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REVIEW

舞台『信じる機械―The Faith Machine―』

文学座アトリエ公演『信じる機械―The Faith Machine―』は、ゲイウエディングのシーンもあれば、同性愛差別の核心に鋭く切込んだりもする、極めて同時代的かつ刺激的な舞台でした。ぜひご覧ください。

舞台『信じる機械―The Faith Machine―』

撮影:宮川舞子


 
 

文学座アトリエ公演『信じる機械―The Faith Machine―』が5月28日からスタートしました。以前、『プライド』というゲイ演劇をご紹介しましたが、この『信じる機械』も『プライド』同様、原作がアレクシ・ケイ・キャンベル(英国で活躍する戯曲作家で、処女作『プライド』がローレンス・オリヴィエ賞を受賞)、翻訳が広田敦郎さん、そして同性愛がテーマの1つとなっているということで、初日におじゃましました。レビューをお届けします。

 2001年9月、ニューヨークのアパートの一室で、男女が別れ話をしています。ジャーナリスト志望の英国人ソフィー、そして文学を志しながらも広告代理店の仕事で食いつなぐアメリカ人のトム。2人はロンドンで学生演劇をきっかけにつきあいはじめ、今はニューヨークで暮らしています。ソフィーは、トムがかかわっているフレッチャー製薬の仕事を断るように迫ります。なぜなら、フレッチャー製薬はアフリカの子どもたちへの治験によって、死亡したり、後遺症に苦しんだりという薬害事件を起こした(言わば、新薬開発のために人体実験を行った)からです。トムは仕事を断るわけにはいかないと、ソフィーの追及を突っぱねます。「トム、あなたはだれ?」部屋を出ていくソフィー。折しも、窓の外では、世界貿易センタービルが崩れ落ちようとしていました…。
 1998年、ソフィーの父親・エドワードの別荘があるギリシャのとある島。英国聖公会の主教(教区を統括する高位の聖職者)であったエドワードが辞職を決意し、ケニアのパトリック主教が何とか思いとどまらせようと説得しています。エドワードが教会をやめると言い出したのは、ランベス会議(10年に1度、全世界の聖公会の主教たちがカンタベリー大主教に招かれて英国に集まる会議)において、聖公会は同性愛の存在を認めない(積極的に悔い改めさせる)という時代錯誤な決議案が、多くの反対にもかかわらず通ってしまったからです。エドワードもまた「愛を説くキリスト教の精神に反する」と猛反対したのでした。しかし、議論の末に、アフリカ人であるパトリック主教は「そもそもアフリカに同性愛を禁じる法律を持ち込んだのは、あなたがたイギリス人なんですよ」と言い捨てて立ち去るのです。
 以上が第一幕のさわりです。
 第二幕は、2005年のロンドン、ゲイウエディングの控え室からスタートします(英国では2005年にシビルユニオンが認められ、多くのゲイカップルが結婚式を挙げました)。「大惨事だ!スピーチの原稿を無くした」と大騒ぎする新郎のローレンス。友人であるソフィーは、パートナーのセバスティアンに、取れたヒールのかかとをくっつけるための接着剤を持ってきて!と大騒ぎ。セバスティアンは、チリのアジェンデ政権(世界で初めて選挙で成立した社会主義政権)の閣僚の息子でした。そこにトムが、フィアンセのアンを伴って現れ、ソフィーは驚きます。9.11以後、ソフィーはアフガニスタンやイラクを取材してきました。そして、軍需産業の金持ちたちから仕事を請け負うアンと言い合いになるのです。ローレンスは「ぼくの大事な結婚式にションベンをかけてくれてありがとう」と言いながら、素敵なスピーチ原稿を書き上げます。
 2001年3月、ギリシャ。エドワードの認知症が進み、面倒を見ていたタチアナがお手上げ状態になったため、ソフィーとトムがやってきます。エドワードはタチアナがおむつを替えるのを拒んでおり(したがって悪臭を放っています)、小さな紙に言葉(「父権的な神は死に絶える」など)を書き、それを部屋中に隠すなど、不可解な行動をしています。ソフィーは父親をなだめがなら、トムと協力し、なんとかおむつを替えることに成功します。その間、エドワードは叫びます。「すべてのものは進化する」「宗教と芸術は、姉妹だ。その反対側にやつらがいる。信心ぶった野蛮人だ」「わたしは命だ!」
 第三幕、物語は意外な結末を迎えます(ぜひ、劇場で確かめてください)
 
