REVIEW
映画『不機嫌なママにメルシィ!』
女の子のように育てられたギヨームの「心の旅(本当の自分探し)」=オドロキの実話をコメディタッチで映画化したフランスの大ヒット作。笑って楽しく観ながらも、「ゲイ」とか「トランスジェンダー」とかいうカテゴライズでは言い表せないセクシュアリティの奥深さに感じ入ること間違いナシな傑作です。
フランスからちょっと変わった(クィアな)ゲイチック・コメディ映画が届きました。フランスの国立劇団コメディ・フランセーズに所属し、『マリー・アントワネット』『サガン-悲しみよ こんにちは-』『イヴ・サンローラン』などへの出演で存在感を見せてきた俳優ギヨーム・ガリエンヌが、自身のオドロキの半生を語る舞台作品を映画化した作品で、本国で300万人を動員する大ヒットを記録し、2014年度セザール賞で主演男優賞を含め5部門を受賞(総なめ状態に)しました。
緊張の面持ちで鏡台に向かっているギヨーム。やおら道化師風のメイクを落として素顔になったギヨームは、楽屋から舞台へと進み、客席に向かって自らの風変わりな半生を語りはじめます。
ギヨームは裕福な家庭に生まれ、3人の男兄弟の末っ子で、ママン(なんと、ギヨーム自身が演じています)から女の子のように(ゲイだとみなされて)育てられます。スポーツが苦手なせいで父親には「男らしくしろ」とにらまれますが、それでもママンやおばあちゃん(彼を「私のお人形さん」と呼んでいます)や親戚のおばさんたちに愛され、ときどき自分が貴婦人(オーストリア皇后シシィと教育係ゾフィ大公妃とか)であるかのように妄想したり、ママンのマネをしたり(家族にも間違われるくらいソックリに)、そのうちいろんな女性を観察して仕草や息遣いを学んだりして「女子力」を高めていきます。
そんなギヨームも中学くらいになると、父親に男子ばかりの寄宿舎に入れられます。夜中の恐ろしい光景(みんなが一斉に性的な行為を…)に震え、いじめられ、それでも、合唱で拍手を浴びたり(曲は「We are the Champions」笑)、優しい男の子に恋したり、失恋のショックで落ち込んだりしながら、紆余曲折、波乱万丈な思春期を経て、とうとう本当の自分の幸せを見つけるのです…
自分のことをずっと女の子だと思っていたギヨームがママンに「(あなたは間違いなく)ゲイよ、冗談は顔だけにして」と言われてビックリしたり、精神科の先生がギヨームについて書いた診断書を読んだ別の医師が「これはひどい…ウララー」と顔色を変えたり、(同性愛者で知られるルートヴィヒ2世にちなんでバイエルンの)スパに行ってマッチョな整体師に痛めつけられたかと思うと肛門にホースを突っ込まれたり、荒くれ男たちに輪姦されそうになったり、「馬並み」のイチモツにショックを受けて乗馬教室に通いはじめたり、とにかく笑えるエピソードが満載です(ゲラゲラというよりは、クスクスって感じ)
そんなギヨームのママンがなぜ「不機嫌」だったのか、ギヨームはどのようにして俳優になったのか、ギヨームにとっての本当の幸せとは何だったのか、終盤、あっと驚く展開が待っています(意外と泣けちゃうかも…)
同性婚も認められたフランスではゲイなんて珍しくもなんともない存在になっていると思いますが(それでも、あの父親のように「男らしさ」を強制されたり、学校でいじめられたりするわけですが)、LGBTが当たり前になった時代においてなお、小説よりも奇なる事実(実存)があるということ、いわゆる「ゲイ」とか「トランスジェンダー」とかいうカテゴライズでは言い表せないような、まさに「クィア」と呼ぶほかないありようも確かにあるんだということを、この映画は雄弁に物語っています。人間のセクシュアリティの奥深さに、きっと誰もが感じ入るところがあるはずです。
監督はインタビューで「そういったステレオタイプな先入観にも重きを置いてみようと思った。人はすぐにレッテルを貼りたがるし、家族の中でさえ“こうあるべき”というポジションがある。そもそもセクシャリティに境界なんてない。これはセクシャリティに関しての映画ではないけれど、『男だからこう振る舞わなければいけない』なんてことはなく、男性にだって女性性をもつ権利はあるんだ」と語っています。
映画の原題は「Les garcons et Guillaume a table!(男の子たちとギヨーム、ご飯ですよ!)」。ギヨームは男の子でも女の子でもない、ギヨームという個人(唯一無二の存在)としてみんなに認知されていたことを象徴しています。
映画の時間軸が複雑で(自在に過去のエピソードを行き来する)、どこまでがリアルでどこからがフィクションなのかが判然としないつくり(心象風景を映像化する表現が多々ある)だったりもして、ちょっととっつきにくいかもしれませんが、よくある自伝映画でもなく、ファンタジー作品でもない、音楽の使い方も面白い、とてもユニークなエンタメ作品になっていて、映画ファンならそういう意味でも楽しめるのでは?と思います。
「不機嫌なママにメルシィ!」ME, MYSELF AND MUM
2013年/フランス=ベルギー合作/配給:セテラ・インターナショナル/監督・脚本・出演:ギヨーム・ガリエンヌ/出演:アンドレ・マルコン、フランソワーズ・ファビアン、ダイアン・クルーガー、レダ・カテブほか/新宿武蔵野館ほかで公開中
INDEX
- 中国で実際にあったエイズにまつわる悲劇を舞台化:俳優座『閻魔の王宮』
- ブラジルのHIV/エイズの状況をめぐる衝撃的なドキュメンタリー『神はエイズ』
- ドラァグでマジカルでゆるかわで楽しいクィアムービー『虎の子 三頭 たそがれない』
- 17歳のゲイの少年の喪失と回復をリアルに描き、深い感動をもたらす映画『Winter boy』
- 愛し合う美青年二人が殺害…本当にあった物語を映画化した『シチリア・サマー』
- ホモフォビアゆえの悲劇的な実話にもとづく、重くてしんどい…けど、素晴らしく美しい映画『蟻の王』
- 映画『パトリシア・ハイスミスに恋して』
- アート展レポート:shinji horimura個展「神と生きる漢たち」
- アート展レポート:moriuo個展「IN MY LIFE2023」
- 「神回」続出! ドラマ『きのう何食べた?』season2
- 女性たちが主役のオシャレでポップで素晴らしくゲイテイストな傑作ミステリー・コメディ映画『私がやりました』
- これは傑作! ドラマ『ゆりあ先生の赤い糸』
- シンコイへの“セカンドラブ”――『シンバシコイ物語 -最終章-』
- 台湾華僑でトランスジェンダーのおばあさんを主人公にした舞台『ミラクルライフ歌舞伎町』
- ミュージカルを愛するすべての人に観てほしい、傑作コメディ映画『シアターキャンプ』
- 史上最高にゲイゲイしいファッションドキュメンタリー映画『ジャンポール・ゴルチエのファッション狂騒劇』
- ryuchellさんについて語り合う、涙、涙の番組『ボクらの時代 peco×SHELLY×ぺえ』
- 涙、涙…実在のゲイ・ルチャドールを描いた名作映画『カサンドロ リング上のドラァグクイーン』
- ソウルにあったハッテン映画館の歴史をアニメーションで描いた映画『楽園』(「道をつくる2023」)
- 米史上初のゲイの大統領になるか?と騒がれた人物の素顔に迫る映画『ピート市長 〜未来の勝利宣言〜』