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白鳥健治連作小説『同じ色の膚』第二回「日本鬼子(ルーベンクイズ)」

先月からスタートした白鳥健治さんの連作小説『同じ色の膚』。男どうしで愛し合うにはあまりにも厳しい時代の淡い初恋を描いた大河小説のような趣の作品です。主人公と黄少年が結ばれる日は、果たしてやってくるのか……時代を越えたせつなさを感じ取ってください。

白鳥健治連作小説『同じ色の膚』第二回「日本鬼子(ルーベンクイズ)」

『同じ色の膚』

第二回 “日本鬼子(ルーベンクイズ)”

夏。終戦の丁度一年前だった。内地より北に位置する満州だが、内地以上の暑い夏が来る。冬は零下40度にもなるのに対し、夏は35度以上もの猛暑となる。気温の差が激しいのだ。私と黄はかねてから約束していたとおり、その著しい季節の変化を満喫するために河へ泳ぎに行った。
実はその日、同じ日本人仲間の吉次や武雄からも誘いを受けていた。山へ山菜を摘みに行こうというのだ。ハルピン市郊外には、帽子山と呼ばれている三角帽子そのままの形をした山を別にすれば、さほど険しい山はなく、なだらかな丘陵地帯が続いている。そういえばその年の春も、私は吉次や武雄たちと一緒にそんな郊外の丘陵地へ、雪解け一番に芽吹いた石竹芽を摘みに行ったのだ。
私は黄との約束があるからと言って断ると、「最近おまえつきあい悪いな」と、吉次はさも不満げに口を尖らせた。「おまえ、俺たちとはつきあわずに、あの満人の子とばかり遊んでいるじゃないか!」
たしかにそうだ。私と吉次、武雄との間は以前より疎遠になっていた。それには私が彼らの“懲罰”などという馬鹿げた遊びには二度と加わらなくなったこともあるだろう。二人とも私にとっては大切な友人に違いないのに。頼もしくて気心が知れて同じ日本人仲間で…… なのに、彼らの存在は黄の前にあってはくすんで見える。鬱陶しくさえ感じる。いや、黄は別格なのだ。黄に対してはまるで女の子に抱くような特別なものを感じる。胸を揺さぶられるような興奮をおぼえる。吉次や武雄には決して感じないなにか…… 女の子に対して感じる以上のなにか…… それは私のせいではない。彼らのせいでもないのだけど……
そうした憤懣が蓄積してか、喧嘩っぱやい吉次は本気で怒りを示し、今にも掴みかからんばかりに私を睨みつけた。間に入って、いきりたった相手をしきりになだめすかそうとする武雄の仲裁がなければ、私と吉次との関係はもっと決定的にこじれていたかもしれない。
黄は眩しい太陽の下で明るく弾むような声をあげ、広い松花江(スンガリー)の浅瀬で泳いでいた。冬には氷結し、スケートや滑り台や犬橇が楽しめる松花江だが、夏の間は暑さをしのぐ格好の水遊びの場所となる。
私は岸辺に膝を抱えて坐り込み、対岸のロシア人別荘地のあたりにぼんやりと目を向けながら、吉次と武雄のことを考えていた。帽子山の方に行ったのなら、今朝一番に出かけただろう。二人はもう山菜の採れる丘陵地まで着いたのだろうか? そんなことを考え、心待ちにしていた約束の日だというのに、私は今一つ華やいだ気分になることができないでいた。そのぼんやりとした顔を向けている私の目の前に冷たい水しぶきが飛んできた。黄が浅瀬の中に立って、面白がって私に水をかけたのだ。強い陽射しを身に浴び、濡れそぼった黄の白くほっそりした体が眩しく照り輝いていた。
「やったな!」私は気勢をあげると、河に飛び込み、彼めがけて両手いっぱいに水をすくいあげた。大きな水しぶきが空へ舞いあがった。彼も負けじと応戦してくる。弾け散った白い水しぶきはまるで夏のダイヤモンドダスト。太陽の光を浴びて、雪の結晶のようにキラキラと輝く。私はもうそれまで私の心を塞ぎ込ませていたわだかまりについては忘れて、夢中で彼と水をかけ合っていた。もう他の友達なんていらない、吉次も武雄も他の日本人仲間も…… 彼だけがいればいい、彼一人だけがいれば……  心の中でそう思いながら……
