REVIEW
映画:男女逆転版『大奥』
世間でも話題の男女逆転版『大奥』がいよいよ公開されました。男女のジェンダーが逆転した世界で見えてくるもの、男だらけの大奥(まるで二丁目のような光景)で繰り広げられるドラマの面白さがあると思います。ネタとしてぜひ。
本家の『大奥』が女たちのどろどろした人間模様(や衣裳の豪華さ)を面白がるものだとすれば、今回の『大奥』は、男たちのどろどろした人間模様を…描いてる部分も若干ありつつ、男女のジェンダーが逆転した世界で見えてくるものの面白さを味わえるエンタテイメント作品です。
面白くて、それでいてうっかりすると泣けちゃったりもするような、そして、いろんな見方ができそうな、よくできた映画でした。
よしながふみの原作あってこその映画ですが、将軍を演じる柴崎コウや主演男優である二宮和也、魔性の美男を演じる玉木宏その他の役者さんの魅力というのもあると思います。
簡単に時代設定をお伝えしましょう。江戸の町に男だけがかかる赤面疱瘡という流行り病が大流行し、男の人口が激減します。働いて一家の大黒柱となり、家督を守ることは女の役目となり、男は子作りのための「種」として重宝され、家で囲われたり、性を売買されるようになります。そんな時代ですから、徳川の将軍も代々、女がつとめるようになり、大奥も男ばかりになるのです。将軍(公方)に仕える大奥の住人は全員、見目麗しい男性(800人くらいだそうです)。炊事や掃除や着物作りなどもすべて男性がやります。ひまを持て余した男たちは利き香のような遊びに興じ、着物(袴や裃)の色や柄の優美さを競います。男の園(逆に言えば男の監獄)ですので、当然、男どうしの夜伽(セックス)もありますし、昼間から公然と上役といちゃいちゃする(寵愛を受ける)美少年などもいたりします。まるで二丁目を見ているかのような光景です。
さて、そんな大奥に、特に美男というわけでもなく、どちらかというと田舎くさくて野暮ったい水野という男(二宮和也)が入ってきます。水野は江戸の町ではとうの昔に失われてしまった武士の魂を持った無骨な男であり、大奥への突然の闖入者、「浮いた存在」です。そこからドラマがはじまるわけですが、「それ、すごくよくわかる!」と思ったのは、水野は大奥では貴重な「男らしさを失っていない男」であるがゆえに「モテモテ」になるのですが、しかし、完全に大奥の住人にはなりきれないのです。まるで二丁目にまぎれこんだ体育会のノンケのようなものです。一方、将軍吉宗(柴崎コウ)は、さばさばして気っ風のよい、いかにも腕利きの棟梁といった風情で登場し、政治の実権を握っている女たちの華美な服装を戒め、自らも質素な着物で過ごし、バッサバサと無駄遣いを切り捨てていきます(そこに蓮舫の姿を見る人もいることでしょう)。民の暮らし向きをよくするために日々、政(まつりごと)を執り行い、改革に励む吉宗。その毅然とした潔さ、凛とした気高さには惚れ惚れすることでしょう。吉宗は女でありながら、男ジェンダーを生きる存在として描かれています。それでいてとてもカッコいいのです。(もし女どうしで愛し合うシーンがあったとしたら…もっと素敵だったと思います)
世の頂点にいるのも女、一所懸命に働いて国を支えているのも女。子作りのために大事に家で囲われるのが男、吉原で春をひさぐのも全員、男。そんなジェンダーが転倒した世界が実写映像となっているのが面白くないはずがありません。最近の日本映画と言えば、若くて美しい男女の恋愛を描いたものばかりで、正直うんざり…という人も多いかと思います。こうしたクィアテイストな作品は本当に貴重です。
もちろん、大奥のお約束である「総触れ」(廊下にずらっと並んで「殿のおな~り~」っていうアレ)のシーンや、最初の夜伽の翌朝、坊主が「まずはおするするとおすみになって」と挨拶するシーンなどもしっかり盛り込まれています。
