REVIEW
映画『Love, サイモン 17歳の告白』
カミングアウトの難しさやアウティングの問題、今の時代のゲイの高校生のリアリティを生き生きと見事に描き、爽やかな感動を与えてくれる、それでいていろいろ考えさせる良作でした。
本国アメリカではたいへんな評判となった作品で、本当にいい映画なのでできるだけ多くの人々に鑑賞してもらいたいとニール・パトリック・ハリス、マット・ボマー、ジェシー・タイラー・ファーガソン(いずれもゲイの俳優)らが共同で映画館を貸し切って無料上映会を開催したほど、熱く支持されている『Love, サイモン 17歳の告白』。残念ながら日本ではどこの映画会社も配給せず、映画館で公開されることはなかったのですが、『glee』などを手がけてきたFOXが実施する「デジタル・ロードショー」の第1弾として上映(配信)されています。amazonビデオやU-NEXT、GYAOなど、いろんなプラットフォームで視聴できますので、ぜひご覧いただきたいと思います。レビューをお届けします。(後藤純一)
<あらすじ>
サイモンは、両親と妹の明るい家族に囲まれて暮らす普通の高校生の男の子。しかし実はゲイで、そのことをカミングアウトするかどうか悩んでいた。ある日、学校にブルーという匿名のゲイがいることを知ったサイモンは、悩んだ末に自分も匿名でブルーに連絡を取る。返事が来て、彼とのメールに夢中になるサイモン。しかし、同級生にメール履歴が見つかってしまい、彼から自分の女友達との恋の橋渡しをするように脅迫されてしまう……。
ゲイだってことが周りに知れると、ヘタしたらみんなにシカトされたりいじめられたり絶望的な状況に陥る可能性もあるから、怖くて言えない、学校の人たちや家族が受け入れてくれるかどうかもわからないのに当事者だけがなぜカミングアウトを強いられるのか(おかしい)、ゲイって別にみんなと変わらない平凡な生活を送ってる人であってスーパーマンじゃないから、孤立を恐れずカミングアウトして独りで闘うなんてとてもじゃないけど無理…言うならものすごく慎重に、いつ、誰に、どういうふうに言うか自分で決めたいのに、その機会を奪って勝手にアウティングするって本当にひどいよね、最低だよね?っていうリアリティをノンケさんにわかってほしい、そういう映画だったと思います。
高校が舞台で、学校に同性愛者の人がいるということが発覚したけど、いったい誰がそうなのかわからず(主人公もわからず)…といったストーリー展開や、カミングアウトの難しさ、アウティングという問題をストレートにも理解させるような作品、という点で、いま話題の『カランコエの花』と共通だと思いました。
しかし、もしこの映画が、『カランコエの花』のように、気まずくて後味の悪い、救いのない終わり方をしたとしたら、リアルで観客に考えさせる効果はあったかもしれませんが、ここまで支持されたかな…と思います。高校生の青春映画らしく、最高にハッピーでスカッとするシーンを用意して、誰もが納得!のエンディングになってるところが、イイんですよね。いかにもアメリカ的な、俗っぽくてお気楽な作品だとおっしゃる方もいらっしゃるかもしれませんが、ちゃんと山あり谷ありで、意外性もあり、とても面白く見れるし、感動もある(泣いた方、けっこう多いはずです)、実はとてもよく練られた脚本で、考えさせるところがいろいろあり、なかなか深い作品だと思います。
まず、ゲイの主人公・サイモンの人物造形が、ステレオタイプじゃなくてイイと思います。誰も彼がゲイだとは気づかないような、極めて平凡な男の子で、レディー・ガガもアリアナ・グランデも聴いていませんし(ロック好き)、車で友達を学校に送り迎えしてて、歩き方や仕草も男っぽく、そして、男の子の気持ちも女の子の気持ちもわかりません(わりと鈍い)。イマドキでリアルなゲイ像なのでしょう。ただ男の子が好きなだけ。普通だよっていう。普通なので、ちょっとマズいこともやってしまいます。決して「天使」なんかじゃないのです。
それから、完全にネットと親和的でスマホをいじってばかりいる世代をフィーチャーしているわけですが、偶然か必然か、ルッキズム(見た目での差別)へのアンチテーゼになっているところが、面白かったです。というのは、サイモンは、誰なのか正体がわからないブルーというゲイとのメールのやりとりを続けていくなかで、彼のキャラクター、人間性に惹かれ、人種も、顔や体格も全くわからないのに、本気で好きになるのです。
サイモンは、こんなメールを送ります。
「So blue, I might know your name or what you look like. But I know who you are. I know you're funny and thoughtful.(ブルーへ。君が誰なのか、どんな見た目なのか、今は知らないけど、わかる時が来るかもしれない。でも、僕は君がどんな人かを知ってる。面白くて、思慮深い人物だってことを)」
