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REVIEW

映画『1985』(レインボー・リール東京2019)

HIV感染した主人公が、最後となるであろうクリスマスを田舎の家族と過ごすために帰省し、できるだけのことをしてあげるという物語。エイズのことを描くのに、こんなに美しくてせつない描き方があったなんて…と感動しました。

映画『1985』(レインボー・リール東京2019)

 時は1985年のクリスマス。舞台はテキサス州。ニューヨークの広告代理店に勤めていたエイドリアンは、数年ぶりに、家族とクリスマスを過ごすため、テキサスの実家に帰省します。両親は保守的で信心深いクリスチャン(典型的なアメリカの夫婦。パパがとてもカワイイです。個人的には今回の映画祭で観た作品の中でダントツでした)。弟はまだ小学生。なかなか自分自身がゲイで、HIVに感染し、もう余命が長くないだろうことを、伝える決心がつきません。その代わり、(全財産をはたいて)家族に高価なクリスマスプレゼントを買ったり、できるだけのことをしてあげるのです。
 
 高校時代のガールフレンドには、ちょっと喧嘩する場面もありますが、本当のことを打ち明けます。もう今年だけで9人も友人を見送った、と、泣きじゃくりながら。そして、彼女は、どうして早く言ってくれなかったの…と。彼女が心からエイドリアンのことを心配し、支援を誓うシーンは、胸を打ちます。

 弟のアンドリューとのエピソードも、素敵です。
 エイドリアンは、アンドリューのことをとても気にかけています。滅多に実家には帰らないので、一緒に遊んであげることもずっとできませんでした。そして、このクリスマスの帰省が、もしかしたら弟と過ごす最後の時間になるかもしれません。
 アンドリューは顔にちょっとした皮膚病があり、学校でからかわれたりして、ちょっと引っ込み思案に見える男の子です。よくウォークマンで音楽を聴いているのですが、エイドリアンが誰の曲なのかを尋ねると、マドンナだと言う、しかも、初期のアルバムから聴いているというではありませんか。ピンときたエイドリアンは、「The Cureは聴かないの? R.E.M.は?」と聞きます(1985年代当時のゲイテイストなバンド。R.E.M.のマイケル・スタイプはのちにバイセクシュアルであることをカムアウトしています)
 そして、エイドリアンは最後に、アンドリューにメッセージを贈るのですが、まるで「It gets better」のような、ちょっと涙なしには観られないシーンになっていました。(後ろの席の方が号泣してました)
 
 エイズ禍の時代を描いた作品はこれまでにもいろいろありましたが、ゲイたちが次々に謎の奇病で倒れ、なすすべもなく亡くなっていき…という悲惨さを描いた作品や、ゲイの病気だからと見殺しにしてきた政府に対して力強く立ち上がる人々を描く作品が多かったと思います。
 しかし、この『1985』は、直接的に死を描くのではなく、全編モノクロの美しい映像で、死を覚悟した一人のゲイが家族に対して最後に精一杯のことをしてあげる、その姿を通じて、間接的にエイズのことを描き、涙を誘います。もはやエイズが死に至る病ではなくなって久しい、今の時代だからこその作品だと言えるかもしれません。
 
 ともあれ、これは本当にいい映画でした。
 これももう、日本で上映されることは二度とないかもしれません…が、いつかまた上映される機会があれば、ぜひご覧いただきたいと思います。



1985
監督:イェン・タン
2018|アメリカ|85分|英語

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