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映画『R/EVOLVE 結婚と平等とピンクマネー』

東京レインボープライドのレインボーウィークで上映会が行われた映画『R/EVOLVE 結婚と平等とピンクマネー』のレビューです。

映画『R/EVOLVE 結婚と平等とピンクマネー』

東京レインボープライドのレインボーウィークで上映会が行われた映画『R/EVOLVE 結婚と平等とピンクマネー』のレビューをお送りします。今後、上映される機会があるかどうかはわからないのですが(英語でよければこちらで全編視聴できるようです)、こういう映画があったということをご紹介したいと思いましたし、アーカイブとして記録しておく意味もあり、書くことにいたしました。やや個人的な「思い」に偏ったレビューではありますが、ご容赦ください。(後藤純一)


 東京レインボープライドのレインボーウィークで、写真展とか映画上映とかトークベイントとかワークショップとか、実にさまざまな(多様な)催しがあって、(とても回りきれなくて残念でしたが)本当にレインボーで素敵なGWだったなあと、主催したみなさんに感謝の気持ちしかありません(レインボーウィークのレポートはこちら
 今回のレインボーウィークではもう1つ、『R/EVOLVE 結婚と平等とピンクマネー』という映画の上映会にも行ってみました。同性婚(結婚の平等)についての映画で、今ここで観ないとたぶんチャンスがないだろうと思ったのと、宣伝用のスチール(トップ画像)がセクシーだったからです(そういうの、大事ですよね)

 ストーリーはこんな感じです。
 アメリカ・ワシントン州では同性婚が認められそうになっていました。ゲイのリンカーン(たぶんヒスバニック系)は、パートナーのルーカス(アフリカ系)からプロポーズされ、婚約します。ルーカスは同性婚推進の活動家ですが、写真家のリンカーンも、もともと保守的だったビッグコープ社が時代の波に乗って同性婚応援キャンペーンを展開することになって(1億円もの協賛金を出資)、その広告写真を担当することになり、万々歳に見えます。ある日、リンカーンは車の運転中、バッグにピンクトライアングルのマークをつけたヒッチハイカーのラクーンをピックアップし、その奔放さと自由さに魅了され、仲良くなります。リンカーンは、クィアを絵に描いたような生き方をしているラクーンにどんどん影響を受けていきます(しかし、ルーカスはラクーンのことが気に入りません。「ありがとう」も「婚約おめでとう」も言わずにルーカスの作った料理を無遠慮に頬張りながら「同性婚さえ認められればそれでOKなの?」とか言っちゃう人だからです)。そんななか、ビッグコープはリンカーンの意向を無視して広告に「アングロサクソン系の若くて美しい男性2人」を起用するよう要求してきました。リンカーンは「有色人種や多様なセクシュアリティを排除している」と憤り… 

 上映会を主催した要友紀子さんもおっしゃっていましたが、この映画は、単純に誰かが「善」で誰かが「悪」という描き方にはなっておらず、おそらくご覧になった方一人ひとりが、それぞれに違った感想を抱いたことと思います(それこそ、ハリウッドのアクション映画などとは対照的に)。ゴトウも観終わったあと、ものすごくモヤモヤして、いろいろ考えさせられましたし、ある意味、観終わったあとでこんなに語りたくなる作品も珍しいと思いました(実際、偶然居合わせたポット出版の沢辺さんと語り合ってしまいました) 

 たぶんこれは、同性婚推進をはじめとするLGBTムーブメントに企業が関わるとき、ともすると「支援」の名の下にセクシュアルマイノリティのある部分を排除し(「ありのまま」を許さず)、自社に都合のいいように「利用」することがある(きっとアメリカではあったのでしょう、映画になるくらいですから)という告発、言い換えると商業主義批判(アンチコマーシャリズム、札束で頬を叩くようなことへの抗議)についての映画でした。同時に、企業の言いなりになって多様なセクシュアルマイノリティのある部分を切り捨てる(見えなくする)のであれば、それって本末転倒じゃないですか?とコミュニティに問うような作品でもあったと思います。

