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あの伝説の野外フェスティバルを実現したのはゲイの青年でした…『ウッドストックがやってくる』

あの『ブロークバック・マウンテン』で世界を涙させたアン・リー監督の最新作『ウッドストックがやってくる!』が公開中です。伝説の野外ロックフェスを実現した立役者エリオット・タイバーは、ゲイのユダヤ人青年でした。

あの伝説の野外フェスティバルを実現したのはゲイの青年でした…『ウッドストックがやってくる』

2011年のゲイ映画第1弾とも言うべき、アン・リーの最新作『ウッドストックがやってくる!』。歴史を変えたと言われる伝説の野外ロックフェスティバルを実現した立役者エリオット・タイバーは、ゲイのユダヤ人青年でした。彼のゲイ・ヒストリーや当時のゲイの状況がリアルに伝わってくる原作本もあわせてご紹介いたします。(後藤純一)

ウッドストックとは?

 おそらく40代以下の方にとってはあまりピンとこないのでは?とも思いますので、『ウッドストックがやってくる!』を観るための前提(予備知識)として、簡単にウッドストックがどういうイベントだったのかをご紹介いたします。
 
 ウッドストック・フェスティバルは、ジミ・ヘンドリックス、ジャニス・ジョプリン、ジョーン・バエズ、スライ&ザ・ファミリー・ストーン、クロスビー、スティルス&ナッシュ、ザ・フー、ジェファーソン・エアプレイン、クリーデンス・クリアウォーター・リバイバル、グレイトフル・デッドなど、総勢30組以上の錚々たるロックグループが出演し、1969年8月15日~17日の3日間にわたって開催された史上最大の大規模野外フェスティバルです。40万人とも50万人とも言われる人々が集まり、「世界を変えた」とも言われる、歴史的にして伝説的な事件です。

 1960年代後半、「正義無きベトナム戦争」への反対運動として、若者たちを中心に、徴兵を拒否し、伝統的な社会を否定して、愛と平和と芸術と自由を訴え、各地にコミューンと呼ばれる共同体を作るヒッピーの一大ムーブメントが起こりました。その精神的背景には絶大な人気があったビートルズのスピリチュアルな音楽(LSDによる精神解放やインド思想)が大きく作用していると言われています。

 ヒッピー・ムーブメントはゲイと決して無関係ではありません。60年代にサンフランシスコで起こったサイケデリック・ムーブメントは、70年代に入り、その姿をゲイ・ムーブメントに変えていきます。そんなムーブメントを象徴するのが、ヒッピー集団(ゲイや女性)「The Cockettes(ザ・コケッツ)」でした。奇抜なコスチュームとグリッターをちりばめ(ドラァグクイーンです)、サンフランシスコで深夜ミュージカルを無料で公演し、カルチャー界やクラブシーンに大きな影響を与え、今でも伝説として語り継がれています。

 ウッドストック・フェスティバルは、音楽イベントであるだけでなく、カウンター・カルチャーを集大成した1960年代のヒューマン・ビーイン(人間性回復のための平和的な集会)でもあり、ヒッピー時代の頂点を示すシンボルと捉えられています。ウッドストックに参加したヒッピーたちの中には少なからずゲイもいたでしょうし、実はニューヨーク州ホワイトレイクにウッドストックを招致した立役者もゲイの青年だった、というのが、『ウッドストックがやってくる!』という映画なのです。

 Wikipedeiaによると、ウッドストックには40万人もの人々が参加したのに、暴力事件は報告されていないそうです。同年の12月に開催されたローリング・ストーンズのフリー・コンサートで黒人が殺害された事件(オルタモントの悲劇)とは対照的に、ウッドストックが「愛と平和の祭典」であったことを物語っています。 
 そして、ヒッピー幻想の終焉と崩壊をまざまざと見せつけたのが1975年のベトナム戦争におけるアメリカの敗戦、ならびに「ホテル・カリフォルニア」なのです。

 なお、ヒッピー・ムーブメントは完全に死に絶えたわけではなく、90年代前半以降、野外レイヴ・パーティやアンダーグラウンドのクラブ、トランス(おもにサイケデリックトランス)、グランジロック等の文化とリンクした形で静かに広がりを見せています。また、ヒューマン・ビーインも9.11以降復活し、世界各地で(東京でも)集会が開催されています。
 そして、このムーブメントから誕生した「ラブ&ピース」のスピリットは、たぶんですが、今でも世界中のゲイたちによって日々、体現されているのはないでしょうか?

