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REVIEW

ぼくらはシンコイに恋をする――『シンバシコイ物語』

恋って素敵だなって思い出させてくれるような、恋をあきらめないでとみんなにエールを送るような、ゲイバーの楽しさを再確認させてくれるような素敵ドラマ『シンバシコイ物語』のレビューをお届けします。

ぼくらはシンコイに恋をする――『シンバシコイ物語』

 『シンバシコイ物語』は2020年、コロナ禍のさなか、新橋の『TUGBOAT』のみなさんが何か楽しいことをしようということで製作したショートフィルム(ドラマシリーズ)です。好評を受けて今年の夏にパート2も製作されました。そして10月23日からYouTubeで配信がスタートし、大きな反響を呼び、パート1に続いてパート2の配信も行なわれ、つい先日、最終話の配信が終わったばかりです。たった1ヵ月の間に、それぞれ5万回くらい視聴されていて、それはハングルや繁体字の字幕がつけられたおかげで海外の方々にも届きやすかったということだけでなく、本当に、奇跡のような、いいドラマだったからだと思います。
 
<ストーリー>
新橋『TUGBOAT』でいつも楽しく呑んでいる39歳のタツヤとコテツ。40の大台を目前に、そろそろ落ち着いてパートナーを見つけたいという気持ちではあるが、そうそういい相手と巡り会えることもなく…とそこに、素敵な兄貴・ジュンノスケが現れる。ジュンノスケとタツヤはどうやらお互いにイケるようだ。が、タツヤは本当のタイプの人の前では話せなくなってしまう性格。一方、コテツはグイグイとジュンノスケに話しかける。結局、連絡先を交換しないまま、仕事で忙しい彼に次いつ会えるのかもわからないままだったが、タツヤは彼のことを忘れることができず…。









 Twitter上で「シンコイ」が話題になり、たくさんの方たちがハマっていたのは知っていたのですが、いろいろ忙しく、配信が終わって1週間後にようやく観ました。一気観だったので、毎週1話ずつアップされていくのを待ち望むワクワク感は味わえなかったのですが、それでも十分、堪能できました(一気に波が押し寄せた感。興奮で眠れなくなりました)
 なんだろう…この強烈なセンチメンタリティ。恋…としか言いようのない感情。「シンコイ」ロスになる人が続出しているの、すごくよくわかります。ぼくらは「シンコイ」の世界そのものに恋したんじゃないでしょうか。
 
 コロナ禍の間にすっかり遠ざかってしまっていた方も多いと思うのですが、ゲイバーで友達とワイワイ過ごす時間の楽しさ、時には出会いもあったり、みんなが恋を応援してくれたり、そういうコミュニティ的な温かさこそが、かけがえのない、大切なものだってことを再確認させてくれますし、「恋することをあきらめないで」とみんなにエールを送る気持ちが尊く感じられる作品でした。何十年もつきあってるパートナーがいてすっかり家族みたいに落ち着いちゃってる人も、ずっと恋してなくて「恋の仕方を忘れちゃったよ」って言ってる人も、「恋愛に興味ないんだよね」って嘯いてる人も、きっと「シンコイ」で恋の素敵さを思い出すハズ。そして飲みに出たくなるハズ。(ヒゲクマGMPD系にあまり興味がない方もいらっしゃるかもしれませんが、ぜひご覧になってみてください。きっとハマると思います)
 
 もしかしたら、アプリで手軽に出会ったりできる時代、こういうゲイバーでの出会いや一途な恋は、なくなりかけているものなのかもしれません。この作品が、セックスに溺れず、真っ直ぐに「好き」を突き詰めていく純情さを描いたことで、「自分にもこういう時代があった」と懐かしく思い出したり、心洗われる思いをした方も多かったのではないでしょうか。
 また、あまりいい出会いに恵まれてなくて、素敵な恋をしたいと切実に願っている方などは、「いい夢を見させてくれてありがとう」という気持ちになったのではないでしょうか。

