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REVIEW

展覧会「ダムタイプ|アクション+リフレクション」

日本を代表するメディア・アーティスト・グループ、dump type(ダムタイプ)の個展です。ゲイであり、ドラァグクイーンであり、1995年にエイズで亡くなった古橋悌二さんがダムタイプの中心的存在でしたが、今回の展覧会は、そんな古橋さんが遺した作品や、彼の姿、思いに触れることができるような、これまでありそうでなかったような、メモリアルな回顧展になっています。

展覧会「ダムタイプ|アクション+リフレクション」

ダムタイプ、古橋悌二、『S/N』、『LOVERS―永遠の恋人たち』について

 ダムタイプは、ヴィジュアル・アート、建築、コンピューター・プログラム、音楽、映像、ダンス、デザインなど様々な分野の複数のアーティストによって構成されるグループ。1984年に京都で結成されて以来、集団による共同制作の可能性を探る独自の活動を続けてきました。美術、演劇、ダンスといった既成のジャンルにとらわれない、あらゆる表現の形態を横断するその活動は、プロジェクト毎に作品制作に参加するメンバーが変化するなど、ゆるやかなコラボレーションによって、現代社会における様々な問題への言及を孕む作品を制作してきました。1995年、グループの中心的存在だった古橋悌二さんがエイズによる感染症で急逝するまで、初期ダムタイプを代表するパフォーマンス作品『Pleasure Life』(1988)、『pH』(1990-1995)、『S/N』(1994-1996)は世界中で上演されました。古橋さんの死後も、ダムタイプは高谷史郎さんのディレクションのもと、『OR』(1997-1999)、『memorandum』(1999-2003) 、『Voyage』(2002-2009)といった作品群を、従来通り参加メンバーによる共同制作で創作してきました。

 ダムタイプの作品の中でも、1994年に初演された『S/N』は、それまでの、セリフを排し、ハイパーメディアなパフォーマンス作品として制作されてきた作品群とは異なり(異彩を放っており)、古橋悌二さんの思いが強く反映された作品です。文化庁メディア芸術祭10周年企画アンケート日本のメディア芸術100選【アート部門】の30位に選ばれています。
 『S/N』はまず、パフォーマンス作品の定石に反し、人々の予想を裏切って、ゆるいトークでスタートします。聴覚障害を持つ方や黒人の方とともに登場した古橋悌二さんのスーツには「ゲイ」「HIV+」といったラベルが貼られていました。初演された当時、このカミングアウトは本当に衝撃的でした。
 そこから爆音のノイズや閃光が炸裂する中「私は夢見る。私の性別が消えることを」といったテキストがプロジェクターでステージ上の「壁」に映し出され、ダンサーたちがどんどん衣服を脱ぎ捨てながら壁の後ろにダイブするというハイテクなパフォーマンスが繰り広げられます。
 再び古橋悌二さんがゆるい関西弁でトークしながら舞台上でメイクを始め、ミス・グローリアスというドラァグクイーンに変身し、シャーリー・バッシーの「PEOPLE」(もともと映画『ファニーガール』でバーブラ・ストライザンドが歌った曲)に合わせてリップシンク・ショーを披露します。そのシーンでずっと悌二さんと対話していたブブ・ド・ラ・マドレーヌさんはセックスワーカーの方で(悌二さんからHIV感染したことを打ち明けられた翌日、彼女は「あなたの子どもを産みたい」と言い、それが叶わないことを知るや、セックスワーカーになったという感涙のエピソードが伝えられています)、ラストではこのうえなく美しく、気高いパフォーマンスを、体を張って見せてくれます。涙なしでは観られない、素晴らしいシーンです。
 心の底から「人間ばんざい!」と思えるような、自分の全存在をまるごと癒されるような、本当に特別な意味を持つ、奇蹟のような作品です。 
 どのようにゲイになるか(ゲイであることに囚われるのではなく)、HIVという病とどう向き合うか、差別とか偏見を取り払っていくうえでコミュニケーションや人間性がいかに重要か、芸術は可能か?など、この作品は、観る者に多くのメッセージを投げかけてくれました。
 ゲイシーンでHIV予防啓発やHIV陽性者支援に携わっている方たちのなかには、ダムタイプの『S/N』や古橋悌二さんの生き様に影響を受けた方が少なくありません。彼の肉体は消えてなくなっても、その「思い」は伝播しているのです。

