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沖縄市レインボーパレードを主催した大城さんへのインタビュー

11月24日(土)、沖縄県で初となる沖縄市レインボーパレードが開催されました。このパレードを主催した大城さんにお話をお聞きしました。

沖縄市レインボーパレードを主催した大城さんへのインタビュー

沖縄市レインボーパレードは、神戸や福岡と同様、市民のお祭りに参加する形で行われたパレードです。沖縄市の沖縄国際カーニバルという、サンバカーニバルやアメリカンな人たちも参加するお祭りです。今回のレインボーパレードは、パレードの中でも自由参加な(活動自慢部門という名称でした)いくつかの団体の中の一つだったのですが、コンテストで見事に優勝することができました。主催する大城さんは、沖縄市在住(ゲイバー街がある地域に実家があるそうです)の27歳がちむち系。今回の沖縄市レインボーパレードについて、アフターパーティの行われたゲイバー「Tin*Gara」でお話をお聞きしました。(聞き手:後藤純一)

――今日はおつかれさまでした! パレードをやろうと思ったきっかけは何ですか?

ぼくは内地の大学に行ってて、東京でセクシュアルマイノリティの活動をやっていたんですが、3年くらい前に地元に帰ってきて。

――東京ではどんな活動をされてたんですか?

早稲田大学のGLOWというセクシュアルマイノリティのサークルで、「Save the Pride」のケータくんが幹事長で僕が副幹事長で、二人三脚でいろいろやってました。尾辻かな子さんを呼んで講演会を開催したり、パレードに参加したり、学園祭で一般向けにイベントをやったり。学生生活最後の活動が、学生のパレードでした。

――そういう意味では、過去にパレードを主催したことがあるんですね。

そうですね。あと、IDAHOに関連して、新宿で小さいパレードをやったことがありました。そのときにデモ申請を経験しました。IDAHOの日に、戸山公園から明治通りを通って新宿まで歩くというもので。ちゃんと行政に申請して。そのときは10人くらいでしたが。

――そんなパレードが? 知りませんでした。そういう活動を経験して、地元に戻って来た。

沖縄はゲイバーも多いし、クラブイベントも盛んで、nankr(なんくる)のHIV予防啓発活動もあって。しかし、社会的なことをやるには、パレードなどを通じて可視化を図らないと、と思いました。

――沖縄の人は、街中に親戚の人とか学校の同級生がいて、なかなかこうパレードみたいなことはやりたがらないと言われてたと思うのですが、そこであえてやろうというときに、心配とか不安はありませんでした?

このパレードは突発的に企画したわけではなく、流れがあって。以前から沖縄市役所とか、公共の施設に対して、セクシュアルマイノリティの自助活動などをやりたいと相談してたんです。でも、行政のほうも最初は理解がなくて、話しを聞くのは聞くけど答えがない、のれんに腕押しみたいな反応でした。それでもいろいろ交渉を続けてるうちに、1人、理解のある市の職員さんに出会いました。その方はたまたま、砂川秀樹さんの大学の後輩の方で、セクシュアルマイノリティについて理解があったんですね。その方と話をするなかで、沖縄市でいつかパレードをやるのが夢なんですと話したら、沖縄国際カーニバルでパレードがあるから出てみたらどう?とアイデアをくれたんです。ぼくも神戸や福岡でやったみたいな感じでできるかなと思って、今年の6月くらいから話し合いをして、準備を始めました。

――まず市役所の人にいろいろお話をしてたら、向こうから提案してもらえたんですね。

その方も沖縄国際カーニバルのパレードに出てる方。ちんどん屋で商店街を活性化しようという町おこしの活動をやっています。僕もちんどん屋同好会でいっしょに楽器を弾いたり。そういうつきあいがあります。

――地元の方たちとも交流してるんですね。

今回は地域密着ということを意識してました。なんでかというと、内地の大学にいたときからそう考えていたんですが、コミュニティ活動をするうえで、物理的な距離って大事だと思っていて。遠距離恋愛がなかなか続かないように、頻繁に顔を合わせてるなかから生まれてくるものってあると思う。なるべく近いところの関係を大事にしようと思ってました。沖縄市のゲイバーも回って、地域の有力者の方にもカミングアウトして、こういう活動をやってるんですけど、相談に乗ってもらえませんかと。地域の力を出してやれたかなと思います。たとえば、こういうハデなパレードをやることになったのも、「Tin*Gara」のマスターの金城さんのアドバイスのおかげなんです。沖縄市の「Fellow」っていうゲイバーのパーティでパレードのPRをやらせてもらったんですが、最初は、今年の夏の東京のパレードの映像を見せて説明しようと思ってたんです。でも、金城さんが事前に、もっとハデな海外のパレードの映像のほうがいいんじゃない?と言ってくれて。それで、シドニーのマルディグラの映像を使うことになったり。今日も「Tin*Gara」でアフターパーティをやらせていただくことになったり。それから、昨日風船をふくらます作業を「スナックコザ」というお店でやらせていただいたり。

――ゲイコミュニティにも応援してもらえたんですね。パレードの申請をしてみて、すんなり通りました?