期待された男どうしのラブシーンに関して言うと、ネットのニュースで報じられている玉木宏&佐々木蔵之介のカラみは案外あっさり…まったく大したことはありません。が、違うところで「萌え」たり、「素敵!」と思えるラブリーなシーンもありました。ストーリーに関してはあまり詳しくお伝えしませんが、男女逆転版という一見「色物」に見える設定でありながら、実は至極「全う」な地点へと収斂していきます(「めでたしめでたし」)。エンタメ時代劇としての落としどころなのでしょうし、そこによしながふみらしい「品の良さ」を見ることもできるでしょう。が、ある種の物足りなさを感じる方もいるかもしれません(「結局、主役は男女なのね…」といったような)
ともかく、めったに現れないタイプのエンターテインメント作品として、話題にするためのネタとして観てみてください。(後藤純一)
大奥
2010年/日本/配給:松竹、アスミック・エース/監督:金子文紀/原作:よしながふみ/脚本:高橋ナツコ/出演:二宮和也、柴咲コウ、堀北真希、大倉忠義、中村蒼、玉木宏、倍賞美津子、竹脇無我、和久井映見、阿部サダヲ、佐々木蔵之介ほか
INDEX
- クィアでブラックなミュージカル・コメディ・アニメドラマ『ハズビン・ホテルへようこそ』
- 涙、涙…の劇団フライングステージ『こころ、心、ココロ -日本のゲイシーンをめぐる100年と少しの物語-』第二部
- 心からの拍手を贈りたい! 劇団フライングステージ 『こころ、心、ココロ -日本のゲイシーンをめぐる100年と少しの物語-』第一部
- 40代で性別移行を決意した人のリアリティを描く映画『鏡をのぞけば〜押された背中〜』
- エストニアの同性婚実現の原動力になった美しくも切ない映画『Firebirdファイアバード』
- ゲイの愛と性、HIV/エイズ、コミュニティをめぐる壮大な物語を通じて次世代へと希望をつなぐ、感動の舞台『インヘリタンス-継承-』
- 愛と感動と「ステキ!」が詰まったドラァグ・ムービー『ジャンプ、ダーリン』
- なぜ二丁目がゲイにとって大切な街かということを書ききった金字塔的名著が復刊:『二丁目からウロコ 増補改訂版--新宿ゲイ街スクラップブック』
- 『シッツ・クリーク』ダン・レヴィの初監督長編映画『ため息に乾杯』はゲイテイストにグリーフワークを描いた素敵な作品でした
- 差別野郎だったおっさんがゲイ友のおかげで生まれ変わっていく様を描いた名作ドラマ『おっさんのパンツがなんだっていいじゃないか!』
- 春田と牧のラブラブな同棲生活がスタート! 『おっさんずラブ-リターンズ-』
- レビュー:大島岳『HIVとともに生きる 傷つきとレジリエンスのライフヒストリー研究』
- アート展レポート:キース・へリング展 アートをストリートへ
- レナード・バーンスタインの音楽とその私生活の真実を描いた映画『マエストロ:その音楽と愛と』
- 中国で実際にあったエイズにまつわる悲劇を舞台化:俳優座『閻魔の王宮』
- ブラジルのHIV/エイズの状況をめぐる衝撃的なドキュメンタリー『神はエイズ』
- ドラァグでマジカルでゆるかわで楽しいクィアムービー『虎の子 三頭 たそがれない』
- 17歳のゲイの少年の喪失と回復をリアルに描き、深い感動をもたらす映画『Winter boy』
- 愛し合う美青年二人が殺害…本当にあった物語を映画化した『シチリア・サマー』
- ホモフォビアゆえの悲劇的な実話にもとづく、重くてしんどい…けど、素晴らしく美しい映画『蟻の王』
SCHEDULE
- 03.19XO7
- 03.20RADWIMPSナイト3 〜無人島に持っていき忘れた一曲〜