 もちろん、社会にはルールがあり、企業には利益追求という使命があります。がしかし、性的嗜好がクィアな人やジェンダークィアな人やセクシュアリティをもたない人やインターセックスな人なども含めて、セクシュアルマイノリティとはそもそも(この世界がそうであるように)多様で、豊饒で、猥雑で、謎めいたもので、だからこそ素晴らしいと思うのですが、その中のある部分を見えなくしようとする意向が「LGBTを支援します」と言っている企業から圧力として働くことがあるという現実。不遜…だと思わないのでしょうか?
 
 たまたま同じ時期に、とある映像作家の方がツイートしていて「ハッ」とさせられた文章がありました。『ハスラーホワイト』などの作品で知られるゲイの映画監督、ブルース・ラ・ブルースの「ゲイは商業主義の悪魔に魂を売り渡すべきではない」という記事です。ゲイがこぞってなんとかドリンクを飲んで喜んで企業を利するような状況や、ポップカルチャーに「同化」することに警鐘を鳴らし、「上品で飼いならされた」人々が見たら吐き気がするようなフェティッシュなものこそ、崇敬し、評価すべき対象だと語っています。(筆者のゴトウはG.O.Revolutionという名前で2000年頃から「アンタのオカマ魂は腐ってないかいアーユーオーライ?」「ヘンタイばんざい!」などと叫ぶラップのパフォーマンスをしてきた人なのですが、忘れかけていた「オカマ魂」が甦ってくるような思いがしました)

 それから、広告写真つながりで思い出したのですが、5年前に勤めていた会社で、ゲイサイトの広告に載せようとしたモデルさんが、エロスが匂い立つようなとびきりのイイ男で、ゴトウ的には超お気に入りだったのですが、社長(女性)にNGをくらってボツになった…という出来事がありました。「一般企業にもアピールするなら、こういうギラギラした感じはダメ」と(まさに映画と同じで「見えないように」されたのです)
 こういうこともありました。ゲイ雑誌『バディ』の編集をやっていた頃、とあるコミュニティイベントのパンフレットに広告(さわやかな若いイケメンが上半身裸で写っている写真)を載せようとしたら「一般企業に配慮し、モデルの肌の露出を控えめにしてください」と言われたのです(ちょっと記憶が曖昧なのですが、たしか乳首見せもNGでした)
 
