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映画『トム・アット・ザ・ファーム』

グザヴィエ・ドランの新作映画『トム・アット・ザ・ファーム』、とても怖かったです。これまでの作品に比べてグッとエンタメ性が高まり、より多くの人に楽しんでいただけるゲイチック・サイコスリラーになっています。

映画『トム・アット・ザ・ファーム』

グザヴィエ・ドランの新作映画『トム・アット・ザ・ファーム』、とても怖かったです。これまでの作品に比べてグッとエンタメ性が高まり、より多くの人に楽しんでいただけるゲイチック・サイコスリラーになっています。レビューをお届けします。(後藤純一)

 デビュー作『マイ・マザー』をはじめ、『胸騒ぎの恋人』『わたしはロランス』と、いずれもカンヌ国際映画祭で上映され、「神童」の名声をほしいままにしてきたゲイの映画監督、グザヴィエ・ドラン。アート性の高い三部作で国際的評価を確かなものにしたあと、今度はサイコスリラーの傑作『トム・アット・ザ・ファーム』を作ってしまいました。サイコスリラーといえばヒッチコックが有名ですが、『トム・アット・ザ・ファーム』が想起させるのは『太陽がいっぱい』や『リプリー』。男性どうしの愛憎入り交じる複雑な心理を描いています。原作は『百合の伝説 シモンとヴァリエ』で知られるミシェル・マルク・ブシャールによる戯曲で、モントリオールで舞台を観たドランが映画化を希望し、共同で脚本を書くことになったものです。

 モントリオールに住むトムは、広告代理店の同僚であり恋人であるギヨームが事故で亡くなったため、彼の実家であるケベックの農場にやってきます。初めは息子を亡くした母親をいたわり、翌日の葬儀で弔辞を読むと約束するのですが、胸がいっぱいで弔辞を読むことができず(代わりに、彼が好きだったシャンソンを流します)、そのことをギヨームの兄・フランシスに責められ、殴られます。フランシスはトムに、母親が息子がゲイだということを知らず、サラというガールフレンドがいると信じているから、サラのことを話して安心させろと脅します。トムはいったんは車で逃げようとしますが、再び引き返し、自分の気持ちをサラのことに置き換えて語り、母親を喜ばせます。しかし、その選択が、運命の大きな分かれ道となるのです…

 心理的にジワジワと恐怖が迫ってくるこの手の映画は苦手で、いやな汗をかいたり、目を開けていられなくなったりして…本当に怖かった(淀川長治さんなら「こわい、こわい映画ですね〜」って絶対言いそう)…というのが第一の感想です。怖い映画が好きな方ならきっと、エンターテインメント作品として楽しんでいただけると思います。
 それは間違いないのですが、なにしろ監督がグザヴィエ・ドランですから、ただのサイコスリラーではありません。ゲイ性が濃密にからんできます。
 
 まず、トムはボーイフレンドの突然の死にショックを受けているゲイであり(ギヨームを亡くした痛みをその家族と共有する者であり)、「母親に、息子の恋人は女の子だったと信じ込ませる」ゲームへの参加を半ば強制され、半ば自ら引き受けます。「これはホモセクシャルとホモフォビアについての映画ではない」とドランは語っていますが、もし亡くなったのがストレートの男の子で、やってきたのがサラだったら、おそらくあの緊迫感は成立しなかったと思います。それは、田舎暮らしのお母さんにそれ以上ショックを与えないようにという気遣いからの、これまで多くのゲイの方が経験してきたような、優しくも悲しい嘘なのです。そこにこそ、悲劇性が宿ります。原作者ブシャールは、ゲイは「愛し方を学ぶ前に、嘘のつき方を覚える」と語っています。
 
 そして、トムとフランシスとの間の微妙な関係性。初めこそフランシスの暴力に怯えていたトムですが、心理的に追いつめられていくにつれて、次第にフランシスの言いなりになり、ギヨームが着ていた作業着を着て農場の手伝いをしたり、寝食を共にするようになるのです。これをストックホルム症候群(監禁などの被害に遭った者が、犯人に同情や好意など特別な依存感情を抱くこと)に陥った、と見ることもできるでしょう。しかしフランシスは、幸か不幸か、ものすごくゲイ受けするタイプのマッチョなイケメン(しかも亡くなった恋人の兄)であり、そのことは、トムが逃げずに農場へと引き返したことと決して無関係ではないように見えます。
 フランシスは、そのルックスに見合わず(チヤホヤされそうなものなのに)、村人たちから距離を置かれ、いつも孤独で寂しそうにしています。その理由は、彼のキレやすさ、常軌を逸した暴力性にありました(終盤、彼の正体が明らかにされます)。恋人を失って茫然自失状態だったトムは、どれだけ殴られ、監禁されても、「この人はかわいそうな人」「彼には自分が必要なんだ…」という暴力を愛にすり替える「共依存」的な精神状態に陥っていきますが、深読みすれば、「心に傷を抱えた孤独な男というものは、すさまじい色気を感じさせる」(きっと共感する方も多いはず…)ということも言えるのではないでしょうか。トムは知らず知らずのうちに、フランシスの男の色気にすっかりハマってしまったのです。
 フランシスの方も(野獣のように女性への欲望を煮えたぎらせている男だということがわかるシーンもあり、決してゲイではないのですが、それだけでは「男とは寝ない」ということは言えません)、トムのことをまるで弟のように思っていたフシがあります。そういう意味での「愛」はあったでしょうが、二人の間に肉体関係があったかどうかは、はっきりとは描かれていません(ぜひ劇場で観て、想像してみてください)。ただ、この殺風景な農場で繰り広げられる恐ろしい物語のなかに突然、ハッとさせられるような、美しくもはかない、愛を感じさせる(ヘタをすると泣けてしまうような)シーンが挿入されていて、そこが素晴らしくゲイ的だったということをお伝えしたいと思います。
 
 脚本も監督も、そして主演もつとめたドランは、やはりスゴい人です。舌を巻きます。
 エンドロールではルーファス・ウェインライトの切々とした歌が流れました(あの『ブロークバック・マウンテン』や『チョコレートドーナツ』と同様に)。とてもいい歌でした。 
 グザヴィエ・ドランの作品をまだ観たことがないという方、アート系よりもエンタメ系の映画が好きな方にとっては、入り口としてピッタリな作品だと思います。
 
『トム・アット・ザ・ファーム』Tom a la ferme
2013年/カナダ、フランス/監督・脚本・編集・衣装:グザヴィエ・ドラン/原作・脚本:ミシェル・マルク・ブシャール/出演:グザヴィエ・ドラン、ピエール=イヴ・カルディナル、リズ・ロワ、エヴリーヌ・ブロシュほか/配給・宣伝:アップリンク/特別協力:ケベック州政府在日事務所/後援:カナダ大使館/新宿シネマカリテ、ヒューマントラストシネマ有楽町、渋谷アップリンクほか全国順次公開