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REVIEW

映画『グリーンブック』

これは本当にいい映画です。差別者がいかにしてアライへと変わっていったのかということを描いた作品、そして、プライドと勇気についての物語です。今年度アカデミー作品賞に輝いた名作コメディ・ドラマを、ぜひご覧ください。

映画『グリーンブック』

 昨年、アカデミー作品賞を受賞し、日本では『グリーンブック』と同じ3月1日に公開された『シェイプ・オブ・ウォーター』をご覧になった方もいらっしゃるかと思います(素晴らしかったですね)。主人公イライザの隣人としてゲイのジャイルズが登場し(儚い恋のシーンがあります)、偶然にも『グリーンブック』と同じ1962年のアメリカが舞台でした。『グリーンブック』は実のところ、ゲイのセクシュアリティを描くシーンは『シェイプ・オブ・ウォーター』よりも全然少ないくらいで、とてもじゃないけどゲイ映画だなどとは言えません。ここで紹介していいのだろうか…と迷ったのですが、それでも、今回、レビューを書こうと思いました(その理由は、最後まで読んでいただければ、きっとご理解いただけるかと思います)
 『グリーンブック』は、セクシュアリティだけではなく人種とか出自とか、さまざまな面で異質な2人の人間が、最初はぶつかったりするものの、8週間の旅をするなかでかけがえのない友人になっていくという物語、差別者がいかにしてアライへと変わっていったのかということ、あるいは友愛についての物語です。分断が進む今の時代にとって、とても意味のある、大切な作品だと思います(だからこそ、作品賞を獲ったのでしょう)。全てが実話であるというところにも心動かされます。
 けっこうシリアスそうに見えるかもしれませんが、この映画、あの『メリーに首ったけ』(まだご覧になっていない方、悪いことは言わないのでぜひDVDをレンタルして観てください。ザーメンネタで絶対、ゲラゲラ笑います)のピーター・ファレリーが監督したコメディ・ドラマです(コメディ作品がアカデミー作品賞を獲ったのは1998年の『恋におちたシェイクスピア』以来じゃないでしょうか)
 
<あらすじ>
1962年、ニューヨークの高級クラブ「コパカバーナ」で用心棒として働くトニー・リップは、粗野で無教養で、あからさまに黒人を差別するような人物だが、口が達者で、トラブル解決能力に秀でていて、何かと周囲から頼りにされていた。が、クラブが改装のため閉鎖され、突然、無職になってしまう。そんなとき、仕事の口利きがあり、出向いてみると、なんと雇い主は南部でコンサートツアーを計画する黒人ジャズピアニスト、ドクター・シャーリーだった。いったんはオファーを断るが、ドクター・シャーリーの説得もあり、運転手兼ツアーマネージャー兼用心棒として雇われる。黒人差別が色濃いディープ・サウスへ、あえてツアーにでかけようとするドクター・シャーリーとともに、黒人用旅行ガイド「グリーンブック」を頼りに、旅をすることになったトニー。出自もバックボーンも性格も趣味も何もかも全く異なる2人は、当初は衝突を繰り返すものの、次第に友情を築いていく……

