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REVIEW

僕らは詩人に恋をする−−繊細で不器用なおっさんが男の子に恋してしまう、切ない純愛映画『詩人の恋』

お腹も出ていて、むさ苦しい、ノンケのおっさんだったはずの詩人が、ふとしたきっかけでイケメンの青年に恋をしてしまい…というお話。とても切なく詩情豊かな、心洗われる純愛作品です。

繊細で不器用なおっさんが男の子に恋する切ない純愛映画『詩人の恋』

韓国からたいへんな名作が届きました。奥さんもいる、いかにも「ノンケのおっさん」感の漂う、しかし純朴でナイーブな感性を持つ詩人が、ふとしたきっかけで複雑な家庭環境にある男の子に恋をしてしまいます。なんとかしてあげたい、彼の将来のために手を差し伸べたいと願う、愛と呼ぶほかない真っ直ぐな思い…。とても切なく、心洗われる純愛作品。滂沱の涙です。レビューをお届けします。(後藤純一)







<あらすじ>
自然豊かな済州島で生まれ育った30代後半の詩人テッキは、スランプに陥っていた。そして、稼げないテッキを支える妻のガンスンが妊活を始めたことから、平凡だったテッキの人生に波が立ち始める。乏精子症と診断され、詩も浮かばずに思い悩むテッキは、ある時、港に開店したドーナツ屋で働く美青年セユンと出会う。セユンのつぶやきをきっかけに新しい詩の世界を広げることができたテッキは、セユンについてもっと知りたいと思うようになるが……。

 済州島で奥さんと暮らすテッキは、一時は入選したものの、スランプで、稼ぎがほとんどなく、奥さんに食わしてもらいながら、日々、詩を詠んでいる、売れない詩人です。たまに小学校で作文を教えています。詩人は、たまたま近所に開店したドーナツ屋が気に入って、入り浸るようになるのですが、そこで働いている若い男の子・セユンに恋をしてしまいます(たいへん性的なことがきっかけです)。セユンと話すうちに、彼が貧しく、複雑な家庭の事情を抱えていることを知り、なんとかしてあげたい、彼の将来に道筋をつけてあげたいと思い、手を差し伸べはじめます。そうして、少しずつ、二人の間の距離が縮まっていきます。しかし、ダンナのセユンへの思いが「友達以上」のものであると知った奥さんは、それを許すことができませんでした…。

  『ブロークバック・マウンテン』『ゴッズ・オウン・カントリー』『君の名前で僕を呼んで』『マティアス&マキシム』など、男どうしの恋を描いた名作はいろいろありますが、この映画が他と一線を画すポイントは、主人公の詩人が、中年にさしかかり、お腹も出ていて、むさ苦しい、冴えない感じの「ノンケのおっさん」然としたキャラクターだということです。よく言えば男臭い、クマ系のキャラクターで、ふつうに「イケる」と思う人は多いと思います(演じているのはヤン・イクチュンという俳優さん。前はもっとシャープなボクサーの役をやっていたのですが、この役を演じるために10kgほど増量したそう。今後、韓国の野郎系俳優の中ではマ・ドンソクに次ぐ人気となるのでは…という予感がします)
 そんなむさ苦しくて男臭い、むっちりしたノンケのおっさんなのに、実に繊細でナイーブな感性を持った、優しく、美しい詩を書く「詩人」なんです。彼は小学校で生徒に「詩人は何をする人ですか?」と聞かれ、「詩人は代わりに泣いてあげられる人。悲しみを抱えきれない人のために」と語るのです…この瞬間、私の(毛が生えた)心臓がひさしぶりに撃ち抜かれました。「人々の代わりに泣いてあげられるあなたの涙を拭い、悲しみを一緒に抱えてあげる人になりたい」と思いました(同じように感じた方、たくさんいると思います)。そのクマのような一挙手一投足、その表情豊かな目、ボソボソとしゃべるその声…私は恋する詩人に、恋してしまったのです。
 
 視点を貧しい美青年に移してみると、家庭の事情で家に縛られ、大学にも行けず、先の見えない、不遇な人生を歩んでいるセユンは、(彼もまた典型的なノンケの若者なのですが)ともするとチーマーみたいな友人たちとつるんで飲み歩いたり、自暴自棄に過ごしがちで、そんな彼にとって、世界でたった一人、救いの手を差し伸べてくれた足長おじさんのような人が詩人の先生だったわけです。多分彼はノンケなのですが、そんな先生の恩義に報いようと努力する姿もまた、泣かせます。
 
 『後悔なんてしない』(2006年)以降の韓国のゲイ映画の潮流の中にこれはどう位置づけられるのか、そもそもこれはゲイ映画なのかBLなのか、などと論じることには、あまり意味がない気がします。あえてカテゴライズするなら、文芸ロマンの薫り高い作品、ではないでしょうか。
 テッキは本気で恋したし、その恋は真実でした。そのまっすぐさ、ひたむきさ、正直さ、不器用さが愛しくて、彼の紡ぐ詩とあいまって、観る者を魅了し、恋焦がれさせた、そういう作品だったと思います。 
 ヤン・イクチュンという稀有な俳優さんがお腹の出た詩人という素敵な役を演じてくれたおかげで、また、脚本や演出のクオリティの高さのおかげで、ゲイ的に魅かれる、切なくも詩情豊かな純愛映画の傑作となったのです。
 
 済州島の豊かな自然や、純朴な人々の暮らしから、詩人は美しい言葉を綴り、詩を詠みつづけます(済州島は韓国で最も南に位置する島ですが、この映画ではいつもどんよりして寒々しく描かれています。きっと詩人の心象風景なのでしょう)。ヤン・イクチュンの朗読は、とても抑制の効いた穏やかな声で、優しく染み渡ります。

 
『詩人の恋』
原題:The Poet and the Boy
2017年/110分/韓国/監督:キム・ヤンヒ/出演:ヤン・イクチュン、チョン・ヘジン、チョン・ガラムほか

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