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「ラヴズ・ボディ 生と性を巡る表現」展(2)声を聞くための写真

 10月2日(土)より東京都写真美術館にて「ラヴズ・ボディ 生と性を巡る表現」展が開催されています。今回は、シドニーのゲイシーンに深くコミットしてきた写真家、ウィリアム・ヤンさんとその作品を紹介します。

「ラヴズ・ボディ 生と性を巡る表現」展(2)声を聞くための写真

 美術館で写真なんて見たことないよ、そのような読者もいらっしゃるかもしれません。そのような人でも、輪ゴムで束ねられた写真やパソコンに眠っていた画像データを、しげしげと見なおしていろいろなことを思い出してしまうことはあるのではないでしょうか。そんなプライベートを映した写真にも似た、親密さと親密さゆえの深い悲しみが、ウィリアム・ヤンさんの作品からは伝わってきます。

 1988年、ウィリアム・ヤンさんは、たまたま別の友人をエイズ病棟に見舞いにいったときに、しばらく会っていなかった昔の恋人が入院していることを知ります。
 それから1年10ヶ月、かつての恋人アランさんが亡くなるまでの間、かたわらにつきそいながら、写真を撮っていきました。
 アランさんの表情からは、その病の苦しさとともに、ウィリアム・ヤンさんへの親密な感情が読みとれます。ウィリアム・ヤンさんがどのような距離で写真を撮影したのかにも気づくでしょう。その関係性の中に、ゲイ特有の微妙な感情が含まれていることを感じる人もいるかもしれません。

 アランさんが亡くなった後、ウィリアム・ヤンさんはアランさんの写真に手書きの文字を書き添えていきました。簡潔なできごとと、率直な気持ちが綴られています。自制のきいた文章から、かえって深い悲しみを感じます。
 「悲しみ」という作品シリーズはウィリアム・ヤンさんのプライベートな感情を描いたものですが、このような悲しみを、当時、たくさんのゲイとゲイの家族、友人たちが経験しました。


 10月3日(日)、東京都写真美術館のアトリエで開催されたウィリアム・ヤンさんのスライド・ショーは「BEING QUEER」というタイトルからはじまりました。
 オーストラリア、ノース・クイーンズランド。ウィリアム・ヤンさんは中国系3世のオーストラリア人として生まれました。 1950年代、ウィリアム・ヤンさんが16歳のときの写真が映し出されました。「私は小さい頃から自分がゲイであることを知っていました。」とウィリアム・ヤンさんは話します。
 大学では建築を勉強していましたが、教室の男性に片思いするようになります。当時ウィリアム・ヤンさんは、カミングアウトしていなかったので、カメラのモデルを口実に、片思いの男性に近づこうとしました。カメラを持っていれば「シャツを脱いで」、「ベッドに寝転んで」と思い通りに指示できたのです。そのことに密かな喜びを感じることができた、とウィリアム・ヤンさんは話しました。
 ウィリアム・ヤンさんは建築を学ぶことをやめ、写真家になることにしました。1969年、大学のあったブリスベンからシドニーへ移りました。ゴージャスなファッションをデザインする女性デュオ「フラミンゴ・パーク」と知り合って以降、彼女たちの周囲にいたゲイの友人たちと知り合ったことがきっかけとなり、シドニーのゲイコミュニティ内部の写真を撮影していくことになりました。
 当時のクルージングスポットの内部の写真も映し出されました。ゲイサウナのオーナーと知り合いだったために撮影することができたのだそうです。
 そこで知り合った男性を自宅に連れ帰って撮影することもありました。「当時は誰にも見せなかったし、技術的には照明が暗く、フォーカスも甘いなど未熟な点もあるけれども、いまでは自分のもっともすぐれた作品群の一つだと思っている」とウィリアム・ヤンさんは話していました。ウィリアム・ヤンさんの写真の大事な点の一つは親密さであることがこの発言からも伺えると思います。
 1970年代のゲイ・リベレーションの時代。アンダーグラウンドのものであったゲイコミュニティが次第に可視化されていきます。ウィリアム・ヤンさんも、1977年、シドニーのゲイライフを撮影した写真展を開催し成功を収めました。1980年代に入ると、シドニーのゲイカルチャーはサブカルチャーの一つとしてすっかり認知されるようになります。「ゲイはみんなゲイらしいファッションをしていた。クローンみたいだったよ。ゲイ同士知り合うためにシグナルを発信する必要があったのだと思う」とウィリアム・ヤンさんは話していました。ダンスパーティーやドラッグが流行りだしたのもこのころだったそうです。
 1978年に政治的なデモを行ったレズビアンやゲイが逮捕された事件が最初のマルディグラとされています。そしてそのマルディグラがレズビアンやゲイのためのイベントとして活発になっていったのも、1980年代です。1980年代後半以降AIDSによってたくさんのゲイがなくなった時代を経て、ゲイコミュニティは更に大きなものになっていきました。

