということです。100%の予防法っていうのは存在しないんですね。コンドームも予防効果は7割だと言われています。それに比べると9割というのはとても高いですよね。(山口先生)


 


最後に


 最後に、参加したパネラーの方々からひと言ずつ、コメントがありました。

山口先生:PrEPというのは自らの身を守る権利としてあります。ウケの場合、相手がコンドームをこっそり外したりというリスクもあるわけで、自分だけではコントロールしきれない。そういう意味で、自分の身を守る手段として活用してほしいと思います。

Schwannさん:イギリスでもPrEPはまだ医療システムに入っているわけではありません。いまは過渡期なんです。これからも協力しあって、予防を一緒にやっていけたらと思っています。

水島先生:当初は全く認知されていませんでしたが、いまはツルバダ承認に向けて進んでいるところです。コミュニティのみなさんの声が重要です。ご協力をお願いします。


 


イベントを振り返って(お話を聞いて、考えたこと)


 どのタイミングだったか忘れましたが、途中で、コンドームを使おうと呼びかける従来のやり方だけで劇的に予防が成功した国はない、というお話があり、また、日本でも(アメリカなどに比べると数は少ないものの)感染が減っておらず、毎年1500人くらいが感染する横ばい(高止まり)状態が続いているので、これを減らしていくためには、やはりPrEPを導入したほうがよいのではないか、というお話がありました。最後に山口先生がおっしゃったように、いくらコンドームを使っていても、こっそり外されるケースもありますし、破けたり取れたりという事故もあるでしょう。劇的にHIV予防の効果を上げることがわかっている(ロンドンのゲイタウンのクリニックでは毎月60名だったのが4名まで減った)わけですから、コンドームだけでいいじゃないか、ではなく、PrEPとコンドームを併用していくほうが明らかに合理的で、PrEP導入を止める理由がないですよね。

 おそらくPrEP導入に反対する方の多くは、コンドームを使うべきであるということをいわば「道徳」や「倫理」と捉えており、(いままで何十年もコンドームを使おうと必死に呼びかけてきたのに)PrEPなんか始めたらみんな生でヤルに違いない、そんなのけしからん!許せない!と感じているのではないでしょうか。確かに「PrEPについてのアンケート調査」では、PrEPの薬を飲むようになったらコンドームを「今より使う」が9.8%、「今より使わなくなる」が45.5%、「変わらない」が38.8%という結果が出ておりますので、今よりもコンドームを使わなくなる人が増えるのかもしれません…。しかし、少なくとも新規HIV感染は確実に減っていきますし、PrEPが正式に厚労省で認可されて医療機関の受診とセットで回るようになれば、検査機会も増え、カウンセリングも受けることになり、予防効果は上がると思います。もしかしたら今までコンドームを絶対に使えなかった方※が、使えるようになるかもしれません。お説教のように「コンドームを使うべきだ!」とどれだけ言っても効果は期待できない、それよりもPrEPのほうが効果的だとわかったわけですから、いったん「道徳」や「倫理」と切り離して考えたほうがよいのではないでしょうか、と申し上げたいと思います。
 
※いろんな理由があると思います。「TOKYO AIDS WEEKS 2017」で『PrEP 17』上映会を自ら主催したカラフル@はーと(LGBTのメンタルヘルスケアに携わるグループ)の方は、会に参加しているゲイ・バイセクシュアル男性の方から、メンタルヘルスの悪化や依存症や様々な心理状況で、生でヤリたがる相手を断れなかったりして「どうしてもコンドームが使えない」という切実な声をたくさん聞いていた、とおっしゃっていました。そういう方を非難してもはじまらないですよね…。個々の実存に寄り添うことこそが必要ではないでしょうか。

 たくさんの陽性者の支援を行ってきたぷれいす東京さんが、いち早くPrEPのことを(「道徳」や「倫理」と切り離して)世に広めたのは英断だと思いますし、今ではコミュニティ内にもだいぶ認知され、SH外来も始まり、導入への準備が整いつつある、夢物語ではなくなってきたように思えます(ありがたいことです)
 この記事もまた、新時代の予防法が認知され、導入実現に近づくための一助になることを期待します。
 一人でも多くの方が、PrEPを知ってさえいればHIVに感染しなかっただろうに…と泣かずに済むようになってほしい、と願うものです。
 

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