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レポート:BANANA Fridays @AiSOTOPE LOUNGE

新宿二丁目の「AiSOTOPE LOUNGE」で毎週金曜日に開催され、二丁目の新定番パーティという噂の「BANANA Fridays」。脱ぎ系ってところで尻込みしていたのですが、6月8日(金)、NYの有名なDJ、アンドレ・コリンズのプレイが急遽決まった(特別に着衣&MIX)と聞いたので、おじゃましてみました。

レポート:BANANA Fridays @AiSOTOPE LOUNGE

 新宿二丁目の新しいハコ「AiSOTOPE LOUNGE」で毎週金曜日に開催されている「BANANA Fridays」。二丁目の新定番とも言うべき週末のSEXY系パーティとして盛り上がっているという噂を聞きながらも、脱がないとフロアに入れないというところで尻込みしていたのですが、6月8日(金)、NYの有名なDJ、アンドレ・コリンズ(※)のプレイが急遽決まったと、特別に着衣&MIXでの開催と聞いて、お出かけしてみました。

 2時過ぎ、「AiSOTOPE LOUNGE」のフロアは、アンダーウェア姿のフロアBOY(3月のShangri-Laで開催されたオーディション「SGB20」で入賞した方たち)、体自慢のゲイの方たち(GOGOBOY系、ガチムチ系多数)、クラブ好きなパーティピープル(先日マットビナイトを成功させたZINKOさんやドラァグクイーンの牛子さんなども来場されていました)…などなど、予想通り大勢の人たちでにぎわい、いい感じに盛り上がっていました。

 アンドレ・コリンズのプレイするGARAGE/DEEP HOUSEは、たぶんすごく昔の曲であまり聞いたことがないけどすごく新鮮だしキモチいいとみなさん感じるだろうタイプの系で、エロティックでもあり、ものすごくハッピーでもあり、エクスタシーでした。あるHOUSE DJの方は恍惚の表情で「スゴい。(朝から仕事だったから疲れてるはずなんだけど)ずーっと踊れちゃう。楽しい!」と言ってました。フロアにあふれる笑顔とともに踊りながら、なぜ多くの人がこんなにアンドレを絶賛するのかが、だんだんわかってきたような気がしました。
 
 お酒が回ってくるといつの間にかフロアには「裸族」がどんどん増殖し、そのすぐ隣で女の子が踊ってたりするという、素敵な光景が(笑)。4時過ぎだと思いますが、Barbara Tuckerの「Beautiful People」とかがかかると、フロアのアンドレ・ファンたちが狂喜乱舞し、にわかに「アンドレ!」コールが沸き起こり。そうして盛り上がりは朝方まで続くのでした…

 憧れの「BANANA Fridays」に参加してみて思ったのは「まるでShangri-Laみたい」ということ。ピチピチのGOGOがいっぱいいて、ゴキゲンなDJがプレイして、モニターではShangri-Laの映像が流れてて、フロアでは裸族が踊ってて…遊び上手なパーティピープルのためのカッコよくてSEXYなパーティなのでした。というわけで、みなさんもぜひ、金曜日の二丁目で極上の「BANANA」を味わってみてください♪

★フォトアルバムはこちら


BANANA Fridays 
Every Friday
22:00-
@AiSOTOPE LOUNGE
MEN ONLY
DOOR:2,000yen/2D
DRESS CODE: Shirt OFF @BANANA ZONE
20 & over to enter.
Proper photo ID required.


 
※アンドレ・コリンズ(Andre Collins)は2007年12月のShangri-La"WHITE BALL"@ageHaのアリーナやArcHでの"CLOSING BASH"でオーディエンスを熱狂させた方。1970年代後半にDJを開始して以後、30年以上にわたって現役でプレイし続けている、まさにDJ's DJ。1997年から2002年までNYブロンクスのアンダーグラウンド・クラブブ「WAREHOUSE」のレジデントDJとして活躍、当時のプレイは今や伝説となっている。現在はハーレムの「THE SHRINE」にてレジデントパーティ"UNIVERSAL LOVE"でプレイ。昨年はROOTS NYC(CIELO)のゲイ・プライド・パーティにもゲスト出演。彼は今やもう亡くなってしまったLarry LevanやLarry Patterson、Tee Scott、Walter Gibbons等、伝説のDJたちを彷彿させる希有な存在です。
 70年代後半、「THE LOFT」「THE GALLERY」「THE PARADISE GARAGE」といったクラブが全盛を極めていた頃、15歳になったばかりのアンドレは、伝説のDJ・Nicky Sianoがプレイしていた「GALLERY」に忍び込み、そこで本当の自分、生きる場所を発見し、自らもDJとして活動することを決意します。80年代、彼は「THE TRAXX」「THE RED ZONE」「THE TUNNEL」といった当時NYで最も人気があったクラブでプレイしはじめ、その人気を決定的なものとします。しかし、ガラージのゲイコミュニティの中枢にいた彼は、仲間や恋人たちがAIDSやドラッグによって亡くなり、その後自らもHIV感染するという、生きる意味を見失いそうになる状況のなか、自殺行為とも思えるような生活を続けていたそうです。やがて、死のうとしても死にきれなかった彼は音楽に希望の光を見つけ出し、90年代、友人である故David Cole(C+C MUSIC FACTORY)とともに「BETTER DAYS」のレジデントDJとして復活しました。