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REVIEW

映画『ヴィオレット-ある作家の肖像-』

『私生児』がベストセラーとなり、本国フランスでも再評価が進んでいるバイセクシュアル女性作家、ヴィオレット・ルデ­ュックの半生を描いた伝記映画です。ジャン・ジュネをはじめとするゲイの登場人物たちも重要な役割を果たしています。とても激しい、ドラマチックな生き様に目を奪われつつ、ボーヴォワールの友情に深く胸を打たれました。

映画『ヴィオレット-ある作家の肖像-』

『ヴィオレット-ある作家の肖像-』は、ボーヴォワールの友人であり、『私生児』がベストセラーとなったバイセクシュアル女性作家、ヴィオレット・ルデ­ュックの半生を描いた伝記映画です。ジュネをはじめとする実在のゲイも何人か登場し、重要な役割を果たします。ひたひたと余韻が押し寄せるような、予想以上に素晴らしい作品でした。レビューをお届けします。(後藤純一)

 

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『私生児』がベストセラーとなったフランスの作家ヴィオレット・ルデュック。彼女のことは日本ではあまり知られておらず、本国でも一時期は忘れられた作家でしたが、この映画の公開を機に全集も出版され、今では、時代を変えた作家として再評価され、その劇的な生涯から“文学界のゴッホ”とまで言われている人物です。

 映画『ヴィオレット-ある作家の肖像-』は、そんなヴィオレット・ルデュックの半生を描いた作品です。
 私生児として生まれ、美人ではなく、不器用で、ずっと生きづらさを抱えながら、女や男を愛し(しかし、愛されることはなく)、激しい性の情熱をたぎらせながら生きてきたヴィオレットというバイセクシュアルの女性が、ボーヴォワールという最上のメンターと出会い、ジュネやジャック・ゲランらゲイの友人にも支えられながら、小説を書き続け、それでもなかなかうまくいかず、何度も苦い水を飲み、精神まで病みながら、ボーヴォワールの並々ならぬ支援のおかげでやっと成功を手にする(作家デビューしてから売れるまで20年もかかった)という、波乱万丈の半生です。

<ストーリー>
ヴィオレットは戦時下、作家のモーリス・サックスと生活のために偽装結婚し、闇物資を売って生計を立てていた。ヴィオレットはモーリスに勧められ、自伝的な処女小説『窒息』を書き上げる。そして、敬愛するボーヴォワールに近づいて行き、半ば無理やり原稿を渡す。『窒息』はボーヴォワールの気に入り、首尾よく出版されることになるが、ほとんど本屋にも並ばず…失意のヴィオレットの前に現れたのは、『窒息』のファンだというジャン・ジュネとジャック・ゲラン(香水の「ゲラン」の社長)だった。ジャックは彼女を田舎の別荘に誘い、慰めようとするが…

 映画評ではあまりちゃんと語られていないのですが、ヴィオレット・ルデュックはバイセクシュアルでした。
 ヴィオレットの恋愛関係のヒストリーについて整理すると(大事なことだと思うのですが、映画では話が前後したり断片的だったりして、わかりづらいかもしれません)、彼女が最初につきあったのは女性でした。が、「結婚すれば普通になれるかと思い」男性と結婚します。しかし、うまくいかず、ほどなく離婚します(中絶も経験しています)。大戦中は生活のためにゲイの作家、モーリス・サックスと「結婚」しており、ヴィオレットはモーリスに愛を求めますが、彼はそれに応えず、その代わり、彼女にそのモヤモヤした感情を小説に書いて吐きだすように諭します(そこから彼女の作家人生がスタートします)。そんなモーリスも家を出て行き、二度と戻っては来ませんでした(ドイツで銃に撃たれて死んだと聞かされます)。庇護者的な存在となったジャック・ゲランを誘う場面もありますが、彼もゲイだったので、応えてはもらえず…。それから、昔つきあっていた女性と再会し、ヴィオレットがよりを戻そうと迫るものの、彼女は去って行く…というシーンもありました(女性に性の自由がない時代、とてもじゃないけど人目が気になってつきあえなかったようです)。そんなヴィオレットが生涯で最も強く(夢に見るくらい)深く愛したのは、ボーヴォワールでした。美しい才女であり、長きにわたって(20年近くも)ヴィオレットの創作活動を支援したボーヴォワールは、また、同時に苦しみの源泉ともなります(ボーヴォワールへの苦しい恋心を綴った本も書きます)。ほんの束の間、ヴィオレットがちょっといい感じの優男に誘われ、ベッドを共にする場面もあります。が、その関係も長くは続きませんでした。結局、ヴィオレットの恋が成就したことはほとんどなかったようです。いつも誰かを求め、愛してほしいと切に願っていたのに、その気持ちはついぞ報われることがなかったのです…。
 