午後になって陽が翳り始めると、急に体が冷えてくるようだった。黄は岸へ上がると、胸を抱いてしゃがみ込み、寒そうに震えた。
「寒いのかい?」私は河から上がると、彼の隣に坐り込んで言った。「側にお寄りよ」彼の肩に腕を回し、抱き寄せた。「ほら、僕の体、あったかいだろ……」
「うん……」
彼は体を傾け、私の胸にすがりついた。初めて触れる彼の膚の柔らかな感触……  まるで脆い硝子細工のような肩のライン……  私はその彼の肩を撫でさすりながら、いつまでもこうしていたいと思った。
「お兄ちゃん……」
私の胸の中で、ふと彼が呟くように言った。
「え?」
「お兄ちゃんは日本人なんだね」
「……」
「僕は満州国人だ。でも、母さんが言っていた。満州国なんて嘘の国家で、本当は僕たちは中国人なんだって……  僕は中国人だ。お兄ちゃんとは違う……」
「そんなことはないさ」私は彼の体を離し、勢いこんで言った。「ほら、見てみなよ、君の膚の色……」私は黄の腕を取って下から支え上げた。「それから僕の膚の色……」私は自分の肘を前に突き出し、彼の腕の横に並べてみせた。私の日焼けしてわずかに色の濃い太い腕と、彼の薄い色をした細い腕が二本並んだ。
「ほら、同じだろ?  僕と君は同じ膚の色をしている。白くもなければ黒くもない。丁度よい濃さの色をしている。僕と君は同じアジア民族の子供なんだ」
「でも、違う……  僕は中国人で、日本人じゃない。僕は天皇陛下の子供じゃないんだ」
彼は腕を引っ込めると、力なくうなだれた。私はそのしおらしい態度に打たれ、ますます奮いたって、力強く励ますようにして言った。
「でも、天皇陛下と溥儀皇帝は友達なんだ。僕たちは同じアジアの子供だ。大日本帝国の皇民であり臣民であるんだ。やがては二人とも同じ大東亜共栄圏の国民になるんだ!」
私は再び彼を抱き寄せた。彼の小さな頭を胸で押さえつけた。彼はおとなしく私の体に身を預けたままになっている。私は息を荒くし、胸に力を込め、さっきよりもきつく彼の体を抱いた。いつか私と彼は同じ民族として一つに結ばれる。日本はそのための戦争をしている。私は大人たちから教えられたこと――八紘一宇とか五族協和とかの夢を、そのまま正しいこととして純粋に信じ込んでいた……

        ※

夏は駆け足で過ぎ、また秋も後から来る長い冬にせきたてられるようにしていつしか過ぎてゆく。雪がちらつき、霜がおりるようになった頃だった。
授業を終えて帰り支度を済ませ、国民学校の校舎の窓から校庭を眺めてみた時、校庭の隅で吉次と武雄が黄にからんでいるのを目撃した。黄は怯えるように顔を蒼ざめさせている。“懲罰”――私は慌てて校舎から校庭へと飛び出した。
「吉次、どうしたんだ?」
私は息を切らし駆けつけるなり、苦しそうにもがいている黄の襟首から吉次の腕を振りほどいた。吉次はうさん臭そうに私を見やり、「そいつが奉安殿に礼をしなかったんだ」と、黄の方を顎でしゃくりあげた。
天皇皇后両陛下のご真影が飾られている校長室は奉安殿と呼ばれている。私たちは、毎朝、校門に入ると必ず奉安殿のある校長室に向って脱帽敬礼してから校舎に入るのである。
私と目が合うと、黄は怯えた顔をして、「礼なら、やったよ」と、震える声で訴えた。
吉次は黄の言うことなんか聞いちゃいない。
「やったって言っているじゃないか!  それに礼なんて、朝来た時にやっているから、いいじゃないか」と、私が加勢すると、
「おまえ、満人の肩をもつのかよ」と、食ってかかった。「だいたい俺は満人の奴らの本国に対する忠誠心が足りないのが癪に障るんだ」