 今ではマルディグラで「GAY」と書いた帽子をわざわざ被るのは時代遅れになりました。シドニーのコミュニティでは、ゲイであることはそれくらい当たり前のことになったのです。白人が中心となっていたゲイコミュニティに対抗するため、アジア系をはじめとする様々なエスニシティの団体が作られるようになりました。現在ではゲイ以外のさまざまな性的マイノリティの存在も可視化されるようになってきています。ゲイではなく、さまざまな性的マイノリティを包括する言葉として、クィアを自認する人も増えました。「私自身もクィアであると自認するようになったよ」とウィリアム・ヤンさんは話します。そして、ウィリアム・ヤンさんは67歳になった今でもマルディグラの写真を撮影し続けているそうです。


 ウィリアム・ヤンさんのプライベートな人生とシドニーのゲイコミュニティの歴史を織重ねた「BEING QUEER」中で、AIDSで親しい人をたくさん失った時代への言及はごく短いものでした。そのことは少し意外なことに思えました。
 確かにそれは、短い時間のできごとだったのかもしれません。
 もしかするとウィリアム・ヤンさんは、短い時間に起こった痛ましいできごとが、いつまでもコミュニティの時間を凍りつかせていてはいけないと考えているのかもしれません。ウィリアム・ヤンさんは、「悲しみ」の作家であると同時にゲイであることのよろこびも表現し続けてきた作家でもあるのです。このスライドショーでは、凍りついた時間が未来へと溶けていっていることを示したかったのかもしれない、と思いました。

 写真をあまり見たことがない人、その時代のことをまったく知らない人に「悲しみ」の前に立っていただきたいと思います。写真の中のアランさん、撮影している当時のウィリアム・ヤンさんの声が聞こえてくるはずです。(門戸大輔)

 

「ラヴズ・ボディ 生と性を巡る表現」

会場: 東京都写真美術館
会期: 2010年10月2日 ( 土 ) ~ 12月5日 ( 日 )
休館日:毎週月曜日(休館日が祝日・振替休日の場合はその翌日) 
※11月8日(月)は臨時開館   
料金:一般 800(640)円/学生 700(560)円/中高生・65歳以上 600(480)円
   毎週木曜日はカップルデイ(カップルのうちお1人が「ラヴズ・ボディ」展を無料で鑑賞できます。
   チケットご購入の際に「カップルです」とお申し出ください) 

関連イベント

対談「エイズとアート」
2010年10月16日(土) 15:00~16:30
張由紀夫×溝口彰子(ビジュアル&カルチュラル・スタディーズ)
会場:アトリエⅠ
対象:展覧会チケットをお持ちの方
定員:70名
受付:当日10:00より当館1階受付にて整理番号付き入場券を配布します
開場:14:30より、整理番号順入場、自由席

スペシャル・イベント「Think About AIDS」[公開録音]

2010年11月8日(月) 19:00~20:30
共催=Living Together 計画/TOKYO FM
朗読会(HIV陽性者の手記)+ライブ・パフォーマンス
ゲスト:中村中(アーティスト)ほか
会場:1階ホール対象:展覧会チケットをお持ちの方
定員:190名
受付:当日10:00より当館1階受付にて整理番号付き入場券を配布します
開場:18:30より、整理番号順入場、自由席
※11月8日(月)は臨時開館日となります。

ラヴズ・ボディ 特別講演会

2010年11月13日(土) 18:30~20:00
堀江敏幸(小説家、フランス文学者)
会場:1階ホール
対象:展覧会チケットをお持ちの方
定員:190名
受付:当日10:00より当館1階受付にて整理番号付き入場券を配布します
開場:18:00より、整理番号順入場、自由席

担当学芸員によるフロア・レクチャー
2010年10月22日(金) 14:00~
2010年11月12日(金) 14:00~
2010年11月26日(金) 14:00~
※展覧会チケットの半券(当日印)をお持ちの上、会場入り口にお集まりください。