 映画に描かれたように、アメリカではきっと、有色人種やジェンダークィアな(典型的な男性や女性にあてはまらない)人々が、よりマイノリティで、不可視化されがちなんだと思います。が、日本では少し事情が違っているような気がします。古くから異性装や性別越境に寛容で(『女装と日本人』という本に詳しく書かれています)、女装家やニューハーフの方がTVで活躍し、欧米のようにトランスジェンダーが殴り殺されることもほぼありません。外国人にも優しい国です(たくさんTVで活躍中)。一方で、男性(特に、ゴツかったり、太ってたり、髭面だったり、毛深かったりという、いわゆるイケメンではないタイプ)がホモセクシュアルを匂わすことはタブーとされ、ロコツに嫌悪されてきました(メディアでも、日常的にも嘲笑や罵倒の対象になってきました)
 BL(ボーイズラブ)のイメージとは異なるリアルなゲイの多くは、見た目の「男らしさ」を求めていますから、世間の人から見るとイケメンというより野郎くさい(むさ苦しい)感じだと思います。そういうリアルなゲイのエロティシズムは、ホモフォビックなノンケ男性に「キモい」「ヘンタイ」と攻撃され(ネット上でネタにされ)、ゲイに寛容な女性にすら敬遠されたりしてきました(以前あった「蘇民祭」ポスターの事件のことも思い出してください)。ぼくらはずっと、そうした世間の蔑視や「いじめ」、不可視化の圧力にさらされながら生きてきました。
 世間はずいぶんセクシュアルマイノリティに寛容になりましたし、今後も女性(に見える方)や中性的な感じの方、イケメン(に見える方)たちはメディアにもたくさん登場し、脚光を浴び、救われる思いがするでしょう。が、たぶんいちばん最後になるのはぼくらみたいなタイプなのかな…とさびしい気持ちになります。
 もっと言うと(これは考えすぎかもしれませんが)、たとえ公に同性婚が認められたとしても、もし万が一、社会がゲイの性的な部分へのバッシングを始めたり、性産業が規制されたりという事態になったとしたら…(こちらのシリーズも読んでみてください)。さまざまな事情でパートナーを持てず、セクシャルネットワークを拠り所にしている多くのゲイの方たちは、被抑圧感やスティグマを払拭できず、あるいは居場所を失い、孤立し、未来に希望を見出せず、セクシャルヘルスやメンタルヘルスを悪化させ…ということになるのでは?と心配になります。
 みなさんにもきっと経験があると思いますが、これまでにたくさんのゲイの友人・知人が命を落としてきました。ある方は自ら命を絶ち、ある方はエイズを発症して、ある方は貧困によって(それ以外の病気で亡くなった方もいらっしゃいますが、葬儀に立ち会うこともできなかったり、悲しい思いをしました)。つい最近も、立て続けにゲイの友人・知人の訃報が届き、なぜその若さで…と、いたたまれない気持ちになりました…。
 今年のパレードで最も感動した場面のひとつは、本当にたくさんの方たちが「AIDS IS NOT OVER」というプラカードを掲げて歩いていたことでした(そのなかにはきっとHIV陽性の方もいたことでしょう)。ともすると見えなくされ、社会の片隅に追いやられがちな(なかなか声を上げることもできない)人々がいるということ、そして不可視化は命にも関わることなのだということを忘れてはいけないと、あらためて思いました。ゴトウはそういう、ともすると見えなくされるタイプの仲間たちを(好きだからということもありますが)できる範囲でサポートしていきたいと思いますし、それが自分のライフワークなのかな?と今、思い始めています。


 ひとつ、いい話を。このGW、二丁目の「DOCK」の周年パーティがありました(この日だけはパーティ仕様でストレートの方なども入店OKでした)。そこに、お店の常連であるゲイの方(とそのアイカタさん)が、実のお父様といっしょに来ていたのです。お父様はそこがどんな場所か承知のうえで(しかも、息子さんがアイカタさんがいながらもそこで遊んでいるということも承知のうえで)「息子に話を聞いていて、一度どんな場所か来てみたかったんですよ。皆さん楽しそう、幸せそうで安心しました。これからも息子をよろしくお願いします」と言ってくださって…。さらに、そのお父様は息子さんのアイカタさんを「息子が一人増えた」と喜び、「たとえ二人が別れても、彼が俺の息子であることに変わりはない」とも言ってて。思わず涙腺が決壊しました…。(ここまでの「神」レベルの方はそうそういらっしゃらないでしょうが)理解ある親御さんが世の中に増えてくれたら、どんなに生きやすくなることか…と思いました。
 
 念のため、誤解を避けるために申し上げると、ゴトウは今のLGBTムーブメントを批判しているわけではありません(現に、さまざまなかたちで応援していますし)。ただ、たまたまレインボーウィークに『R/EVOLVE 結婚と平等とピンクマネー』という映画を観たことがきっかけで、千々に乱れるいろんな思い(もしかしたら杞憂かもしれないけど)がフツフツと湧き上がってきて…今ここで書いておかなくては、という思いがつのったのでした。長文で失礼しましたが、最後まで読んでくださったみなさん、ありがとうございました。

 
『R/EVOLVE 結婚と平等とピンクマネー』(原題: R/EVOLVE)
2013年/アメリカ/監督:Billie Rain/出演:Maximillian Davis、Lowell Deo、Lil’ Snoopy Fujikawaほか