REVIEW
同性と結婚するパパが許せない娘や息子の葛藤を描いた傑作ラブコメ映画『泣いたり笑ったり』
一家の長であるおじいちゃんどうしがまさかの婚約関係だとバレて、それぞれの家族が大騒ぎ…というドタバタを描いた笑えて泣ける傑作ラブコメ映画です。
美術商の裕福なトニと、漁師のカルロ。相容れなさそうな二人がまさかの婚約関係だとバレて、家族が大騒ぎに…というドタバタを描いたファミリードラマでありラブコメ映画でもある『泣いたり笑ったり』。まさに笑えて泣ける傑作です。「イタリア映画祭2021」でオンライン上映されています。レビューをお届けします。(後藤純一)
<あらすじ>
美術商を営む裕福なトニは、恒例の誕生日祝いで親族を海辺の別荘に呼び寄せる。しかし今回はいつもと違っていて、別荘の離れを労働者階級のファミリーに貸していた。そこには理由があり、実はそのファミリーの長である漁師のカルロと、3週間後に結婚式を挙げることになっていたのだ。それを知ったカルロの息子・サンドロは「理解できない」と激しく抵抗、同じく納得がいかないトニの娘・ペネロペは、サンドロに「一緒にこの結婚をダメにしましょうよ」と持ちかける。こうして子どもたちも巻き込んだ騒動が繰り広げられるのだが……。
いかにも「お金持ち」然としたロマンスグレー(たぶん60〜70代)のトニは、前妻との間に娘・ペネロペをもうける一方、ペネロペが生まれるのとほぼ同時期にパリで生まれた娘のオリヴィアを連れ帰るという、恋多き(浮気性な)自由人。優雅で、社交的で、まだまだ現役なバイセクシュアルのおじいちゃんです。
一方のカルロ(たぶん40〜50代)は、現役の漁師で、長身でよく日に焼けたイイ男。長男のイケメン・サンドロは魚屋を経営、次男のディエゴはまだ10歳くらいで(サザエさんとカツオみたい)、休日はみんなでサッカー観戦に興じたり、愛情あふれるファミリーです。労働者階級の幸せを絵に描いたような暮らしです。
ゲイ目線で観たとき、特筆すべきは、熟年のパパ(グランパ)がカミングアウトするという『人生はビギナーズ』的な展開もさることながら、トニが本気で恋した相手が、カルロという海の男、どっからどう見てもノンケにしか見えないイイ男だったという点です。漁師ってゲイの憧れじゃないでしょうか。たくましくて、素朴で、人情に厚い、男らしさあふれる理想像の一つです。そして、異性愛者の場合、階級の違う人どうしの結婚というのは(特に欧州では)なかなかないと思うのですが、ゲイの場合十分ありえるというところもリアルだと思います。
カルロは何年か前に妻に先立たれた男やもめで、一生懸命ファミリーを養いながらも、寂しさも抱えていて、偶然、心からわかりあえる人と出会って、それがたまたまトニだったのです。ホモフォビアゆえにその恋心を否認することなく、真っ直ぐ、ストレートに向き合い、トニとの関係を1年半続けてきました。誰もが「この人なら結婚を認めてあげたい」と思わせるような、惚れ惚れするような、素晴らしい人です。
しかし、ともに一家の長であり孫から「じいじ」と呼ばれていたりもするトニとカルロが、まさかの男どうしのフィアンセであるということが発覚し、それぞれの家族はビックリするやら混乱するやらで大騒ぎに…そんな家族たちの悲喜こもごもなドタバタを、時にコメディタッチに、時にエモーショナルに描いた秀逸なファミリードラマでありラブコメが、この映画『泣いたり笑ったり』です。パパ(あるいはグランパ)が男の人と結婚するという事実に対して、それこそ十人十色な受け止め方があって(「あなたにトニの遺産はビタ一文渡さない!」とか)、その「多様性」がとても面白くもあり、リアルでもありました。
最もフォーカスが当てられているのが、結婚にいちばん激しく抵抗しているトニの娘・ペネロペとカルロの息子・サンドロの葛藤です。漁師の息子で、魚屋しかやったことのない(トニが主催するお金持ち向けの慈善パーティに招待され、「白インゲンの稀少種」を保護するための200ユーロの寄付を求められてブチキレたりする)サンドロは、これまでの生活環境や価値観の「基盤が崩れていく」ことに耐えられない、と心情を吐露するのですが、「保守的(コンサバ)」「ホモフォビア」といった言葉で片付けるには忍びない、切実なリアリティが描かれていると思います。彼らがパパの同性婚を受け容れられないのにはそれ相応の理由がある、でも、家族的・人間的なふれあいを重ねることによって、心情が変化していく…というのが、この映画の魅力であり、素晴らしいところだと思います。まるで「寅さん」のような人情ドラマでもあり、恋多き、そして家族思いの陽気なイタリアの人々の善良さに救われる、泣かせる作品になっています。
主役から子役に至るまで、素晴らしい俳優たちばかりだったというところも印象的でした。調べてみると、カルロを演じていたアレッサンドロ・ガスマンはリュック・ベッソンの『トランスポーター2』準主演の有名な俳優ですし、サンドロを演じていたフィリッポ・シッキターノは『カプチーノはお熱いうちに』でゲイのファビオを演じていた方でした(今回は正反対の役柄です)。ほか、ジャズミン・トリンカ、アンナ・ガリエナ、ファブリツィオ・べンティヴォッリョなどもイタリアの有名な俳優だそうです。
脚本、撮影、美術、演出、どれをとってもプロフェッショナルで、きちんと作られた映画です。
監督は若手のシモーネ・ゴダノ。前作も『Husband & Wife』というラブコメ作品でした。ストレートの方ですが、だからこそ(決して同性愛自体を侮辱しないよう配慮しつつも)サンドロのようなストレートとしてのリアルな葛藤を描けたのだろうな、と思います。
この『泣いたり笑ったり』、劇場で一般公開されてしかるべきだと思うのですが、「イタリア映画祭2021」での上映作品で、6月13日までオンライン上映されています。
このような良作を日本語字幕付きで観られるというのは、本当に有り難いこと。ぜひこの機会にご覧ください。
泣いたり笑ったり
原題:Croce e delizia
2019年/イタリア/100分/監督:シモーネ・ゴダノ/出演:アレッサンドロ・ガスマン、ジャズミン・トリンカ、ファブリツィオ・べンティヴォッリョほか
「イタリア映画祭2021」で2021年6月13日までオンライン上映中
INDEX
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