国家に対する異常なまでの忠誠心――それはこの時代の教育制度を通じて子供たち一人一人の意識にしっかりと浸透し、植えつけられていた。
「へ、変な言いがかりはよせ、満人だって、漢人だって、みんな五族協和のために戦争に協力してやっているじゃないか!」
私は黄の肩に手をかけ、吉次に背を向けて、促すように言った。
「さあ、帰ろう」
「待てよ!」と、吉次は背後から黄の腕を掴んで引き止めた。「おまえ、奉安殿に礼をしろ!」
普段から乱暴者の吉次ではあったが、この時はどうにも様子がおかしかった。異様なほどに殺気だち、好戦的だった。夏に山菜採りを断わったことで関係が悪化しかけた時、武雄が仲裁に入ってくれた。その武雄も今度は傍で黙って様子を見守っているだけだ。おそらく察しているのだろう。吉次とはつきあいが長いだけに、この時の幼友達がそれまでに見たこともないような平常心を欠いたただならぬ気配にあるのを。もっとも吉次が一学年下の黄に対しても情容赦のないことは、いつかの“懲罰”の際に金と申の頬を殴りつけた時の力強い拳を決して彼に対しても緩めようとしなかったことで承知していたけど。
「よせ!」と、私は吉次の手を払いのけた。「やったって言っているだろ!」
「おまえ、天皇陛下を侮辱するのか?」吉次は今度は私に赤く血走った怒りの目を向けて怒鳴った。「ヒコクミン!」
その言葉は私たち日本人にとって最大の侮蔑の意を表わしていた。私はむっとして吉次を睨み返した。私と吉次はそのまま対峙し合った。
吉次は首を伸ばし、私の背後で立ちすくんでいる黄に狙いを定めると、無茶苦茶になって喚くように言い散らした。
「おまえがいけないんだ、おまえら満人は、陰で支那人と通じ合っている。おまえの親父はアカだったっていうじゃないか? アカの手先だったっていうじゃないか?」
<父さんはね、人民革命軍のスパイにされて、“特移扱”だとかで……>
以前黄の家で彼の母親が告げたことが思い出された。吉次は黄の父親のことを知っていたのだ。彼が金や申同様、年下の黄に対しても情け容赦のないことは、黄の父親が起因しているのかもしれなかった。
けど、だからといって…… 
私の背後で黄の息遣いが聞こえる。自分ではもう確かめようのない父親のことを言われ、動揺している彼の息遣いが聞こえる。
そうだ、父親がどうだったかなんて、息子の黄には関係ないじゃないか。黄が赤ん坊の頃の話だ。彼には責任がないんだ……
私は脇で握りしめた拳同様、決意を固めた。なにがあろうと、自分は黄の味方になること、黄を守りぬくことを……
吉次はなおも首を伸ばし、私の背後にいる黄めがけて言い放った。
「おまえらがいけないんだ、おまえらチャンコロがいけないんだ……」
「チャンコロ?  なんだ、それは?」と、私が尋ねると、吉次の頬ににやりと薄ら笑いが浮かんだ。
「日本の兵隊は支那人のことを“チャンコロ”と呼ぶんだ。“チャン”と狙い撃ちすれば、“コロコロ”転がるからな!」
私は振り返って黄の顔を見た。彼は薄い唇を噛みしめ、華奢な体を震わせていた。<おまえの父さんは日本の兵隊に連れていかれたんだよ……>彼の母親が彼に言って聞かせていたことが私の頭の中に蘇った。<いいかい、忘れるんじゃないよ、おまえの父さんは“東洋鬼(トンキンポー)”に殺されたんだよ……>“
「貴様!」私はかっとなって吉次に掴みかかった。吉次は私よりも肥えていたし、背も高い。幼少の頃に喧嘩した時は泣かされてばかりいた。その吉次に私は果敢にも挑みかかった。自分でも知らないうちに吉次の上に覆い被さり、その大柄な体躯を地面に押さえつけていた。「許さないぞ、今の言葉!」
