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イタリアから届いた笑えて泣けるゲイ映画『あしたのパスタはアルデンテ』

「2011年NO.1ゲイ映画」と言える新時代の名作ゲイ映画がイタリアから届きました。ゲラゲラ笑って、思い切り泣いて、イタリア映画ならではの美しいシーンに酔いしれてください。

イタリアから届いた笑えて泣けるゲイ映画『あしたのパスタはアルデンテ』

この映画『あしたのパスタはアルデンテ』は、ゲラゲラ笑えるコメディでありながら、このうえなく素晴らしいラストシーンが用意され、黄金期のイタリア映画を彷彿とさせるようなクオリティがあります。また1つ、ゲイ映画の名作と呼べるような作品が誕生したことは間違いありません。オープンリー・ゲイであるフェルザン・オズペテク監督という新たな才能の登場を喜びつつ、作品のレビューをお届けしたいと思います。(後藤純一)


絶妙なストーリー


あしたのパスタはアルデンテ
MINE VAGANTI
2010 年/イタリア
監督・脚本:フェルザン・オズペテク
脚本:イヴァン・コトロネーオ
出演:リッカルド・スカマルチョ、
ニコール・グリマウド、
アレッサンドロ・プレツィオージ、
エンニオ・ファンタスティキーニほか
配給:セテラ・インターナショナル
シネスイッチ銀座ほかで公開中
 イタリア半島の南端に位置する海辺の街・レッツェでパスタ工場を営むカントーネ家。丸いテーブルを囲んでみんなでパスタを食べる大家族はとても幸せそうに見えます。社長である父親は、二人の息子たちに工場の経営を任せようと考えており、引き継ぎのための晩餐会が計画されています。その前夜、工場長をしている兄のアントニオに、弟のトンマーゾは「僕は工場なんて要らないから、ローマで暮らしたい。ゆくゆくは作家になりたい。そして、これは大したことじゃないけど、僕はゲイなんだ」と告げます。「晩餐の席で家族に話すつもりさ」とも。「本当にそんなことをするのか? 父が何と言うか」と言う兄に、弟は「きっと家を追い出されるだろうね。あの父が許すなんて考えられない」と答えます。
 晩餐会の日。弟のトンマーゾが口を開く前に、兄がまさかのカミングアウト。父はものすごい剣幕で怒り狂い、アントニオを勘当します。トンマーゾももちろん驚き、そして「やられた」と思うのです。が、心臓発作で倒れた父に涙目で後を継ぐよう懇願され、トンマーゾは家族にゲイだと言う機会を逸したまま、そしてローマに彼氏を残したまま、渋々田舎町で工場経営をやらされるはめに… 
 次々起こるドタバタな事件。トンマーゾはこのまま父親の言いなりに生きることになるのか、アントニオは果たして許されるのか…


新時代のゲイ映画の名作の誕生

 まず、この作品は、腹を抱えて笑えるような傑作コメディであると強調しておきます。特に、ローマに住むトンマーゾの彼氏やゲイ友達が家に突然やって来たときの大騒動が最高に笑えます。
 ゲイの息子とそれを認めない父親との葛藤というシチュエーションは、ともするとシリアスなものになりがちです。ところが、週刊『AERA』で「この映画では、ゲイの弟は『変な来訪者』ではない。騒ぎを繰り返すお父さんの方が『変な人』になるわけで、ファミリーコメディの保守性をさらりと逆立ちさせているわけですね」と指摘されているように、ゲイのことを全く理解していない父親のほうが滑稽で、笑える仕掛けにもなっているのです(なんと痛快な脚本でしょう)。そして、父親のリアクションが滑稽であるがゆえに、微笑ましくて憎めないキャラクターになっているのです。

 それから、この作品は、スゴイことに、ただのコメディに終わっていません。ドタバタのホームドラマと並行して繰り広げられる、あるサイドストーリーがキーになっています。映画の結末にはあっと驚く展開が用意され、そのあまりにもけなげで美しいラストシーンの数分間、なんということでしょう、あふれる涙でスクリーンが曇ってしまいました(まるで『ニュー・シネマ・パラダイス』を観たときのように)。これがもし東京国際レズビアン&ゲイ映画祭で上映されていたら、間違いなく大きな拍手が起きていたはずです。
 
