EXTRA

白鳥健治連作小説『同じ色の膚』第八回「再会と別離」

白鳥健治さんの連作小説『同じ色の膚』。男どうしで愛し合うにはあまりにも厳しい時代の淡い初恋を描いた大河小説のような趣の作品です。主人公と黄少年が結ばれる日は、果たしてやってくるのか……時代を越えたせつなさを感じ取ってください。

白鳥健治連作小説『同じ色の膚』第八回「再会と別離」

第八回 再会と別離

何故かソ連軍のジープに乗せられて、深夜遅くに父は帰宅した。病床の妹は父に会えたことを本当に喜んだ。発病以来これまでになかったような笑みを浮かべている様子を見て、これで彼女は元気になるのではないかと私は内心期待していたのだけれども。
それでも彼女はこのハルピンの過酷な冬を越すことはできなかった。
「ナッチャンがね、呼んでるんだよ」
病状が悪化した時、妹は苦しげに呟いた。
「せっかく仲良しになれたのに…… すぐ離れ離れになっちゃったから…… でもね、向こうへ行ったら、ずっと一緒に遊べるんだよ」
母に手を握られ、妹はうなされながら、訳のわからないことを口走っていた。
友達の開拓難民のナッチャンは、この同じ年の秋、妹よりも先に同じ病気を煩い、同じように苦しんでいた。だけど、ナッチャンがその病気で亡くなったなんて聞いていない。あるいはそうだとしても、寝たきりの妹がどこからそんな情報を仕入れてきたのか?
「馬鹿言うなよ。ナッチャンは亡くなったりなんかしていない。玉枝が治るのを待っているんだよ」
「わかるよ、お兄ちゃん。だって、病気が治っていたら、もうとっくに玉枝の見舞いに来てくれるはずでしょう? ナッチャン、なかなか会いに来てくれないんだもの……」
「安静にしているんだよ。また病気がぶり返したりしないよう、大事をとって収容所でおとなしくしているんだよ。春になって暖かくなったら、また玉枝と一緒に遊べるようにね……」
「そうだぞ、玉枝。お兄ちゃんの言うとおりだ」と、父も加勢してくれた。ナッチャンのことなんか知らないくせに。
なのに母は、「ごめんね、玉ちゃん、ごめんね」と、妹の手を取って号泣してばかりいる。妹の病気は母のせいじゃないし、戦後の悲惨な生活だって母のせいじゃない。なにも母が謝ることなんかないのに。
「こんな辛い目に合わせて、ごめんね……」
こんな辛い時代にあなたを産んで…… そういう意味でなら母が謝罪する訳もわかる。けど、本当にそうなのか? どんな時代だって、生まれてきたことを否定したくなるような時代があるものだろうか? この時、この場所でなければ出会えなかった人もいる。私の場合は黄のことを想う度にこの時代この国に生まれてきたことを感謝したくなるくらいなのに……
「満緒、ちょっと……」と、父が私を妹の傍から連れ出した。
「そのナッチャンって子なんだが、うちへ連れてこれないか?」
「え?」
「玉枝の友達なんだろう? 会わせてあげたら、喜ぶじゃないか? もしも、その子が元気になっていたら、玉枝も自分もきっと治るんじゃないかと希望を持つだろう?」
「もしも、その逆だったら……」と、私は水を注した。「ナッチャンもチフスなんだよ。玉枝よりも先に発症している。収容所なんて、ここよりもずっとひどい環境なんでしょう? もし、ナッチャンの病気が治っていなかったら……」
「かもしれない。けど、このままほうっておいたら玉枝は死ぬ」
「……」
「私は新京でソ連軍に捕まって、北へ向かう列車に乗せられた。行き先はシベリヤの収容所(ラーゲリ)だ。途中、列車が故障して立ち往生した。私は、ソ連兵の命令で、列車を点検し、故障の箇所を修理した。それがあって、私は収容所に入れられなくてすんだ。ソ連軍に同行し、列車での捕虜や兵士や軍需物資の移送に立ち会うようになったんだ。移送の途中で発病した捕虜を何人も見てきたよ。列車の中でチフスで死んだ捕虜もいた。高熱でうなされて、ズボンの臀部を糞尿で茶色く濡らして…… ああ、あの玉枝の症状とそっくりだった!」
「父さんはシベリヤの移送を手伝ったの?」と、私は矛先を変えて、心にひっかかっていたことを口にした。「シベリヤに運ばれた人の中には、向かいの小父さんとシンチャンだっていたんだよ。お父さんはそんなソ連の味方をしたの?」
「あの場合、仕方ないだろう?」と、父は不機嫌そうに私を睨みつけた。「父さんが汽車を動かさなければ、父さんだって今頃はシベリヤの収容所の中だ。ソ連の味方をしなければ、父さんだってここへは戻ってこれなかったんだ。おまえはその方がよかったっていうのか?」
そう言われると言い返す術はなくなる。私は唇を噛み締め、こらえた。
「だけどな、もしもナッチャンが病気のままだったら、そのことは玉枝には黙っていればいい。チフスは決して回復の見込みがない病気じゃない。ナッチャンは回復しているかもしれない。そうあってくれればいいが……」
父の言うとおり、明日にでもナッチャンのいる難民収容所に行ってみることにした。生憎、その翌日は雪で出歩けるような天候ではなかったので、訪ねてゆくのにはもう一日待たなければならなかったが。もしもナッチャンに会えたとしても、幼い女の子に雪の中を出歩かせるわけにもいかなかったから。
昨年の夏まで私が通っていた国民学校。その校舎が難民収容所にあてられていた。北方から逃げてきた大勢の開拓難民だちが、学校の教室に入り込んで、そこに身を寄せて暮らしていた。
ナッチャンの家族がどの教室に入っているかなんてわからない。だから、私は一つ一つの教室を覗いて回らねばならなかった。一つの教室に2~3世帯ぐらいが入り込んでいる。暖房を節約するためだろうか、なんのしきりもない広間に、5世帯もの日本人家族が肩を寄せ合って暮らしている部屋もあった。
次々と教室を覗いてまわり、衝撃を受けた部屋もある。そこには大人はいなかった。敷物のない冷たい床の上に、痩せ細った子供ばかりが寝そべっていた。誰一人まともな服を着ていなかった。穴を空けたマアタイを頭からずっぽりと被り、服の代わりにしている子もいた。暖房なんてない。ストーブはあるけど、長いこと使われていない感じだ。薪も石炭もないから、夜はきっとそこに散らばっている新聞紙を毛布代わりにして暖をとるのだろう。思わず鼻を摘みたくなるような臭気が漂ってくる。寝ている子供の方からだ。見ると、その子のズボンの尻に茶色い糞の固まったのがこびりついている。チフスだ。玉枝の症状を見ていたので、すぐにその子が発疹チフスにかかっているとわかった。