 これからクリスマスに向けてゲイバーで恋活を頑張る人も俄然、増えそうです(応援します)。もしかしたら今後、ゲイの世界で「大恋愛時代」が到来するかもしれません。
 
 セックスのシーンはなくて、脱いでるシーンすらほとんどないのですが(個人的にはもっと脱いでもいいんだよ?って思いますが)、それでもこんなに反響を呼び、たくさんの人々がハマったのはなぜなのか、「シンコイ」がこれだけ人々を魅了する理由はどこにあるのか、ということについてもう少し、一ファンとして思うところをお伝えしてみます。
 脚本、演出、ストーリー、キャスティング、撮影、音楽(特に主題歌の「二度目の初恋」の良さ。カラオケで歌う方も多いでしょうね…)、どこをとってもクオリティが高く、安心して観ることができるというのがベースにありますが、さらに特筆すべき点がいろいろあります。
 まず、登場人物がみなさんガタイのいいヒゲクマ系で、それは「かわいい」「イケる」ってことだけでなく、まぎれもなく「ぼくら」の世界の人だって思えるからこそ、感情移入できるんだと思います。世間の人たちがもて囃すBL系ドラマとは真逆の、リアルなゲイの仲間たちが出演していることの安心感や親しみやすさ。きっとぼくらは、こういうドラマをずっと待ってたんだと思います。
 みなさんそれぞれ素敵なのですが、特に主演のタツヤさんは、魅力的なルックスに加え、関西弁ということもあって、セリフが(棒読みじゃなく)生き生き感じられ、心に響くという部分もあったかと。心揺さぶられる瞬間が多々ありました(全体を通じて「名セリフ」がたくさんありましたね)
 たぶん当て書きなんだと思いますが、役者さんのセリフがきちんとそのキャラクターに合っていて、内面・心情が実によく伝わってきますし、役者さんもポイントポイントでとてもいい演技を見せてくれるので、キュンキュンしちゃうんですよね。
 きっと観る人によって、どの人が自分に近いか、どの登場人物に感情移入するかって結構違うと思うんですが、そういうふうに観れるのも、ドラマとしてしっかりしてるし魅力的だからですよね。
 パート2はちょっと若い世代の方たちが登場して、同時に、ちゃんとタツヤさんも大人の魅力を感じさせるリーマンのイメージに変身しててスゴいと思いました。「いい年のとり方」のロールモデルを見るような思いがしましたし、30代からもモテる40代っていうお話も新橋らしくてよかったです。そうやって世代は移り変わっていくし、年とったから終わりというわけでも決してないし、いろんなリアリティが描かれていました。
 
 一方、「モテ筋のヒゲクマ野郎系兄貴たちが野郎ぶってオスオス言ってる」系の鼻につく感じがなく、オネエノリとかもふつうに描き、笑えるシーンが多々ある、というところにも好感が持てます。タツヤさんの親友で一人称「わたし」であるオネエなコテツさんは、このドラマでとても重要な役割を果たしているキャラクターです。モテ筋だし、自分らしく前向きにやってるけど、恋がうまくいくかというと…不意にボソッと本音をもらすシーンがありましたが、切なくて、リアルで、身につまされました。

 それと、劇中でさりげなく『TUGBOAT』のマスターや主役のタツヤさんですら「オトされる」セリフがあるのですが、それって実はスゴいことだと思います。この世界、自分をオトして笑いをとれる方は愛されるし(ドラァグ界で言うとサセコさんが代表ですよね)、逆に「わたしキレイでしょ」的な態度は敬遠されがちだと思うのですが、実際は、上手く自分をオトして笑いをとるって「熟練の技」が必要で(シャレにならないネタだと周りが笑えなくなっちゃうし…)、意外とできそうでできないことなんですよね。さすがは新橋のゲイバーのみなさん。心得ていらっしゃる。大人の余裕を感じさせます。
 
 「うちら」のリアリティに徹しながら、素敵なキャスト、素敵なセリフ、印象的なシーンをアレンジし、恋愛がメインだけど笑いもある、新橋のほかのお店もちょいちょい登場する、そういういろんな要素がバランスよく上手にまとめられ、名作が誕生し、予期せぬ反響を呼んだんだと思いますが、みなさんが「素敵な恋をしよう」「ゲイバーこそが恋の現場だよ」「応援するよ」「新橋を盛り上げよう」っていう気持ちのもと、協力しあっていい作品を作ろうと奮闘し、そういう姿勢が観ている方たちにも伝わり、シンクロしたからこそ、この奇跡が起こったのではないでしょうか。
 
 リーマンの街・新橋は、二丁目とは違って、そんなに表に出ることを好まない方たちが多いイメージもあったかと思いますが、今回こうして、YouTubeで大勢の方の目に触れるかたちで公開されたということも感慨深いです。
 今後、上野や浅草、札幌、大阪、福岡、沖縄…いろんな街で、こういうドラマが作られたらいいなと思います。

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