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映画『スプリング・フィーバー』

現代の南京を舞台に、まるで一夜の春の嵐のように激しく吹きすさぶ男たちの愛、そして風に舞い散る花びらのように運命に翻弄され、彷徨いゆく男女の群像——現代中国を代表するロウ・イエ監督による、せつない恋の映像詩『スプリング・フィーバー』(2009年カンヌ国際映画祭脚本賞受賞作品)。11月6日から渋谷のシネマライズで上映されます。

映画『スプリング・フィーバー』

 『スプリング・フィーバー』は、今の日本のゲイから見ると、ちょっとビックリするような「男どうしで愛することの困難」を描いています。これが中国の現実なのかと思う方は多いことでしょう。

 中国のゲイ映画というと、『藍宇』や『美少年の恋』を思い出す方が多いと思いますが、それらはいずれも香港で製作されたもので、中国本土で製作されたゲイ映画はほぼ『東宮西宮』しかありませんでした。また、『ブロークバックマウンテン』など同性愛を描いた映画が国内で上映禁止になるなど、たいへん厳しい環境にあるのです。

 また、ロウ・イエ監督自身、映画撮影禁止処分を受けている最中でしたので、いつ当局に見つかって差し押さえられたり逮捕されたりするかもわからない状況の中、ゲリラ的に撮影されたのでした。

 そんな『スプリング・フィーバー』は、欧米のゲイ映画のような、ゲイコミュニティがしっかりある中で、同性婚や子どものことも視野に入れながら前向きにゲイライフを生きようとするような雰囲気とは全く対照的です。
 まだ同性愛者が社会に受け入れられていない厳しい状況の中で、それでも必死に、全身全霊で恋を貫こうとするような、男どうしで堂々と愛しあうこと自体がすなわち革命であるような、激しく、孤独で、だからこそ自由の重みがひしひしと伝わってくるような作品です。

 正直、明るい気持ちになれるような作品ではありませんし、ゲイがアンダーグラウンド的な存在として描かれることに抵抗を覚える方もいらっしゃるかもしれません。

 でも、それでも、一度はこの『スプリング・フィーバー』を観てほしいと思います。なぜでしょうか? その理由を以下に述べたいと思います。(後藤純一)

脚本の魅力

 メイ・フェンという方が手がけた『スプリング・フィーバー』の脚本は、昨年のカンヌ国際映画祭で見事に脚本賞を受賞しました(つまり、世界最高クラスだということです)

 この脚本に魅せられて、主演のチン・ハオやチェン・スーチョンも、当局から逮捕されることも覚悟のうえで(次章を参照)出演を決めたのでした。

 ごくおおまかに、前半のストーリーを要約すると、こういう感じになります。

女性教師のリンは、夫のワン(ウー・ウェイ)に愛人がいるのではないかと疑い、ルオ(チェン・スーチョン)という若者を雇い、探偵として夫の行動を探らせます。ワンが密会している相手が女性ではなく、ゲイの青年ジャン(チン・ハオ)だったことがわかり、リンはショックを受けます。リンは取り乱し、ジャンの会社に怒鳴り込みます(ジャンは会社にゲイであることがバレてしまいます)。そうしてジャンは、ワンから距離を置くようになりますが、ゲイバーで女装して歌っていたとき、ワンが自殺したことを知って、舞台裏で泣き崩れます。その光景を見ていたルオは、ジャンに手を差し伸べ、恋に落ちていくのです。一方、ルオにはジンという女性の恋人もいて、複雑な三角関係がはじまります…

 ルオは初め、探偵の仕事でジャンの行動を監視していたわけですが、いつの間にかジャンに惚れてしまいます(女装した姿に惚れるのは、ゲイ的にはありえないでしょうが、バイセクシュアルらしいのかもしれません)。ジャンは彼が自分を密告した相手だとは知らず、恋に落ちていくのです。 
 夫がゲイだと知ったときのリンの取り乱し方、その感情の激しさにも驚かされます。
 そして、夫ワンがその後辿った顛末の悲惨さ、そして華やかなステージの裏で泣き崩れるジャンの姿も、身につまされます。

