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REVIEW

これまで見捨てられがちだった人々をも包み込んで慈しむような素晴らしいゲイ映画『老ナルキソス』

5年前のレインボー・リール東京のコンペでグランプリに輝いた『老ナルキソス』が長編映画化され、5/20から劇場公開が決定。「ゲイとして生きることが許されなかった」世代の方たちに光を当て、今の時代へと接続し、包摂するとともに、多様なSEXを肯定し、愛しさを持って描く素晴らしい作品です。ぜひご覧ください。

これまで見捨てられがちだった人々をも包み込んで慈しむような素晴らしいゲイ映画『老ナルキソス』

2018年の第27回レインボー・リール東京のコンペティションでグランプリに輝いた東海林毅監督の『老ナルキソス』がこのたび満を持して長編化され、5月20日から劇場公開されることになりました。一足お先に試写で拝見させていただいたのですが、LGBTQコミュニティの方も多数来られていて、みなさん口々に「よかった」と語っていました(なかには目を真っ赤にしていた方も…)。レビューをお届けします。
(文:後藤純一)


<あらすじ>
ゲイでナルシストの老絵本作家・山崎カオルは、自らの容姿の衰えに堪えられず、作家としてもスランプに陥っている。ある日、ゲイ風俗(ウリ専)で働くレオと出会い、その若さと美しさに打ちのめされる。山崎の代表作を心の糧にして育ったというレオに、山崎は恋心を抱く。レオもまた山崎に見知らぬ父親の面影を重ね合わせ…すれ違いを抱えたまま、二人の旅が始まる――。







 もうすぐ喜寿を迎えようとする老いたゲイと、ウリ専のボーイであるレオとの偶然の出会いが、それぞれの人生に少なからぬ影響を与えていくという物語を通じて、昨今のLGBTQムーブメントからは取り残されてきたかもしれない「ゲイとして生きることが許されなかった」世代の方たちに光を当て、その思いを掬い上げ、今の時代へと接続し、包摂するとともに、ナルシシズムや自意識のこじれとも関係したSMというkinkyなSEXを(当事者目線で)描き、あらゆるSEXを全面的に肯定する、至高のゲイ映画であり、クィア映画でした。
 
 主人公の山崎カオルは、昔は美青年だったかもしれないが、今は見る影もない、すっかりシワシワで髪もボサボサでキショガリで…どこに行ってもモテないだろうなと、ちょっと気の毒になるような見た目です。しかも、(あの時代を生きた文化人にありがちなのかもしれませんが)自意識のこじらせ方がひどいです。自己愛(ナルシシズム)を必死にふくらませてなんとか自分を保っているものの、ひとたび「ナルシス」が傷つけば、私という風船はあっという間にしぼんで飛んで行ってしまう…という。考えてみれば、あんなに性格がねじくれた老翁が主人公の映画ってそうそうないですよね。スゴいことだと思います。
 
 カオルとは対照的に、レオ(キョウヘイ)はイケメンで、自由で満ち足りた生活を送っていて、イマドキの世代らしい自然な優しさや屈託のなさで、実に好感が持てるキャラクターになっています。パートナーも公認でウリ専をやってることや、制度を使うかどうか悩むあたりに今の時代のリアリティがあります(これが同性婚になったら、もっと悩むことになるのでしょう)
 そう考えると、「ゲイとして生きることが許されなかった」世代の生き様から、同性婚も視野に入れた若者の生き様まで描いているわけで、それって全ての世代なんですよね。全ての世代を描きつつ、でも、70代と20代の生き様が接点なく別々に描かれるのではなく、ふつうだったら「ジェネギャプ」がすごくてなかなか理解しあえないだろう二人が、SEXという接着剤によって結ばれ、絵本という魔法の小道具によって心の交流まで生まれるという奇跡。過去を忌まわしいものとして切り捨てるのではなく、未来をキラキラした理想としてだけ描くのでもなく、全てを包摂するような離れ技をやってのけていると思います。
 
 個人的にジョン・キャメロン・ミッチェルの『ショートバス』という作品がとても好きなのですが、あの映画で描かれた乱交のシーンの感動的なまでの素晴らしさを、『老ナルキソス』は男女ではなくゲイだけで描き、また、微塵も後ろめたさや恥ずかしさを感じさせない「讃歌」「祝祭」として描いたことに感動させられました。クィア史に残る、記念碑的なSEX。『トーチソング・トリロジー』のラストシーンと同じくらい、いつまでも抱きしめていたい、ずっとたいせつなものをしまっておく心の宝箱に入れておきたくなるようなシーンでした。
 SMが繰り返し描かれるのもポイントで、カオルの自己愛とM性が分かち難く結びついているところも説得力がありますし、70代も後半で勃たなくなってしまった方がSMで快楽を得るというのもリアルだと思いますし、もちろんSMを”変態”扱いしたりせず、魂の回復といいますか、生きてる!って感じるための切実な営みとして描いてるような感じでした。
 
 主演の役者さんこそノンケさんですが(『エゴイスト』と同様)、日出郎さんも出ていますし(日出郎さん、本当にいいです。「アンタって本当に自分にしか興味がないのね」とか言っちゃうママ)、ゲイコミュニティや二丁目のリアルがそのままそこにあります。
 
 シャンソンを歌うおじさんが登場するのも素敵です。この世界、(シモーヌ深雪さんをはじめ)シャンソンを歌う方や、慣れ親しんでいる方がたくさんいると思うのですが、意外と映画には出てこなかったですよね。

 クィアとはこうだ!と誰もが納得できるカタチで見せてくれた、ある意味、離れ業をやってのけた作品。コミュニティへの愛、“ヘンタイ”への愛、そして人間愛がほとばしる作品です。きっと「人生捨てたもんじゃない」と思えます。
 
 もし昨今のLGBTQの活動のことから距離を感じる、パートナーシップ登録とかさらさらやる気がない、そっとしておいてほしい、リア充爆発しろ、しょせん人間は独りだし恋愛とか興味ないしもっと言うと人間にも興味がない、といった思いを抱えている方がいらしたら、ぜひこの映画を観てみてください。
 逆に、LGBTQってジェンダーレスでオシャレな人たちという印象を持ってる(微妙な“偏見”を持ってる)ノンケの人たちにもぜひ観てほしいと思いました。
 
 東海林さんでなければ撮れない傑作、名作だと思います。
 一つだけ残念なのは、伝説の雑誌『SM-Z』を立ち上げた編集者で、ご自身もMであった長谷川博史さんが、これを観ずに亡くなってしまったことです。ぜひ観てほしかったです…。

(あまりに素晴らしかったので、東海林監督にインタビューしました。ぜひ読んでみてください)


老ナルキソス
2023年/日本/110分/R15+/監督:東海林毅/出演:田村泰二郎、水石亜飛夢、寺山武志、日出郎、モロ師岡、津田寛治、田中理来、千葉雅子、村井國夫ほか/配給:オンリー・ハーツ
5月20日から新宿K's cinemaほか全国で順次公開

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