REVIEW
映画『ナチュラルウーマン』
先日のアカデミー賞で外国語映画賞に輝いた映画『ナチュラルウーマン』。ひどい侮辱や差別に屈することなく、毅然と闘いを挑むトランス女性を描いた作品です。自身もトランス女性であるダニエラ・ヴェガの美しさや歌声の素晴らしさに魅了されることと思います。
先日のアカデミー賞授賞式で外国語映画賞に輝いた映画『ナチュラルウーマン』のレビューをお届けします。トランスジェンダーであるがゆえに理不尽な差別やひどく屈辱的な目に遭い、それでも決して屈することなく、自分らしさを曲げず、毅然と闘いを挑む、孤高のトランス女性を描いた作品です。自身もトランス女性であるダニエラ・ヴェガの美しさや気高さ、そしてその歌声の素晴らしさに魅了されることと思います。(後藤純一)
2017年の第67回ベルリン国際映画祭では金熊賞にノミネートされ、銀熊賞(最優秀脚本賞)、エキュメニカル審査員賞、テディ賞長編映画賞に輝いています(テディ賞は最も優秀なクィア作品に贈られる賞です)
また、米『ハリウッド・レポーター』誌が選ぶ2017年のLGBT映画ベスト10で第2位に輝いています。
<あらすじ>
チリの首都・サンチアゴでウェイトレスをしながらナイトクラブのシンガーとしてステージにも立っているMtFトランスジェンダーのマリーナは、歳の離れた恋人オルランドと愛犬といっしょに幸せに暮らしている。オルランドがマリーナの誕生日を祝ってくれた夜、急に頭が痛いと言い、病院に運ぶも、手当の甲斐なく、亡くなってしまう。最愛の恋人の死に直面し、悲しみに暮れる間もなく、マリーナは警察の理不尽な取調べを受け、遺族から容赦ない侮辱を浴びせられる。しかし、彼女はへこたれなかった…。
チリってこんなにトランスジェンダー差別がひどいのか…と驚きました。
せめて愛する人と最期のお別れをしたい、たったそれだけの、人として最低限の望みさえ許されず、オカマだ変態だと罵られ、犯罪者扱いされ…ひどい仕打ちの数々に、胸が痛み、やりきれない気持ちがしました。
マリーナは(たぶんホルモン治療はしているのですが)性別適合手術は受けておらず、ID上の性別や名前は男性のままです。日本と状況が似ているのかな、と思いますが、チリではトランスジェンダーの方の性別変更が簡単ではなく、同性婚もできません(シビルユニオンは認められています)。おそらく二人は、マリーナのID上の性別変更が完了したら、結婚するつもりだったのかな…と想像しますが、突然オルランドが亡くなってしまったため、彼女には何の法的権利もなく…途方に暮れるしかなかったんだと思います。
おそらく、裁判などで訴えたら、いっしょに暮らしていたわけですから、部屋を追い出されることもなく、ある程度の財産分与も認められたかもしれませんが、法的権利以前に、オルランドの元妻や息子があまりにも差別的なので、マリーナが「もういい!かかわりたくない」と突っぱねたということなんだと思います。
マリーナは、泣きわめいたり、声高に抗議したりせず、キッと相手を睨み、毅然として、せめて愛する人と最期のお別れをしたい、いっしょに暮らしていた愛犬を引き取りたい、その一心で、行動を起こしていきます。自分の両脚で地面にしっかり立ち、世の不条理に立ち向かう、気高くて素晴らしい女性です(原題の「Una Mujer Fantastica」は、ある素晴らしい女性という意味です)
終盤、これは絶対に観客を泣かせる演出に違いないと誰もが思うだろうシーンがあるのですが、予定調和ではない意外な展開を見せ(この映画は深い、と感じました)、それがマリーナの心の何かを突き動かし、ラストへとつながっていきます。トランスジェンダーが困難を乗り越えていく姿を描いたからということだけでなく、わかりやすいハリウッド的語法ではない、批評的な見方を可能にするような映画作品であったことが、オスカーに輝いた理由だと思います。