 まず、『ロード・オブ・ザ・リング』のアラゴルンを演じた、あの絶世のイケメンが、だらしなく太った粗野で無教養なおっさんに!というところがスゴいです。インパクト大です。
 NYのブロンクスという荒廃した街に住むトニー・リップ(リップというのはリップサービスのリップで、口から出まかせ野郎、みたいな意味だそうです)は、黒人が使ったコップをゴミ箱に捨ててしまうくらいにはレイシスト(人種差別主義者)だったのですが、ひょんなことから、また、妻子を養っていかなくてはいけないという差し迫った必要性から、黒人のドン・シャーリーのもとで働くことを決めます。しかも、車を運転し、ずっといっしょにいなければいけない、ときにはホテルで同じ部屋に泊まることもあるという仕事です。
 『ムーンライト』で、あの子ども時代のリトルを助けてくれた(でも仕事は麻薬の売人という)男を演じていたマハーシャラ・アリが、今回は天才ピアニストのドン・シャーリーを演じています。ドン・シャーリーは、最初こそ鼻持ちならないお金持ちのおっさんみたいな風貌に見えますが、いざ旅が始まると、物静かで、繊細で、フライドチキンなどという庶民の食べ物を口にしたことがないくらい(トニーに無理やり食べさせられるシーンが傑作です)ハイクラスな、そして、ゴミを路上に捨てたりすることも許さないくらい、曲がったことが嫌いな人でした。本文の最初に、直接的にゲイであることを描いた描写はほんのちょっとしかないと申し上げましたが、それ以前にドン・シャーリーは、しゃべり方や物腰、首の角度、指の曲げ方、趣味やテイスト…そのすべてが、GAY(クィア)だとも言えます。わざとらしいオネエとかではなく、確かにこういうゲイの人っているよね、というリアリティ。見る人が見ればすぐわかるような、にじみ出るゲイテイストです(そのような人物を見事に演じたマハーシャラ・アリの演技力に、アカデミー賞は今回、助演男優賞を贈りました)
 人種も違えば、生まれ育った環境も違う、聴いてる音楽も、食べ物も、言葉遣いも、習慣も、何もかもが全く違う2人。ほんのちょっと歯車がずれたら、この旅は途中で終わってしまっていたと思いますが、いったいどのようにしてお互いに理解し、信頼し合い、助け合うようになるのか…というところが見どころです。脚本が素晴らしいです。心に残る名場面がたくさんあります(彼氏さんやお友達と映画を観に行って、観終わったあとであのシーンがよかったこのシーンがよかったと話したりすることがあると思いますが、『グリーンブック』ほど、よかったと言い合えるシーンが豊富な映画も珍しいと思います)
 
 にじみ出るゲイテイスト、と申し上げましたが、同時代のゲイのピアニストであるリベラーチェ(映画でも名前が出てきます)とは対照的です。リベラーチェが思いっきりド派手で、ちょっと悪趣味なくらいだったのとは対照的に、ドン・シャーリーは、品よく、礼儀正しく、感じよく、パリっとしています。ザ・上流階級といった印象です。それは彼が、人種差別を感じる必要がなかったリベラーチェとは異なり、一歩外に出たら苛烈な差別が待っている黒人だったからです。(これは今でも、一流と呼ばれる人すべてに当てはまると思いますが)礼節と品位とを失わないことが、何よりの武器だったのです。
 そんなふうに完璧に品よく振舞ってきた彼が、誰にも言わなかったであろう本心をトニーにぶちまける場面があります…とてもせつなくなりました。感情を吐露するかのようにショパンを弾くシーンも、泣けてきてしかたありませんでした。
 
 1987年にアカデミー賞外国映画賞を受賞した『バベットの晩餐会』という映画がありまして(伝説の『クロノス』という文化人が集まるゲイバーのマスターが、いちばん好きな映画だと言っていました)、本物の技、最上級のエンターテインメント(芸術)が、貧しく苦しく閉鎖的だった村人たちの心を動かしていくという奇跡を描いた作品です。『グリーンブック』にもそういうところがあります。

 公民権法が成立する以前の1962年に、いくら有名なエンターテイナーであっても、まだ黒人が奴隷のような生活をしているディープサウス(南部)に出向いていくことは、生きて帰れるかどうかわからない、危険な旅だった…にもかかわらず、ドン・シャーリーが南部でツアーを決行したのは、なぜだったのか?というところも、この映画の1つのテーマです。「プライド」ということ、そして「勇気」を示すことの尊さに、胸を打たれます。

 音楽も素晴らしいです。
 ぜひ、映画館でご覧ください。



グリーンブックGreen Book
2018年/アメリカ/監督:ピーター・ファレリー/出演:ビゴ・モーテンセン、マハーシャラ・アリほか/全国でロードショー公開中


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