REVIEW
悩めるマイノリティの救済こそが宗教の本義だと思い出させてくれる名作映画『教皇選挙』
本年度のアカデミー賞で8部門にノミネートされ、脚色賞に輝いた『教皇選挙』。名作だろうとは思っていましたが、まさかLGBTQIA+コミュニティにとって大きな意義を持つ作品だとは…ぜひ驚きと感動を味わってください

『西部戦線異状なし』のエドワード・ベルガー監督がローマ教皇選挙(コンクラーベ)の舞台裏と内幕に迫ったミステリー作品です。今回のアカデミー賞では作品、主演男優、助演女優、脚色など計8部門にノミネートされ、脚色賞に輝きました。名作ではあるのでしょうが、特にLGBTQ+とは関係ない作品なのだろうと思い、ずっとノーマークだったのですが、Christian Pressに3月16日、「【映画評】クィアに開かれるカトリック教会の未来図『教皇選挙』」という記事が掲載され、実はLGBTQに関係ある映画らしい、ということを知りました(おそらく結末部分に関わるため、そのことが伏せられてきたのだろうと思われます)。どのようにLGBTQ+が描かれているのかということは気になりますし、やはり実際に観てみなければと、アカデミー賞作品であればなおさらだと思い、観てみました。
<あらすじ>
全世界14億人以上の信徒を誇るキリスト教最大の教派・カトリック教会。その最高指導者で、バチカン市国の元首であるローマ教皇が亡くなった。新教皇を決める教皇選挙「コンクラーベ」に世界中から100人を超える候補者たちが集まり、システィーナ礼拝堂の閉ざされた扉の向こうで極秘の投票がスタートする。票が割れるなか、水面下でさまざまな陰謀、差別、スキャンダルがうごめいていく。選挙を執り仕切ることとなったローレンス枢機卿は、バチカンを震撼させるある秘密を知ることとなる…。
壮大な、クラシックでありながら現代的でもあるシンフォニーを聴き終えたような感動がありました。序曲は不穏で。第二楽章は不協和音に満ちて。第三楽章は激しく、息を呑むような。そして終章には、驚くべき、奇跡のような調和と天の調べが響きわたりました。
冒頭で教皇の突然の死が描かれていますが、いまのフランシスコ教皇も教皇選挙(コンクラーベ)で選ばれた人ですし、今年に入って重篤な状況に陥り、つい先日退院したばかりですので、シンクロニシティというかリアリティがスゴイと思いました。コンクラーベの会場は枢機卿レベルの人しか入れない隔離空間なので、本当のところは知る由もないのですが、きっとあんな感じなんでしょうね…。
g-lad xxでも度々お伝えしてきたように、カトリックは全世界に13億人以上の信徒を有するキリスト教最大の教派でありながら、長い間同性愛を厳しく断罪し(2014年にようやく同性愛者を受け容れるべきだとの見解を打ち出し、2023年に司祭が同性カップルを祝福することを承認しました)、一方で神父による男児性的虐待も明るみに出て、その矛盾も鋭く告発され、揺れ動いてきました。
この映画では、同性愛にもっと寛容になるべきだとするリベラル派と、逆に今以上に厳しくすべきだとする保守派の対立が生々しく描かれています(もし同性愛を犯罪扱いする国の人が教皇に選ばれてしまったらどうなるのか…という話は本当に恐怖でした。でも、別の視点では、その人が選ばれることには大きな意味があるわけで、一筋縄ではいかない複雑さがあります)。でも、それ以上のもっとすごい話が用意されていて、観客を驚かせ、この映画を名作たらしめ、LGBTQIA+コミュニティにとっても大きな意義を持つ作品だと感じさせます(結末に触れるので詳しくは書きませんが、同性愛以外にもカトリックが厳しい態度で抑えつけてきたことがあり、そのことに対して、ものすごくパワフルに反論しています。拍手モノです)。同時に、ローマ・カトリック教会が、21世紀の今もなお、ゴリゴリの男尊女卑社会であり(家父長制的と言ってよいのではないでしょうか)、その時代遅れな女性蔑視のありようがまざまざと描かれているところにも衝撃を覚えました。
ちなみに、同性愛者にもっと寛容になるべき、と主張するリベラル派のベリーニ枢機卿を『プラダを着た悪魔』『バーレスク』『スーパーノヴァ』でゲイの役を演じてきたスタンリー・トゥッチが演じているところが面白かったです。知ってる人にはわかる、心にくいキャスティングです。ゲイの観客へのサービスと言ってもよいかもしれません。つい、ベリーニ枢機卿はゲイなの?と錯覚してしまったくらいです(ちょっとよくわからなかったのですが、ベリーニもローレンスもゲイなのでは?と思わせるような会話がありました。たぶん違うとは思うのですが…「確信」が持てないです)
