REVIEW
アート展レポート:ノー・バウンダリーズ
大阪の国立国際美術館で開催中の『ノー・バウンダリーズ』展と『コレクション2 Undo, Redo わたしは解く、やり直す』のレポートをお届けします。ゲイのアーティストの作品や、CAMPな作品にも出合えて、たいへん面白く、充実した時間になりました

特集「2025年春のクィア・アート展」でも紹介していた『ノー・バウンダリーズ』展。もともと国立国際美術館で2月15日から開催を予定していた「フェリックス・ゴンザレス=トレス」展※の開催が同氏の重要作品の借用が困難となったため、中止となり、その代わり、2月22日から6月1日まで同館所蔵のフェリックス・ゴンザレス=トレス《「無題」(ラスト・ライト)》を含む「ノー・バウンダリーズ」展という特別展が開催されることになりました。「国境、アイデンティティ、文化、ジェンダー、そして美術におけるジャンルなど、あらゆる境界(バウンダリーズ)を超越あるいは融合する作家の作品を、当館のコレクションから包括的に紹介するもの」で、ミン・ウォン、シンディー・シャーマン、森村泰昌、フェリックス・ゴンザレス=トレス、ヴォルフガング・ティルマンス、ミヤギフトシなど、ゲイであったり、ゲイ的に気になるアーティストの作品が多数展示されています。
その『ノー・バウンダリーズ』展をレポートします。
※フェリックス・ゴンザレス=トレスは1957年、キューバ生まれのゲイの現代美術作家です。主にNYで活動し、公共の場に個人史を持ち込み、身近な問題に対する気づきをもたらす作品で評価され、1990年代以降の美術史において最も重要な作家の一人と目され、没後も多くの後進に影響を与え続けている存在です。1991年にパートナーのロス・レインコックがエイズで他界したことが転機となり、恋人たちの痕跡が残るベッドの写真をNYの街の24ヵ所の看板に設置した野外作品《無題》(1991)、自身とロス・レインコックの2人分の体重と同じ重さのキャンディを床に敷き詰め、観客に持ち帰ることを許可するインスタレーション《無題(偽薬)》(1991)などを発表(こちらにその作品と2人の画像が掲載されています)。1995年、グッゲンハイム美術館で大規模な回顧展が開催。その翌年、エイズによって亡くなりました。(『美術手帖』より)
昨年も「コレクション2 身体———身体」を観ましたし、これまで何度となく足を運んでいる国立国際美術館。肥後橋駅からの行き方もすっかり憶え、近所のセブンイレブンの2階で一服するのも恒例となっています。万博と違って待ち行列もなく、実にスムーズに(華麗に)入館し、地下3階の展示室に向かいました。
入ってすぐ右手に早速、森村泰昌、シンディ・シャーマンという自身をキャンバスにして何者かに扮する(なりすます、と言ってもいいかもしれない)タイプのアーティストの作品が並んで展示されていて、アガりました。森村さんは頻繁に女装もしていてドラァグクイーンに通じるものがありましたし(今回の展示は非女装です)、いずれもCAMPを感じさせる素敵アーティストです。
しばらく進んだところの奥まった部屋でミン・ウォンの映像作品が展示されていました。ハリウッド・メロドラマの巨匠、ダグラス・サークの『Imitation of Life(悲しみは空の彼方に)』という映画の1シーン、黒人のメイドである母と、白人のフリをしてナイトクラブで働く娘の別れのシーンを2つの画面で再現しているのですが、演じているのがアジア系の俳優(しかも男性だったり)で、人種やジェンダーの越境(境界を曖昧にする)が表現されています。間違いなくCAMPです。ミン・ウォンはいいですね〜実にいい。すっかりトリコになりました。
真ん中ら辺に、3つモニターが並び、座って映像を鑑賞できるようになっているところがあります。左の2つは山城知佳子さんという方の作品で、日本とアメリカの間で揺れてきた沖縄という境界的な土地の問題が表現されています。米軍基地のフェンスの前で(ブルーシールでしょうか)アイスを扇情的に艶かしく舐める作品であったり、国会議事堂の前でプラカードを掲げながら「沖縄の観光名所は、首里城がいいと思います」「モノレールができました」といった観光PRの定型的なフレーズをゆるーく話していく作品(ものすごく面白いです。きっと笑うと思います)だったり。クィアではないものの、表現の仕方が(批評性も含めて)CAMPだと感じました。私は好きです。
そこから左手奥のほうに進むと、ヴォルフガング・ティルマンスの写真が多数、展示されています。ティルマンスは日常の風景を写したなにげない写真や抽象的な写真、ゲイ的な肉体を写した写真やなんかをランダムに並べて展示するイメージなのですが(例えばこちら)、今回は非ゲイ的な写真が整然と並べられている感じでした。