吉次は私を突き飛ばし、今度は逆に覆い被さってきた。吉次の拳が2、3発私の頬を打った。だけど、私もその都度殴り返した。昨夜雪が降って地面はぬかるんでいた。私と吉次はその冷たいぬかるんだ地面の上を転げ回り、泥だらけになりながら組み合っていた。
私の拳が吉次の顔面に炸裂した。私は素早く立ち上がり、次の攻撃に備えて身構えた。私が最後に放った渾身の一打は相手の戦意を喪失させたようだ。吉次は地面にぐったりと横になったまま、なかなか起き上がろうとしない。やがて、ゆっくりと上半身を起こした吉次は、私に殴られた頬を手で押さえつけ、目に悔し涙を溜めていた。
「俺の父ちゃんは死んだんだ……」私を怨めしそうに見上げながら、唐突に、泣き声になって吉次は言った。「昨夜、通知が届いたんだ。軍の討伐隊にいた父ちゃんは、抗日連軍の匪賊どもに殺されたんだ……  おまえらがいけないんだ。おまえらチャンコロのせいで、俺の父ちゃんは死んだんだ……」
私は呆然として構えていた拳を下ろした。吉次は立ち上がると、落ちていた鞄を掴み、校庭を駆け出していった。遠巻きに眺めていた武雄も慌ててその後を追った。

「お兄ちゃん、服が泥だらけだよ」と、傍へ来て黄が言った。「それに腕から血が出ている」
「本当だ、こんな恰好で家に帰ったら、怒られるな」と、私は、心配そうに私を見る彼に、気楽な笑みを浮かべてみせた。
「なら、僕の家に寄っていけばいい。泥も落としてあげるし、傷も手当てしてあげるよ」
「でも……」と、私は言い淀んだ。私が彼の家に立ち入ることに決していい顔はしないだろう、彼の母親のことが念頭にあったからだ。
「大丈夫、母さんは夜にならないと帰ってこないから……」
私は再び彼の家を訪れた。泥が服に染みて中まで汚れているからと、彼は私の服を脱がせ、手拭いで体を拭いてくれた。それから擦りむいた体の傷口には、薬草を煎じたのをあててくれもした。「しみるよ」そう言って私の体の傷口に小連翹(ショウレンギョウ)の濁った緑色の液を塗った後、きれいな脱脂綿でそこを押さえつける。上半身裸の私の胸に彼が体を擦り寄せてくる。彼の熱い息がかかる。傍らでかいがいしく働いている彼を見つめているうち、胸にたまらない愛おしさがこみあげてきた。私は、つと両腕を彼の体に回し、抱き寄せた。
「ど、どうしたの?」と、彼が驚いて声をあげた。「ねえ、お兄ちゃん、どうしたの?」
震えている彼の問いに答えもせずに、私は彼を抱きしめた。握りしめていた脱脂綿が彼の手の中を擦りぬけ、そっと床に落ちた。
ゆっくりと彼を床に押し倒す。上に被さりながら、少しずつ彼の着物を剥いだ。彼は無抵抗で、ただじっと私の顔を見つめている。震える息が白い歯の覗いた唇の隙間から洩れる。ずらした肌着の下から、彼の小さな恥部が露になる。萌え出でたばかりの若草の芽のように、両足の付け根の上にしおらしく首をもたげている。汚れなき無垢の恥部。まるで手に触れるのが怖くなるような愛おしさを覚える。私の股間のモノも私の下衣の下で苦しいほどに息づいている。私も自分の下衣をずらし、裸になった。自分の裸を彼の裸に押しつけた。彼は声もたてず、私の体の感触をしっかりと受けとめてくれている。私も彼の体の感触を貪っている。しなやかな膚。力を込めて変に傷つけてしまうことを危ぶみながら…… 繊細な肩、滑らかな胸、柔らかい下腹部。一つ一つ慈しむように撫でさする。脆い壊れ物を扱うかのように、丁寧に…… 
私は私の勃起したモノを彼の体に押しつけながら、彼の首筋に唇を這わせていった。「黄、黄……」と、私は彼の名を呼んだ。掌を彼の股間に伸ばした。股間の膨らみを押えつけた。彼のモノも私のモノに負けまいと勃起していた。日溜まりのように暖かかった。私はもう一度彼の名を呼び、首筋に這わせた唇をずらし、彼の薄赤い唇に近づけた。私と彼は裸のまま抱き合い、接吻し合った。
