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REVIEW

映画『サンローラン』

イヴ・サンローランという世紀のデザイナーの業績を描く伝記映画というこれまでの作品とは異なり、「美に生き、恋に生き」、神がかり的な芸術の才能とひきかえに地獄を見たひとりのゲイの、壮絶にして輝かしい「生」を透徹した美意識で描ききった作品だったと思います。

映画『サンローラン』

イヴ・サンローランという世紀のデザイナーの業績を描くというこれまでの作品の趣旨とは異なり、「美に生き、恋に生き」、神がかり的な芸術の才能とひきかえに地獄を見たひとりのゲイの、壮絶にして輝かしい「生」を透徹した美意識で描ききった作品だったと思います。レビューをお届けします(後藤純一)

 これまでにもイヴ・サンローランを描いた映画はいくつかありました。
 最初のドキュメンタリー『イヴ・サンローラン』で、ピエール・ベルジュと公私にわたってパートナー関係にあったことが隠すことなく描かれ、(ストーンウォール以前の)60年代からずっとつきあいを続けてきたことの驚きや、どれだけピエールがイヴの才能を支え、引き出してきたか、ということが語られていました。
 昨年公開された映画『イヴ・サンローラン』は、イヴを演じたピエール・レニがマジ本人にソックリ!と話題になり、ちゃんとイヴとピエールの関係が一筋縄でいかなかったところまで描いた作品でしたが、良くも悪くもイメージどおりのイヴ・サンローラン像だったと思います。
 今回の『サンローラン』は、1967年〜1975年という、成功を手にしたイヴが最も苦しんでいた時期にフォーカスし、デザイナーという芸術家の「産みの苦しみ」を(たまたま彼がゲイだったがゆえに、その解放の方向性はオトコに向かうわけですが)、神がかり的な才能とひきかえに地獄を見た(「美に生き、恋に生き」た)ひとりのゲイの、壮絶でもあり、輝かしくもある生き様を、透徹した美意識で描ききった作品だったと思います。

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 『サンローラン』は2014年の第67回カンヌ国際映画祭で上映されたほか、本国でセザール賞(フランス版アカデミー賞)・最優秀衣装デザイン賞を獲得しました。『メゾン ある娼館の記憶』のベルトラン・ボネロが監督を務め、サンローラン財団公認作品だった『イヴ・サンローラン』とは対照的な、より自由に制作された映画です。サンローランのモンドリアンルックを思わせる画面分割の手法が採用され、衣装はもちろん、収集していた美術品(黄金に輝く仏像など)や調度品の見せ方、光の感じ、音楽の使い方に至るまで、透徹した美意識を感じさせます。それでいて、出演している俳優はみんなセクシーでグラマラスで魅力的な方ばかり。『イヴ・サンローラン』のピエール・レニの爬虫類的な冷たさとは対照的でした。あの時代を生きた人々の「生」や「性」の輝きを生き生きと美しく、自由に表現した、そんな印象です。
(映画の冒頭で語られるように、サンローランの神経衰弱や薬物依存は、1960年にアルジェリア独立戦争に駆り出され、軍隊内のいじめがもとで精神病院に収容されたことから始まるのですが)酒に溺れ、クスリに溺れ、オトコに溺れ、文字通り死に物狂いでデザインのアイデアを絞り出していくサンローランの「産みの苦しみ」…それはすべてのクリエイターが共感するだろう、壮絶なものです。(最初にかかった音楽がモーツァルトのピアノ協奏曲20番だったせいか)ちょっと『アマデウス』を思い出したのですが、神がかり的な美の現前に生きようとするものはえてして地獄を見る(悪魔に魅入られる)、そんな印象でした。そして、サンローランだけでなく、その周囲の人々の、不条理な「神のお告げ」に心静かに従い、黙々とアイデアを形に仕上げていく様にも(おそらく仕事で似たような経験をしている人も多いことと思います)胸が熱くなります。そうした名もない人々の血のにじむような職人仕事が、マリア・カラスの歌声とともに夥しい衣装がランウェイを舞う壮麗なショー(この世に一瞬だけ現前した「絵画」)に結実したシーンには、思わず涙がこぼれました。
 
