REVIEW
ETV特集「宮沢賢治 銀河への旅 ~慟哭の愛と祈り~」
「銀河鉄道の夜」などで有名な宮沢賢治は、実は生涯をかけて愛した一人の男性がいたということを、史実の丁寧な検証によって明らかにし、美しい映像とともに叙情的に綴った映像詩です。
2月9日、Eテレで「宮沢賢治 銀河への旅 ~慟哭の愛と祈り~」という番組が放送されました。「銀河鉄道の夜」などで有名な童話作家・宮沢賢治は独身を貫いて亡くなりましたが、実は生涯をかけて愛した一人の男性がいました。大学時代の後輩、保阪嘉内です。賢治と嘉内がいかにして出会い、交流を深めていき、お互いをどう思っていたか、ということを、残された手紙など資料の丁寧な検証によって明らかにし、美しい映像とともに叙情的に綴った「映像詩」です。二人の想いは、まぎれもなく愛なのですが、二人は別々の人生を歩み、結ばれることはなく…こんな純粋で切ない恋ってある?と滂沱の涙を流す羽目に…。控えめに言って素晴らしい作品でした。(後藤純一)
「風の又三郎」「銀河鉄道の夜」「注文の多い料理店」「セロ弾きのゴーシュ」といった宮沢賢治の作品を読んだことがない、全く知らない、聞いたこともないという方は少ないと思います。国語の教科書で「よだかの星」や「なめとこ山の熊」を読んだ方もいらっしゃることでしょう。「よだかの星」は、見た目の醜さゆえに周囲の差別を受け、生きているのがいやになって空高く飛んで行き、星になった夜鷹の物語でした。「なめとこ山の熊」は、熊撃ちの名人だった小十郎が、生きていくためとはいえ熊を殺すことがほとほと嫌になり…という物語でした(鮮烈なラストシーンに胸を打たれます)。仏教的な自己犠牲の精神が、多くの作品に反映されていると言われています。「雨ニモ負ケズ」の詩などもある種の日本人の生き方の理想のように語られています。
そんな、日本を代表する童話作家である賢治は、生涯結婚せず、独身を貫いていますが(見合い話がたくさん来たのを全部断ったそうです)、それは仏教的な思想ゆえのことではなく、実は生涯をかけて愛した一人の男性がいたからでした。以前から言われていた話ではありますが、二人の手紙のやり取りなど、様々な資料を繙き、丁寧に二人の恋愛関係を史実として検証し、美しい岩手の映像や、印象的なナレーション、そして、若い二人の役者さんによるドラマのような映像も交えて、叙情的な、胸に迫る映像詩としてまとめたのが、この「宮沢賢治 銀河への旅 ~慟哭の愛と祈り~」です。
賢治は盛岡高等農林学校(今の岩手大学農学部)で、1学年下の後輩である保阪嘉内(かない)と出会います。百姓こそが人生だと考え、山梨から盛岡にやって来た嘉内と、賢治は意気投合し、二人で人生や社会の理想を語り合い、また、嘉内が書いた戯曲で一緒に演劇をやったり、「アザリア」という同人誌を作ったり…理想的な相手とめぐりあい、毎日が本当に充実していました。二人はお互いに、相手のことをかけがえのない存在と感じ、純粋でひたむきな、友情のような恋のような気持ちを抱いていました。
まるで高校時代の自分を見ているようでした。好きだったクラスメート(同じ吹奏楽部でした)と遅くまで、人生やなんかを語りあったりして、お互いに大切な友人だと思っていて、卒業後も長い手紙のやり取りをしたり…結局、告白することもなく、それっきりになりましたが、彼のことを突然思い出して、胸が締めつけられるような気持ちになりました。
賢治と嘉内は、それぞれ別の道を進むことになりますが、賢治の嘉内への恋の気持ちは抑えきれず、それを「邪(よこしま)」だと自分を諌める気持ちとの葛藤が激しくなり、それがいかに賢治の詩や童話の原動力となっていたかということを描写するくだりも、身につまされるものがありました。「春と修羅」の修羅とは、そういうことだったのか…。「銀河鉄道の夜」のカンパネルラが、サザンクロス駅でみんなと降りるのではなく、野原の二本の電信柱のところで消えたのは、そういう意味だったのか…。
