REVIEW
ドラマ『弟の夫』
素晴らしいのひとこと。原作に忠実に、マイクの裸も、女性の性も、きちんと隠さずに描いてくれました。静かな佇まいのなかに、ものすごい気迫や「挑戦」が感じられます。日本のドラマの歴史を変えるような、奇跡的な作品です。
3月4日(日)からNHK BSでドラマ『弟の夫』(全3回)がスタートしました。すでにご覧になっている方も多いでしょうから、釈迦に説法かもしれませんが…レビューをお届けします。(後藤純一)
ニュース記事「『弟の夫』ドラマ化が大反響」でもお伝えしましたが、把瑠都さんがマイク役をつとめると発表された時点で、このドラマの成功は約束されたようなものだと思った方も多かったと思います。メインビジュアルが公開されると、「表紙とそっくり!」との声が上がり、否応なしに期待が高まっていました。そしてついに、3月4日、第1話が放送され、Twitterにはリアルタイムで多くの方が感想を書き込み、一時は「#弟の夫」がトレンド1位(地方別のトレンドでも軒並み1位にランクイン)となりました。それだけ多くの方々がドラマを待ちわびていた、そして、期待に違わぬドラマだったということでしょう。
なぜなのか自分でもわからないのですが、把瑠都さんが登場するやいなや、いきなり涙ぐんでしまいました…あの名作漫画を、田亀さんの世界観を、よくぞここまで忠実に再現してくれました、という気持ちだったのかもしれません。
もちろん、本当はお母さんがいなくて寂しいと本音をもらしたカナちゃんをマイクがハグするシーンや、お母さんが家に来て、マイクもいて、本当にうれしくて思わず「ずっとこうだったらいいのに!」と言ってしまうシーンにも目頭が熱くなりました。弥一が、酔っ払って帰って来たマイクが抱きついてきて、一度は「やめろ!」と暴れながら、マイクが「(英語で)リョウジ、やっと日本に来れたのに、なぜ君が一緒じゃないんだ…」と泣きはじめ、愛する人を失った気持ちは同じだよな…と思い、しばらくそのままにしておくシーン、3人で河原に出かけ、カナちゃんとマイクが手をつないでるシーン…たくさん、泣かされました。
全体を通して、本当に原作に忠実に、丁寧に制作されていると感じました。
特に、弥一がマイクのお風呂上がりの裸を見て思わず目を背けるシーン、マイクがシャツをめくってカナちゃんが無邪気に胸(あんなに大胸筋が動くなんて!さすがは元力士)をさわっているのを見て弥一が怒るシーン、元奥さんが自分のほうから弥一に「ちょっと休憩してく?」と誘うシーンなどもきちんと描かれていました。ちょっと刺激が強すぎるかも…とか、社会通念に照らしてNGかも…みたいな「忖度」によってカットされなかったことに、心から拍手を贈りたいです(これまでのほとんどのメディア表現は、そういうものにフタをするか、NGなものとして批判的に描いてきたと思います)
昭和のレトロなおうちにふさわしい色調で、まるで文芸大作映画のように美しく、とても丁寧に撮られている様子が窺えましたが、静かな佇まいの中に、ものすごい気迫や、挑戦的なものが込められていると感じました。「ガイジンじゃなくてカナダ人です」とか、「どっちもハズバンドです」とか、「カナちゃんのために毎日ご飯つくって掃除して洗濯してる、それは立派なお仕事でしょ?」とか。ゲイのことだけではなく、世間にはびこる「普通」という名の偏見と全力で闘っている作品だと思いました。
世の中には「普通」とされている根拠のない規範(異性愛規範とか)がたくさんあって、それがどれだけ人々を苦しめているかということが、カナちゃんの無邪気な反応で浮き彫りになっていきます。子どもたちは無垢で、偏見がなく、同性婚だって自然に受け入れる、けど、大人たちが寄ってたかって「不都合な真実」を隠し、ゲイとか、シングルファザーとか、性的に奔放な女性とか、「普通」から外れた人々を蔑み、排除していく…自分だっていつマイノリティになるかわからないのに…。そういうことが、鮮やかに描かれます。
何よりも、役者が素晴らしいです。