 『サンローラン』がゲイ的にスゴい!と思うのは、イヴが「産みの苦しみ」を解消するために、取り巻きの女性たちとディスコ(70年代なのでクラブじゃなくディスコ)に繰り出したり、彼女たちとモロッコに旅行に行ってデザイン画を描いたりというだけでは飽き足らず、夜中にハッテンしていたこととか(たぶんテュイルリー宮殿かどこかの中庭だと思うのですが、生垣が迷路のようになっているところで出会えるなんてロマンチック〜さすがはパリ!と感心してみたり)、ジャックというボーイフレンドができて(カール・ラガーフェルドの「ミューズ」だったそうです)、クスリをやりながらセックスしたりとか、ジャックが家で開いた乱交パーティ(ケツ掘りブランコならぬケツ掘り台みたいなのが部屋の真ん中に鎮座ましましています)にも参加してたりとか、そういうことを隠さずにちゃんと描いていたところです。そういうシーンって、ともすると「堕落」みたいに描かれがちだと思うのですが、クスリが危険も伴う一時の快楽として描かれていたのとは異なり、セックスや恋愛は、もっと切実な、生きる理由そのものであり、まるで「人生の輝かしい1ページ」であるかのように描かれていたのが印象的でした(とてもリアルでしたし、ゲイの性愛のありようっていつの時代も変わらないものかもしれないな…と思いました)
 
 一方で、公私にわたるパートナーであったピエール・ベルジュが、いかにイヴにとって大切な存在だったかということもきちんと描かれています(こう言うと失礼ですが、ご本人よりもはるかにイイ男が演じています)。精神病院を退院するも、ディオールをやめざるをえなくなったイヴに手を差し伸べ、彼の才能を見込んで投資し、小さなアトリエを設けたのもピエール。ボロボロになり、仕事も手につかなくなったイヴをなだめすかし、遠くに行ってしまわないようにずっと寄り添っていた(時にはハッテン場で血まみれで倒れているところを迎えに行ったりもした)のもピエール。たぶんピエールがいなかったらイヴはすぐにダメになっていたことでしょう。イヴは、ピエールが口うるさく干渉してくると思ってたフシもありますが、なんだかんだ言っても彼を頼り、最終的には彼のもとに帰っていくのです(この二人の関係もまたリアルで、身につまされるものがありました)
 
 たとえばアマデウス・モーツァルトという不世出の天才は、若くして亡くなってしまったわけですが、イヴ・サンローランは71歳まで生きました。この映画で晩年のイヴの姿を演じていたのが、イヴ&ピエールと同様、ルキノ・ヴィスコンティ監督と公私にわたるパートナーであったヘルムート・バーガーであったのは、感慨深いものがありました。年老いたイヴがひとり、テレビを観ているのですが、そこに映っていたのはヘルムート主演のヴィスコンティ映画『地獄に堕ちた勇者ども』だったり、まるで『ベニスに死す』のように美容院で髪を染めたり…こんなに粋でゲイで素晴らしい演出を施すベルトラン・ボネロ監督とは、いったい何者なのでしょうか? ご本人はゲイではないようですが、もともとクラシックの作曲家で、映画監督してのデビュー作がパゾリーニの自伝をもとにした短篇だったり、『ポルノグラフ』『メゾン ある娼館の記憶』といった人間の「性」を美しく(デカダンに)写し取った作品や、トランスジェンダーの娼婦を主人公に据えた『ティレシア』という映画を撮っていたりします。こういう監督さんが(フランソワ・オゾンだけでなく)ゴロゴロいるフランスって、本当に素敵ですね。
 
  
 
サンローランSaint Laurent 
2014年/フランス/監督:ベルトラン・ボネロ/出演:ギャスパー・ウリエル、ジェレミー・レニエ、ルイ・ガレル、レア・セドゥ、ヘルムート・バーガー/後援:在日フランス大使館、アンスティチュフランセ日本/TOHO シネマズシャンテほか、全国ロードショー公開中
(C)2014 MANDARIN CINEMA - EUROPACORP - ORANGE STUDIO - ARTE FRANCE CINEMA - SCOPE PICTURES / CAROLE BETHUEL

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