子供ばかり5人もいるのだが、中には私とほとんど年が変わらない子もいた。私だってコーリャンの粥ばかり食べていて、そうとうひもじい思いをしてはいるが、彼らはその比じゃないようだった。私よりもずっと痩せ細り、着る物だってない。住む家があって、まともな衣服があって、少量でも毎日食事を摂っている私が、彼らの前に出て行くことに罪悪感を感じた。彼らの視線にさらされることが怖かった。正直言って、どうしても臭いがたまらなかったということもあるけど。廊下からこっそり中を覗いていた私は、まだ教室を隅々まで見渡すこともせぬうちに顔をそむけ、そこから離れようとした。
「その子たちはねえ、みんな、戦争孤児なんよ」と、背後を通りかかった中年の女性が教えてくれた。「北方から逃げてくる途中でね、親と死に別れたり、はぐれたりした子たちなんよ。みんな栄養失調でね。この寒さやものねえ。無事、この冬を越せるかどうか……」
ここで親切そうな中年女性に会えたことは幸いだった。学校のすべての教室を覗いて回るなんて骨が折れるし、自分が教室を覗いたちょうどそのタイミングでナッチャンを見つけられるとも限らない。孤児たちのことは気になるが、今はそのためにここに来たのではない。ナッチャンを見つけ出すことの方が先決だった。
「あのう、ここに、奈津さんという女の子はいませんか?」
「奈津? あんた、ナッチャンを訪ねて来たのかい?」
「はい」
「ナッチャンはもういないよ。もう少し早く来てくれればよかったのにねえ……」
「いないって……どこへ行ったんですか?」
「天国なんよ。まだ向かっている途中かしら」
恐れていたことが起きたのだ。ナッチャンはもうこの世にはいない。私は一瞬言葉を失い、それからおそるおそる声を押し出した。
「あのう……それで……奈津さんは、いつ……」
「一昨日の晩かしらねえ……」
一昨日の晩…… 妹の玉枝がうなされてナッチャンのことを口走った夜だ。
<ナッチャンが呼んでいるんだよ……>
玉枝は知っていたのだろうか? 
「あんた、なんでもっと早く来てくれなかったの? あんたが来てくれたら、あの子もたいそう喜んだろうに……」と、女性はうなだれている私の顔を覗きこみ、「そんで、あんた、ナッチャンとはどこで知り合ったの? あの子にあんたみたいな男の友達がいたなんてねえ……」
「いえ…… 友達といっても、奈津さんは妹の友達なんです。奈津さんはうちによく遊びにきていて、それで僕とも……」
私とはたった一回会ったきりだった。それも話もしなかった。
<ねえ、お兄ちゃん、ナッチャンの話、聞きたい?>
その妹の呼びかけに、私はぷいと横を向いたのではなかったか……
「あなたの妹さんて、もしかして、玉チャン? そういえば、玉チャンによく似てると思ったわ。玉チャンもよくここへ来てたから。奈津が病気になった時に、看病に来てくれたのよねえ。それで、玉チャンはどうしているの? あの子もチフスにかかったと聞いていたけど……」
私は正直に玉枝ももう先が長くはないかもしれないことを告げた。
途端、女性は厳しい顔になった。
「ナッチャン…… 最後までずっと玉チャンのことを心配してたわ。玉チャンが病気になったのは、自分の病気がうつったんだ、自分のせいだ言うて…… この収容所はシラミだらけだもの。ここに来ていたら、どこからだって感染する危険性はあるのにねえ…… なのにナッチャンたら、自分を責めて、本当にかわいそうだった。だから、言っていた。自分は死んでいいから、玉チャンは助かってほしいって。自分のせいで玉チャンが死んだらいやだ言うて……」
黙り込んだ私に、女性は尋ねた。
「ナッチャンに会って行く?」
「え?」と、私は聞き返した。二日前に亡くなっている者に会うなんて、その意味がよくわからなかった。
「ナッチャンはねえ、体だけならまだここにいるから。裏の安置所にいるから…… 何日か経ったら、満人の人が馬車で引き取りに来るんよ。ここで亡くなった方はねえ、それまでの間、みんな安置所で待っているんよ」
教室を移動する時、渡り廊下で水を汲んだバケツを両手に下げた婦人と擦れ違った。モンペ姿に手拭で頬かむりをした婦人は、白い息を吐きながら、私を案内してくれている女性に声をかけた。
「あら、先生……」
「水汲みですか? 精が出ますね」
「昼間の暖かいうちにやっておかんとね。陽が暮れてからじゃと、足元が暗くて、危ないからねえ……」
婦人と別れてから、「先生」と呼ばれた女性は私に説明した。
「冬の間はね、学校の水道は凍結して使えなくなるんよ。だから、ここにいる人たちはね、外にある井戸まで水を汲みにいかなきゃならんの」
「あのう……」と、私は女性に尋ねた。「先生なんですか?」
何故彼女がナッチャンだけではなく、妹のことまで知っているのか不思議だったから。
女性は少しだけ笑みを浮かべて、
「私はねえ、牡丹江(ムータンチャン)にある学校で先生をしていたんよ」と、想像していたとおりの答えが返ってきた。「あの日、牡丹江は火の海でね。ソ連の爆撃機による空襲もあったけど、日本の男たちが逃げる間際に自分で建物に火をつけたのね。燃え盛る火の中をどうにか脱出したわ。牡丹江からここまで辿り着いて、たいへんだったけど、ナッチャンともここで親しくなったの。私は子供が好きでね。ここで見かけているうちに、あんたの妹さんの顔も覚えたわ」
きっと戦争孤児たちの教室の前を通りかかったのも、孤児たちの様子を気に留めていたからなのだろう。財産を擲って着の身着のままで逃げてきた彼女たち自身が貧しいのだから、孤児たちにしてあげられることなど少ないのだろうけど。
安置所と呼ばれているその教室は死体の山だ。大勢の死体がまるで丸太を並べたように折り重なって積まれていた。死後硬直だけでなく、建物の中とはいえこれだけの寒さだもの、言葉通りに凍りついて寝かされている。