賢治が一度たりとも嘉内に思いを伝えることなく、一度たりとも結ばれることなく、純情を貫いて、37歳の若さで亡くなっていったとしたら、亡くなる前に書いた「雨ニモ負ケズ」は、なんと切なく、苦しい詩だったのでしょうか。小学生の時から学校で暗誦させられていた「雨ニモ負ケズ」が、まさかそんな意味だったなんて…(先生はそんなこと、ちっとも教えてくれなかったじゃないか)
嘉内が亡くなった時のエピソードは、嘉内が賢治のことをどれだけ深く愛していたかということを物語っていて、ハラハラと涙がこぼれました。世が世なら、二人は結ばれて、幸せに暮らすことができたかもしれないのに…。
東北の、岩手の、澄み渡った冬の夜空にさんざめく星空が、痛いくらいに美しく、胸に突き刺さってきました。
たぶん、昔だったら、このような趣旨の番組は、同性愛だなんて言って冒涜する気か!という遺族からのクレームによって頓挫させられることが多かったと思います。でも今、ようやく、真実を描くことが許されるようになりました。時代が追いついたのです。
昨年9月、盛岡で初めて、パレードが開催されました。もしかしたら天国の賢治も祝福してくれていたかもしれないな…と思ったり。
「宮沢賢治 銀河への旅 ~慟哭の愛と祈り~」は、ドキュメンタリーでもドラマでもないため、DVDになることもなく、今後どこかで観られる機会があるかというと、おそらくほとんどないと思います…。ぜひ今のうちにオンデマンドで視聴してみてください。23日までです。
ETV特集 「宮沢賢治 銀河への旅 ~慟哭の愛と祈り~」
NHKオンデマンドで視聴できます(23日まで)
出演:中川光男、鹿野宗健、岩崎鬼剣舞保存会
朗読:松下由樹
語り:斉藤茂一
INDEX
- マジョリティの贖罪意識を満たすためのステレオタイプに「FxxK」と言っちゃうコメディ映画『アメリカン・フィクション』
- クィアでブラックなミュージカル・コメディ・アニメドラマ『ハズビン・ホテルへようこそ』
- 涙、涙…の劇団フライングステージ『こころ、心、ココロ -日本のゲイシーンをめぐる100年と少しの物語-』第二部
- 心からの拍手を贈りたい! 劇団フライングステージ 『こころ、心、ココロ -日本のゲイシーンをめぐる100年と少しの物語-』第一部
- 40代で性別移行を決意した人のリアリティを描く映画『鏡をのぞけば〜押された背中〜』
- エストニアの同性婚実現の原動力になった美しくも切ない映画『Firebirdファイアバード』
- ゲイの愛と性、HIV/エイズ、コミュニティをめぐる壮大な物語を通じて次世代へと希望をつなぐ、感動の舞台『インヘリタンス-継承-』
- 愛と感動と「ステキ!」が詰まったドラァグ・ムービー『ジャンプ、ダーリン』
- なぜ二丁目がゲイにとって大切な街かということを書ききった金字塔的名著が復刊:『二丁目からウロコ 増補改訂版--新宿ゲイ街スクラップブック』
- 『シッツ・クリーク』ダン・レヴィの初監督長編映画『ため息に乾杯』はゲイテイストにグリーフワークを描いた素敵な作品でした
- 差別野郎だったおっさんがゲイ友のおかげで生まれ変わっていく様を描いた名作ドラマ『おっさんのパンツがなんだっていいじゃないか!』
- 春田と牧のラブラブな同棲生活がスタート! 『おっさんずラブ-リターンズ-』
- レビュー:大島岳『HIVとともに生きる 傷つきとレジリエンスのライフヒストリー研究』
- アート展レポート:キース・へリング展 アートをストリートへ
- レナード・バーンスタインの音楽とその私生活の真実を描いた映画『マエストロ:その音楽と愛と』
- 中国で実際にあったエイズにまつわる悲劇を舞台化:俳優座『閻魔の王宮』
- ブラジルのHIV/エイズの状況をめぐる衝撃的なドキュメンタリー『神はエイズ』
- ドラァグでマジカルでゆるかわで楽しいクィアムービー『虎の子 三頭 たそがれない』
- 17歳のゲイの少年の喪失と回復をリアルに描き、深い感動をもたらす映画『Winter boy』
- 愛し合う美青年二人が殺害…本当にあった物語を映画化した『シチリア・サマー』
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