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REVIEW

映画『人生は小説よりも奇なり』

ゲイ映画は世の中に数あれど、「まだこういう物語があったのか!」と驚かされます。明るく静謐で、美しくも物悲しい、愛の物語。『チョコレートドーナツ』や『パレードへようこそ!』のように、ずっと胸に抱きしめていたくなるような名作です。

映画『人生は小説よりも奇なり』

こちらの特集でお伝えした通り、映画『人生は小説よりも奇なり』は、2011年に同性婚が合法となったニューヨークを舞台に、念願の結婚式を挙げたゲイカップルが、結婚が原因で長年安定していた生活に変化が生じていく様を丹念に描いた悲喜劇。有名な映画レビューサイト「Rotten Tomatoes」で94%の高評価を獲得した話題作です。そして、こちらのニュースでお伝えした通り、映画業界で初めて、同性カップルも「夫婦50割引」の対象となる、記念碑的な作品です。レビューをお届けします。(後藤純一)









 橋口監督が「気軽なコメディかと思っていたら、途中で膝を正しました。こんなにも繊細な映画、久しぶりに観ました。”美しいものを観せてもらった”という静かな余韻が、今も続いています。」というコメントを寄せていますが、全く同感です。本当にその通りだと思います。

 38年間(!)パートナーシップを結んできたベンとジョージのカップル。画家のベンはもう70を過ぎて年金暮らし。音楽教師のジョージはたぶん50代。2011年にニューヨークで同性婚できるようになり、念願かなって挙げた結婚式は、親しい家族や友人たちに囲まれて、本当に幸せなものでした。しかし、結婚を機に、カトリックの学校で音楽を教えていたジョージが、狭量な司教のせいで学校をクビになり、せっかく手に入れた家を手放さなければいけなくなります。親戚や友人たちは会議を開き、結局、ベンは甥夫婦の家に、ジョージは同じアパートに住む友人ゲイカップルの家に、別々に居候することになります。しかし、38年連れ添ったパートナーと離れ、慣れない環境で暮らすことは、決して若くない二人にとって本当にしんどいことでした…
 
 二人がどのように出会ったのかは語られませんが、たぶん、ベンが(まだ細くて美しかっただろう)イギリス出身のジョージに一目惚れし、ジョージもベンを(共に芸術を愛する人として)人生を導いてくれる良き伴侶として受け入れ、おつきあいを始めたんじゃないかと想像します。38年間同じベッドで寝て、寝食を共にしてきた、その感じは画面からも伝わってきます。
 ジョージが若いゲイカップル(いい人たちなんですよ、とても。ただ、ライフスタイルが違い過ぎるんですね…)の家を飛び出し、雨のなか、ベンの元へと向かい…というシーンは、涙なしには観れませんでした…(その姿は、まるで無垢な子どものよう…)

『人生は小説よりも奇なり』の原題は「LOVE IS STRANGE(愛は奇妙なもの)」と言います。これは愛についての映画です。
 ベンとジョージの結婚式のあとで、ベンの甥・エリオットの妻であるケイトが「二人のリレーションシップが私たちの模範となったわ」と素敵なスピーチを贈るシーンがありますが、誰もが賞賛せずにはいられない、理想的な関係性を築いてきたベンとジョージの夫夫とは対照的に、(公式サイトのディレクターズ・ノートにも書いてあるように)エリオットとケイトの夫婦は、危機に瀕します。そんな両親と、突然家にやって来たベンを、息子のジョーイは曇りのない目で見ています。
 一方、カトリックのお偉い方が無慈悲にジョージを切り捨てるところは、キリスト教の説く隣人愛とは一体何なのか?と問いかけます。たとえ同性婚が認められても、ホモフォビアはいろんなところに転がっています。決してEverything is OKではないのです。
 しかし、芸術家である二人は、離れ離れになるという憂き目にあいながらも、愛を忘れず、芸術を忘れず、新しい作品を生み出し続けました。
 人は愛を知ることで成長できるということを、長年愛を育んできたベンが、身をもって教えてくれます。(物語の核心に触れるのであまり詳しくは述べませんが)芸術家であるベンは、タブロー(絵画)だけでなく、愛というかけがえのない作品をも、贈り物として届けてくれたのです。そこがこの映画の素晴らしさであり、感動の源となっています。
  