マイケル・ジャクソンのように斜めになりながら、ものすごい向かい風と闘っているシーン(バスター・キートンの名シーンの引用だそうです)、裸で股間に鏡を置いて自分の顔を見ているシーンなど、映像的にハッとさせるシーンもたくさんあります。
それから、音楽も本当に素晴らしかったです(邦題となったアレサ・フランクリンの『ナチュラル・ウーマン』、アラン・パーソンズ・プロジェクトの『タイム』など)、特にダニエラ・ヴェガ自身がナイトクラブで歌うサルサの歌(エクトル・ラヴォーの『昨日の新聞』)や、ヘンデルのアリア『オンブラ・マイ・フ』にはシビレました。ゲイクラブでダニエラ・ヴェガがダンサーを従えて踊るMVみたいなシーンもあります(なんて多才なんでしょう)
『ナチュラルウーマン』はシネスイッチ銀座、新宿シネマカリテ、YEBISU GARDEN CINEMAほかで上映中ですが、シネスイッチ銀座3階ロビーでは「niji-depot」の期間限定ストアがOPENしているそうです。映画を観るついでに、レインボーカラーのアクセサリーもご覧になってみてはいかがでしょうか(「niji-depot」は、以前「L&G Timpani」という名前で、パレードや映画祭でずっとブースを出展してきました。レズビアンカップルがやっているショップですが、お二人ともとても明るく、気さくな方たちです)
『ナチュラルウーマン』Una Mujer Fantastica
2017年/チリ・ドイツ・スペイン・アメリカ合作/監督:セバスティアン・レリオ/出演:ダニエラ・ベガ、フランシスコ・レジェス、ルイス・ニェッコほか/2月、シネスイッチ銀座、新宿シネマカリテ、YEBISU GARDEN CINEMAほか全国ロードショー
INDEX
- マジョリティの贖罪意識を満たすためのステレオタイプに「FxxK」と言っちゃうコメディ映画『アメリカン・フィクション』
- クィアでブラックなミュージカル・コメディ・アニメドラマ『ハズビン・ホテルへようこそ』
- 涙、涙…の劇団フライングステージ『こころ、心、ココロ -日本のゲイシーンをめぐる100年と少しの物語-』第二部
- 心からの拍手を贈りたい! 劇団フライングステージ 『こころ、心、ココロ -日本のゲイシーンをめぐる100年と少しの物語-』第一部
- 40代で性別移行を決意した人のリアリティを描く映画『鏡をのぞけば〜押された背中〜』
- エストニアの同性婚実現の原動力になった美しくも切ない映画『Firebirdファイアバード』
- ゲイの愛と性、HIV/エイズ、コミュニティをめぐる壮大な物語を通じて次世代へと希望をつなぐ、感動の舞台『インヘリタンス-継承-』
- 愛と感動と「ステキ!」が詰まったドラァグ・ムービー『ジャンプ、ダーリン』
- なぜ二丁目がゲイにとって大切な街かということを書ききった金字塔的名著が復刊:『二丁目からウロコ 増補改訂版--新宿ゲイ街スクラップブック』
- 『シッツ・クリーク』ダン・レヴィの初監督長編映画『ため息に乾杯』はゲイテイストにグリーフワークを描いた素敵な作品でした
- 差別野郎だったおっさんがゲイ友のおかげで生まれ変わっていく様を描いた名作ドラマ『おっさんのパンツがなんだっていいじゃないか!』
- 春田と牧のラブラブな同棲生活がスタート! 『おっさんずラブ-リターンズ-』
- レビュー:大島岳『HIVとともに生きる 傷つきとレジリエンスのライフヒストリー研究』
- アート展レポート:キース・へリング展 アートをストリートへ
- レナード・バーンスタインの音楽とその私生活の真実を描いた映画『マエストロ:その音楽と愛と』
- 中国で実際にあったエイズにまつわる悲劇を舞台化:俳優座『閻魔の王宮』
- ブラジルのHIV/エイズの状況をめぐる衝撃的なドキュメンタリー『神はエイズ』
- ドラァグでマジカルでゆるかわで楽しいクィアムービー『虎の子 三頭 たそがれない』
- 17歳のゲイの少年の喪失と回復をリアルに描き、深い感動をもたらす映画『Winter boy』
- 愛し合う美青年二人が殺害…本当にあった物語を映画化した『シチリア・サマー』