「満人の方はねえ、一ヶ月に一度しか引き取りに来てくれないの。だからねえ、ここには一ヶ月分の亡くなった方たちがいるんよ」と、あまりにも大勢の死体の数に絶句している私を見て、弁明するように先生は言った。
「でも、一ヶ月でこんなに大勢の人が……」
「毎日のように、どこからか逃げてきた人たちが集まってくるからねえ。みんな栄養失調で、おまけにこの寒さだもの。逃げ込んできては次々に亡くなってゆくんよ」
先にナッチャンのことを聞いた時、先生はけろっとして答えた。
<ナッチャンはもういないよ><天国なんよ。まだ向かっている途中かしら>
子供好きで、親しかった子が死んだというのに、その答え方は実にあっさりしたものだった。でも、これだけの死体を前にしてみればそれもわかる。毎日のように誰かが死んでいくのだ。ここにいてはもう死はありふれた日常の出来事にしかすぎなくなる。ひょっとしたらこの収容所では、誰かの死は食事の回数よりも多いのかもしれない。
でも、遺族の者たちにとっては別だ。
少女の死体の前に、一組の夫婦が揃ってぼんやりと屈み込むようにひざまづいていた。まだ新しい少女の死体。その服装に見覚えがあった。私がソ連兵に殴られた時の怪我で、自分の部屋のベッドに寝たきりだった時に、妹と一緒に部屋の隅で遊んでいた女の子が着ていたものだ。ナッチャンとはその時に一度会ったきりだったが、私の中にその少女の記憶が蘇ってきた。
「ナッチャンのお父さんとお母さんよ」と、先生がそっと耳打ちしてくれた。
疲れきった、まるで抜け殻のような夫婦。その二人が少女の遺体に交互に囁きかけている。ぼそぼそと低い呟くような声が、私のもとまで聞こえている。
「奈津…… ごめんね。こんな所にお前を連れてきたりして…… ずっと日本にいれば、こんな目に遭うこともなかったのにね……」
「だけどな、奈津。俺たちを襲った満人たちを決して恨むんじゃないぞ。恨むんなら、俺サァ恨め。あの人たちもな、日本人に土地を奪われてそうとうひどい目に遭ったんだからな。俺たちは知らなかったんだよ。まさか、既にそこに住んでいる人たちがいるのに、その人たちを追い出してそこに移り住むだなんて……」
自分の知らなかった事実に私は耳を疑う。
<僕の祖父母、母さんの実家の両親はもともと農夫だった。それが、日本人が来て土地を奪った……>たしか黄もそのようなことを言っていたけど、詳しくは聞いていなかった。
「あのう……」と、私は傍の先生に尋ねた。「日本人が土地を奪ったって…… 本当なんですか?」
彼女は頷いた。それこそ教師が教え子に諭すように、歴史の重要な事実について教えてくれた。
「あの人たちが開拓団と称して移り住んだ所は、既に満人の方たちの所有地だったんよ。日本政府はそこから満人たちを追い出すか、二束三文の安値で買い取ったの。土地を奪われた満人たちは、土地を奪い取った日本人をそうとう恨みに思っとったんでしょうね。だから、あんな事件が起こったの。ソ連が国境を破って侵攻してきた時、満人たちが開拓団を襲った。兵匪と化した武装集団が、日本人の集落を襲って強奪や殺害をしたの。ナッチャンのいた開拓団の集落もね、満人たちに襲われて、そこにいた人たちは大切な家族や財産を失いながら、命からがらここまで逃げのびてきたんよ……」
その開拓団の夫婦は、娘の亡骸に向かって囁き続けている。
「満人たちは憎いよ。でも、それだって、もとは日本の国がやったことが原因なんだ。恨みの連鎖だよ。どこかで断ち切らねばならねえんだ……」
「本当にねえ。私らを襲ってきた人たちの中には、関東大震災の時の復讐だと言ってきた人もいたんだからねえ。関東大震災の直後、大勢の朝鮮人や中国人が日本の軍隊や自警団によって虐殺された。私らを襲ってきた人たちの中には、その遺族もいた。父親と同じ目にあわせてやるって言って襲いかかってきた…… 私ら、東北の者だし、関東大震災でのことなんか、よう知らんのにねえ……」
「耐えておくれ、奈津! なんでおまえが死なねばならんのか、俺らにはようわからん。けどな、俺らが我慢することで恨みの連鎖が断ち切れるなら、俺らはそうしたいんだ。もう、こんな争いごとはいやだ……」
小さな遺体にすがりつく二人の泣き声が響く。
やはりこんなこと、日常にあってはいけないことなんだ。たった一つの、かけがえのない存在を亡くした遺族たちの、決して尋常ではない悲しみの深さについて思い知らされる。胸の内を鋭い爪でえぐり取られるような荒々しさで揺さぶられる。
一緒にいた先生も啜り泣きを始めた。

私は一人で自分の家に戻った。
「どうだった?」と小声で聞いた父に、黙って首を横に振り、寝ている妹の枕元にひざまづくと、「行くなよ!」と、大声で叫んだ。あまりにも唐突だったので、母と父が驚いてこちらを凝視した。
「ナッチャンの所になんか、行くな! 家族を見捨てるのか?」
妹の弱弱しい視線が私の方に向けられる。虚ろな目ですぐ傍にいる私を探りあてようとする。
「いいか、ナッチャンはな、おまえが病気になったのは自分のせいだと思っているんだ。おまえがナッチャンの傍に行ってやったって、ナッチャンは喜びはしない。むしろ悲しむんだ。ナッチャンを悲しませていいのか? おまえは生きるんだ!」
私がソ連兵に殴られて重傷を負った時、私を呼んでこの世界に引き止めてくれたのは妹だ。今度は私が恩返しをしなければならない番だ。だけど、私の呼びかけは効をなさず、妹は最後に私に顔を向けたまま弱弱しく微笑んだ。
「さよなら、お兄ちゃん」
そう呟いたきり、人形のように目を閉ざし、動かなくなった。大事にしていた “お千代ちゃん”みたいに。
妹の小さな体に取りすがって泣き叫ぶ父と母。でも、妹は私たち家族ではなく、友達のナッチャンを選んだのだ。
<ナッチャンの所になんか、行くな! 家族を見捨てるのか?>
母と父の嵐のような号泣をよそに、私は自分で自分の言葉を反芻した。今、心の中で繰り返すと、ひどくよそよそしく感じられる。自分がそんなことを言えただろうか? 私は家族を見捨てて、黄のところへ行こうとしたのだ。家族よりも友人を選ぼうとしたのだ…… だから、私には妹を引き止めることがなかった。その言葉には説得力がなかった。私の言葉が本心からではないことを、ひょっとしたら妹は見抜いていたのかもしれなかった。