特に把瑠都さん。見た目は大きくてちょっと威圧感があるのに、礼儀正しくて、優しさがにじみ出ている、その佇まいが本当に素晴らしい(これがゲイのリアリティですよね。変にオシャレで弁が立つスマートなキャラにされなくて、本当によかったです)。こんなにも演技がうまいなんて!と驚きました。うちにもマイクが訪ねて来てくれたらいいのに!と思った方、全国に100万人くらいいるんじゃないでしょうか。
カナちゃん役の根本真陽さんも、スゴいと思います。本当にけなげで、素直で、かわいい。カナちゃんそのものですね。
弥一役の佐藤隆太さんは、ご本人の人柄がにじみでてしまっているのでは…と、最初は戸惑ったり思わずホモフォビアをあらわにしてしまったりする弥一というキャラが、なんだか最初からいい人に見えてしまってないかと、思ったりしなくもないのですが、たぶん、物語が進むにつれて、ああ、やっぱり佐藤隆太さんでよかったと思えるようになる、そういう予感がします。
これは、ゲイドラマの歴史を変える、奇跡のドラマだと思います。
2話以降も本当に楽しみです。
BSとか本当にもったいないので、地上波でもぜひ…できれば同じキャストで映画化もしたらいいのに…と思ったりもします。
なお、あまりにも好評で反響が大きかったため、3/11(日)に急遽、第1話の再放送が決まったそうです。
オンデマンドでも視聴できますので、BSを観れないという方もぜひ。
『弟の夫』
NHK BSプレミアム
2018年3月4日(日)〜3月18日(日)[連続3回]
毎週日曜 22:00~22:49
出演:佐藤隆太、把瑠都、中村ゆり、根本真陽、大倉孝二、野間口徹
INDEX
- クィアでブラックなミュージカル・コメディ・アニメドラマ『ハズビン・ホテルへようこそ』
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- 心からの拍手を贈りたい! 劇団フライングステージ 『こころ、心、ココロ -日本のゲイシーンをめぐる100年と少しの物語-』第一部
- 40代で性別移行を決意した人のリアリティを描く映画『鏡をのぞけば〜押された背中〜』
- エストニアの同性婚実現の原動力になった美しくも切ない映画『Firebirdファイアバード』
- ゲイの愛と性、HIV/エイズ、コミュニティをめぐる壮大な物語を通じて次世代へと希望をつなぐ、感動の舞台『インヘリタンス-継承-』
- 愛と感動と「ステキ!」が詰まったドラァグ・ムービー『ジャンプ、ダーリン』
- なぜ二丁目がゲイにとって大切な街かということを書ききった金字塔的名著が復刊:『二丁目からウロコ 増補改訂版--新宿ゲイ街スクラップブック』
- 『シッツ・クリーク』ダン・レヴィの初監督長編映画『ため息に乾杯』はゲイテイストにグリーフワークを描いた素敵な作品でした
- 差別野郎だったおっさんがゲイ友のおかげで生まれ変わっていく様を描いた名作ドラマ『おっさんのパンツがなんだっていいじゃないか!』
- 春田と牧のラブラブな同棲生活がスタート! 『おっさんずラブ-リターンズ-』
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- アート展レポート:キース・へリング展 アートをストリートへ
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- ブラジルのHIV/エイズの状況をめぐる衝撃的なドキュメンタリー『神はエイズ』
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- 17歳のゲイの少年の喪失と回復をリアルに描き、深い感動をもたらす映画『Winter boy』
- 愛し合う美青年二人が殺害…本当にあった物語を映画化した『シチリア・サマー』
- ホモフォビアゆえの悲劇的な実話にもとづく、重くてしんどい…けど、素晴らしく美しい映画『蟻の王』
SCHEDULE
- 03.19XO7
- 03.20RADWIMPSナイト3 〜無人島に持っていき忘れた一曲〜