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レビュー:リン・モンホワン『同棲時間』公演記録映像上映+アフタートーク

「未来創造 Diversity Art Festival 2023」の一環で開催された、リン・モンホワン『同棲時間』公演記録映像+アフタートークの模様のレビューをお届けします

レビュー:リン・モンホワン『同棲時間』公演記録映像上映+アフタートーク

台湾同性婚第3号であるゲイの劇作家、リン・モンホワンの『同棲時間』などの作品が上演というニュースでお伝えしていたミニ芸術祭「未来創造 Diversity Art Festival 2023」@新宿シアターミラクルのプログラム「舞台『同棲時間』上映会+アフタートーク」を観てきました。たいへん刺激的で、深い作品。トークも素晴らしかったです。


 「演劇でアジアを繋ぐ」を活動理念として活動してきた演劇ユニット「亜細亜の骨」が主催するミニ芸術祭「未来創造 Diversity Art Festival 2023」が3月21日から29日まで新宿シアター・ミラクルにて開催中です。新宿シアター・ミラクルは「gaku-GAY-kai」の会場としても親しまれてきましたが、6月で閉館するそうで、小劇場シーンを発信し続けてきた同じ時代を生きる演劇の同志として、自分たちにできることはないかと考え、より多くの人に劇場の記憶を留めたいとの想いを込めてフェスティバルを企画したそうです。
 このミニ芸術祭には60歳を超える俳優で結成するユニットの朗読劇、消滅危機言語の与那国語での昔話の読み聞かせなど多様な演目が盛り込まれていますが、その中の一つとして台湾のゲイの劇作家、リン・モンホワンの作品がフィーチャーされています。
 3月25日(土)の舞台『同棲時間』の記録映像上映+トークショーレビューをお届けします。
(後藤純一)


舞台『同棲時間』

 『同棲時間』は、ゲイであるリン・モンホワンが2012年に初めて書いたLGBTQテーマの戯曲ですが、当時、台湾では上演の機会を得ることができなかった(どの劇団にも断られた)といい、それを「亜細亜の骨」のE-RUN(山﨑理恵子)さんが見初め、日本での上演を実現しました。2018年に新宿シアターモリエールで世界初演された『同棲時間』の記録映像が、今回上映されました。

<あらすじ>
台湾のボロアパートの一室。タンクトップ+ハーパンで、父の遺品を片付ける弟。スーツ姿の兄が、ブリーフケースとレジ袋を持って現れる。
兄は、父が日本で働いていた頃(70年代)に結婚した母との間に生まれた子。今は華僑のサラリーマンとして稼ぎ、家庭も持っている。腹違いの弟は、父が離婚して台湾に帰ったあとに台湾人の女性との間に生まれた子で、さまざまな職を転々としてきた。
父の葬式で顔を合わせた二人は驚き、自分たちの運命を呪った。兄は以前、弟が働いていたゲイマッサージ店を訪れ、肉体関係を持っていたのだった…。
こうして父の部屋で再会した二人。兄は妻子がいながら男と体を重ねてきたことの後ろめたさや、近親相姦など様々な罪悪感に苛まれながら、それでも、心に燃える弟の真っ直ぐな想いに逆らうことができず…。
と、そこに父の部屋の大家さんの代理で、トランス女性のサルサがスイカを持って部屋にやって来る。
三人の人生、運命という名の歯車が大きく回り始める――



 優れた文学や演劇は「答えのない問い」を読者や観客に突きつけ、考えさせます。『同棲時間』も間違いなく、そのような作品でした。
 恋愛とは、どんなに時代や社会が進歩しても決して解決されえない、人間の自由の「最後の砦」だと思いますが、ゲイであるリン・モンホワンは、同性婚が認められる前の時代の台湾(と日本)のクィアたちの、これ以上ないくらい込み入った恋愛を、シビアな難問として描き、愛とは何か、幸せになることはなぜこんなに難しいのか?と人々に問いかけました。 
 役者さんの熱が伝わってくるような、燃え上がる恋の炎、入り組んだ人間関係、セクシャルな場面も臆することなく大胆に描かれ、コメディ的な要素もあり、実に刺激的で、いろんなことを考えさせるような見応えある作品でした。
 台湾の国民的歌手(日本でも有名になった方)の歌が効果的に使われていてエモかったです。
 1時間45分があっと言う間に感じました。
 お部屋のセット(舞台美術)もしっかりしてて、役者さんが素晴らしく、何よりもこの作品を日本で上演してくれたことに拍手!という感じでした。5年前に舞台を観ておけばよかったと後悔しました。
 