 この作品をゲイ映画という視点で観ると、たとえば過去に東京国際レズビアン&ゲイ映画祭で上映された『ブロークン・ハーツ・クラブ』や『ベア・パパ』や『シェルター』のような、現代に生きるゲイの姿をリアルに描きながら最後に爽やかな感動を与えてくれるような名作と同じラインに並ぶ作品だと言えます。それと同時に、『ブロークバック・マウンテン』や『シングルマン』のようなせつなさ、『トーチソング・トリロジー』のような家族との葛藤、フランソワ・オゾンの『サマードレス』のようなキャンプさ…そうしたゲイ映画のたいせつな要素がギュっと詰まっている作品だと思います。それでいて、ヴィスコンティの『ヴェニスに死す』のような、一度観たら忘れられないイタリア映画ならではの美しい名シーンを生み出すことにも成功しています。
 今、新たなゲイ映画の古典となるような名作が誕生しました。僕はこれから「心のゲイ映画」を10本選べと言われたら、必ずこれを入れると思います。僕的には、2011年のNo.1ゲイ映画です。
 
 『あしたのパスタはアルデンテ』の原題は「MINE VAGANTI」といい、浮遊する地雷(歩く危険人物)という意味なんだそうです。大家族の中の危険人物…それは一見、ゲイの兄弟たちのことを指しているように思えますが、実は彼らだけではありません。
 不本意な結婚を余儀なくされ、今は糖尿と闘いながらも、家長(ゲイの兄弟の父親)を牽制したりもするおばあさま、昔駆け落ちしてひどい目にあい、今は家に縛り付けられ、夜な夜な男を部屋に誘い込んでいる過剰にセクシーなルチアーナ叔母さま、アントニオがいなくなったあと、工場で「今こそ自分の出番だ」と張り切るトンマーゾの姉エレナ…みんな、男社会で涙を呑んできた女たちであり、表には出さないながらも、どこかで父親/夫/男たちを見返してやろう、権威をひっくり返してやろうと機会を窺っているように見えます。
 この映画は、男たちが結託して女性やゲイを抑圧している(旧態依然としたホモソーシャルな)社会で、女たちとゲイたちがいっしょに自由を求めて立ち上がる、というようなテーマ性をも含んでいます。そういう意味で、フランソワ・オゾンの『しあわせの雨傘』などにも通じる「女性讃歌」でもあります。
 
 それから、この映画に出てくる男たちが、イタリアだけに、色気のあるイイ男ぞろいだということも付け加えておきます。(ゲイの友達たちなんて、海外のゲイツアーのモデルみたいです)

 また、マドンナが「音楽のセンスが素晴らしい。天才よ!」と絶賛したように、ときどき挿入される、60年代ポップス風味の歌(日本で言うと昭和歌謡)が、絶妙な味付けになっています。この歌は、ゲイテイスト以外のなにものでもありません。サントラがほしくなります。

「イタリアのアルモドバル」フェルザン・オズペテク監督


フェルザン・オズペテク監督
 監督のフェルザン・オズペテクは、「イタリアのアルモドバル」とか「ポスト・アルモドバル」と言われる現代イタリア映画界を代表する名匠です(国際映画祭の常連で、この作品もベルリン映画祭に出品されています)。古き良き時代のイタリア映画へのオマージュを込めながら、愛、家族、セクシュアリティを描き、公開すれば必ずヒットすると言われている監督です。ゲイであることをカミングアウトしています。

 これまでにも『無邪気な妖精たち』(2001)という作品で、ニューヨーク・レズビアン&ゲイ映画祭で最優秀作品賞を受賞したりしています。こんな映画だそうです。
 主人公アントニアは最愛の夫をなくし、悲しみに明け暮れている。しかし、ふとしたきっかけで彼女は夫に7年間もつきあっていた愛人がいて、しかも男性だったということを知る。戸惑いと怒りが混じり合う中、アントニアは夫の愛人ミケーレとしだいに友情を結び、家族や社会の偏見の中で互いを支え合って逞しく生きるゲイのコミュニティに迎えられる。感情的なトルコの音楽にのせた情熱的な映像、友情の大切さ、そして「食」の存在。大きな食卓を囲んでわいわい料理にワイン、そして会話を楽しむミケーレの仲間たちの姿はまさに新たな家族像。(公式パンフレットより)

 日本では、2000年に『ラスト・ハーレム』というオスマントルコを舞台にした時代物の作品が公開されていますが、それ以降はイタリア映画祭のような時にしか上映されず、ほとんど知名度がありませんでした。今回やっと、『あしたのパスタはアルデンテ』が公開されたことを、心から喜びたいと思います。この映画の興行が成功すれば、きっとオズペテク作品が今後も日本で上映されていくでしょう(オゾンやアルモドバルのように)し、『無邪気な妖精たち』をはじめとする過去の作品の特集上映が組まれたりもするかもしれません。そうなることを願います。
 
 東京では現在、シネスイッチ銀座1館のみの単館上映ですが、公開されたばかりで、まだ当分は(少なくとも数週間は)上映されると思います。ぜひ、お友達や彼氏といっしょに、ご覧ください。