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モンティ・パイソンのグレアム・チャップマンの半生が3D伝記映画に


後ろでパイプをくわえているのが
グレアム・チャップマン
 伝説のコメディグループ、モンティ・パイソン(パイソンズ)の故グレアム・チャップマンの半生が3Dアニメーション映画化されるそうです。

 モンティ・パイソンは1969年~89年に活躍した伝説のコメディグループ(日本でも70年代にカルト的人気を博しました。昨年、モンティ・パイソン結成40周年を記念してしたまちコメディ映画祭で特集上映されたりしています)。「コメディ界のビートルズ」という異名もとり、実際にビートルズと親交が深く、ジョン・レノンが死の2日前にインタビューで「僕はモンティ・パイソンに入りたかった」と語っていたそうです。


グレアムの自伝
 グレアム・チャップマンはモンティ・パイソンの映画やスケッチで主役を張ることが多く、1989年に扁桃腺ガンで亡くなったことで事実上の解散状態になりました。英『ガーディアン』紙によると、彼の自伝『A Liar's Autobiography: Volume VI』をもとに3Dアニメーション映画が製作されるそうで、映画版はできるだけ原作の雰囲気を損なわないように製作されるそうです。劇中ではグレアム本人の朗読音声が使用されるほか、すでにパイソンズのメンバー、ジョン・クリーズが本人役の声優をつとめ、マイケル・パリンが父親役を、テリー・ジョーンズが母親役を演じることが決定しています。テリー・ギリアム(のちに映画監督となり、『未来世紀ブラジル』などを生み出しました)もすでに契約を結んでいるそうです。
 映画は来年の春に公開予定だそうです(日本での公開はまだ未定です)

 グレアム・チャップマンは70年代にTV番組でゲイであることをカミングアウトしました。当時としてはセンセーショナルなことでした。彼にはデヴィッド・シャーロックというパートナーがいました。1966年にイビザで出会い、それ以来いっしょに暮らしていたそうです。また、彼はゲイの権利を訴えるスポークスマンでもあり、『Gay News』という新聞のサポートを行い、発起人に名を連ねました。
 パートナーのデヴィッド・シャーロックは、1974年以降、パイソンズ作品の作家となり、グレアムの自伝のほか、いくつかの作品の共著者となっています。
 また、1971年、グレアムとデヴィッドはロンドンで知り合ったジョン・トミチェクという男の子を養子にとり、育てました。後にジョンは彼のマネージャーとなりました。 
 「女王陛下のモンティ・パイソン」というファンサイトによると、1989年、グレアムのガンがいよいよ重くなったため、入院から自宅療養に切り替え、パートナーのデヴィッドと息子のジョンが献身的に介護しました。そしてその年の10月、48歳の若さでグレアムは息を引き取りました。奇しくもパイソンズ誕生20周年の前日でした。葬儀にはローリングストーンズからも花が届いたそうです(また、メンバーのジョン・クリーズが弔辞を読んだ際、遺言で「君が葬儀でf**kと言う初めての人になってくれ」と言われたと語り、会場を爆笑させました)。翌年、ハリウッドで行われた追悼集会で、デヴィッドはこうスピーチしました。「グレアムは私を生涯の伴侶に選んでくれました。私の人生でこれ以上の名誉はありません。ジョンをはじめとする、奇妙ながらも愛に満ちた私たちの大家族にとって、グレイが家で過ごした最後の3週間は至福の時に数えられます」「この1年は〈大いなる冒険〉であった、グレイはそう私に語りました。あとで知ったのですが、死について問われたピーターパンがやはり同じ答えをしているのです」
 なお、亡くなった後もグレアムは、ステージで「グレアムがいてくれたら…」と言われると骨壺に入った遺灰として登場し、観客を笑わせてきました。パイソンズ結成30周年の同窓会イベントではテリーが間違って遺灰を蹴ってまき散らしてしまったことが伝説となっています。(しかし、本物の遺灰は2000年にウェールズの山中で散灰されたそうです)
 


モンティ・パイソン、久々の再結成!? 故グレアム・チャップマンさんの3D伝記映画を製作(シネマトゥデイ)
http://www.cinematoday.jp/page/N0033480

モンティ・パイソン、故G・チャップマンさん自伝映画化で再結集(映画.com)
http://eiga.com/news/20110630/4/

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