なのに、「ありがとう、お兄ちゃん」と、気力をふり絞って向けてくれた笑み。妹は、最後まで私への優しい気遣いを向けてくれたのだ。

妹が死んでしばらくの間、父は様子がおかしかった。暗い陰気な顔をして、口数も少なくなり、まるで廃人のように塞ぎこんでばかりいる。自分の娘が死んだのだからあたりまえなのだろうけど、とくに妹は末っ子で、父のお気に入りだったから。それでも、そんなあまりにも弱弱しい姿は、私の中にある父の像に反するものだった。普段の力強くて外交的で精力的な父には不似合いだった。
そんな時、家の前でばったり、隣の自称満鉄役員の男と顔を合わせた。自称満鉄役員というのは、どうも隣人が父の上役だったという話が出鱈目らしいからだ。
妹が亡くなる前にも一度、父とは顔を合わせている。その時、隣人は、家の垣根越しに父を見るなり、「あんた、戻って来たんだってな」と、驚いた顔を向けた。まるで幽霊でも見るようにジロジロ父を見て、それっきり逃げるように隣家に引っ込んだのだったが、父はその巨体を目で追いながら、一緒にいた私に囁いた。
「あいつだろう? 母さんをあんな目に遭わせたのは……」私が頷くのを確認すると、「あいつ、満鉄の役員でも、父さんの上司でもなんでもないよ。ただの倉庫係だ」と、吐き捨てるように呟いたのだ。
妹が亡くなって、隣の自称役員は、「この度はご愁傷さまで……」と、形ばかりの挨拶をした。
すると、父は、前回自分がやられたよりも2倍も長くジロジロ相手のことを見つめ、
「あんた、これで気が済んだでしょう?」と、吐いた。「病気が移されずにすんで、願ったりでしょう?」
驚いたのは自称役員ばかりではない。父の顔には、家族の私がそれまで見たこともなかったような残忍な笑みが浮かんでいる。まるで人が違ったような父の言動に、一緒にいた私も目を瞠っていた。
「な、何を言っているんだ?」と、中年男は真っ赤になって無駄な脂肪のついた頬をぷるぷると震わせた。「なんて奴だ、こっちがお悔やみを言っているのに!」
「あんたのことはわかっているんだ」
「わかっているって、何をだ?」
「ソ連が参戦してきた直後、倉庫にあった物資が忽然と消えた。軍に供給するために北方に運ぶはずの物資だ。あんただろう? あんたは満鉄の倉庫係だった。ソ連参戦の直後、あんたは物資とともに行方をくらました……」
「出鱈目を言うな! なんの証拠があって……」
「あんたの仕業だ、あれはあんたがやったんだ。あんたは軍に納めるはずの物資を横流しした。それを満人に売って大儲けしたんだろう?」
「なにを馬鹿なことを……」と、自称役員は嘲り返した。「それに、たとえそうだとしても、それがどうしたというんだ? あのまま倉庫に残していたらな、いずれソ連軍に接収されてしまうんだ。日本人の手で処理したほうがマシだろう?」
「あの物資はここに残された日本人の手でもっと有効に利用されるべきだったんだ。あんたは泥棒だ。火事場のドサクサにまぎれて…… 大儲けしたんなら、何故ハルピンに舞い戻ってきたんだ? どこかの港で金を積んで漁船でもチャーターすれば、とっくに本国へ渡って行けたはずだろう? 途中で満人に裏切られたか? それとも満人を雇う金も惜しんで、儲けた金をそっくり隠し持っているのかい?」
「南には国民党がいる。国民党が国境を敷いて、北からの移民を入れさせないようにしているんだ。今じゃ、好きな場所に移動するなんてできねえよ!」
「じゃあ、その金は今もあんたの家に隠してあんのかい? ソ連軍に踏み込まれたら、跡形もなく没収されるだろうに!」
またしても父の顔に見ている者をぞっとさせる笑みが浮かんだ。
「GPUに密告する気か? 貴様、ソ連に通じているらしいからな。ソ連兵にジープで家まで送ってもらったそうじゃないか? 今じゃ、ソ連に留用されて、たいそう高い給料をもらっているっていうじゃないか! 裏切り者はどっちだ? 貴様こそ売国奴だ!」
強がってはいたが、最後には蒼くなって隣人は隣家に引っ込んだ。
私たち父子も自分の家に戻った。もっと前だったら、隣人をやりこめた父を賞賛したい気持ちの方が強かったかもしれない。けれど、私は、「父さん、やめて!」と、玄関に入るなり父にすがりついた。「密告なんて、やめて……」
父は黙って私を見た。
「あの隣の男は僕も大嫌いだよ。でも、密告なんて…… こんな時代だもの、仕方ないよ」
「どんな時代だろうと、悪いことは悪いことだ。悪いことはしちゃあいけないんだ。悪いことをした奴は裁かれなきゃならない」
「裁くって……誰が…… 裁くのはソ連でしょう? あいつらだって、もっとひどいことをしている……」
「……」
「恨みの連鎖だよ。恨みはどこかで断ち切らなければならない。あの男のしたことは許せないけど、ソ連兵をこの家に呼んだのは、自分の家族を守りたかったからでしょう? でないと、あいつの家族が犠牲になっていたもの。あいつの奥さんや娘が! 一番悪いのは母さんを襲ったソ連兵でしょう?」
「わかったことを言うな! どこでそんなことを覚えてきたんだ!?」
難民収容所でだよ。娘の遺体にすがって泣いていたナッチャンの両親からだ。そんなこと父には言わなかったけれど。
そもそもこの時、父に密告をするつもりがあったのかどうかわからないけど、父は私を邪険にあしらいながらもそれっきり口を閉ざした。その様子から、父が自分の言うことを受け入れてくれたのだと、私は勝手に思い込んでいたのだが。
その数日後だった。また一つ事件が起きた。隣の自称満鉄役員の家族が蒸発したのだ。気がついたら隣家はもぬけの空になっていた。自称役員が軍の物資を横流ししたなんて事実かどうかまったくもって不明だし、先の父とのいさかいが原因にあるのかもわからない。ここにいる日本人は誰だって貧しくて苦しい思いをしているのだから、少しでもここよりマシな所があれば喜んでそこへ向かうだろう。別にソ連兵が踏み込んできたわけでもないから、父が密告をしただなんて私は信じていないのだけれども。
ただし、父は、隣人の失踪は自分の脅かしの効果だとして、それを誇るようだった。妹が死んで、それまでの暗い塞ぎこんだ父の顔からぱっと翳りが消えたのだ。
