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ジョン・レノンとゲイの知られざる関係

 12月8日はジョン・レノンが凶弾に倒れてから30年となりました。メディアは「世界はジョンのことを忘れてはいない、むしろ彼のことをまだ知り足りないぐらいだ」と述べました。
 南フロリダのゲイニュースサイトは、「音楽が死んだということ以上の悲劇」と題し、ジョン・レノン(やビートルズ)がゲイにとってどれほど大きな意義を持っていたかを語る記事を掲載しました。

 60年代〜70年代、ビートルズは性革命の道を切り開きましたが、同性愛の問題に対して彼らがどう思っているのかは伝えられることはありませんでした。ニューヨークで起きたストーンウォール事件が起こった頃には、もうバンドは解散していました。ジョンの政治、戦争、平和、宗教、欲望、芸術、女性解放、人種差別についての立場は知られていましたが、同性愛についてはどうだったのでしょうか?

 アメリカのポップミュージックは黒人文化にルーツを持っていますが、英国のポップミュージックは常にゲイ文化がルーツでした。イギリスでは、ポップというとただ曲調がよいというだけでなく、セクシュアリティに関わるものでした。その多くはゲイのセクシュアリティを意味していました。45年前、それはビートルズの魅力の一部でした。彼らのマネージャーはゲイだったのです。
 ビートルズのバックボーンであったブライアン・エプスタインはビートルズと常に一緒でした。その当時はゲイであることは違法でしたが、そんなことは関係ありませんでした。そしてビートルズが人気絶頂となったまさにその矢先に英国女王が同性愛を合法化したのでした。これはビートルズの現代社会への最大の貢献かもしれません。
 1966年までには音楽ビジネスでのゲイの存在はとても大きなものになりました。ビートルズ、ザ・フー、そしてヤードフバードのマネージャーはオープンリー・ゲイで、ローリング・ストーンズのマネージャーはどちらにもローリングできる(バイセクシャルの)人だったようです。
 ジョン・レノンとブライアン・エプスタインがキス以上の関係にあったことはよく知られています。彼らは実際にスペインで週末に経験をしたそうです。もしこれが世間に知れわたったならば、ビートルズの解散は間違いなかったでしょう。
 解散後、ジョンは彼の最愛の母、別居中の父、薬物中毒、絶望、分離、愛、ユートピア、神、真理探求など、とても痛々しい彼自身を歌った歌が含まれた11ものアルバムをリリースしました。
「成長することはとても怖かった。誰にも頼ることができなかったから」とジョンは一度言いました。
「ワーキングクラスヒーロー」(ビートルズ)の言葉を聞いたり読んだりすると、我々は、自殺することが痛みから逃れる唯一の方法と感じている現在のゲイの若者のことを書いているかのようにも思わされます。
 生まれるとすぐに世間は君を価値のない者のように思わせる…痛みが大きすぎて何も感じなくなるまで…家でも学校でも傷つけられ…何がなんだかわからなくなり、ルールにも従えなくなる…
 ジョンの死は、音楽が本当に大切であった時代の記念碑です。彼は私たちに夢を与え、希望を与え、私達自身について思うことの大切さを気づかせてくれた最後の人です。

 ジョンの音楽や人道的な遺産は、まだ人々を通して語りつがれています。
 彼を殺した銃弾は彼の声を沈黙させましたが、レイキャビクのイマジン・ピースタワーからの光は北極の空13,000フィートを照らしながら、私たちへ夢を与えつづけ、何が想像(イマジン)できたかということの重要さを知ることを毎日私たちに伝えています。

 ビートルズを知らない若い世代の方々も、今月はビートルズの歌詞を読みながらその曲を聴いてみてはいかがでしょうか、彼らのメッセージはきっと、今の時代にも伝わるはずです。(Ryoji Okabe)

The Night When More Than The Music Died(SouthFloridaGayNews.com)
http://www.southfloridagaynews.com/sfgn-columnists/off-the-wall-editorial/2662-the-night-when-more-than-the-music-died.html

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