REVIEW
映画『ペーパーボーイ 真夏の引力』
『プレシャス』のリー・ダニエルズの最新作『ペーパーボーイ 真夏の引力』が公開中です。これまでの作風からちょっと変わって、スリリングで猥雑でエロティックで、それでいて美しく、ソウルフルな作品でした。

黒人として史上2人目のアカデミー監督賞ノミネートの栄誉に輝いたリー・ダニエルズ監督(前作はアカデミー賞助演女優賞と脚色賞を受賞したほか、作品賞にもノミネート)。オープンリー・ゲイであり、ゲイであるがゆえに父親から虐待を受けて育ってきたという過去をもった方でもあります。監督は、人種についての偏見を扱った『チョコレート』の他、幼児虐待を扱ったケヴィン・ベーコン主演の映画『The Woodsman(原題)』、そして『プレシャス』といった作品で、社会的マイノリティや傷つけられてきた人々を描いてきました。その最新作は、ベストセラー小説『ペーパーボーイ』を映画化したもので、これまでとは一味違った作風になっています(ちなみに、マーティン・ルーサー・キング・Jrを題材にした『セルマ』はお蔵入りになった模様です)






ネタバレにならない(核心に触れない)程度にストーリーを紹介すると、
1969年、フロリダ。ある問題によって大学を追われた青年ジャック(ザック・エフロン)は、父親の会社で配達を手伝うだけの退屈な日々を送っていた。ある日、「マイアミ新聞」の記者である兄ウォード(マシュー・マコノヒー)が、以前起こった殺人事件で死刑の判決が出た人間の無罪の可能性を取材するため、実家に帰ってきた。ジャックは喜んで兄の手伝いをすることに。しかし、取材の過程で死刑囚の婚約者・シャーロット(ニコール・キッドマン)に出会ったジャックは、その美しさに一目惚れしてしまい……
という感じです。
こういうサスペンスものって、ともすると、怖さを煽ることにかまけてB級の下世話な作品になってしまいがちだと思うのですが、リー・ダニエルズ監督は、演技力確かな役者を揃え、人間の心理を深く掘り下げた演出で、数多の凡作とは異なる名作に仕上げています。
ゲイ的な見どころは、まず『ハイスクール・ミュージカル』『ヘアスプレー』で一躍人気となったザック・エフロンくんが、主人公ながらたいへんエロティックなシーンを連発してくれている(むだに脱いでる)ところです。ラブシーンもさることながら、パンツ一丁で雨に濡れながらダンスするとか、サービスショット以外の何もの?と思わせます。
それから、『ムーラン・ルージュ』『めぐりあう時間たち』『ステップフォード・ワイフ』『ラビット・ホール』などゲイテイストな作品に多数出演してきたニコール・キッドマンが、今回、スゴいことになっています。自分からストッキングの股のところをビリビリ破いたり、ザック・エフロンに股がっておしっこしたり、ものすごいスレスレのビッチな役どころを見事に演じていて、目が離せません。あの演技を見るだけでもアガります。間違いありません。
『ペーパーボーイ』にはゲイのキャラクターも登場するのですが、現れ方が(たぶん世間の人たちにとっては)あまりに強烈なので、もしかしたら「LGBTの描き方として適切か?」と不快感をもたれる方もいらっしゃるかもしれません。しかし、監督自身がゲイで、しかも『プレシャス』であれだけレズビアンをよく描いていた方なので、決して見せ物的な感覚ではないはずです(原作に忠実なのです)。黒人が差別される様子からも窺えますが、スクリーンからは、時代の不条理を告発する憤りが伝わってきます。
この映画に登場する人物の中には、たぶん誰一人として「品行方正」な人はいない(ほとんどの人は腐ってる)のですが、そんな人間関係(社会)の中で、ザック・エフロン演じるジャックは、黒人やゲイに対し、周囲の差別に加担するのではなく、あくまでも味方として振る舞います。純粋な気持ちを保ち続け、周りの人を勇敢に愛するのです。そこが救いになっています(そういう意味では、これまでの作品と同様です。リー・ダニエルズは今回もやはり、社会的マイノリティの人たちの痛みを描いているのです)
それから、60年代を見事に再現した映像美(『シングルマン』に勝るとも劣らないクオリティ!)、当時のシブめのブラック・ミュージックをふんだんに使ったサントラが素晴らしいです。ドリームガールズみたいな3人組とかも登場します。日本の多くの観客は気づかないでしょうが、これはゲイの監督らしいこだわり(ゲイテイスト)が随所に感じられる映画なのです。

『ペーパーボーイ 真夏の引力』The Paperboy
2012年/米/監督:リー・ダニエルズ/出演:ザック・エフロン、ニコール・キッドマン、マシュー・マコノヒー、ジョン・キューザックほか/配給:日活/新宿武蔵野館ほかでロードショー公開中
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