コンクラーベを始めるにあたってローレンスが、通り一遍のお決まりの挨拶のあと、自分の言葉で語りはじめ、その中で、certainty(確信)のもたらす弊害について語るのが印象的でした。「私たちの信仰は、まさに疑いと手を携えながら歩んでいるがゆえに、生きたものである。もし確信だけがあって疑いが存在しないなら、神秘もなく、信仰の必要もないだろう」という言葉です。現実の世界は不確実なもの、変わっていく物事であふれていますし、誰が、何が正しいのか、本当のところは突き詰めて言えば「神のみぞ知る」であり、私たちは過度に「確信」を持って正義を振りかざすのではなく、どこかに疑いを差し挟む余地…言い換えれば、謙虚な気持ちを持ちながら、真実を見極めていかなければならない、といった意味だと思います。これは、教皇選挙に臨むに当たり、正しいと思われる人が実はそうじゃない可能性もあるよということを示唆するだけでなく、同性愛は罪だ!とか中絶禁止!とかファナティックに振る舞うことはやめようよ、変わっていく世界をちゃんと見つめて私たちもまた変わっていかないとね、というようなニュアンスにも受け取れました。実に深いセリフだなぁと思います。
2009年に『ダウト あるカトリック学校で』というメリル・ストリープが厳格な校長を演じた映画が上映されて(校長が疑念に駆られて真実を探ろうとすればするほどみんなが不幸になるという、ある意味『教皇選挙』とは真逆の話でした)、カトリックの世界ってなんて怖いんだろうと思いましたが、『教皇選挙』は、いろんな騒動はありながらも、最終的には、宗教は何のためにあるのかということや、世界宗教の果たす本来の役割や意味、といったことも描かれていたように感じられました(失礼な言い方ですが、見直しました)。そこはよかったです。
ともあれ、ローレンスも予想していなかったような事実が次々に明るみになり、一体どうなっちゃうんだろう?とハラハラドキドキさせて、実はそういう様々などんでん返しとかも亡くなった教皇は予想してて、だからこそローレンスにコンクラーベを託したのだ、いちばんの策士は教皇だったのだ、ということが薄々わかってきて、これは本当によくできた話だと思ったり。そして、あの人が選ばれたことだけでも拍手モノだけど、最後に、さらに驚きの事実が明らかになり、未来が一気に見えた気がしたり(保守派の人が怒りそうだと思いましたが、ある意味「してやったり」というか、胸がすくような気がしました)。この映画で描かれていることが(バチカンの閉鎖性や特殊さとは裏腹に)驚くほど現実の世界とシンクロしていることにも感銘を受けました。
撮影場所がコンクラーベの会場(システィーナ礼拝堂)と宿泊施設(マルタの家)だけの密室劇的な映画なのに、実に多彩で、鮮やかで、美しく、印象的なシーンがたくさんあったのもスゴいです。音楽もよかったです。いろんな意味で名作だと感じました。
この3月はLGBTQ(クィア)関連の名作映画が次々に公開されましたが、『教皇選挙』もまたその一つであるということは「確信」を持って言えます。
(後藤純一)
教皇選挙
原題または英題:Conclave
2024年/120分/G/米国・英国合作/監督:エドワード・ベルガー/出演:レイフ・ファインズ、スタンリー・トゥッチ、ジョン・リスゴー、カルロス・ディエス、イザベラ・ロッセリーニほか
3月20日より全国ロードショー公開
INDEX
- アート展レポート:MORIUO EXHIBITION「Loneliness and Joy」
- 同性へのあけすけな欲望と、性愛が命を救う様を描いた映画『ミゼリコルディア』
- アート展レポート:CAMP
- アート展レポート:能村 solo exhibition「Melancholic City」
- 今までになかったゲイのクライム・スリラー映画『FEMME フェム』
- 悩めるマイノリティの救済こそが宗教の本義だと思い出させてくれる名作映画『教皇選挙』
- こんな映画観たことない!エブエブ以来の新鮮な映画体験をもたらすクィア映画『エミリア・ペレス』
- アート展レポート:大塚隆史個展「柔らかい天使たち」
- ベトナムから届いたなかなかに稀有なクィア映画『その花は夜に咲く』
- また一つ、永遠に愛されるミュージカル映画の傑作が誕生しました…『ウィキッド ふたりの魔女』
- ようやく観れます!最高に笑えて泣けるゲイのラブコメ映画『ブラザーズ・ラブ』
- 号泣必至!全人類が観るべき映画『野生の島のロズ』
- トランス女性の生きづらさを描いているにもかかわらず、幸せで優しい気持ちになれる素晴らしいドキュメンタリー映画『ウィル&ハーパー』
- 「すべての愛は気色悪い」下ネタ満載の抱腹絶倒ゲイ映画『ディックス!! ザ・ミュージカル』
- 『ボーイフレンド』のダイ(中井大)さんが出演した『日本一の最低男 ※私の家族はニセモノだった』第2話
- 安堂ホセさんの芥川賞受賞作品『DTOPIA』
- これまでにないクオリティの王道ゲイドラマ『あのときの僕らはまだ。』
- まるでゲイカップルのようだと評判と感動を呼んでいる映画『ロボット・ドリームズ』
- 多様な人たちが助け合って暮らす団地を描き、世の中捨てたもんじゃないと思えるほのぼのドラマ『団地のふたり』
- 夜の街に生きる女性たちへの讃歌であり、しっかりクィア映画でもある短編映画『Colors Under the Streetlights』