 芸術家を主人公としていることもあるでしょう、監督が小津安二郎に影響を受けているためでもあるでしょう、この映画は「静かな暮らし」「心穏やかな生活」を至上の幸福として描いているところがあり、(『キャロル』とはまた違った意味で)独特の美しさを感じさせます。
 印象的だったのは、ニューヨークと言っても『セックス・アンド・ザ・シティ』のような人々が大勢行き交う街の喧騒のようなシーンがほとんどなく、代わりに人のいない街の風景がスタティックに映し出されるところです(それは、ベンやジョージの心象風景なのかもしれません)。物語には関係のない登場人物の表情がクローズアップされるシーンなどにもハッとさせられました。

 監督のアイラ・サックスは、オープンリー・ゲイの方で、劇中に登場するベンの作品の数々は監督のパートナーである画家の方が描いたものなんだそうです。アイラ・サックスの『ミシシッピの夜』(1997)は、アメリカ南部に暮らす白人の少年と黒人の少年との同性愛を描いた作品で、日本でも1998年の第7回東京国際レズビアン&ゲイ映画祭で上映されました。
 監督はインタビューで、この映画を作ろうと思ったきっかけについて、こう語っています。「私は9年間、夫である画家のボリス・トーレスと暮らし、2012年に結婚しました。その時初めて、いかに愛情関係というものが時と共に深まり、成長してゆくものかに思い至り、それを映画にしたいと思ったのです。小津に影響された私の映画はすべて、ある意味、世代の継続を描いていると言えます。これはあるカップルについての映画ではありますが、次の世代、そしてその次の世代についての映画でもあるのです。私たちはみなつながっているのですから」(ちなみに、お二人には4歳になる子どもが2人いるそうです)

 俳優陣も充実しています。ベン役は『愛と追憶の日々』『インターステラー』のジョン・リスゴー、ジョージ役は『スパイダーマン2』のアルフレッド・モリーナ。ケイト役は『レスラー』『マネー・ショート 華麗なる大逆転』のマリサ・トメイ。そして、ジョージを受け入れる若いゲイカップルの1人、テッドの役で『ユナイテッド93』『glee』のシャイアン・ジャクソン(オープンリー・ゲイの超イケメンです)。それから、とあるゲイの役で『ハリーポッターと秘密の部屋』でトム・リドルを演じたクリスチャン・コールソンが出演しています。

 そして音楽! 劇中ではベートーベンのピアノソナタなど、クラシックのさまざまな曲が使われていますが、なかでもショパンの「雨だれ」(24の前奏曲 作品28 第15番 変二長調)は、ひどく胸に沁みました。私にも弾けるような(実際、映画でも小学校に上がるか上がらないかくらいの小さな女の子が弾いていました)シンプルな曲なのに、こうやって聴くと、本当に感情を揺さぶられます。何日もこの「雨だれ」が脳内で鳴り響き、思わず口ずさんでしまうほどです。きっと将来、この曲を聴くたびにジョージが涙する姿を思い浮かべるだろうな…(うっかりすると泣いてしまうかも…)と思います。 

 最後に、『人生は小説よりも奇なり』を観た50代のゲイの方の感想をご紹介したいと思います。
「成熟したゲイカップル、その真摯な生き様が回りの人たちの心に化学反応をもたらしていく。もう一つ大切なことは彼らは闘う人たちであったということだと思いました。仕事、住居、世間の目、偏見、彼らはいざという時には逃げないで常に闘う側の人間となります。約40年の愛の生活を包みこむように置かれた冒頭とラストのショパンの子守唄。右手と左手が寄り添うように音階を上下しアルペジオを奏でていく。様々に深く、しみわたってきました」

 50歳以上のパートナーがいらっしゃる方はぜひ「同性カップル50割引」で、そうでない方もぜひ、『チョコレートドーナツ』『パレードへようこそ!』を手がけてきたシネスイッチ銀座に足をお運びください!


人生は小説よりも奇なりLove Is Strange  
2014年/米/監督アイラ・サックス/出演:ジョン・リスゴー、アルフレッド・モリーナ/3月、シネスイッチ銀座ほか全国順次公開

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