「あいつ、やっぱりやってやがったんだよ。横流しで儲けていたんだ! それを私に言いあてられたものだから、それで蒼くなって逃げ出したのさ。隠し財産を持っているなんて知られたら、ソ連や満人たちに狙われるからな。これであいつが羽振りがよいのも納得だよ。ここのコミュニティのリーダーもそうだが、あいつには取り巻きたちが大勢いる。品物を配って味方に引きつけていたんだ」
父が子供のようにはしゃいで、得意そうに語った日の夜、私は傍らで寝ているはずの父と母の布団から男女の燃え盛る喘ぎ声を聞いた。暖房の節約から、私たち家族3人は一つの部屋で固まって生活するようになっていた。寝る時もペチカの前で3人川の字になって寝た。私はペチカのすぐ前に寝て、その奥に父と母が一つの布団で寝ていた。深夜、私は父と母の布団から漏れてくる熱い喘ぎ声に揺り動かされた。妹が亡くなってまだ一ヶ月も経っていないのに。父は母の上にのしかかり、一心不乱に腰を揺すっていた。少しは隣で寝ている思春期の息子を憚るようではあったけれども、乱暴な腰の動きは止まらなかった。私たち家族3人お互いこの先どうなるかわからない身だ。親の威厳よりも、生きているこの時の方が大事なのだろう。私は寝たフリを続け、決してそれ以上は両親の方を見ないように両目を閉ざした。

姉に続いて二人目の娘も失くした父を気にかけて、犀さんが久しぶりに訪ねてきた。一時は廃人のようだった父が思いのほか元気なのを見て、犀さんは少しばかり拍子抜けを食らったようだったけれども。
犀さんは、私の姉と妹を守ってやれなかったことを自分責任のように感じていた。だから、父に何度も謝罪した。
「なにを言っているんだ。君がいなかったら……」と、父は大掛児(ターコール)を着た犀さんの肩をポンと叩いた。
「でも、本当にびっくりしましたよ。職場で新しく雇用した技術者を紹介された時、それが関さんだったんですから」
「私も“男狩り”にあって、一時は収容所に入れられたんだが、兵と物資を輸送するために、軍用列車を動かす技術者が必要だったのだろう。私が列車の運転手をしていたことを知って、彼らは収容所から出してくれたんだ……」
犀さんはこれで自分の役目を果たし終えたことにほっとしたようだ。守るべき家族のうち二人を死なせてしまったことの責任を重く感じているようだったけど……
だけど、姉が死に直面した時も、妹が病で息を引き取った時も、犀さんはその現場にはいなかった。姉と妹を死なせた一番の責任は私にある。母を危険な目に遭わせたのだって私が原因だ。私が隣の自称満鉄役員に騙されて玄関の鍵を開けたから……
なのに、父は私を責めるどころか、私のことを褒めた。姉を助けようとして頭に傷を負ったこと、夜中に父が帰ってきた時にも、鉄パイプを持って闘うつもりでいたことなどをあげつらい、私の勇猛ぶりを称えた。その時の鉄パイプの先端が自分の腕を掠めたというのに。隣の自称満鉄役員が失踪してから、父は明るく快活に振舞うようになっていたのだが、その時の陽性の気分を未だ持続させているようだった。
ああ、私にはそんな資格なんてないのに! 私は本当はあの時、家族を守るどころか、死なそうとしたのだ。寝室の暗闇の中で、ソ連兵に強姦された母に毒薬を渡そうとしたのだ。あの時、母は気づいていたのではないか? 暗闇にまぎれて忍び込んだ息子が傍らにいたこと。その息子は、自決のための毒薬を載せた掌を、こちらに向けて差し出していたこと…… 
母はただ言葉少なに笑って、父と犀さんの会話に頷いているばかりだが…… 娘を二人亡くしてその哀しみが色濃く残っているなかで、彼女は私のことになると特別の笑みを浮かべる。
「やめてよ、父さん。僕だってなにもできなかった。姉さんも玉枝も助けてあげられなかった……」そこまで言うと、私はこの中でただ一人真実を知っているのかもしれない母の顔をおそるおそる横目で窺ってから、「それに母さんだって……」と、付け足した。
「いいや、おまえは立派だ」
「そうだよ、満緒君。まだ少年の君があんな銃を持ったソ連兵に……」と、犀さんも言いかけた。
「違うよ!」と、私はいたたまれなくなって、つい声を張りあげて遮った。「そんなんじゃないったら!」
父と犀さんが顔を見合わせた。母はこの時にも寡黙に私を見守っているだけだ。
私は本気で怒りを示し(内心では母の存在にびくびく戦きながら)、立ち上がって部屋を出た。
「照れているんですかね?」と、背中越しに犀さんが父に囁くのが聞こえた。



父の帰還とともに事態は少しずつ変わっていった。まるで冬の到来を告げ知らせる雪虫のように、父は来るべき変化の予兆を連れ帰ってきたかのようだった。進駐してきたソ連兵は強姦と略奪をしたい放題だったが、その回数は次第に減っていった。GPUが取り締まるようになっていたのだ。
GPU(ゲーペーウー)とは、ソ連の国家政治保安部で、反政府的な運動・思想を弾圧した、後のKGBの礎となる機関のことである。
私が”盗み”を働くために朝早く家を出た時、ソ連兵の死体が道端に転がっていたことがあった。夜間、日本人の住居に忍び込もうとしたソ連兵をGPUが射殺したのだ。GPUは見せしめのためにその死体を放置していた。
真っ白い雪の上のキャンバスに絵の具をこぼしたような真っ赤な血が広がっていた。私はそのままその横を通りすぎようとした。死体なんか関心はなかった。たとえそれがソ連兵のものであってもだ。少し前まではそこいらじゅうに強姦され殺された死体がいくらでも転がっていた。死体なんて見慣れていた。
が、ふと、あることに気づいて足を止めた。
死体は顔を積雪の中に突っ込み、うつ伏せに倒れていた。屈みこんで覗き込まなければ、その顔なんてよく見えない。ただ、上半身裸で、伸ばされた片手が軍服の上衣とシャツを掴んでいる。その裸の腕の刺青に、私は見覚えがあった。前に黄が教えてくれたように、ここに来たソ連兵たちは皆坊主頭で、腕に同じような囚人番号の刺青をしていたのだけど、あの刺青のキリル文字だけはしっかり覚えている。
あの刺青……あいつ、あの男だ…… いつか私の家に忍び込んだソ連兵、私の前で母を手篭めにしたソ連兵……!
