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REVIEW

映画『クラウド アトラス』

トランスジェンダーのラナ・ウォシャウスキーが監督したSF超大作『クラウド アトラス』。今年のGLAADメディア賞・長編映画部門にもノミネートされているように、ゲイをはじめ「厳しい現実」に直面している人々にエールを贈るような、感動的な作品でした。

映画『クラウド アトラス』

奴隷解放前夜の19世紀から文明崩壊後の24世紀まで、まるで手塚治虫の「火の鳥」のように転生を繰り返しながら、時代を超えた6つのエピソードが交錯する超巨編SF映画『クラウド アトラス』が現在公開中です。『マトリックス』のような近未来的なビジュアルやハデなアクションも堪能できるSFエンターテインメント作品でありながら、ゲイのキャラクターも登場するし、監督が男性から女性にトランスしたラナ・ウォシャウスキーということでも注目していましたが、実際に観てみると、予想以上に人間ドラマが濃厚に描かれていて、観る者に希望(生きる力)を与えてくれるような、素晴らしい作品でした。今年のGLAADメディア賞・長編映画部門にノミネートされたのもうなずけます。(後藤純一)











『クラウド アトラス』は、デヴィッド・ミッチェルの小説を原作とした映画で、「アダム・ユーイングの太平洋航海記」「ゼデルゲムからの手紙」「半減記 ルイサ・レイ最初の事件」「ティモシー・キャヴェンデッシュのおぞましい試練」「ソンミ451のオリゾン」「ソルーシャの渡しとその後のすべて」という6つのエピソードが複雑に交錯しています。そのうち、1930年代を舞台にした「ゼデルゲムからの手紙」が、ゲイの音楽家を主人公とした物語です。

 音楽家のロバート・フロビシャーは、父親に勘当され、生活に行き詰まったこともあり、ボーイフレンドのルーファス・シックススミスと離れ、ベルギー・ゼデルゲムの城に住む往年の大作曲家ヴィヴィアン・エアズのもとで採譜係として働きはじめます。仕事の傍ら、フロビシャーは「クラウド・アトラス六重奏」という曲を書き上げていくのですが、作曲家エアズはそれを取り上げて自分の作品にしようとし、怒ったフロビシャーは誤って作曲家を殺してしまい…フロビシャーはもう終わりだと自殺を考えますが、最後に一度だけ、愛する人と会おうとするのです(それは、この映画の中でも最もロマンチックなシーンでした)。とても美しく、せつないエピソードです(演出だと思いますが、二人が共に幸せな時間を過ごすシーンはほとんどありません)
 そして、ゼデルゲムから送られてきた手紙(フロビシャーとの思い出)をずっと大切にしながら生きていたシックススミスは、後の時代のエピソードにも登場し、ある重要な役割を果たします…。
(実は、この映画の主要な登場人物7人のうち、2人がゲイだったということになります)

 『マトリックス』はワイヤーアクションやバレットタイムといったテクニカルなアクション映像で有名になりましたが、ストーリーとしては、残酷な社会(システム)の真実に気づいた主人公が、人間らしさを取り戻すため、破壊と再生(新しい世界の誕生)をめざす物語だったと思います。今回の『クラウド アトラス』も同様の物語構造をもっています。
 優れた能力や知恵、勇気をもっているのに奴隷として虐げられている黒人の若者、原子力発電所をめぐる秘密を知ってしまったがために命を狙われる女性記者、兄の恨みを買って老人ホームに幽閉されてしまう老編集者、22世紀のソウルでクローン人間として生まれた女性、死に瀕した地球の片隅で悪魔のささやきに悩まされる羊飼いの男…それぞれが、不条理で残酷な現実に直面し、何とかその現実から逃れようともがいています。音楽家フロビシャーも同様です。1930年代という時代ゆえに、素晴らしい音楽の才能(と美しさ)を持っていたにもかかわらず、ゲイであることが周囲に知られるや、坂道を転げ落ちていくように不遇を余儀なくされるのです。
 しかし、ともすれば歴史の闇に埋もれていきかねない、そうした人々が、ほんのわずかな可能性に賭けて行動し、奇蹟が起こっていきます。物語の核心(いいところ)に触れるので詳しくは述べませんが、たとえばフロビシャーは、この映画に通奏低音のように流れる「クラウド・アトラス六重奏」という名曲を後世に残し、また、大勢の命を救うことにつながる、ある手がかりを遺すのです。
 劇中、「そんなことをしても大海に一滴の滴を落とすようなものだろう」「滴はやがて大海になります」というセリフのやりとりがありますが、『クラウド アトラス』を象徴するシーンだと思います。

 監督のラナ・ウォシャウスキーは「日々生きていると、この広い世界の中で、『自分は取るに足らない存在じゃないのか』と思うことがよくあると思う。でも、この物語の原作がそうだったように、私たちは、誰もが生きる意味があり、一人一人の選択が将来につながるインパクトを持つということを描き出そうとした」と語っています。トランスジェンダーとしての人生を経験した方だからこその説得力と重みを感じさせます。そういう監督の思いが表現された作品だからこそ、多くの観客に勇気を与え(僕らが観ても素直に感動でき)、GLAADメディア賞のノミネートにもつながったんだと思います。

 最後に1つ。この映画は6つのエピソードにまたがる膨大なキャラクターを10人くらいのキャストが演じ分けていて、どの役者もあっと驚く「変装」をしているのですが(エンドロールでその七変化の真実が明らかにされますので、要注目!)、特に『プリシラ』のヒューゴ・ウィーヴィングが、久しぶりに女装姿を披露しているのが素敵です(たぶん、今作の中で最もオイシイ役。ゲラゲラ笑わせてくれます)


クラウド アトラスCloud Atlas
2012年/ドイツ、アメリカ、香港、シンガポール/配給:ワーナー・ブラザース映画/監督:ラナ・ウォシャウスキー、トム・ティクバ、アンディ・ウォシャウスキー/出演:トム・ハンクス、ハル・ベリー、ジム・ブロードベント、ヒューゴ・ウィーヴィング、ジム・スタージェス、ペ・ドゥナ、ベン・ウィショー、ジェームズ・ダルシー、ジョウ・シュン、スーザン・サランドン、ヒュー・グラントほか

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