REVIEW
映画『ホルストン』
70年代アメリカを代表するファッション・デザイナーで、ゲイであり、エイズで亡くなったホルストンの生涯を描いたドキュメンタリー映画です。
先日、ライアン・マーフィがユアン・マクレガーを主演に据えて、70年代アメリカを代表するファッション・デザイナーの生涯を描くドラマ『ホルストン(原題)』を製作することが発表されましたが(きっと『アメリカン・クライム・ストーリー/ヴェルサーチ暗殺』のような、煌びやかで残酷でゲイテイストなドラマになるに違いありません)、この『ホルストン』という映画は、今年5月に発表されたばかりのドキュメンタリーです(予習にちょうどよいかもしれません)
映画『ホルストン』は、ドキュメンタリー映画『ディオールと私』で高く評価されたフレデリック・チェン監督の手になる作品で、貴重なアーカイブ映像と、ホルストンの友人(セレブだったり)や家族、共同制作者たちが彼について親しみを持って話すインタビュー映像とを織り交ぜながら、ホルストンの天才的な才能、偉大さ、芸術的な遺産、生い立ちや私生活、そして彼にのしかかかった巨大ビジネスの重圧…その稀有な生涯のまばゆい光と暗い影とが巧みに描かれていました。
メインは、アイオワの田舎に生まれた少年が、ジャクリーン・ケネディがかぶっていた帽子のデザイナーとして注目されたことをきっかけに、あれよあれよという間にファッション界で成功し、70年代アメリカを席巻するデザイナー、そしてアメリカが世界に誇れるほとんど初めてのデザイナーとなり(ライザ・ミネリが『ボンジュール・パリ』を歌ったヴェルサイユ宮殿でのショーは伝説に)、アンディ・ウォーホールやライザ・ミネリら多くのセレブとも交流を深め、五番街のオリンピックタワーに鏡張りの瀟洒なオフィスを構えるほどの成功を見せたホルストンというデザイナーが、JCペニーという大衆的な中流百貨店と契約を結んだおかげで、彼がもともといた『バーグドルフ・グッドマン』をはじめすべての高級百貨店から見放され、買収によりブランドのオーナーが変わり、ファッションのファの字も理解しない、俗物で、金儲けのことしか頭にないバカ男がやってきて、ことごとく対立し、戦いの末に自身のブランドから追放され、転落していく…というストーリーです。彼は、自身のメゾンをどう発展させていくかというブランド経営者としての見極めにおいて、稀に見る大失敗をしてしまったのです…。
ホルストンはゲイでしたが(彼の『バーグドルフ・グッドマン』時代の助手であるトム・ファロンもゲイでしたが)、とある女性の上客の家に招かれた際、彼女の夫が「ゲイが2人いるから」と言って宴席に加わらなかったというエピソードがありました。あとでホルストンはトムに「私たちは飼い馴らされたゲイのプードルだ」「命令に従うのが仕事だ」と語ったそうです。60年代当時の、切ない話です。
映画『バットマン・フォーエヴァー』や『オペラ座の怪人』を監督したジョエル・シュマッカーは、NYのゲイにとっての楽園だったファイア・アイランドでホルストンと知り合い、親友になったそうです。「型にはまらない派手なパーティをやった」「ハーレム(ヴォーグの聖地)でも踊った」
1977年に『スタジオ54』がオープンするや、ホルストンはアンディ・ウォーホールやライザ・ミネリらとともに入り浸るようになりました。その頃には、ベネズエラ出身のヴィクターというヒゲの男と付き合っていましたが、ヴィクターはアンディが描いてくれたヴィクターのポートレイトをその場で切り裂いたりするというトラブルメーカーで、周囲の評判はよくありませんでした。アルコールやドラッグへの依存もあったそうです。
デザイナー生命を絶たれ、親族とともにゆったりと暮らしていた1988年、ホルストンは姪にHIV感染したと告白します。そして1990年のアカデミー賞授賞式の夜、帰らぬ人となりました。