 冒頭、短髪でがっちりした弟クンがタンクトップ+ハーパンというラフな格好で、iPhoneでJ-POP(大塚愛さんの「SMILY」だったと思います。PVでスイカ割りのシーンがあるから?)をかけて口ずさみながら部屋の片付けをしていたのですが、実に台湾のゲイのリアリティを上手に表現していると感じました。BLに出てきそうな細身でロン毛のキャラじゃなくて本当によかったです。
 ピシッとスーツを着た立派な身なりの兄さん。そもそも妻も子もいながら、月に一度台湾に来て男性とセックスするというクローゼットなゲイで、それだけでなく、父の葬式で顔を合わせたことで、自分でも知らないうちに実の弟と関係を持ってしまっていたことを知り(ツァイ・ミンリャンの『河』を彷彿させる地獄)、吐くほどの罪悪感に苛まれる、しかし父の死後の後始末はしなくてはいけないため、なんとか平成を装い、兄らしく接していこうと、ごはんを持って部屋に現れる、が、本気の恋をあきらめきれない弟クンは思いを真っ直ぐにぶつけてきて…という、何重にも苦しくて複雑な感情を表現しなければいけない役どころでした。しかも日本語を流暢に話す必要もあるので、大変だったと思います。かなりのマッチョで、セクシーな方でした。

 かつて台湾のゲイの方の間では日本人のゲイは「プレミア」的な存在で、日本人だとわかると途端にモテたりするという「マジック」がありました(あったと断言してよいかどうか、迷いますが、いろんな方がそういうふうに話していたので、たぶん真実です。今は台湾の方が同性婚もできるし、いろんな意味で進んでいるので、そういう「マジック」はないと思います)。弟クンが日本語を話すマッチョなイケメンに本気で惚れたのはそういう事情があります。当時のリアルだと思います。
 兄さんが、台湾人の父と日本人の母との間に生まれた人であり、台湾人なのか日本人なのかというアイデンティティの揺らぎがあるということも描かれていました。
 『同棲時間』は、そもそもゲイとして生きていくことの困難(クローゼットのゲイの苦悩)、子どもも生まれず結婚もできない男どうしとはいえ実の兄弟が愛し合うというインセスト・タブーの罪悪感、日本人と台湾人の間に横たわる微妙な感情などが複雑に絡みあった、ちょっと今まで観たことがないような、大きな、深いテーマを内包する作品でした。二人の男優さんがそれを見事に演じ、表現してくれたと思います。
 
 サルサというトランス女性も登場します。その名の通り、サルサのダンスにハマっている陽気なキャラクターですが、ただの狂言回しや「お飾り」ではありません。サルサは完全に性別移行しているわけではなく、性別適合手術を受けることへの逡巡もあったりします。トランスのことを理解しない弟クンは、サルサに対して「気持ち悪い」「男のままでいいじゃないか」などとロコツにひどい言葉をぶつけます。サルサは「陰口を叩かれるよりはっきり言われたほうがマシ」と笑って受け流し、そんなサルサに弟クンは心を開き、次第に仲良くなっていくのです。
 
 近年、『先に愛した人』や『君の心に刻んだ名前』、『親愛なる君へ』といった台湾ゲイ映画が続々と日本で上映・配信されていますが、どの作品の主人公も“オネエ”ではない男らしいタイプの男性として描かれていました。特に『先に愛した人』の主人公はチンピラ風味なキャラクターで、今回の『同棲時間』の弟クンと通じるものがあります。
 台湾は(2004年にジェンダー平等法が施行されたとはいえ)今でも徴兵制があり、「男は男らしく」が当たり前な社会でした。トランスジェンダーなんてほとんどいなかったと思います(私も2008年に台湾同志遊行に参加した際、ドラァグクイーンが一人もいないことに驚きました)。そういう社会状況で、弟クンも、女性にトランスしようとするサルサのことを理解できず、ひどいことを言ってしまったのだろうと推測しました。日本とは違う、2012年時点の台湾のリアリティなのかな、と。(クッキーさんがトークショーでその辺りを解説してくれていました。このあとご紹介します)
 逆に、ゲイであるリン・モンホワンが最初のLGBTQ作品でトランスジェンダーの置かれている状況をきちんと描いたことが素晴らしいと感じました。
 