 

映画『ウッドストックがやってくる!』


 1969年、アメリカはベトナム戦争とアポロ11号月面着陸のことで話が持ち切りでした。しかし、エリオット・タイバーにとっては、ジュディ・ガーランドの死と、実家のモーテルを何とかすることのほうが大事でした。

 エリオットは、ニューヨークで成功したゲイのアーティスト(絵描き、デザイナー)。実家はニューヨーク州の田舎町ホワイトレイクのモーテルで、最悪にケチで気難しい母親と死人のように無気力な父親のおかげで経営の危機に瀕しています。しかしエリオットは、姉のように家族というしがらみを断ち切るのではなく(そうしたければできたはずですが)、地元の商工会長も買って出て、なんとか両親がやっていけるように尽力します。(おまけに納屋では前衛演劇集団を住まわせています)
 エリオットは別に、歴史に残る大イベントを開催することで有名になろうとか、そういうつもりはありませんでした。ただ、不憫な両親の食い扶持を何とかしようという気持ち、そして生まれ故郷の町が少しでも潤うようにという気持ちで、ウッドストック事務局に電話をかけたのでした。彼の心根の優しさ、素直な人の良さが、結果的に「伝説」へとつながったのです。アン・リー監督はそういうふうに描きたかったはずです。

 映画の解説では「エリオット自身が成長していく姿が描かれている」と書かれていますが、本当に変わったのはエリオットの周囲の、父親に代表される田舎町の人々(古い価値観に縛られて生きてきた人々)です。伝統的な価値観が支配する田舎町に、突如として「愛と平和と自由」が押し寄せてきます。それは「暴力」や「権威」とは対極にあるもの。オープンで、美しくて、キラキラしていて、グラマラスで、純真無垢な、人間の生きる喜びそのもの。その奇蹟のような瞬間の素晴らしさこそが、この映画の見どころです。
 たぶんですが、この映画を観て、僕らのパレードや野外フェスティバルを思い出す方は多いと思います。
殺伐とした時代に、金儲けではなく、若者たちが「愛と自由、人間性を取り戻すこと」を目的に開催した、夢のようなお祭り。主催者も(エリオットをはじめ)その周囲の人も至らないことだらけですが、でも、その思いの純粋さゆえに、時代を体現していたがゆえに、あれだけ大勢の人々が集まり、奇蹟のような瞬間が生み出されたのです。
 これは、ウッドストック40周年ということで2009年に発表された作品ですが、たぶん、アン・リー監督は、今こそ「LOVE&PEACE」だ、そして「CHANGE」が必要だと訴えたかったんだと思います。戦争に疲れ、不景気なアメリカの閉塞状況に一筋の光を当てるような…そんな意味もある気がします。
 
 アン・リー監督もインタビューで語っているように、映画では原作本の前半部分(エリオットがニューヨークでどんなゲイライフを送ってきたか)はカットされ、ゲイに関するエピソードは、ごくひかえめな描写にとどめられています。
 それでも、エリオットのワクワクするような「ひと夏の恋」がしっかり、描かれています。フラワー・チルドレン(ヒッピーの若者)たちが「フレンズ・オブ・ドロシー」を祝福してくれるシーンは本当に素敵です。時代は警察のゲイバーへのガサ入れが常態化し、ストーンウォール事件が起こった1969年でしたが、ウッドストック(ヒッピーの文化や精神)にはゲイかストレートかなんて関係ないことだったのです。