 映画評論家の川口敦子さんは、「ロウ・イエ監督は親密な人の心の時空の苛酷な深奥を切り裂いていく」という記事で、この映画の主役であるジャン、ルオ、ジンの3人は「ひとりで泣く人たちだ」と語っています。本当にその通りだと思います。
「恋人の自殺を知ってドラァグクイーンの扮装のまま通路の隅でひとりジャン・チョンは泣きじゃくる。その姿に彼の恋人の死を招くスパイ行為を請け負ったルオ・ハイタオが引き寄せられる。自身に覚えがなくはない孤高の魂、その寂しさをそこに見たからだろう。チャチャのリズムで陽気に明けた朝、踊る恋人ルオの携帯にある写真を目にして、けれども問い質すより美容室のシャンプー台で孤りの時を噛みしめることをとる娘リー・ジン。旅の一夜、うっすらと気づいていた男ふたりの関係を窓辺のキスで確信した時も彼女は、ひとりカラオケの部屋で歌い泣く。無言で加わり手を差し延べるジャン。歌うルオ。3人の時空に響くのは孤独の同志の心の共鳴だ」

 複雑に絡みあった人間関係、予想外の、息をもつかせぬドラマティックな展開それはある意味「ダイエードラマ」に通じるような熱さ(ベタさ)とも言えます。決して平坦で退屈なストーリーではありません。
 一方で、中国の近代文学史上に名を残す郁達夫という作家の詩『春風沈酔の夜』(映画のタイトルの由来)が、随所に散りばめられ、この作品の基調をなしています。全体として詩的で芸術的な印象を与える、見終わったあとに何とも言えずせつない余韻を残すのです。
 優れた映画というのは、何度か観たくなる、繰り返し観るたびに新たな発見があるものですが、この作品は間違いなくそういうものだと思います。

監督の思い

 『スプリング・フィーバー』のロウ・イエ監督は、天安門事件を題材にした『天安門、恋人たち』(2006年)がカンヌで上映され、絶賛を浴びましたが、同時に中国当局から5年間の映画製作禁止を言い渡されました。しかし、監督は、いつ見つかってカメラを取り上げられるかもわからない緊迫した状況の中、当局の目をかいくぐって手持ちカメラによるゲリラ撮影で、この『スプリング・フィーバー』を撮り上げたのです。

 そんな気骨あふれるロウ・イエ監督が、先月、来日を果たし、さまざまなメディアのインタビューに応えていました。

 MOVIE Collectionの「中国のタブーに挑み上映禁止処分を受けたロウ・イエ監督が語る中国社会の圧力」という記事によると、『スプリング・フィーバー』で同性愛を描いた動機について、監督はこのように語っています。

「カンヌでの上映後に、中国のあるサイトで『性の不自由=政治の不自由だ』というようなことを言われたのですが、すごく当たっていると思います。私たちはそういう不自由な状況に置かれているのです」

「映画のテーマは、今日の中国の若者の姿を撮ることと、人と人との関係──愛でした。そのなかで、自然に同性愛が出てきたのです。同性愛は法律で禁止されているわけではないので、同性愛者は一見、自由です。けれど目に見えない部分での圧力がある。私は以前、『同性愛者が置かれている状況は、すなわち人間が置かれている状況である』と言ったことがあります。私がこの映画で言いたかったのは、社会のなかでの圧力、生活のなかでの圧力についてです。その一部として、同性愛を配置したのです」

 配給会社アップリンクのサイト「Web DICEでは、こんなエピソードが紹介されています。監督がやってきたことが周囲の人に理解され、支持されていることを物語る、とてもいい話です。

 2006年、カンヌ国際映画祭で『天安門、恋人たち』上映されて数週間後、ロウ・イエの事務所に当局からの若い役人がやってきた。彼は賞状のように紙を両手で掲げ、読み始めようとするのだが、「ロウ・イエ監督、僕はあなたの作品が好きです」と言い、ロウ・イエは「わかってるよ、仕事なんだから早く読めばいい」と答え、その若い役人は、中国国内で5年間、映画の製作と上映を禁止する旨を告げたという。