死体の傍に屈みこんで、顔を覗きこむ。幅広い額、落ち窪んだ灰色の目、がっしりした顎、尖ったデカイ鼻。
やはりあの男だ。血の噴き出している背中と、丸く肥えた尻を見下ろす。あの色白の尻の肉が私の目の前で小刻みに揺れていたのを思い出す。ソ連兵は裸の下半身を母の広げた両足の隙間に割り込ませ、激しく腰を前後させたのだ。
こんな冬の寒空の下で、何故上半身裸なのか? 思いつく理由はただ一つだ。以前もこいつはまだ夜の明けきらぬ未明にこの日本人居住区の近辺を歩いていた。そうだ、こいつは強姦の常習犯だ。私の家にも押し入ってきたように、こいつは昨夜もまた日本人の住居に押し入ったのだ。誰かを手篭めにしているところをGPUに見つかったのだ。上半身裸で片手に上衣とシャツを掴んでいるのがその証拠ではないか。私の家に押し入った時には家の前に停車したジープの音を聞きつけて、裏口から慌てて飛び出していったが…… 今回は衣服をすべて身に着ける余裕もなく、とりあえずズボンだけ履いて、残りの衣服は手に掴んで、外へ飛び出したところを後ろから撃たれたのだ。
ああ、こいつ、なんてザマだ、いつまでもこんなことやっているからだ、性懲りもなく……
じわじわと怒りがこみ上げてくる。背中の銃痕から噴き出した血のごとく、私の中からも溜まり続けていた憤懣がどろどろと流れ出す。私は、あたりを眺め、誰もいないことを確認すると、その男の遺体を足蹴にした。うつ伏せに倒れこんでいる男のデカイ尻。あの日、母の股間に体を捩じ込ませた男の、私の鼻先でぷるぷると揺れ動いていた尻の肉。そのケツの割れ目に靴先を突き入れ、体重を乗せた。靴先は男のケツにずぶずぶとめり込んだ。
おまえの汚らしいケツにはこれで十分だ!
だんだん興が高じてきて、脇腹とケツを何度も蹴った。死体はなんの抵抗もなく、そのまま私の靴先を自分の体にめり込ませた。
通りを誰かが歩いて来るかもしれない。被占領民族の分際でソ連兵を足蹴にしたと、満人か日本人か、点数稼ぎの誰かに密告されるかもしれない。
不安にかられ、その場を離れた。
あんな奴、殺されて当然だ、と、急ぎ足で遠ざかりながらも、射殺された死体をまだ呪っていた。
気づいたら靴に血がついていた。ズボンの裾にもだ。脇腹を蹴った時に、まだ凍結していない血液が飛び散った。そいつがズボンの裾に染み付いたのだろう。
私は慌てて雪の中に足を突っ込み、拭い落とそうとした。こんなの、人に見つかったら怪しまれる。だけど、ズボンに染み付いた血は簡単に落とせそうにない。
私はその日の予定を急遽変更して、自分の家に引き返した。ソ連兵の倒れていたさっきの道は通らないように、回り道をして。家の前でしゃがみこみ、雪を掴んではズボンの裾にゴシゴシこすりつけ、血の跡を拭い落とそうとする。すると、不意に家の玄関のドアが開いて父が出てきた。郵便受けから朝刊を取り出した後、朝一番で家から出て行ったはずの私に気づき、不審げにこちらを眺めた。
「どうした?」と、父は尋ねた。「また盗みか?」
私はその問いを無視した。わざと父に背中を向け、しゃがみ込んだままでいる。ズボンの裾に染み付いた血の跡。こいつを見られたら、面倒なことになる。
「おい、さっきからなにをしているんだ?」
「ズボンに泥がついて、落としているんだよ」
「泥の中に足を突っ込んだか? 今朝は泥の中にでもなにかめぼしい物が埋まっていたのか?」
ああ、さっさと家に引っ込んでくれればいいのに! なのに、父はなおもなにか言いたそうに私を見ている。
「おまえ、もうあんなガラクタ、どこかから持ち出して来るのはやめたらどうだ? もしGPUに見つかったら、どうするんだ?」
盗みを働くつもりで朝一番に出てきたのに、ズボンにこびりついた血のおかげで予定を変更して家に引き返してきたのだから、この時私が持ち出した麻袋(マアタイ)の中味は空っぽのままだったのだけど。
父の言い方にむっとした。自分だって好きでこんなことやっているんじゃない。
「金の心配ならしなくていい。満人たちにはパシロやパシナを動かすのはまだ無理だからな。連中には父さんが必要なんだ」
父はソ連に留用されていた。留用とは、その国の政府が特別な技能を持つ外国人を自国に留めておいて働かせることをいう。
「僕にはこれが仕事なんだ。この家がたいへんだった時にはいなかったくせに。エラそうなこと言わないでよ!」と、私は背中を向けたまま、わざと冷たく言い放った。
だって、そうじゃないか? ソ連兵は姉を殺し、母を強姦した。家財道具まで奪っていった。中立条約を破って侵攻してきた敵兵なのだ。父はその敵兵と仲良くやっているのだ。
すると、父は声を潜め、近隣への警戒心を煽りたてるようにして、
「この近所にはな、父さんのことをよく思っていない連中がいる。隣にいた男の息のかかった連中だ。あいつら、あの羽振りのよい男がいなくなったものだから、物品の提供を受けられなくなってそうとう不満に思っている。私のことを恨み、復讐の機会をうかがっている……」
父が何故急にそんな話をしだしたのか私には不明だった。気になって顔を向けると、さっきからずっとこちらを窺っているようだった父の思わせぶりな視線があった。
「わかるか? 息子のおまえだって標的にされかねないってことだ。密告なんかされたくないだろう? おまえのやっていることがGPUにばれたらな、今度はおまえが収容所(ラーゲリ)に入れられるんだ!」
朝刊を掴んだ父は、息子にそう言い捨てると、家の中に戻った。
私は暫くその場にじっとしていた。復讐の機会を窺っている近所の者たちよりも、自分の父の方が恐ろしかった。正義感が強く、曲がったことの大嫌いな父だもの、父親が息子を密告するケースだってありえるのではないか……
そうなってくると、父が隣の自称満鉄役員を密告しなかったかどうかなんてことも疑問に思えてくる。本当は父は密告したのではないか? 私の知らないうちに、GPUが来て、自称満鉄役員の一家を連れていったのではないか?