メールの結びのフレーズは「Love, Simon(サイモンより、愛を込めて)」です(これが映画の原題になっています)
なぜ、同性愛者だけがカムアウトしなければならないのか?と問いかける意味で、ストレートのクラスメートが「お母さん、私、異性愛者なんです」などと親に「カムアウト」をする(妄想のような)シーンがあって、これは痛快でした。
サイモンが、大学に行ったらカムアウトしよう、と思って、レインボーカラーの服を着てミュージカルみたいなキラキラの生活を思い浮かべて、すぐにそれを否定する、というシーンはウケました。
あまり詳しく書かないですが、友人たちや、家族との関係性も、とてもよかったです。ママはさすが、よくわかってるよね、とか、え、ちょっと待って、パパ…(号泣)みたいな。
終盤の展開とかは、あまり詳しく書かないですが、全部を観終わって、いい映画だな、と思いました。
人生にとって大事なことは、心からの、正直で真摯な言葉であり、勇気を示すこと、堂々と誇りを持っていることによって尊敬や応援を得られる、ということが描かれていました。
実によく練られた脚本でした。
『ジュラシック・ワールド』のニック・ロビンソン、『トランスフォーマー』シリーズのジョシュ・デュアメルらが出演し、なかなかの豪華キャストだったことも、ヒットにつながったようです。
監督は、オープンリー・ゲイのグレッグ・バーランティです。知る人ぞ知る『ブロークン・ハーツ・クラブ』という超名作ゲイ映画の脚本・監督を手がけた人です。メジャーなところだと『グリーン・ランタン』の脚本、ドラマ『ARROW/アロー』の製作などを手がけています。
本当は、映画館で友達や彼氏と観て、ああだこうだって話したい、感想を言い合いたくなる映画です。しかし、残念ながらデジタル・ロードショーでしかご覧いただけませんので、ぜひ、こちらからご覧ください(できるだけ大きなPCのモニターで観ることを推奨します)
『LOVE,サイモン 17歳の告白』Love,Simon
2018年/アメリカ/監督:グレッグ・バーランティ/出演:ニック・ロビンソンほか/9月12日(水)よりデジタル・ロードショー
※なお、日本ではDVDやBD(ブルーレイ)は未発売ですが、輸入盤のUHD BDが日本語あり(音声および字幕が入っている)とのことです。もしお手元に持っておきたい方は、こちらでどうぞ。(※UHD BD対応プレーヤーを用意する必要がありますので、ご注意ください)
INDEX
- マジョリティの贖罪意識を満たすためのステレオタイプに「FxxK」と言っちゃうコメディ映画『アメリカン・フィクション』
- クィアでブラックなミュージカル・コメディ・アニメドラマ『ハズビン・ホテルへようこそ』
- 涙、涙…の劇団フライングステージ『こころ、心、ココロ -日本のゲイシーンをめぐる100年と少しの物語-』第二部
- 心からの拍手を贈りたい! 劇団フライングステージ 『こころ、心、ココロ -日本のゲイシーンをめぐる100年と少しの物語-』第一部
- 40代で性別移行を決意した人のリアリティを描く映画『鏡をのぞけば〜押された背中〜』
- エストニアの同性婚実現の原動力になった美しくも切ない映画『Firebirdファイアバード』
- ゲイの愛と性、HIV/エイズ、コミュニティをめぐる壮大な物語を通じて次世代へと希望をつなぐ、感動の舞台『インヘリタンス-継承-』
- 愛と感動と「ステキ!」が詰まったドラァグ・ムービー『ジャンプ、ダーリン』
- なぜ二丁目がゲイにとって大切な街かということを書ききった金字塔的名著が復刊:『二丁目からウロコ 増補改訂版--新宿ゲイ街スクラップブック』
- 『シッツ・クリーク』ダン・レヴィの初監督長編映画『ため息に乾杯』はゲイテイストにグリーフワークを描いた素敵な作品でした
- 差別野郎だったおっさんがゲイ友のおかげで生まれ変わっていく様を描いた名作ドラマ『おっさんのパンツがなんだっていいじゃないか!』
- 春田と牧のラブラブな同棲生活がスタート! 『おっさんずラブ-リターンズ-』
- レビュー:大島岳『HIVとともに生きる 傷つきとレジリエンスのライフヒストリー研究』
- アート展レポート:キース・へリング展 アートをストリートへ
- レナード・バーンスタインの音楽とその私生活の真実を描いた映画『マエストロ:その音楽と愛と』
- 中国で実際にあったエイズにまつわる悲劇を舞台化:俳優座『閻魔の王宮』
- ブラジルのHIV/エイズの状況をめぐる衝撃的なドキュメンタリー『神はエイズ』
- ドラァグでマジカルでゆるかわで楽しいクィアムービー『虎の子 三頭 たそがれない』
- 17歳のゲイの少年の喪失と回復をリアルに描き、深い感動をもたらす映画『Winter boy』
- 愛し合う美青年二人が殺害…本当にあった物語を映画化した『シチリア・サマー』
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