 台湾は日本と近い、LGBTQの行き来もどの国よりも盛んな、それこそ兄弟のような仲だと思いますが、台湾の映画がたくさん日本に輸入されてきた一方で、演劇作品はなかなか入ってきませんでした。翻訳の大変さなど言葉の壁が大きな理由だと思いますが、今回、そうしたハードルを超えて、リン・モンホワンという名のあるゲイの作家の素晴らしい戯曲を、こうして日本で上演してくれた「亜細亜の骨」の山﨑さんに改めて拍手を送るとともに、感謝申し上げたいです。
 

アフタートーク 

 台湾出身の研究者で(現在、大阪公立大人権問題研究センター特別研究員)、「関西同志聯盟」共同代表を務めるゲイの活動家でもある劉霊均(アリエル・クッキー・リュウ)さんが上京し、「台湾時間から日本時間へと:林孟寰(リン・モンホワン)『同棲時間』をめぐる時間軸」と題したトーク…というより「講演」をしてくれました。

 きちんとパワポのスライドを作ってきてくれたクッキーさんは、台湾におけるLGBTQの歴史をひもときながら、また(私にとっての心の名作である)『孽子(ニエズ)』や、李琴峰さんの小説など、台湾の「同志文学」の系譜についても紹介しながら、『同棲時間』の背景となる社会状況(この作品が作られた当時、誰も2017年に同性婚が認められるなんて想像していなかったということ)や、この作品のポイントや意義について解説してくれました。
 
 日本でも台湾でもゲイがトランスジェンダーの社会的課題に関心を持っていないということも指摘されていました。日本はテレビにもふつうにトランスジェンダーが出てきましたが、それは特別で、台湾では1987年までありえないことだった、台湾は徴兵制があり、男は男らしくという観念が強い、そして、台湾のマイノリティ運動においては「生まれたままの自分でいい」「ありのままでいい」ということが盛んに言われるが、その言葉はトランスジェンダーにとっては辛い、足枷のような働きをしてしまう、という説明に、目から鱗といいますか、なるほどそういう見方もあるのか…と。さすがはクッキーさん。
 
 サルサに「プライド(同志遊行)には行くの?」と聞かれた弟クンが浮かない返事をするシーンがあり、主人公である弟クンがLGBTQの社会的課題や政治に興味のない人物であることが示唆されていますが、その辺りについても、リン・モンホワンがゲイコミュニティの享楽主義的な側面を描いたのではないかと指摘し、また、日本人ゲイが台湾のセックスワーカーの男の子たちを買ってきたことなどにも触れられていました。

 また、弟クンが働いていたマッサージ店の店名が「南進」であること(1939年に「南進台湾」という国策映画が作られていたそうです)、以前はどの学校の校庭にもあった蒋介石の銅像にまつわる子ども時代のエピソード、日本語教室のシーンなど、台湾の歴史にまつわるモチーフが散りばめられている点についての解説も、興味深かったです。

 こうしたことを踏まえたうえで、クッキーさんは、『同棲時間』は「なりきれない」人たちの群像劇であり、アイデンティティ政治の限界やトランスジェンダーのことなど台湾の同志運動の問題点を課題として示した作品になっていると指摘していました。 
 もしこれが、同性婚実現後だったら、このようなお話にはならなかっただろう、とのことでした。
 そういう意味で、時代の過渡期に作られた貴重な作品でもあると言えそうです。

 限られた時間で膨大な情報量のお話をされていたのですが、とても聴き応えがあり、勉強になりました。お話を聞けてよかったです。

 またいつか、『同棲時間』の記録映像の上映会+クッキーさんのアフタートークが開かれたらいいなと思いますし、きっとあると思いますので、その折にはぜひ、ご覧いただければ幸いです。

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