 主人公エリオットの他に、もう1人、トランスジェンダー(MTF)のキャラクター、ヴィルマも登場します。元海兵隊員だというヴィルマは、ゴツい体でむりくり女装しているのですが(当時はホルモン療法や手術もままならなかったのでしょう)、とても頼りになる存在で、エリオットをいろいろ助けてくれます。ヴィルマを演じているのが映画『ウルヴァリン:X-MEN ZERO』でウルヴァリンの兄(男くさいガチムチ野郎)を演じたリーヴ・シュレイバーだというのもオドロキです。そのギャップのスゴさを楽しんでください。
 他にも、主催者マイケルのこれみよがしな「王子様」スタイル(馬に乗って登場したり…)や、ことあるごとに全裸になってしまう前衛劇団のメンバーなど、とてもキャラの立った人たちがいろいろ登場し、笑わせてくれます。史実に基づいてはいますが、決してドキュメンタリー・タッチではなく、コメディ・タッチなエンターテイメント作品なのです。

<ストーリー>
1969年。エリオット(ディミトリ・マーティン)は、ニューヨーク州ホワイトレイクの実家で「エル・モナコ」という古びたモーテルを営む両親のもと、家業の手伝いに束縛される日々に息苦しさを感じていた。34歳の若さで地元商工会会長も任された彼のせめてもの願いは、大好きな音楽で町おこしをすること。7月15日、ウォールキルの町で行われるはずだったウッドストック・フェスティバルの開催許可が取り下げられたことを知ったエリオットは、わが町に招こうと考え、事務局に電話をかける。すぐさまヘリコプターで視察に現れた若き主催者マイケル・ラング(ジョナサン・グロフ)とエリオットは意気投合し、「エル・モナコ」近くの広大な牧場をコンサート会場と決める。しかし、そのニュースが報道されるやいなや、ヒッピーに町を荒らされることを恐れた地元住民が一斉に反発し、エリオットはひどく罵倒される。おまけに両親はプールに漂白剤を入れたり、とんちんかんなことばかり。さまざまな困難に直面しながらも、ベトナム帰還兵の親友ビリー(エミール・ハーシュ)や前衛劇団の座長デヴォン(ダン・フォグラー)らに励まされ、しっちゃかめっちゃかなお祭り騒ぎのなか、8月15日、史上最大の「愛と平和」のフェスティバルが幕を開けた…

 
ウッドストックがやってくる!
2009年/アメリカ/配給:フェイス・トゥ・フェイス/監督・プロデューサー:アン・リー/出演:ディミトリ・マーティン、ダン・フォグラー、ヘンリー・グッドマン、ジョナサン・グロフ、ユージン・レヴィ、ジェフリー・ディーン・モーガン、イメルダ・スタウントン、ポール・ダノ、ケリ・ガーナー、メイミー・ガマー、エミール・ハーシュ、リーヴ・シュレイバー/2011年1月15日よりヒューマントラストシネマ渋谷にてロードショー

 



原作本『ウッドストックがやってくる』


1969年当時のエリオット

 映画『ウッドストックがやってくる!』は、このエリオット・タイバーの自伝(回想録)を原作としています。映画では大幅なカットを余儀なくされましたが、前半のエリオットのゲイライフの部分がとても興味深く、これを読むことで映画の魅力がさらに増す(コンプリートされる)はずです。正直、映画よりももっとビンビン伝わってくるような驚きのエピソードに満ちていて、「これは僕のことだ」と深く共感でき、エリオットの経験とともにカタルシスを得られるような、素晴らしい本です。『MILK ゲイの「市長」と呼ばれた男』などにも匹敵するような、ゲイの歴史をリアルに感じとれる第一級の読み物だと思います(しかも、未来への希望を感じ取れるようなエンターテイメント本です)
 
 映画を観ると、田舎町のホワイトレイクがエリオットの故郷だと思うはずですが、実は実家はもともとニューヨークのブルックリンにありました。エリオット(ユダヤ名エリヤフを改名)はニューヨークで生まれ育ち、ユダヤの神学校に通っていました。が、11歳のときに偶然、タイムズスクエアの映画館で同性とのセックスを経験し、それ以降ずっと愛のないセックスを繰り返します。そして、16歳のときに初めて、恋人と呼べるような人と出会い、愛とセックスが結び付くのです(初めてのキスも経験します)