 それから、今回、展示されている『LOVERS―永遠の恋人たち』についてお伝えします。
 『LOVERS―永遠の恋人たち』は『S/N』と同時期に制作されたビデオインスタレーションで、古橋さんの遺作となった作品です。1994年に日本で初公開された後、ニューヨーク近代美術館(MOMA)で招待展示されたのをはじめ、アメリカやヨーロッパで巡回展示されました。
 中央にプロジェクターやセンサーを積んだ装置が置かれた広いスペース。そこにあなたが入って行くと、センサーが察知してインスタレーションがスタートします。古橋さんをはじめ数名の男女が歩いたり立ち止まったりする姿が壁に投射されます。古橋さん(の映像)はあなたの動きに反応してインタラクティブに振る舞います。そして、あなたを抱きしめるような動きを見せたかと思うとゆっくりと消えて行く…。という、美しくも感動的なインスタレーションです。


 
展覧会「ダムタイプ|アクション+リフレクション」 

 「ダムタイプ|アクション+リフレクション」は、「ダムタイプ」結成35周年にあたる今年、2018年にフランスのポンピドゥー・センター・メッス分館において開催された個展の作品群や新作にパフォーマンスアーカイブなどを加え、よりバージョンアップした内容となっています。
 
展覧会の3つのみどころ
(1)新作を加え、フランスでの個展をバージョンアップ
 好評を博したポンピドゥー・センター・メッス分館での個展(2018年)の作品群に新作を加えてバージョンアップし、さらにパフォーマンスアーカイブ等を付加して展開します。本展は、結成35周年の契機に、新作を含む6点の大型インスタレーションを一挙に目にする、国内でも貴重な機会となります。
(2)個性に満ちた圧倒的な空間体験
 古橋さん生前のパフォーマンス『Pleasure Life』に基づく『Playback』、初演時の舞台装置の再現『pH』、「人間の条件」展(1994)と同年の舞台『S/N』による作品『LOVE/SEX/DEATH/MONEY/LIFE』や、没後の3つのパフォーマンスを再構成した『MEMORANDUM OR VOYAGE』(2014) に加え、古橋悌二『LOVERS』(1994/2001、second edition、国立国際美術館所蔵)を展示し(2020年1月19日まで)、卓越したサウンドデザインによる空間体験を提供します。
(3)メンバーや研究者らによるアーカイブ展示、カタログレゾネ刊行
 古橋さん生前と没後の系譜、現在までを俯瞰的に追いながら、ダムタイプという集団が持っていた独創性、そして現在のインターネット社会においても通じる彼らの先駆的なメッセージを、メンバーや新旧世代の研究者・関係者等による展示によって紹介します。また、多数の作品写真を含む、図録を兼ねた作品集も併せて刊行します。

ダムタイプ|アクション+リフレクション
会場:東京都現代美術館 企画展示室 1F
会期:2019年11月16日(土)-2020年2月16日(日)
休館日:月曜日(2020年1月13日は開館)、2019年12月28日-2020年1月1日、1月14 日
開館時間:10:00-18:00(展示室入場は閉館の30分前まで)
観覧料:一般1,400 円(1,120円)、大学生・専門学校生・65歳以上1,000円 
主催:公益財団法人東京都歴史文化財団 東京都現代美術館、日本経済新聞社
助成:文化庁・令和元年度文化庁優れた現代美術の国際発信促進事業
特別協力:ポンピドゥー・センター・メッス、ソニーPCL株式会社|4K VIEWING
協力:ダムタイプオフィス、国立国際美術館ほか


レポート

 小雨降る寒い日、江東区の東京都現代美術館に行ってきました。
 傘も荷物も預けることができます。ダムタイプ展のみのチケットを買い、ちょっと歩いて左手にある企画展示室へと向かいました。

 入って最初の部屋に展示されているのが、パフォーマンス『Pleasure Life』に基づく『Playback』という作品で、16台のターンテーブル・ユニットの上で、レコード盤が当時の音源(音楽だったり、風変わりな声だったり)を奏でます。新たにフィールド・レコーディングした音素材もミックスされているサウンドスケープ・インスタレーションだそう。この上なく美しい空間でした。その奥に、一冊の本が置いてありました。これまでのダムタイプの全てが記録されているような本。1992年に古橋悌二さんが近しい友人たちに宛ててHIV感染のことを伝えた手紙が掲載されたページが、開かれていました。ページをめくると、『S/N』の制作過程で、古橋さんが考えたこと、例えばゲイとはこれこれで、ヘテロとはこれこれで、みたいなメモ書きが現れました。もはや泣きそうでした。これは、今度発売される図録とは異なる、特別なブックなので、ここでしか見ることができないと思います(これだけでも行く価値があると思いました。小一時間くらい見ていたかったです)