ああ……それはなんという恍惚感を私に与えただろうか?  初めてだった。初めて知る性の感覚だった。身もとろかすほどの甘美な世界、夢をみているような享楽の心地、熱く燃え盛るような官能の猛り……  私は、裸の彼を抱きしめ、その柔らかな膚の感触に浸りながら、この瞬間ができるだけ長く続いてくれることを願った。
だけど、それも束の間、現実はそこかしこに入口を開き、その暗い腹の底へ足許から滑り落としてしまうのだ。
突然勢いよく背後の戸が開いた。私は裸の背を震えあがらせ、振り返った。開け放した戸の隙間に、いつのまにか帰ってきていた、彼の母親の顔があった。私は慌てて彼から体を引き離し、上体を起こした。彼の母親はなんとも恐ろしい形相で私を睨みつけていた。目が大きく開かれ、蒼ざめた頬がひきつって震えていた。彼女は部屋の中に足を踏み入れると、私の前にたちはだかった。私の裸を眺め下ろし、12歳のガキの分際で一人前に勃起している股間のモノに目を注ぐと、燃え上がるような凄まじい怒気が彼女の顔をさっと駆け抜けるようだった。
私は全裸の私の上に注がれる彼女の熱い視線を浴び、恥辱から声も出なかった。ただ黙って身をすくめ、裸の体を張り詰めさせていた。
「昔、おまえたちの軍隊が私の村に来た時、おまえたちは銃で村の男たちを威嚇し、撃ち殺した。“革命軍を出せ、かくまうとこうなるんだ”と言って、見せしめに撃ち殺した。女たちも強姦され、どこかに連れていかれた…… それから……」
一瞬、彼女は遠い目をした。目尻から涙が滴るのを私はすくみながら見上げた。
「私の夫はスパイにされた。拉致されて、収容所に連れていかれた……」
悲しみに押し出されたような震える声。だけど、それも束の間、彼女は遠い故郷の村や、夫のいた10年前から、ハルピンで息子と二人で暮らす現実に戻った。次に口を開いた時、彼女は別人のようになって、唇から唾を散らし、物凄い勢いで叫んだ。
「ああ、おまえたちはいったい、私らをなんだと思っているんだ? 村の娘たちばかりでは飽き足らず、今度は私の子供にまで……  おまえは私の子供までも慰安婦にしようっていうのか?  息子はおまえの玩具じゃないんだ……」
立ち膝をついている私の顔めがけて、ざらついた厚い掌が飛んできた。
「“日本鬼子(ルーベンクイズ)”!」
彼女はそう叫び、平手で私の頬を叩いた。あまりにも強い衝撃だったので、私は目が眩み、よろけて倒れそうになった。
傍らにいた黄がびくりと体を戦かせた。彼は立ち上がり、こちらに小ぶりの真っ白い尻を向けて、裸のまま彼女の腕に飛びついた。
「やめて……  母さん、やめて……」
彼は叫んだ。だけど、彼女は腕を振り上げ、息子を子犬のように突き飛ばした。息子は母親の足許に尻餅をついて倒れこんだ。
「“日本鬼子”!  おまえは“東洋鬼”の子供だ!  鬼畜生の“日本鬼子”だ!」
再び厚い掌が私を襲った。2発、3発と、私の頬めがけて力いっぱいに振り下ろされた。掌が私をうちのめした。私は必死に体を支え、その殴打に耐えなければならないと思った。
そうだ、これは“懲罰”なのだ。日本の少年たちが中国の少年たちに日頃行っている“懲罰”。年下の黄は吉次の拳に耐えた。だから、年長者の私も当然耐えなければならないのだ。だって、これは黄の父さんを殺した当然のむくいなのだから……
「やめて、やめてよ……」
足許で彼女の膝にすがりついている黄が泣き出していた。あの“懲罰”の時、吉次の固い拳をくらっても涙一つ見せなかった黄が、私が殴られているのを見てわんわん泣いてくれている。
だけど、その息子の泣き声も母親には届かないらしかった。彼の母親はなおもまるで何物かに憑かれたように平手で私を打ち続けた。渾身の力を込め、口からは憎悪に満ちた呪いの叫びをあげながら……
「“日本鬼子”、“日本鬼子”……」