 やがて、両親はブルックリンの金物屋を売り払い、ホワイトレイクの廃屋のようなモーテルを買って移り住みます。大学を出てインテリアデザイナーとして成功したエリオットは、平日はニューヨークで仕事をし、夜はゲイの集まる場所でセックスに明け暮れ、週末はホワイトレイクの実家のモーテルを何とか建て直すためにお金を注ぎ込み、ボロボロになりながら働いていました。

 当時、ニューヨークでは、ゲイが金品を奪われたり、命を奪われたりということが日常茶飯事でした。警察が守ってくれるはずもなく、おとり捜査でゲイを捕まえてはボコボコに殴ったり、警察署でゲイだとバレた途端、口汚く罵られるのがオチでした。
 エリオットは「ゲイの多くは、エイズに冒される以前は、同性愛嫌悪という病気に冒されていた」と綴ります。アンダーグラウンドな場所で名も無い男として不特定多数の相手とセックスすることだけが、自分の存在理由でした。しかし、そんな中でも、ゲイとして、パートナーを持ち、幸せに生きようとする人たちもいましたが、その関係は秘密にされなければなりませんでした。会社にゲイだとバレた途端、解雇されるからです。
 そんな中で、エリオットは、(多くはアンダーグラウンドな場所で)たくさんのセレブにも会います。ロバート・メイプルソープ、ハーヴェイ・ミルク、マーロン・ブランド、ロック・ハドソン、テネシー・ウィリアムズ、トルーマン・カポーティ…。すでに亡くなった方たちばかりだとは言え、「こんなことまで書いていいの?」とビックリするようなエピソードが続々と…衝撃の連続です。


今のエリオット(GLAADメディア賞にて)

 1969年6月28日、ジュディ・ガーランドが亡くなった週の週末、エリオットはホワイトレイクへは帰らず、ずっとニューヨークで過ごすことを決めました。それはまさに神の采配でした。彼はあの、世界のゲイ解放運動の始まりであり、革命として語り継がれるをストーンウォール事件の現場にいあわせたのです。エリオットが歴史が動くのを目の当たりにし、「ゲイはもう一方的に殴られるだけの存在じゃない。太陽の下に出て、堂々と権利を主張していいんだ」という実感を得たことで、女神は彼に微笑んだのです。

 ウッドストックの誘致が決まり、大勢の人たちがモーテルになだれこんできました。そこにはたくさんのゲイやレズビアンもいました。地元ではクローゼットで通していたエリオットも、ブローウェイのダンサーをしているというあまりにもセクシーなゲイ・ガイズに誘惑され、ついに、両親の目の前で、男性とキスしてしまいます。「そのとき、ホワイトレイクとマンハッタンがつながった」
 エリオットは「ウッドストックがもたらした最大の恩恵は、性的指向の多様性だった」と断言します。そこここで、男と男、女と女が愛し合い、自由な、楽園のような光景が繰り広げられていました。
 映画にも登場したトランスジェンダーのヴィルマだけでなく、そこには、ジョーゼットという「大地と豊穣の女神グレイト・マザー」のような素晴らしいレズビアン女性もやって来ました。オープンで、正直で、タフで、リラックスしていて…彼女はエリオットの教師のような存在になったといいます。彼女はウッドストックに集まってきた同性愛者たちを自然と引き寄せ、虜にしただけでなく、エリオットの両親さえも変えていったそうです。

 他にもゲイに関するさまざまなエピソードが登場します。
 ウッドストックが終わったあと、エリオットや両親がどうなったのか…エピローグ的な話も、実に興味深かったり、感動だったりもします。
 ぜひ、実際に本を読んで確かめてください。


ウッドストックがやってくる
著:トム・モンテ、エリオット・タイバー/翻訳:矢口誠/河出書房新社/1,680円