『プライド』が「ゲイはどうすれば幸せになれるのか(愛は可能か)」をめぐる、直球のゲイ演劇だったとすれば、今回の『信じる機械』は、同性愛差別、人種差別を含む社会問題を扱いながら、宗教や人生(仕事、恋愛、家族)、世界の真実に迫るような、ものすごく広くて深い作品でした。

 ソフィーとトムという一組の男女の関係が物語の主軸になっているのですが、冒頭でいきなり亀裂が生じ、2人の価値観・人生観の違いが浮き彫りになり、同時に、現代社会の深い闇(欧米の製薬会社による途上国での人体実験の実態)が暴かれるという、スリリングな展開を見せます。
 そして、人体実験と並ぶ人間の愚かな非道として「同性愛への不寛容」が描かれています。
 欧米(先進国)はアフリカ(途上国)に対してひどく差別的な仕打ちをしている、しかし、アフリカの宗教者は同性愛者に対してひどく差別的な仕打ちをしている。立場が違えば、お互いに傷つけあっているかもしれないのです(そういうことは世の中にたくさんあると思います)
 さらに、実はもともと反同性愛思想は欧米から植民地に輸出されたものだった(現代の人体実験と同様、その根源に帝国主義がある)という問題提起がなされており、興味深かったです。

 欧米(先進国)とアフリカ(途上国)、男と女、父と子、ゲイとストレート、白人と黒人、若さと老い…エドワードは同性愛を否定したランベス会議に憤って「すべての人の内なるファシストは、物事を白と黒のどちらかに決めたがる。白と黒のあわいにある微妙な色合いを嫌う」と言いました。認知症が進んで娘におむつを交換されながらエドワードが叫んだ言葉は、とても神々しく、いったい誰がまともで、誰がおかしいのかということさえも曖昧にするものでした。

 ゲイに関してつけ加えると、この芝居に登場するローレンス(アフリカ系のゲイ)は、過剰にオネエではなく、ガタイがよくて、でもこざっぱりしていて、気が利いててセンスのよい、好感の持てるリアルなゲイとして登場していました。
 それから、タチアナの甥っ子が、1998年頃は「部屋にブリトニーのポスターを2000枚くらい貼っていた」のですが、2011年にはレディー・ガガのファンになっていたというセリフがウケました(いちばん会場の笑いが大きかった気がします)
 
 文学座というと、昔ながらの堅いお芝居というイメージかもしれませんが、舞台のつくりもイマドキで、エロティックなシーンもあり、「疑惑」みたいなシーンもあり、プロジェクションが凝ってたり、なかなか刺激的な演出でした。
 3時間くらいある大作ながら、全く飽きのこない面白さで、あっという間に感じました。
 6月11日まで上演されますので、興味のある方、ぜひお出かけください。


 ちなみに、文学座と言えば、昨年の公演『大空の虹を見ると私の心は躍る』も、ゲイの息子とその父親を中心としたお話で、ちょっと変わった人が多数登場する、涙あり笑いありの素晴らしい芝居になっていました。2011年には文学座有志による自主企画公演として、エイズとともに生きるゲイの姿を描いた『AS・ISー今のままの君ー』が上演されています。今後も要チェックかもしれません。
 

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文学座5・6月アトリエの会「信じる機械-The Faith Machine-
日程:2014年5月28日〜6月11日
会場:信濃町文学座アトリエ
料金:一般前売4,000円、当日券4,300円、ユースチケット2,500円
作:アレクシ・ケイ・キャンベル 
訳:広田敦郎 
演出:上村聡史
出演:川辺久造、大場泰正、鍛冶直人、亀田佳明、金沢映子、松岡依都美、永川友里、大和田梓

 

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