g-lad xx

REVIEW

家族のあたたかさのおかげで過去に引き裂かれた二人が国境を越えて再会し、再生する様を描いた叙情的な作品――映画『ユンヒへ』

世間のホモフォビアゆえに過去に引き裂かれ、傷ついた二人が、家族のお節介のおかげで、20年の時を経て、国境を越えて再会し、再生する様を描いた、美しく、叙情的な映画です。

過去に引き裂かれた二人が国境を越えて再会し、再生する様を描いた叙情的な映画『ユンヒへ』

 2019年、第24回釜山国際映画祭でクロージング作品に選ばれるとともにクィアカメリア賞を受賞、2020年には韓国のアカデミー賞と呼ばれる青龍映画賞で最優秀監督賞と脚本賞を受賞した作品。性的マイノリティへの偏見が根強い韓国にあって、観客動員数は12万人に達し、多くの市民に感動を与えました。そんな名作が、待望の日本公開、ということで、メディアでもたくさん取り上げられています。
 過去に引き裂かれ、傷ついた二人が、家族のおかげで、20年の時を経て、国境を越えて再会し、再生する様を描いた、美しくも叙情的な作品です。しみじみと、じわじわと、ひたひたと余韻が押し寄せてきます。

<あらすじ>
韓国の地方都市で高校生の娘と暮らすシングルマザーのユンヒのもとに、小樽で暮らす友人ジュンから1通の手紙が届く。20年以上も連絡を絶っていたユンヒとジュンには、互いの家族にも明かしていない秘密があった。手紙を盗み見てしまったユンヒの娘セボムは、そこに自分の知らない母の姿を見つけ、ジュンに会うことを決意。ユンヒはセボムに強引に誘われ、小樽へと旅立つのだが…。






 韓国の、何という街かはわからないけど、地方都市と、冬の小樽。それぞれの街で暮らすユンヒとジュンの物語を交互に描きながら、二人の間で過去に何があったのかということが少しずつ明かされていきます。
 ユンヒとジュンはかつて韓国の高校の同級生でした。ユンヒは韓国の地方都市で結婚して子を産み、ジュンは父親について日本へ渡り、いまは小樽で叔母のマサコとともに暮らしています。叔母のマサコが、ジュンが書き溜めていながら出せずにいた手紙を、そっとポストに投函してあげることから、物語が動き出します。手紙を見たセボムは、お母さんはぜひこの手紙の送り主に会うべきだ!との思いを強くし、半ば強引に、小樽への旅行を計画するのです。
 ユンヒとジュンはあまりにも奥ゆかしく、小樽に着いてもなかなか会うことがないのですが、セボムのお節介的な優しさのおかげでついに、美しくもしみじみとした、感動の再会を果たします。かつて愛しあっていたことは家族の目には明らかで、いいんだよ、大丈夫だよ、とそっと背中を押してあげる、その温かさにほっこりさせられ、ジーンときます。

 世間の強制異性愛主義(ヘテロセクシズム)や女性差別の犠牲となり、引き裂かれてしまった二人が、深く傷ついたことを誰にも言えずに、しかし、あの時の思いを胸に秘めながらずっと生きてきたという切なさ…もしマサコとセボムのお節介がなかったら一生会うこともなかったかもしれません。ジュンは、彼女を慕って、おそらくそういう意味でお酒の席に誘う女性に対し、とてもとても悲しいことを言うのですが、そのシーンから、いかにジュンが深く傷ついたのかということが窺い知れます。ユンヒもまた、別れた夫にその悲しみを悟られるくらい、寂しさを抱えて生きてきました。「残りの人生は自分への罰のようなものだ」と感じながら…。
 ユンヒは、小樽での旅で、20年間の悔恨や苦悩を嗽ぎ落とし、セボムとともに、新たな人生を踏み出します。希望を感じさせます。
 明確には描かれていませんが、ジュンもまた、(もうあのような悲しい言葉を発することなく)新しい恋を始められるのではないでしょうか。
 
 木野花さん(『あまちゃん』でもいい味を出していましたね)の存在感。北国の女性の温かさがにじみ出ていて、本当にいいです。さすがは青森出身。「雪はいつやむのかねぇ」というセリフがこんなに似合う方もそうそういないと思います。
 セボムはとてもいい子です。『義母と娘のブルース』のみゆきに似てると思いました。

 とても繊細で、静謐で、美しく、温かい映画でした。もしこの映画がもっと前…10年前とかに発表されていたら、『キャロル』のような名作として世界的評価を得たかもしれないな…と思いました。正直に言うと、あくまでも私的な世界のなかで、人々の善意によって、二人が救われていくというところに、ある種の限界を感じてしまい、もっとこう…女性どうしが寄り添って生きていくことを許さない社会への批判があってもよかったのではないかという思いを抱きました。でも、映画を観て1週間が経った今も、じわじわと、ひたひたと押し寄せてくる余韻のなかで、確かにこの作品が、自分のなかに根を張り、同性愛を許さない社会への怒りを静かにつのらせていくのを感じているのです(同性婚訴訟の「社会的承認がない」という国の言い分への怒りともシンクロして)
 そういう意味では、"声高に"権利を叫ぶことを忌避する日本社会に、この映画は実によくマッチするのではないかと、人々の共感を呼びながら、静かに、同性愛者が同性愛者として生きていける社会にしていこうという思いを広げていけるような作品ではないかと思いました。
 
 レインボー・リール東京の会場ともなってきた(昨夏、コロナ禍でも奇跡的に開催を実現してくれた)シネマート新宿の大きなホールで上映されています。女性どうし、男性どうしで愛し合い、生きていこうとする人たちを応援するすべての人に観ていただきたいと思います。
 


ユンヒへ
原題:Moonlit Winter
2019年/韓国/105分/監督・脚本:イム・デヒョン/出演:キム・ヒエ、中村優子、キム・ソへ、ソン・ユビン、木野花、瀧内公美、薬丸翔、ユ・ジェミョン(特別出演)
(c) 2019 FILM RUN and LITTLE BIG PICTURES. ALL RIGHTS RESERVED.

INDEX

SCHEDULE

    記事はありません。