ぐるっと回って最後のほう、鏡で覆われたスペースにフェリックス・ゴンザレス=トレスの《「無題」(ラスト・ライト)》(1993)が展示されていました。24個の電球は、1日が24時間であることから人間の生の営みを象徴しているとも考えられますし、やわらかい、今にも消えそうな光は、エイズで亡くなったパートナーのロスへの追悼の気持ちが表現されているようにも、自身の命を示唆しているようにも受け取れます。
これ以外の作品も同じ空間に展示されています(裸の肉体を写した写真であったり、彫像であったり。ヤン・ヴォーというアーティストの作品です)。説明がほとんどないのですが(美術館で貸してもらえる機器で説明を聴くことができるかも)、もし気になった方はヤン・ヴォーについていろいろ調べると、あえてそうしているのだということがわかると思います。
そしてこの展覧会の最後に、ミヤギフトシさんの《The Ocean View Resort》(2013)という映像作品を観ました。ミヤギさんはアメリカから帰ってきて、生まれ故郷の沖縄の離島に戻ってきて、ビーチで偶然、子どもの頃に恋心を抱いていたYと再会します。そのビーチには「オーシャン・ビュー・リゾート」というさびれたホテルが建っていて、そこでYと話すなかで、自身がゲイであることを知らないYが無邪気に尋ねた質問に複雑な思いを抱きます。もう一つ、ミヤギさんの祖父が、戦争のときの凄惨な経験からアメリカのことを憎んでいるが、捕虜になったときフェンス越しに米兵が聴いていた音楽――それはベートーヴェンの弦楽四重奏なのですが、そのときに黙って音楽に耳を傾けていたことはずっと忘れられない思い出になっていて、そのレコードも持っているというお話も。沖縄の離島やホテルの映像に弦楽四重奏の美しい音色と語りが重ね合わされ、国どうしの争いや異性愛規範という壁=境界がやわらかく切なく融解していくようでした。まるで一篇の良質な短編小説を読んだときのような、味わい深い作品。心に栄養が沁みわたっていくような、癒されるような時間。最後にこれを観ることができて、本当によかったです。
ノー・バウンダリーズ
会期:2025年2月22日(土)〜2025年6月1日(日)
会場:国立国際美術館 B3階展示室
開館時間:10:00–17:00(金・土は20:00まで) ※入場は閉館の30分前まで
休館:月曜(ただし2月24日、5月5日は開館)、2月25日、5月7日
料金:一般1200円、大学生700円
なお、国立国際美術館の地下2階では『コレクション2 Undo, Redo わたしは解く、やり直す』も開催されています。
昨年の春、国立国際美術館「コレクション2 身体———身体」において、2022年にオオタファインアーツで行なわれたブブ・ド・ラ・マドレーヌさんの《人魚の領土ー旗と内臓》(レポートはこちら)などが展示されていたのですが、工事の影響により会期半ばで展示が終了してしまい、そのリベンジということで、今年2月から新たなテーマとラインナップのコレクション展として再び展示されることになったものです。草間彌生さんや横尾忠則さん、石内都さんなどの作品も展示されています。
『ノー・バウンダリーズ』とセットで1200円で鑑賞できますので、合わせてどうぞ(ただ、両方観ると3時間コースです。ときどき休んだりしながらご覧ください)
コレクション2 Undo, Redo わたしは解く、やり直す
会期:2025年2月15日(土)〜6月1日(日)
会場:国立国際美術館 B2階展示室
開館時間:10:00–17:00(金曜・土曜は20:00まで)
休館:月曜(ただし2月24日、5月5日は開館)、2月25日、5月7日
出品作家(変更となる場合があります):ルイーズ・ブルジョワ、ルース・アサワ、レオノール・アントゥネス、工藤哲巳、安齊重男、ソピアップ・ピッチ、寺内曜子、塩田千春、伊藤存、加藤泉、石原友明、竹村京、内藤礼、草間彌生、青木陵子、片山真理、ブブ・ド・ラ・マドレーヌ、石内都、芥川(間所)紗織、タイガー立石(立石紘一・立石大河亜)、横尾忠則、福田美蘭、清水晃、杜珮詩(ドゥ・ペイシー)、スターリング・ルビー、手塚愛子
常設作品作家:高松次郎、ヘンリー・ムア、マリノ・マリーニ、ジョアン・ミロ、アレクサンダー・コールダー、須田悦弘、マーク・マンダース
(文:後藤純一)
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