REVIEW
映画『ある少年の告白』
コンバージョン・セラピー(転向療法)施設の非人道的な「治療」の実体験を映画化した作品。オスカー俳優と最旬キャスト、ゲイの俳優が豪華共演を果たした注目作です。
同性愛を「治療」するというコンバージョン・セラピー(転向療法)の施設の実態がどのようなものなのか、実際にそこに入ったガラルド・コンリーというゲイの人が本に書きました。この本に基づいて、この映画が製作されました。
<あらすじ>
アメリカの田舎町で暮らす大学生のジャレッドは、牧師をしている父と従順な母との間の一人息子として何不自由なく育ってきた。そんなある日、彼はある出来事をきっかけに、ゲイだと気づく。両親は息子の告白を受け止めきれず、同性愛を「治す」という転向療法への参加を勧めるが、ジャレッドがそこで体験した口外禁止のプログラムは驚くべきものだった。自身を偽って生きることを強いる施設に疑問と憤りを感じた彼は、ある行動を起こす……
重い映画だということは、うすうす知っていましたが、本当に重かったです。逃げ場がなく、精神的に追い詰められていくような、絶望感。施設に押し込めるのは(アメリカに多い、キリスト原理主義の)親たちですが、「治療」の内容を口外してはいけないと口止めされているため、そこでの非人道的な、拷問のような行いも親たちには知らされず…。たとえその内容を知っても、ひどい親はそのまま「治療」を続けさせるという地獄…。
原題は「BOY ERASED」ですが、まさに「消される」という感覚なんだと思います。自分が自分でなくなってしまう。人間ではないものにされてしまう。そして、自殺に追い込まれてしまう。映画の中で、「あの子は自殺したよ」と聞かされる場面がありますが、殺されたに等しいと思ってしまいます。
ジャレッドが「消される」ことなくこの施設を脱出し、コンバージョン・セラピーの恐ろしさを世に伝えることができるようになったのは、家族との関係(愛)のおかげでもあります。そもそも息子を施設に入れた牧師の父親の、子どもをなんとか「まともに」しようと、それが子どものためだという気持ちも、「愛」に違いないのだろうとは思いますが、そう考えると、宗教(というより宗教上の教えがそのまま杓子定規に適用されてしまっている社会)の罪深さを思わずにはいられません。これを「ホモフォビア」と言い換えてもいいのかもしれません。
このコンバージョン・セラピーが恐ろしいのは、過去に行われていた(電気ショックなどのような)「治療」の話を「昔はひどいこともあったね」と振り返るのではなく、現在進行形だということです。現在でもアメリカの36州でこのコンバージョン・セラピーが禁止されておらず、まかり通ってしまっていて、深刻な精神的ダメージを受ける新たな被害者が生み出され続けているのです。現在、約70万人ものLGBTQが「治療」を経験しているといいます(ぜひ『「同性愛の"矯正"治療「コンバージョン・セラピー」経験者が語る トランプ政権で起こりうるクィア迫害とは』という記事をご覧ください)
主役のジャレッドを演じているのが、『マンチェスター・バイ・ザ・シー』でアカデミー賞にノミネートされた(今作でもゴールデングローブ賞にノミネートされている)今が旬な俳優、ルーカス・ヘッジズです。そして、ニコール・キッドマン、ラッセル・クロウといった豪華キャストが脇を固めているほか、グザヴィエ・ドラン、トロイ・シヴァンといったゲイの俳優も出演しています。
なお、主題歌「Revelation」は、シガー・ロスのヨンシーとトロイ・シヴァン(共にゲイであることをオープンにしています)のコラボ曲です。
いろいろ衝撃的なシーンが描かれた映画ですが、もうこれはいろんなサイトで言及されてしまっているので、書いてしまいますが、エンディングで「(「治療」施設の代表として入所者に拷問のような説教をしていた)ビクター・サイクスは、今はテキサスで夫と暮らしている」という一文がさらりと出てきて、驚かされます。