 お世辞にも美人とは言えない容姿で生まれついたヴィオレット。何度も自分を醜いと言い、誰からも求められてこなかったと泣き叫びます(「どうしてあたしを産んだの!」と母親にあたる場面も…)。対照的に、見た目も美しい才女・ボーヴォワールは、一見気取った人のように見えますが、雑多な人たちが集うバーでタバコをふかしながら飲んだりするくらいにはくだけてますし、ヴィオレットから求愛されたり、罵られたりしながらも、動じず、決して拒絶はせずに、言うべきことはきちんと言って、辛抱強く彼女を導いていきます。セックスこそなかったものの、ボーヴォワールがヴィオレットに注いだ情の深さや厚みには、かけがえのないものがあります。ヘタな恋愛とか結婚よりも「パートナー」と呼ぶに値する関係だったと言えるのではないでしょうか。そういう同性どうしの友情(という言い方では足りないくらいの、崇高な関係)が素晴らしかったです。
 個人的には、貧しく、生きづらさを抱えた人に(その才能ゆえに)手を差し伸べる人が現れ、どんなことがあっても見捨てず、生きていけるようになるまで支え続けたという真実に、深く胸を打たれました。
 
 一方、この映画には、たくさんのゲイも登場します。モーリス・サックスは(この女性はきっとゲイである自分を受け容れてくれるに違いないと踏んで)ヴィオレットに声をかけて「結婚」します。ヴィオレットの処女作『窒息』を読んでファンになったジャン・ジュネとジャック・ゲランは、わざわざ彼女の家まで訪ねて行き、友達になります(ジュネの名作『女中たち』はヴィオレットにインスピレーションを得て書かれたそうです。ちなみに、ジュネはヴィオレットと同時代の作家で、ジュネの方が早く名声を手にしています)
 バイセクシュアルであり、少し男っぽいところもあるヴィオレットは、きっとゲイとウマが合うのでしょう。彼女を取り巻くゲイたちは、性的関心がないだけに、フランクにつきあい(ちょっとフランク過ぎたりもします)、それでいて彼女の作家としての仕事がうまくいくように支援します。が、ジュネとゲランは、とあるゲイ的なおふざけによって、ヴィオレットを怒らせてしまいます…。結果、ヴィオレットは大金持ちのゲランではなく、シモーヌとの友情を選びます(フェミニズム的に意味があると思うし、ゲイとしては考えさせられるものがあります)
 ストーンウォール以前の時代、ジュネのように堂々と反逆児として振る舞っていた人を除けば、ゲイはこっそり「ハッテン」しつつ、男性としての社会的特権を得ていました。が、女性は結婚するしか生きる術がありませんでした(結婚後も仕事をやめずに続けることを選択する権利すらなかったそうです)。そんななか、ヴィオレットは(男たちに混じって)闇物資を売って自活し(なんとたくましい!)、あまつさえ、女性として初めて性を赤裸々に語る小説を世に問うたのですから、本当にスゴい人だと思います(男たちからのバッシングも相当あったはず。ヴィオレットが精神を病むようになったのも、突き詰めればそういうことです)。この映画は、ヴィオレットとボーヴォワールという二人の女性が、傷つき、さまざまな苦難に直面しながらも、二人のつないだ手を決して離すことなく、まるでジャンヌ・ダルクのように男尊女卑な社会に立ち向かい、革命を起こしていった、そういう物語でもあるのです。


ヴィオレット-ある作家の肖像-VIOLETTE
2013年/フランス/監督:マルタン・プロヴォ/出演:エマニュエル・ドゥヴォス、サンドリーヌ・キベルラン、オリヴィエ・グルメ、ジャック・ボナフェ、オリヴィエ・ピィほか/岩波ホールにて上映中
(c) TS PRODUCTIONS - 2013

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