その日は足元に落ちているマアタイを二度と拾いあげる気にはなれなかった。そして、それ以来、私は”盗み”をやめたのだ。

かといって父に対する反発心が消えたわけではない。父への復讐の機会を狙っていたのは、隣に住んでいた自称満鉄役員の息のかかった連中だけではなくなった。無論、復讐の形態は違っていたけど。
「父さん、ソ連に技術を売るの?」
ある日、父と二人っきりの時に私は言った。それは私がずっと父に問いただしたかったことだ。言ってやらないと気が済まなかった。
「ソ連に協力なんかして…… あいつらは日本の資本を奪ったんでしょう? それって、日本の技術を敵国に売るってことじゃないの?」
父はウンザリしたように私を睨みつけ、「戦争は終わったんだ!」と、一喝した。「もうソ連は敵国じゃない。私たちは世界中の人達と仲良くし協力しあわなければならないんだ!」
父の言っていることなんてまるでわからない。だって、これまでずっとオトナたちはアメリカとイギリスを鬼畜米英と称し、彼ら白人たちと戦うことを教えてきたのだ。アジアを白人の支配から守るためだって。ロシア人だって白人の仲間じゃないか? 連合国の一員じゃないか? 日本とは中立条約を結んでいたって、奴らはそれを一方的に破棄して押し入ってきたのだ、れっきとした敵国じゃないか? それを今になって掌を返したように仲良くだなんて……
「それにソ連に協力していれば、私たちには金が入って来るんだ……」
めあてはそれかよ? 保身のため…… だけど、そんな父を私は責めることができない。毎晩、食卓にコーリャンの粥とわずかな惣菜だけが並ぶ。父が働いて得た金で手に入れた食糧だ。ソ連からもらった給金と引き換えの…… 私はそれに手をつけられないではいられない。
難民収容所の孤児たち。学校の教室の、冷たい床に直に寝かされていた孤児たち。痩せ細った腕をして、宙を見つめ、自分が飢え死ぬか、寒さで凍え死ぬかを待つしかなかった孤児たち。そんな子供たちもいるというのに…… 
どんなに偉そうなことを言ったって、飢えには勝てない。夕飯の時にはそんなことを忘れ、育ちざかりの腹を満たすのに躍起になっている。自分のことを卑怯だと自覚しながら……
かつて父に対して抱いていた敬意は嘘のように消え去っていた。あの夜、行方不明になっていた父が突然帰ってきた夜には、私はぼろぼろ涙をこぼしながら父の厚い胸に抱きついたはずなのに…… 
“男狩り”にあった父が何故帰れたのか? シンチャンもシンチャンのお父さんも、どこかに連れ去られたまま帰ってこない。きっとシベリヤに抑留され強制労働させられているのだ。それが父はあの夜ソ連軍のジープでわざわざ家まで送り届けてもらっているのだ。他の人は今も厳寒の土地で働かされ続けているのに、何故父だけが帰れたのか? ソ連に協力したから? それって、裏切りではないのか? あの隣に住んでいた自称満鉄役員が言うとおり、やはり父は裏切り者の売国奴ではないのか……?
晩秋に舞う雪虫のごとく、父が告げ知らせにきたこの国の変化はもっと決定的になった。
ソ連軍が自国へ引き上げ、ハルピンには八路軍(パーロ)が入って来たのだ。共産党と国民党が戦争を始めた。
<南には国民党がいる。国民党が国境を敷いて、北からの移民を入れさせないようにしているんだ>ということを、以前に父との会話の中で失踪した自称満鉄役員も言っていたけど。
中国大陸は北と南に分断され、内戦状態に入った。国境にはどちらの領域にも属さない真空地帯ができあがっていた。
当時はそんなことになっているなんて知らなかった。これは私が日本に帰国して、もっと大人になってから知ったことだ。内戦が始まって、北から南に移動しようとした人たちは、北の国境を越えたところで南に入国を拒否された。それだけでなく、北に戻ることさえも拒まれた。出ることはできる。入ることは許されない。そして、国境は一度越えたが最後、二度と戻ることはできなかった。
どういうことか? つまり、北からの脱出を試みた人たちが大勢、国境の狭間の真空地帯に取り残されたということだ。進むことも戻ることもできずに、大勢の人たちが限られた狭い地域の中で餓死した…… 自力で故国へ帰ろうとした日本人も大勢……
父はソ連から中国共産党に留用された。引き続き、父のもとには共産党から幾らかの給金が入るようになった。貧しいことに変わりはないけど、それでもまだ私たちは日本人の家庭では恵まれた方だったと思う。まず住む家があった。家を持たない人たちは収容所での暮らしを余儀なくされた。そして、父に定期的に現金収入があったこと。
ここでも私は後ろめたい気持ちにかられる。だって、姉と妹が亡くなったおかげで、私が生き残れる確率はずいぶんと上がったのだから。本当なら子供が3人いれば、乏しい食糧を3人で分けなければならない。でも、子供で生き残ったのは私だけだ。だから、両親は私にいろいろと目をかけてくれた。余分な富があれば自分が独り占めできた。
私は同年代の他の日本人の子供と比べると、ずいぶん恵まれた環境にあったといえる。そうした両親からの恩恵を受けていながら、いや、そうした恩恵を受けてゆくにつれ、たんに反抗期だなんて言葉では説明できないほど、私の父に対する反発はエスカレートしていった。
共産党に留用されている父は、家に帰ると、「ゆけ万国の労働者」とか、「ああインターナショナル」なんて歌を平気で歌うようになっていた。食後に少量ばかり酒を飲み、いい塩梅になると、決まって歌いだすのだ。そんな父がたまらなく嫌だった。だって、長いこと満州国のために働いてきたくせに、今や中国やソ連のために働いているのだもの。あまりにも極端だ。父だって、満鉄という巨大資本のもとでずっと軍国主義日本のために働いてきたくせに、まるで人が違ったみたいに……
私は軍国少年ではなかったつもりだけど、どうしても幼い頃に教え込まれてきた価値観を簡単には捨てられないでいる。まだ満州国に対する執着を捨てられないでいる。満州国は偽物ではなく、めざすべき理想の国家なのだと……
「父さん、姉さんを殺したのはソ連兵だよ。父さんはソ連が憎くはないの? 大勢の日本の同胞たちがシベリアに連れていかれて、まだ帰ってこれないでいるんでしょう? シベリヤは夏になると夜がない昼間だけの世界になるっていうじゃないですか? 夜がないんだから、それは休息の時間が与えられないってことじゃないですか? 安藤さんやシンチャンはまる一日、きっと白夜の時間帯も働かせられているんだ。それに、このハルピンにいたロシア人がどうなったか…… スターリンは自由を保証するだなんていっておきながら、あの人たちだって本国に送還されてどうなったかわからないじゃないですか? ああ、あの商店街のパン屋の”フリェーブ”のおじさんだって! あんなに気さくで人のよいおじさんだったのに! ソ連の共産主義はそんなヒドイことをするんですよ。なのに、あんなソ連と同類の八路軍(パーロ)の味方をするなんて……!」