サイクスのことを詳しく追った記事によると、ビクター・サイクスの本名はJohn Smidで、11年以上「Love In Action」という名のコンバージョン・セラピーの団体のエグゼクティブ・ディレクターを務めたあと、そこを辞めて、2008年、妻といっしょにテキサス州に移住しました(映画の治療施設はアーカンソー州)。彼は結婚生活と同時に、男性と関係も持っていましたが、「残りの人生、これ以上、妻との正しくない関係を続けていくことはできない」と感じ、離婚したんだそうです。インタビューで彼は、コンバージョン・セラピーをやっていた時のことを後悔し、今では性的指向は変えられるものではないと認めています。「あの頃のことを振り返ると、私は本当に、ホモセクシュアルの人生から子どもたちをなんとかして救いたいと、それができると信じていた。でもそれは、見せかけの、嘘の人生のイメージをこしらえることに過ぎなかったんだ」
彼は2014年に再婚しました。今度は、ラリー・マックィーンという男性と。当時、テキサスでは同性婚は認められていなかったので、オクラホマ州で結婚式を挙げたそうです。そして現在は、信仰とセクシュアリティとの葛藤に悩むゲイたちを助け、折り合いをつけられるようにするための団体で活動している、とのことです。
ある少年の告白 BOY ERASED
2018年/アメリカ/監督:ジョエル・エドガートン/出演:ルーカス・ヘッジズ、ニコール・キッドマン、ジョエル・エドガートン、ラッセル・クロウ、グザヴィエ・ドラン、トロイ・シヴァンほか
INDEX
- マジョリティの贖罪意識を満たすためのステレオタイプに「FxxK」と言っちゃうコメディ映画『アメリカン・フィクション』
- クィアでブラックなミュージカル・コメディ・アニメドラマ『ハズビン・ホテルへようこそ』
- 涙、涙…の劇団フライングステージ『こころ、心、ココロ -日本のゲイシーンをめぐる100年と少しの物語-』第二部
- 心からの拍手を贈りたい! 劇団フライングステージ 『こころ、心、ココロ -日本のゲイシーンをめぐる100年と少しの物語-』第一部
- 40代で性別移行を決意した人のリアリティを描く映画『鏡をのぞけば〜押された背中〜』
- エストニアの同性婚実現の原動力になった美しくも切ない映画『Firebirdファイアバード』
- ゲイの愛と性、HIV/エイズ、コミュニティをめぐる壮大な物語を通じて次世代へと希望をつなぐ、感動の舞台『インヘリタンス-継承-』
- 愛と感動と「ステキ!」が詰まったドラァグ・ムービー『ジャンプ、ダーリン』
- なぜ二丁目がゲイにとって大切な街かということを書ききった金字塔的名著が復刊:『二丁目からウロコ 増補改訂版--新宿ゲイ街スクラップブック』
- 『シッツ・クリーク』ダン・レヴィの初監督長編映画『ため息に乾杯』はゲイテイストにグリーフワークを描いた素敵な作品でした
- 差別野郎だったおっさんがゲイ友のおかげで生まれ変わっていく様を描いた名作ドラマ『おっさんのパンツがなんだっていいじゃないか!』
- 春田と牧のラブラブな同棲生活がスタート! 『おっさんずラブ-リターンズ-』
- レビュー:大島岳『HIVとともに生きる 傷つきとレジリエンスのライフヒストリー研究』
- アート展レポート:キース・へリング展 アートをストリートへ
- レナード・バーンスタインの音楽とその私生活の真実を描いた映画『マエストロ:その音楽と愛と』
- 中国で実際にあったエイズにまつわる悲劇を舞台化:俳優座『閻魔の王宮』
- ブラジルのHIV/エイズの状況をめぐる衝撃的なドキュメンタリー『神はエイズ』
- ドラァグでマジカルでゆるかわで楽しいクィアムービー『虎の子 三頭 たそがれない』
- 17歳のゲイの少年の喪失と回復をリアルに描き、深い感動をもたらす映画『Winter boy』
- 愛し合う美青年二人が殺害…本当にあった物語を映画化した『シチリア・サマー』
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