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REVIEW

実在のゲイの生き様・心意気へのオマージュであり、コミュニティへの愛と感謝が込められた感動作:映画『スワンソング』

実在のゲイの生き様・心意気にオマージュを捧げた映画であり、ゲイである監督が地元のゲイコミュニティへの愛と感謝を込めてつくった、笑いあり涙ありの感動的な作品です。

実在のゲイの生き様・心意気へのオマージュであり、コミュニティへの愛と感謝が込められた映画『スワンソング』

 『スワンソング』は実話に基づく作品で、ゲイであるトッド・スティーブンス監督が生まれ育ったオハイオ州サンダスキーという人口2万5千人の小さな町に実在したパットという伝説的なゲイの人生や生き様にオマージュを捧げた作品です。同性婚も認められていない、まだまだゲイが”普通”じゃなかった時代に、保守的な田舎町でパットというゲイが活躍している、堂々と生きていることを知って「救われた」というゲイの若者の声…それこそが、トッド・スティーブンス監督が言いたかったことだと思います。偉大な先人へのオマージュ。そして、コミュニティへの愛と感謝の気持ちです。今年のGLAADメディア賞最優秀映画(限定公開)部門にもノミネートされている作品です。レビューをお届けします。(文:後藤純一)
 
<あらすじ>
オハイオ州のサンダスキーという田舎町で、かつて町一番のヘアドレッサーとして名を馳せ、町唯一のゲイバーでショーをしたりもしていた、パット。今は施設に入り、紙ナプキンをきれいに折り畳むことしかすることがない。そんなパットのもとに、かつての顧客であるリタ・パーカー・スローンの代理人がやってきて、リタが葬儀の際の死化粧をパットにやってもらいたいと遺言に書いていたと告げる。もう引退したから、と一度は断わったものの、パットは施設を飛び出し、故郷の町へ向かって歩きはじめる…。







 まさに「スワンソング」だと思いました(「スワンソング」とは、白鳥は死の直前に最も美しく鳴くという逸話から生まれた言葉です)
 一人の中年のゲイとして、決して他人事じゃない、自分は最後に何を残せるだろうと考えさせられるような映画でした。
 
 老人ホームで、ろくに話相手もいない、紙ナプキンをきれいに折り畳むことしかすることがない日々を過ごしていたパットは、お金も服もヘアメイクの道具も持ってなくて、おまけに足も痛むのですが、最後の大仕事を遂行しようとします。でも、お酒を飲んだり、タバコを買ったり、やっぱり自信ないやと迷ったりして、なかなかリタの元にたどり着きません。その「弱さ」も人間くささ、彼の魅力の一部として描かれていて、素敵です。そして、そんなパットのキャラクターの魅力のおかげで、途中で出会ったヘアサロンの女性たちや、ブティックの女性たちに助けられ、最初はジャージ姿だったのですが、素敵な帽子をもらい、素敵なスーツも手に入れ、だんだん、かつてのヘアドレッサー兼パフォーマーだった頃のパットを取り戻していくのです。かつて輝いていた頃の記憶とともに、エイズで亡くなった恋人や、かつての友人のことも思い出しながら…。
 その旅のすべてがゲイのリアルであり、電動車椅子で道の真ん中を走って車を大渋滞させたり、笑えるシーンもたくさんありつつ、お墓を抱きしめながら泣くシーンや、以前そこにあったものがなくなってしまったことの寂しさも描かれ、身につまされます。
 
 かつての輝いていた時代を思わせる、DISCOだったり、JAZZYだったりする音楽が沁みます。特にシャーリー・バッシーは秀逸でした。
 ノスタルジーというよりは、かつて自分自身を育ててくれたコミュニティや人、時代や町そのものへの感謝や愛の気持ち、つまりオマージュに満ちていました。

 こちらにトッド・スティーブンス監督へのインタビューが載っています。この保守的な田舎町で、他の人とは全く違う「明るい色のパンツスーツにベルベットのフェドーラ帽をかぶって」いるロックスターみたいな男性を見かけて、とても興味を惹かれ、何年か経って17歳のときに初めて「ユニバーサル・フルーツ・アンド・ナッツ・カンパニー」という町唯一のゲイバーに行って、再びパットを見かけて、すべてがつながった、コミュニティを見つけたと思えた、と。 
 トッド・スティーブンスが初めてパットを見かけたのはたぶん90年代前半で、同性婚が認められるどころか、エイズ禍のさなかで、ゲイに対する苛烈な差別が残っていた時代でです。そんな時代に、パットは女性たちのヘアスタイルを最高に美しく仕上げることで感謝され、愛され、堂々と、胸を張り、肩肘張ってゲイとして生き抜いていたわけで、だからこそ、思春期の悩めるゲイの少年にとって、パットの存在は輝いて見えたし、ゲイでも生きていけるんだという希望を与えたのです。

 日本でも、きっとどんな町のゲイバーにも、そういうドラマがあるはずで、ゲイバーのママさんだったり、志を持った方たちがコミュニティをつくり、ともすると孤独に陥りがちなゲイの方たちが生きていけるような拠り所となってきたと思います。
 なんとなく思ったのですが、二丁目でそういうドラマをつくるとすると、90年代にアキさんが「Delight」というクラブをつくり、そこに集うゲイたちは、かけがえのない友人や恋人と出会ったり、ゲイであることに自信を持つことができたりして、いろんなイベントで数々の素晴らしい瞬間が生まれ、2000年にはパレードの後にレインボー祭りが仲通りで開催されて、まさかの花火が二丁目の夜空に上がり、ゲイバーのママや大御所な方たちも抱き合って号泣し…。そんな二丁目のゴッドマザーであるアキさんが2002年に突然亡くなり…。そして「Delight」(のちに「Ace」「ArcH」)というハコも、とうとう無くなる日がやってきて…といった物語になるのかなぁと思いました(というか、自分で書いてて、そういう映画があってほしいし、あるべきじゃない?と思ってしまいました)
 
 主演のウド・キアーは、アンディ・ウォーホールが企画・製作した異色のホラー映画『悪魔のはらわた』でフランケンシュタイン博士を演じたり、『マイ・プライベート・アイダホ』で道端に置き去りにされていたマイク(リヴァー・フェニックス)の面倒を見るドイツ人サラリーマンを演じたり、ラース・フォン・トリアー監督の大傑作『奇跡の海』で荒くれ者の水夫を演じたり、同じくラース・フォン・トリアーの大傑作『ダンサー・イン・ザ・ダーク』にも医師の役で出演していたりする俳優で、おそらく映画館で観たことがある方、多いと思います。今回、この『スワンソング』をゲイであるウド・キアーが演じたことが、この映画の成功につながっていることは間違いないと思います。演技がすごいというよりは、齢77歳のゲイのたたずまいや、長年、俳優として生きてきたゲイの生き様や、にじみ出るものが、まさにパットと同質で、シンクロ率が高すぎたんじゃないかと思わせるものがあります。
 『アグリー・ベティ』で意地悪なゲイのアシスタントを演じていたマイケル・ユーリーも出演しています(今回は意地悪ではないゲイの役なので、安心してください)。たぶんですが、マイケル・ユーリーが演じた人物にこそ、監督の思いが反映されていると思います。注目して観てください。
 

スワンソング 
原題:Swan Song
2021年/アメリカ/105分/G/監督:トッド・スティーブンス/出演:ウド・キアー、マイケル・ユーリーほか
8月26日よりロードショー

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