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REVIEW

貧しい家庭で妹の面倒を見る10歳のゲイの男の子が新しい世界を切り開こうともがき、成長していく様を描いた映画『揺れるとき』

フランスの東北部の貧困地区で、親の代わりに妹の面倒を見ている10歳のゲイの男の子が、新しい世界を切り開こうともがき、成長していく様を描いた映画です。実にフランスらしく、ある意味ロックな映画でした。

貧困地区の10歳のゲイの男の子が新しい世界を求めてもがく…映画『揺れるとき』

 『Party Girl』(2014)がカンヌ映画祭ある視点部門でカメラドール(最優秀新人賞)とアンサンブル賞に輝いたサミュエル・セイス監督の長編第2作『揺れるとき』。若手クリエイターの登竜門とされるSKIPシティ国際Dシネマ映画祭2022で最優秀作品賞(グランプリ)を受賞しています。
 多感な時期の少年の成長や恋(同性愛)の目覚め、ヤングケアラーの問題、そして労働者階級の少年の感情教育といったことがテーマになっています。監督はこの作品について「私たちはみな、出生時から社会的判断によってレッテルを貼られています。首尾よく逃れられる人もいますが、だからといって決定論を阻止する手立てにはなりません。本作で“離れること”の必要性を探ってみたいのです」と語っています。

<あらすじ>
ドイツとの国境に接するフォルバックという小さな町の貧しい地域に暮らす10歳のジョニー。両親が離婚し、兄と妹と共にシングルマザーとなった母と市営住宅で暮らすことになりました。昼間働いている母、ブラブラしていて何もしない兄の代わりに、ジョニーがまだ幼い妹の面倒を見ています。ある日、ジョニーの学校の担任として、都会から来た男性教師が赴任してきました。先生はジョニーの家庭の状況も察し、また、ジョニーの学びの意欲にも気づき、優しく接してくれるようになります。感受性豊かなジョニーは、先生の後押しもあり、新しい世界への扉を開こうと踏み出すとともに、先生に心惹かれていくのですが…。




 「こんな町じゃ暮らせない」と故郷を離れ、都会に出てきたゲイのみなさんの多くが経験しているであろう、思春期の頃の葛藤やイライラや苦悩が描かれていますが(そういう意味では『世界は僕らに気づかない』や『エゴイスト』にも通じるものがあります)、主人公のジョニーがゲイであるがゆえに侮辱されたりいじめられたり差別されたりして苦しむ姿を描くというのとは違いました。くだらないことやバカなことばかりにうつつを抜かし、色恋に溺れ、すぐケンカし、安くてマズいものや酒やタバコにまみれ、学問やアートや文学に関心を持たず…という人たちに囲まれ、同じ人生を歩みたくない!ここから抜け出したい!という強い思いに駆られ、なんとか突破口を見出そうともがくのです。印象的だったのは、ジョニーが「こんな暮らし、最低だ!」と大人顔負けの迫力でまくし立てるシーンです(たった10歳なのに!)。「クソ社会」に中指を立てるような、ある意味、パンクというか、ロックな映画でした。(『アデル、ブルーは熱い色』もそうでしたが)「階級」の問題を描いているところがとてもフランス的だと感じました。
 
 そんな閉塞的な状況からなんとか脱したいという強い思いと、新しい世界への扉を開くきっかけを示してくれた先生を慕う気持ちとが混ざりあい、ジョニーは先生に並々ならぬ思いを抱くのですが、その恋心の表現の仕方は、日本的な奥ゆかしくて淡い片思いとは対照的な、あっと驚くような、目が釘付けになるような、ものすごい大胆さでした(さすがはフランス映画です)
 ゲイであるがゆえに侮辱されたり差別されたりしない、と書きましたが、もしジョニーが女の子(異性)だったら、先生は全く同じ態度を取っただろうか…と思う部分もなくはありません(ぜひご覧いただき、考えてみたいただければと思います)
 
 話はゲイのことから離れるのですが、実は私もジョニーと似たような境遇で、10歳の頃、東北の貧しい地区の市営住宅で暮らしていて、共働きの親に代わって生まれたばかりの妹の面倒を見ていました(抱っこして哺乳瓶でミルクをあげたり)。しかし、昭和という時代でもありますし、周りにも同じような子どもたちがいましたから、当時は何の疑問も持たずにいました。今回、この映画を観て、初めて「ヤングケアラー」ということの意味がわかりました(だからと言って、10歳の頃の自分の境遇を恨めしく思う気持ちは全くありません。これからの子どもたちが、家族のケアに手を取られて未来が閉ざされたりすることがないようにと祈るばかりです)
 
 よく「14歳」という年齢が特別な意味をもって描かれますが(エヴァとか)、「10歳」もなかなかだと思いました。まだ精通を迎えていない、声変わりもしていない子どもなのに、こんなに悟っているのか、こんなに大人の世界を見ているのか、と感嘆させられます。子どもなのでいろんな失敗もするけど、10歳だからこそ、まだ許されます。まだ男の子でも女の子でもあるような未分化な、やわらかい年頃です(この映画の原題は「Softie」と言います)
 
 主人公のジョニーを演じたブロンドヘアーが印象的なアリオシャ・ライナートは、(『ベニスに死す』でタッジオを演じたビョルン・アンドルセンとも比べられるそうですが)繊細で難しい役をよく演じきった!と拍手したくなるような演技力でした。将来が楽しみです。
 先生役は『BPM ビート・パー・ミニット』のチボー役で強い印象を残したアントワン・ライナルツでした。
  
 「マイ・フレンチ・フィルム・フェスティバル(MyFFF)」で2月13日までオンライン配信されています。いろんなメディアがこの映画祭に参加しているのですが、私はGYAO!で観ました。たった250円です。
 興味のある方はぜひ、ご覧ください。
 
(文:後藤純一)


揺れるとき
2021年/フランス/93分/監督:サミュエル・セイス/出演:アリオシャ・ライナート、アントワン・ライナルツ、メリッサ・オレクサ、イジア・イジュランほか
2月13日までGYAO!などでオンライン配信中

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