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苦しみの経験から希望を紡ぐ「Living Together Lounge」レポート

9月5日(日)、69回目の「Living Together Lounge」がclub ArcHで開催されました。HIVを持っている人とそうでない人、わからない人を結ぶ紐帯として育まれてきたイベントをレポートします。

苦しみの経験から希望を紡ぐ「Living Together Lounge」レポート

 

「Living Together Lounge」に訪れるのはずいぶんひさしぶりでした。知り合いが出演するときに、何度か行ったことがあるくらいです。今回は長くドラァグクイーンカルチャーの一翼を担ってきたMadame Bonjour JohnJさんの構成するショーがあると知って出掛けました。

 17 時半頃会場に入りました。最初は来場者の少ない印象を受けましたが、次第にフロアが埋まっていきました。WARAさんの選曲した音楽によって、会場の雰囲気は次第にリラックスしていくようでした。

 最初に岩橋恒太さん(ぷれいす東京)、張由紀夫さんによるLiving Togetherゼミナールが行われました。これまで、HIVに感染した後、治療を行わない状態でいれば、エイズ発症までの期間は約10年程度だとされてきましたが、最近現場の医師たちは、その期間が短くなってきているのではないか、と実感しているのだそうです。HIV陰性者や、どちらかわからないままでいる人は、定期的な検査を受けるライフスタイルを選択することで、リスクを減らすことができます。
 このゼミナールの内容は、東京プライドパレードでも配布されていた「できる新聞」というリーフレットにも展開されています。できるキャンペーンの一環として発行された、夕刊紙よりも更に一回り小さく手に取りやすい、かわいらしいリーフレットです。このような配布物は全国のHIV/AIDS予防啓発のためのコミュニティセンターにて入手することが出来ます。


 今回の手記の朗読者はYosukeさんとMarioさん。朗読の後、二人はそれぞれ所感を述べられました。
 YosukeさんはLiving Together LETTERSの手記を読みながら「一蓮托生」ということばを連想したそうです。一蓮托生とは、元々は仏教のことばです。極楽浄土に往生して、同じ蓮の上に身を托し(たくし)生まれ変わること。転じて事の善悪にかかわらず仲間として運命をともにすることです。托とは、よりどころとする、身を寄せ合うという意味の漢字です。ぼくたちは事の善悪に関わらず、“托して”生きているのです。
 Marioさんは以前このイベントに参加したことがきっかけとなって、家族に対してゲイであることをカミングアウトしたそうです。彼は「素晴らしい体験をどうしても家族に伝えたかった」のだそうです。Living Togetherという考え方が伝わって、ゲイプライドが高められる人がいます。

 Madame Bonjour JohnJさんの構成したショーは、ぼくたちの文化の担い手たちがいよいよ成熟してきていることを実感させてくれるものでした。

 藤原良次さんは大阪薬害エイズ訴訟当時の手記を朗読しました。長谷川博史さんは、桜に託して、亡くなった(目に見えなくなった)人たちの存在を詩のことばに現しました。
 彼らの壮絶な体験をぼくたちは聞くことはできても、理解することには限界があります。理解することの限界をわきまえつつ、それでもなおぼくたちは、彼らの体験を継承することではじめて希望のある未来に臨むことができるのではないでしょうか。もしも水俣病やハンセン病の記憶がなければ、HIVを巡る状況を改善することは更に困難だったはずです。
 行政や医療機関からのサポートを受けられなかった時代、「死ぬ病気」だった時代の記憶を次の時代の人たちにどのように継承していくのか、多くの人々とともに模索していきたいと思いました。

 Madame Bonjour JohnJさん自身による歌、リップシンキングのショー、どれもすばらしかったのですが、コンテンポラリーダンスのボキャブラリーで組み立てられたショーにぼくはこころを打たれました。
 いくつかの振り付けを組み合わせ、繰り返すダンスといえば、たとえばベルギーのダンスカンパニー、ローザスの映像を連想しますが、ローザスの彼女たちのダンスが正確に回る独楽のようだとすれば、Madame Bonjour JohnJさんのダンスは、回りおわる直前の独楽のように大きくぶれるものでした。自分の腕をはたく仕草、泳ぐ仕草、椅子に座る仕草、髪をくしゃくしゃする仕草、そしてそれらの仕草に失敗する様子は、まるで、ぼくたちの日常のルーティンに潜む、無様な失敗、やり場のない感情、愚かさのようです。
 外側からも内側からも嵐のような風が吹きすさぶ場所に立たされた経験を想起する人もいるかもしれません。もっと具体的に、病に感染したことがわかった後、動揺する感情を抱えながら暮らす日常を想起する人もいるかもしれません。
 それでも立ち続けること。日々の暮らしを営み続けること。もがき続けながらでも生きることを表しているダンスだと思いました。

 Madame Bonjour JohnJさんの構成したショーの最後は、中島みゆきさんの「世情」という歌を題材にしたものでした。青いウィッグ、赤いワンピースをつけた女が、スローモーションのような動きから次第に速度を増して走り出す。やがてウィッグは落ちて、ワンピースもはだけて落ちて、舞台を飛び降り、客席の奥へ消えていきます。
 裸になった彼女の腹部には手書きの文字で「YES FUTURE」と書かれていました。もがき続けながらでも生きることを選択している人たちへの、エールなのです。



 Living Together計画ホームページによると、Living Together計画のコンセプトとは、「多様性」という視点を添えて「HIVは身近な存在である」ということばを伝えることだとあります。
 1980年代初頭にエイズが発見されてから、多くの人が死に、恐れ、苦しみ、悩み、差別され、差別し、無関心を通しました。
 「HIVは身近な存在である」ということばに「多様性」ということばが添えられるまでに、どれほどの試行錯誤があったことでしょう。

 エイズ、HIVに関する医療は徐々に進歩してきましたが、進歩したのは医療だけではありません。HIV陽性者や陽性者を支援する人々、予防啓発に関わる人々の間の思考も積み重ねられてきたのです。そのような人々の思考の結実の一つが、Living Together計画なのだと思います。

 そのようなLiving Together計画のコンセプトを表現する場として「Living Together Lounge」が続けられてきました。このイベントには毎回、朗読の時間が設けられています。HIV陽性者の人やそのまわりの人たちが書いた手記を、さまざまな人々が朗読するのです。
 手記を書く人と、それを声にする人を分つ仕組みは、ぼくたちに大切なことを気づかせてくれます。ぼくたちは、他者の気持ちを自分の気持ちのように理解することはできないけれど、代弁者となることはできるのです。
 手記を書いた人のことばを代弁者として読み、その声に耳をすます体験によって、生きづらい時間を生きた/生きている人々にほんの少し寄り添うことができます。
 「Living Together Lounge」は、托して生きていることを実感し、プライドを持って生きることを取り戻し、記憶を継承する可能性を育む時間と場所を提供してきました。

 来月にはいよいよ70回目のイベントが開催されます。ぼくたちのコミュニティが真摯に育ててきた文化を体験できるイベントです。一度足を運ばれてみてはいかがでしょうか。(門戸大輔)

 

Living Together Lounge VOL.70
日時 2010年10月3日(日)17:00-20:20
場所 ArcH
入場無料

第16回Living Together のど自慢
日時 9月23日(日)17:00-20:00
場所 スナック九州男
参加費500yen(1ドリンク代金)
司会:マダムボンジュール・ジャンジ DJ:YUME
豪華出演者と共にお届けします