 『スプリング・フィーバー』は、ロウ・イエが審査員も務めたこともある南京インディペンデント映画祭にも出品され、グランプリを取った。グランプリを与えた審査員も反骨精神があるが、受賞記念上映を南京郊外の映画館で行うことになった。中国では商業映画館は当局の管理下にあるため、本来なら製作禁止期間中にゲリラ的に撮影したロウ・イエの映画は上映ができるはずもないのだが、その映画館主は「グランプリ作品を上映しなくてどうする、責任は自分が取る」といって上映したという。

配給会社社長がこの作品に惚れこんだ理由

 アップリンクは数多くのゲイ映画を配給してきたり(デレク・ジャーマン作品や『セルロイド・クローゼット』、『ヴォイス・オブ・ヘドウィグ』など)、90年代に『ダイス』という雑誌でレズビアン&ゲイ映画祭を強力にプッシュしてくれたりとか、日本のゲイカルチャーシーンにおいて多大な貢献をしてきた会社です。

 そして、アップリンクの社長、浅井隆さんは、メイプルソープ写真集の輸入をめぐる「猥褻裁判」に勝訴し、芸術作品と認められれば全裸写真であってもOKという画期的な判決を引き出した、たいへん気骨のある(まるでロウ・イエのように)、尊敬すべき方です。(詳しくはこちら

 そんな浅井さんが、「この闘いの主戦場はである」というエッセイで、『スプリング・フィーバー』をアップリンクのの戦略兵器であると言い、「今まで配給してきた作品のベスト3に入る(デレク・ジャーマン作品のぞく)」と語っています。

「価値観の多様性がとりあえず保証されている日本では、自由であるはずの個人が同じ価値観に囚われる事を拒否せず、むしろ同じ価値観になびこうとする傾向があるのは、どうしたことなのだろうか。それは、言ってみれば愛の自由を自分で奪うことにならないのか」

「『スプリング・フィーバー』でロウ・イエとメイ・フォンが描こうとしたものは、そういった日本の状況とはずっと遠いところにある「愛の自由」だ。その自由は手に入れた瞬間に不自由をも強いるというものである。その矛盾する「愛の困難」さを、自明のこととしてわかったものだけが描けた映画である。ゆえにリアルな映画である。なぜリアルがいいのか、それはそこに生命の力があるからだ」

初日来場者に中国旅行が当たる

 アップリンク社長の「初日を満席にしたい」という思いから、 『スプリング・フィーバー』公開初日の116日(土)、中国旅行などが当たる抽選会が行われることになったそうです。

<プレゼント詳細>

1、北京または上海への往復航空券 【1名様】
初日ご来場のお客様から1名様に、成田~北京または上海間の往復航空券をプレゼント!
空港使用料、出入国税、燃油サーチャージなどは、ご当選者様のご負担となります。

2、ロウ・イエ監督の映画『ふたりの人魚』DVD 【10名様】
ロッテルダム映画祭(2000)タイガー・アワード受賞、東京フィルメックス(2000)最優秀作品賞を受賞し、ロウ・イエ監督が世界で評価されるきっかけとなった『ふたりの人魚』のDVD10名様にプレゼント!

3、カフェ・レストラン「タベラ」の半額割引券 【初日各回50名ずつ、合計200名様】
世界の映画を配給してきたアップリンクがプロデュースする、世界の多彩な料理を提供するカフェレストラン『タベラ』での半額割引権を初日各回50名様に!

 というわけで、みなさんぜひ、6日(土)に渋谷シネマライズへお出かけください。

 

スプリング・フィーバーSpring Fever
2009年/中国、フランス/監督:ロウ・イエ/脚本:メイ・フェン/出演:チン・ハオ、チェン・スーチョン、タン・ジュオ、ウー・ウェイ、ジャン・ジャーチー/上映時間:115分/2009年カンヌ国際映画祭 脚本賞受賞/116日よりシネマライズほかにてロードショー