 それから、黒い幕の向こうに『LOVERS』がありました。東京で『LOVERS』が展示されるのはICCでの2005年の展示以来でしょうか。一言では言い表せないような、特別な感慨があります。3年前に京都で『LOVERS』を体験した時は、壁だけでなく、センサーにフロアの人を察知して床に「DON’T CROSS THE LINE OR JUMP OVER」というメッセージが映し出される(ゲイ・ブライド・パレードで、行進してもいいエリアの境界線をはみだした参加者に向かって警官が言った「Don't cross the line.」という警告に対して、参加者たちがそのラインをどんどん飛び越していったというエピソードに由来しているそうです)というプロジェクションがありましたが、今回はそれが見れませんでした(もっと時間をかけて見ていれば、現れたかもしれません)。それでも、古橋さん(の映像)がちょっと切なそうな感じで、抱きしめるような動きをしてからゆっくりと後ろに倒れていく姿に(その後ろに倒れていくというアクションは『S/N』と共通です)、儚さだけではない、ある意味での「永遠」を感じたりもして。また『LOVERS』に出会えてよかったです。

 次は、だだっ広いスペースでした。古橋さん逝去後の『OR』(1997-1999)、『memorandum』(1999-2003) 、『Voyage』(2002-2009)から印象的/象徴的なシーンをピックアップし、さらに新しく撮影した映像素材を組み合わせて再編集して一つのビデオインスタレーション作品としたものです。ソファもあるので、ゆっくり座って観ることができます。その次の小さな部屋は、この3作品のダイジェストを上映しています。正直、この3作品は、ハイパーメディア?マルチメディア?な最先端のハイテク・パフォーマンスという印象だったのですが、OKガールズの美佐子さんとマミーさん(マミー・ム・シャングリラというドラァグクイーンでもあります)の奇妙でコミカルな掛け合いとか、初期の東京国際レズビアン&ゲイ映画祭の代表をつとめていた川口隆夫さんがもう1人の男性とゲイカップルのように抱き合ったりするシーンなどもあって、こんなに刺激的で面白かったんだなぁと再認識させられました。


 その隣の廊下の隅の小さなモニターで、『Pleasure Life』の記録映像が上映されていました。古橋さんの若い頃の姿。そして初期の作品です。観るのが初めてだったので、20〜30分くらい、釘付けになってしまいました。

 それから、長い廊下に、様々な資料が展示されているスペースがありました。ケースの中の資料と並行して、年譜も展示されていました。1995, Teiji Furuhashi passed awayの文字がひときわ大きく書かれていました。

 トリを飾るのが、『pH』のお部屋です(その前に、やはり小さなモニターで『pH』と『S/N』のダイジェスト映像が上映されていました)。個人的に、京都のアートスペース無門館で1990年の『pH』を観ていたので(当時、学生劇団に入っていて、関西で上演される小劇場系の芝居を観まくっていました)、『pH』で使用されていた、光が点滅し、音を放ちながらスキャナーのようにゆっくり動くバー(機械)が再現されていたのは、感慨深いものがありました。まだ元気で若々しかった古橋さんは、テニスボーイのような格好で登場し、このバーにぶつからないよう、またいだり、寝そべったりしながら、パフォーマンスを繰り広げていました。確かパンイチのシーンもあったと記憶しています。このバーの奥に、『LOVE/SEX/DEATH/MONEY/LIFE』というビデオ作品が設置されています。LOVE、SEX、DEATH、MONEY、LIFEの文字が次々と現れては消え…を繰り返し、『pH』のテーマとも通底するものがあると感じました(わかりづらいですが、この奥が出口になっていますので、行かれた際は、躊躇せずに、この奥に行ってください)

 ファン感涙の展示であるとともに、「ダムタイプ」の全体像がだいたい掴めるような展示になっていて、おそらく「ダムタイプ」をよく知らない方でも(入門編というと変かもしれませんが)とっつきやすい、またとない展覧会だと思います。個人的には、貴重なメモを見れたこと、『Pleasure Life』の映像を見れて、本当によかったです。
 
 キース・へリングやフレディ・マーキュリーほど有名ではないかもしれませんが、日本にもこんな偉大なゲイのアーティストがいたのか、と驚いていただけたら、本当に意味があると思いますので、メディア・アートとかに興味がない方もぜひ、お出かけしてみてください。映像作品を鑑賞するだけでも結構な時間がかかるので、2時間くらいはみていただいて、じっくりご覧ください。

INDEX

SCHEDULE

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