酒を飲んでいい塩梅になっていた父は、急に不機嫌そうになってジロリと私を睨みつけた。
「いいか、今のこと、決して人前では言うなよ!」と、脅すように言った。
「わかっている。忍をあんな目に合わせた奴らのことは私も忘れていない。私も最初はアカなんて危険思想でしかないと思っていた。だけどな、フタを開けてみると、共産主義そのものは別に悪い思想じゃないんだ。いいや、きっとあれは正しい、もっともな思想だ。経済的にまだ未達成なところがあるとしたら、それはまだ時代が熟していないからだ。五カ年計画が成功すれば、きっとソ連が世界のリーダーになるよ。そして、ここでは共産党が国民党に勝利し、毛沢東がそれに続くんだ!」
「だけど……」
「いいか、私はたしかに今は八路軍の言いなりになっているところもある。でも、そうせざるをえないんだ。この国を治めている一番強い奴のもとにつくしか、生き残るのは難しいんだ。戦争中は関東軍の、そして今は八路軍の側につくしか…… それが生きる術だ。強い者、数の多い者たちの側につくんだ。逆らえば痛い目をみる。わかるか……」
そして、父はまた調子っぱずれの声で歌いだした。
「ゆけ万国の労働者……」
そんな父の姿に幻滅し、もはや議論をふっかけることもしなくなり、親は親、子は子として、私は30年後の時代の先がけとなりそうな”断絶”の道を行くようになったのだ。
そんな自分の方向性を後押しするかのように、その年の夏の初めに父は私に告げた。
「いいか。おまえは日本に帰るんだ」
「……」
「ここにいちゃ駄目だ。ここじゃあ、十分な教育が受けられない」
8月から在留邦人の引き揚げが開始されるということだった。国民党と共産党が一時的に停戦し、最前線における在留邦人の通過を認める。この機会に父は早速私を日本へ帰すつもりでいる。理由は、ここにいては私の教育が不十分なことから。それと食料事情が悪いこと。治安はある程度回復してはいるが、ここの環境は育ち盛りの私の育成に適さないと判断したのだろう。
でも、そんなの表向きの理由にすぎない。敗戦国の日本の教育制度がここより上だとは限らないし、度重なる空襲を受け、あげくには新型爆弾まで落とされた本土の食料事情がここよりマシだとも限らない。本当の理由は他にある。私を厄介払いしたい理由が……
「父さんは帰らないの?」
私の問いかけに、父はこう答えた。
「八路軍が帰してはくれない。それに母さんも帰れない」
「何故?」
「おまえも気づいているだろう? 母さんは妊娠している……」
「!」
「あと二ヶ月もすれば生まれるだろう。生まれたばかりの赤子が長い旅に耐えられると思うか? 子供がもう少し大きくなってからでないと無理だ」
そうか、そういうわけなのか…… なんだか妙に納得がいった。
母の体の異変――ぽっこりと膨らんだ腹や洗面所で嘔吐している姿に私も気づいていた。そうして私は、あの半年ほど前の冬の夜のこと思い起こしたのだ。まだ妹の病死から間がないというのに、隣に住んでいた自称満鉄役員が失踪して急にテンションの上がった父が、母の股間に自分の猛々しい男根を押しつけていた夜のことを……
新しい子供が生まれる。新しい家族だ。父は(母もかもしれないが)、やたら反抗的でひねくれ者の私なんか放って、新しい子供と家族三人で暮らしたいのだろう。
「どうだ? うれしくはないのか? おまえに弟か、二人目の妹ができるんだ。母さんは出産を済ませてから帰ることになるだろう。だから、おまえは一人で先に帰るんだ」
一人で先にって…… 本当はもう帰ってこないんじゃないの? 父も母も毛沢東に心酔している。ここでの暮らしは決して豊かではないけど、平等な労働者の国で、反共主義者の私など放り出して、ここで仲良く家族三人で暮らしたいんだ。
父はそうに決まっているし、母だって、表にこそ出さないが、内心では私のことをどう思っているのか? だって、彼女はあの夜のことに気づいているかもしれないのだ。私が母を殺そうとしたこと、ソ連兵に襲われて倒れこんだ彼女の、投げ出された掌に私が毒薬を渡そうとしたことに……
「教育って…… 日本は資本主義の国だよ。マルクスやレーニンとは縁もゆかりもない国だよ。そんな国の教育を受けていいの?」
久しぶりに交わす父との議論。本当に私一人だけが本国に帰されるのなら、私一人が両親から離されるのなら、最後ぐらい言いたいことを言っておきたい。
「いいか。今、日本がどうなっているのかわからない。アメリカにでも占領されているのなら、そこでどんな教育を受けさせられているのか……
でもな、いずれ私たちは日本へ帰らなければならないだろう。アメリカに支配されているのなら、その中で生きてゆくしかないだろう。なら、早いとこ日本に戻って、その資本主義を勉強するしかない……」
「共産主義が正しいんじゃなかったの?」
「ここではな。向こうへ行けば、向こうの思想や主義に染まらなきゃ生らないんだ。細かいことにこだわっていても仕方がない。それが生きてゆく術なんだ」
「そんな……」
父の言い分がしっくりこない。でも、わかる気がした。だからこそ父はいつの時代においても突出した存在になれたのだろう。帝大出で、エリートと呼ばれた満鉄の運転手。そして今は中国の共産党をサポートする身。いつの時代でも、環境に適応し、力のある者を受け入れ、周囲と調和してやってゆくこと。たしかにそれは能力なのだ。
「わかったよ」と、私は言った。「帰るよ。僕は一人で日本に帰る……」
言った途端に黄のことが頭に浮かんだ。
最後に会った時(まだ去年の冬の日の朝だ)、私は彼を突き飛ばした。お使いの途中だった彼を道端に突き飛ばし、籠の中の売り物の醤油の瓶がゴロンと転がり、埃まみれにさせた。咎めるような眼差しを向けた彼に、私はなにも言わず、背を向けて立ち去ったのだ。あれ以来、彼とは一度も会っていない。
いいのか? あのままでいいのか? あれで私と彼との関係を終わらせても……
だけど……
そうだ、いつまでもここにいたって仕方がない。ここにいたって、彼には会えない。会いに行く勇気なんてない…… ならば、ここにいなくたって同じことだ!
私は、黄への想いをふっきり、眼の前の父を睨み返し、大声で叫びだしたいほど強く心の中で繰り返した。
わかったよ、出て行ってやるよ、消えてやるよ。この場所から!