ちょっと『氷上の王、ジョン・カリー』を彷彿させるものがあります。ジャンルこそ違え、芸術に生き、しかし、ゲイであるがゆえの多大なストレス、孤独と苦悩に苛まれ、完璧主義すぎて周囲の人に厳しく当たってしまうこともあり…そして、本当はもっと素晴らしい作品を世に送り出すことができたはずなのに、それが叶わず、失意のうちにエイズで亡くなってしまう…という生涯は、共通だからです(この二人だけでなく、キース・ヘリングしかり、フレディ・マーキュリーしかり、ミシェル・フーコー、アイザック・アシモフ、ロック・ハドソン、リベラーチェ、ロバート・メイプルソープ、ハーブ・リッツ、ルドルフ・ヌレエフ、デレク・ジャーマン、クラウス・ノミ、シルヴェスター、マイケル・ベネット、マイケル・ピータース、ウィリー・ニンジャ、リー・バウリー、古橋悌二…本当に多くの偉大なゲイのアーティストの命が、エイズによって失われました)
ホルストンはアメリカの偉大なデザイナーであったにもかかわらず、例えばキース・ヘリングなどと比べ、あまりその名が後世に知られていないと思います。この映画が(そしてライアン・マーフィ&ユアン・マクレガーのドラマが)彼の生涯に光を当て、再発見させるようなきっかけになることを願います。
ホルストン
原題「Halston」/2019年/アメリカ/監督:フレデリック・チェン/出演:ライザ・ミネリ、マリサ・ベレンソン、ジョエル・シュマッカーほか
※Amazon primeで視聴できます
INDEX
- 若い時にエイズ禍の時代を過ごしたゲイの心の傷を癒しながら魂の救済としての愛を描いた名作映画『異人たち』
- アート展レポート:能村個展「禁の薔薇」
- ダンスパフォーマンスとクィアなメッセージの素晴らしさに感動…マシュー・ボーンの『ロミオ+ジュリエット』
- 韓国のベアコミュニティが作ったドラマ「Cheers 짠하면알수있어」
- リュック・ベッソンがドラァグクイーンのダーク・ヒーローを生み出し、ベネチアで大絶賛された映画『DOGMAN ドッグマン』
- マジョリティの贖罪意識を満たすためのステレオタイプに「FxxK」と言っちゃうコメディ映画『アメリカン・フィクション』
- クィアでブラックなミュージカル・コメディ・アニメドラマ『ハズビン・ホテルへようこそ』
- 涙、涙…の劇団フライングステージ『こころ、心、ココロ -日本のゲイシーンをめぐる100年と少しの物語-』第二部
- 心からの拍手を贈りたい! 劇団フライングステージ 『こころ、心、ココロ -日本のゲイシーンをめぐる100年と少しの物語-』第一部
- 40代で性別移行を決意した人のリアリティを描く映画『鏡をのぞけば〜押された背中〜』
- エストニアの同性婚実現の原動力になった美しくも切ない映画『Firebirdファイアバード』
- ゲイの愛と性、HIV/エイズ、コミュニティをめぐる壮大な物語を通じて次世代へと希望をつなぐ、感動の舞台『インヘリタンス-継承-』
- 愛と感動と「ステキ!」が詰まったドラァグ・ムービー『ジャンプ、ダーリン』
- なぜ二丁目がゲイにとって大切な街かということを書ききった金字塔的名著が復刊:『二丁目からウロコ 増補改訂版--新宿ゲイ街スクラップブック』
- 『シッツ・クリーク』ダン・レヴィの初監督長編映画『ため息に乾杯』はゲイテイストにグリーフワークを描いた素敵な作品でした
- 差別野郎だったおっさんがゲイ友のおかげで生まれ変わっていく様を描いた名作ドラマ『おっさんのパンツがなんだっていいじゃないか!』
- 春田と牧のラブラブな同棲生活がスタート! 『おっさんずラブ-リターンズ-』
- レビュー:大島岳『HIVとともに生きる 傷つきとレジリエンスのライフヒストリー研究』
- アート展レポート:キース・へリング展 アートをストリートへ
- レナード・バーンスタインの音楽とその私生活の真実を描いた映画『マエストロ:その音楽と愛と』