沖縄国際カーニバルの実行委員会で議論になってるらしいという話を聞きました。子どもたちが見るようなパレードだから、ゲイパレードはどうなんだ、と。でも、サンバが出てるくらいだからいいんじゃないかと。

――サンバがあってよかったですね(笑)

サンバもやっぱり、肌の露出が多いので、子どもに見せたくないという意見もあったみたいで。逆に、かぶりつきで見たい人もいて(笑)、賛否両論だそうです。今日、パレードのときにサンバの方がいらして、私たちも市のほうから連携を切られそうなんだと言われました。次回はいっしょにコラボして盛り上げませんか?と。ブラジルのゲイパレードの話もされて。

――素敵! 来年はハデになりそうですね。今回は風船とかフェイスペインティングなどでもストレートの方にいろいろ協力していただけましたね。

たまたま、準備をしているときに問合せがあって、海外のゲイパレードみたいな風船を作ってみたいんだと。

――それも向こうからオファーがあったんですね。スゴい!

そのアーティストの方たちがいなかったら成功しなかったと思います。行動派な方々で、新聞社の取材のアポも取ってくれたんですよ。

――いろんな人の協力があって成功したんですね。実際歩いてみてどうでした?

地元でパレードをやる夢が叶ったということもありますし、優勝できたのもうれしかったですね。今回のパレードは、風船とかでハデにやるという点でもうまくできたと思いますが、ぼくは郷土芸能を入れることにもこだわっていました。今の時代、人々の趣味とかってものすごく多様化してて、ゲイの中でもそう。世代でも違うし、個人個人バラバラで、感情的にまとまることが難しい。パレードにはいろんなセクシュアリティの人が参加するし、ゲイカルチャーがメインになる必要もないなと思って、じゃあ何をベースにまとまったらいいんだろうと考えたときに、郷土の文化しかないんじゃないかと。それだと正統性が。

――みんなが納得できるような。

地域のものだから。それで、カチャーシーを取り入れました。カチャーシーって実は、男の踊り方、女の踊り方、どっちを踊ってもよくて、ジェンダー的に柔軟性があるんです。

――へええ、そうなんですね? 沿道でおじいちゃんおばあちゃんも一緒に踊ってくれたりして、胸が熱くなりました。来年はもっとこうしたいとか、今後の抱負などあれば、教えてください。

まずは、もっと規模を大きくすることを考えてます。サンバのほうからコラボのお話をいただけたので、検討したいと思ってます。沖縄国際カーニバルの中のひとつのメインイベントとしてできたらいいなあと思ってます。

――今日のパレードと別に、ということ?

サンバも沖縄国際カーニバルのパレードに参加していた市民団体の1団体から、パレードコンテストに優勝して、市に陳情して、沖縄国際カーニバルの中の1つのイベントになったので、そういう形でできたらうれしいです。沖縄国際カーニバルは市民の融和とか観光誘致を趣旨に掲げるイベントなので、どちらの趣旨もレインボーパレードに当てはまるのではないかと思って。多様な性のあり方の人たちが共に暮らしていけるようになるという点で市民の融和の趣旨につながるし、今日も来ていただけましたけど、市外や沖縄の外からもお客さんが来てくださると、沖縄市の経済にも貢献できると。沖縄市は今、空洞化が進んでいるので、観客を集めることがとても大事なんです。

――まさにシドニーのマルディグラのように、観光客を呼べるようになるといいですね。

そういう意味でも、サンバとコラボするのが現実的かなと思ってます。あとは、セクシュアルマイノリティに関する映画祭とか文化祭みたいなイベントもできたらいいなと思ってます。

――素晴らしい。お話を聞いて、これは沖縄だけじゃないですが、地元のコミュニティも周囲のストレートの方たちもたくさん協力してくれているのがいいなあ、と思いましたし、大城さんの人徳真っ直ぐな気持ちが通じたんだなあと思いました。何より、参加してるみなさんの笑顔が素晴らしい。小さな町のアットホームなパレード、これからも応援します。どうもありがとうございます。