REVIEW
アート展レポート:大塚隆史個展「柔らかい天使たち」
3月25日、墨田区のGallery Dalstonで大塚隆史(タック)さんの個展「柔らかい天使たち」が始まりました。「柔らかいおちんちん」をタックさんなりの感性で寿ぐ素敵な個展です。初日の様子をレポートします

造形作家であり、二丁目のバー『タックスノット』のマスターであり、『二丁目からウロコ』などの著書もある大塚隆史(タック)さん(どんな方なのか?についてはこちらやこちらをご覧ください)。喜寿=77歳を迎えた今も、精力的に作品づくりにいそしんでいらっしゃるタックさんが、ひさしぶりの個展を開催しています。テーマは「柔らかいおちんちん」です。
公式サイトやフライヤーにはこう書かれています。
「長年、さまざまな形式で作品を作ってきましたが、今年77歳になった記念に、今までにトライしたことのない作品展をやろうと思い立ちました。この歳にならないと気が付かなかった感覚を中心に、柔らかい男性器を僕なりの感性で寿ぐインスタレーション※に挑戦します」
※インスタレーションとは、絵画や彫刻、映像、写真などの現代美術の表現手法のひとつで、空間全体を作品として体験させる芸術です
実は、なぜ今回、タックさんが「柔らかいおちんちん」についての個展を開くことにしたのか、そのきっかけや思いをじっくりと語ったドキュメンタリー映像がYouTubeに上がっています。この動画によると、タックさんは数年前からおちんちんがたたなくなったそうなのですが、そこで屹立した「ファロス」的なイメージのおちんちんではなく、柔らかいおちんちんについて考えるようになり、いわゆるフケ専・オケ専の方たちの柔らかいおちんちんを愛でる言葉の豊穣さ(「ぐみ」とか「アルデンテ」とか)に感銘を受けたり、興奮や射精の先にあるものこそ自分にとって大事なことだという思いを強くし、柔らかいおちんちんを作品にしようと思ったんだそうです。でも、タックさんがおちんちんを作品にする際、それを雄くさくてエロティックなものとして表現するよりも、レースやリボンなど女性的なものと組み合わせることに意味を見出しました。それはタックさんがノンバイナリーというアイデンティティを得たことと関係しているんだそうです。ちなみに、動画の最後に、テーマソングとして「蛇足deSHOW!」というオリジナルのラップ(!)も収録されています。個人的には日本のクィア・ラップ史上に残る名曲だと思います。ぜひ最後までご覧ください。
3月25日(奇しくも「結婚の自由をすべての人に」関西訴訟で大阪高裁がとてもいい判決を出してくれた日です)、両国の駅を降りて、今まで来たことのない街を散策しながら「Gallery Dalston」に辿り着きました。ガラス張りのギャラリーで、びっくりするくらい巨大なオブジェが目に入って少々驚くと同時に、僕に気づいたタックさんがすぐに気がついて迎え入れてくれました。
ギャラリー内には大きさも色も形もさまざまな(みんなちがってみんないい)「編み物」で作られた柔らかいおちんちんのオブジェたちが、天井から吊り下げられていたり、デコラティブな器に入れられていたり、壁際に飾られていたりして、空間全体がなんとも言えない、ファンシーでソフトでキュートでほのかにエロスも感じさせる空間になっていました。
窓際の巨大なオブジェは、よく見ると、マジックカーペットとランプがあしらわれていて、これが『アラジン』のジーニーのそれであることを示唆していました(確かにこれくらいありそう!とか、いやいや、さすがに大きすぎでしょ、とかいう話で盛り上がりそう、と思いました)
タックさんは今回、「柔らかさ」を表現するために、昔やっていた「編み物」に再挑戦し、今回、試行錯誤しながら、カリがはってたり皮が剥けてたり、逆にものすごく皮が余ってたりといったおちんちんの多様な状態を「編み物」で再現することに成功したんだそう(写真には撮っていないのですが、作品の代わりに触ったり揉んだりできるなまこのような形のオブジェも置かれていました)。なかにはプリンスアルバートがついてるようなハードテイストなおちんちんや、タマタマがミラーボールになっているキラキラのおちんちんもあったり。実に面白いです。それらがすべて、レースやリボンやお花やファーなどでかわいらしい感じにデコレーションされていて、心もやわらかくなったり、癒されたり、幸せな気持ちになったりします。個人的には翼が生えているおちんちんが好きでした(単純にカッコいいのと、自由に羽ばたけるおちんちんのイメージが気に入りました)。ところどころに、先人がおちんちんについて語った言葉も展示されていました。
『彼らが本気で編むときは、』という映画で、性別変更したトランス女性のリンコがせっせと男性器のような形のオブジェを編んで「供養」しているという設定があり、そのペニスへの強迫観念というか「呪い」のような思いを重苦しく感じた方も多かったのではないかと思われますが、タックさんの個展の空間は徹頭徹尾軽やかで、愛に満ちていて、幸せな世界でした。とある女性の方も絶賛していましたが、ペニスを恐怖に感じたり憎んだりしている女性の方たちなども、この「ファロス」的な「力」とは無縁の、柔らかくてかわいらしいおちんちんには癒しや親しみを覚えたりするのでは?と思いました。もし男性からの性暴力を受けて心に傷を負った方がいらしたら、もしかしたら、この個展が、トラウマから解放される一助になったりするのでは?という気もしました。
そんな素敵空間に一点だけ、おちんちんではない絵が飾られていました。それはアンデルセンの『野の白鳥』(エリーザがイラクサで鎖帷子を編んで白鳥に変えられた11人の王子を元の姿に戻すのですが、末っ子の王子だけが片腕が白鳥の翼のままになってしまう…というお話)にインスパイアされた「編み物」つながりの作品でした(編み棒も組み込まれています)。片腕が白鳥の翼のままの王子になんとか幸せになってほしいと思い、後日譚を作品にしたものなんだそう。とても素敵な絵なので、物語を想像しながらご覧になってみてください。
ほかにも、「タックのクィア・タロット:33本のおちんちんのある大アルカナ」や、絵本『ダイアウルフとタイコたたき』、「シオフキンちゃん」などの作品もサイドボードに陳列・販売されています。絵本、すごい傑作なので、ぜひお手にとって読んでみてください。
ギャラリーには、遠方から仕事で東京に来られて、タックさんに会うために立ち寄ったというカップルや(おつきあい10周年を記念してタックさんに作品制作をお願いしたそうで、その作品も持って来て、一緒に記念写真を撮っていらっしゃいました。素敵ですね)、小さなお子さん(娘さん)とお父さん、美術ライターの方など、いろんな方が来られていました。通りすがりの子どもたちも興味津々で中を覗いたりしてたそうです(ほっこりしますね)
個展は4月6日(日)まで開催されていて、基本的に会期中はタックさんが在廊するそうなので、みなさんぜひ、足を運んでみてください。都営新宿線森下駅または総武線両国駅から歩いて行けます。
(取材・文:後藤純一)
大塚隆史個展「柔らかい天使たち」
会期:2025年3月25日(火)〜4月6日(日)
会場:Gallery Dalston(墨田区立川1-11-2)
開館時間:12:00-19:00(最終日は18:00まで)
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