REVIEW
ゲイが女性の体を手に入れたら!? 性をめぐるドタバタを素敵に描いた台湾発のコメディドラマ『美男魚(マーメイド)サウナ』
いろんな意味で先進的な台湾の、男/女/ゲイの「入れ替わり」を描いためちゃめちゃ面白いドラマ『美男魚(マーメイド)サウナ』をご紹介。笑えるだけじゃなくてセクシーでもあり、性についてのあれこれを考えさせたりもする傑作です。

関東に台風が上陸した8月13日の土曜日、家から出られないし、何かドラマでも観ようかなと思って、なんとなくアマプラでLGBTと検索してみたら、台湾発のコメディドラマ『美男魚(マーメイド)サウナ』が出てきたんです。ほかにもいろいろ出てきたけど、これが面白そうだなと思って観はじめたら、すぐにドハマリしました。コメディとしても本当に面白いし、笑いはとるけどLGBTQをバカにしたり嘲笑したりしないような気遣いが感じられるし、見た目の性別/自認する性別/性的指向の組み合わせが変わることによって見えてくる真実もあったりして、興味深かったです。俳優さんたちもキャラクターを見事に演じ分けていたし、セクシーだったし、実によかったです。さすがは台湾!
<あらすじ>
アブは脱サラして男性専用の「美男魚(マーメイド)サウナ」を営む中年ゲイ社長。そこに採用面接にやって来たのが元CAながら男運に恵まれない美人の花ちゃん。もう1人のバイトは、サウナのお客のマッチョな裸体をスケッチし放題という特典に惹かれるノンケ美大生のチー坊。3人は、ある夜、お風呂につかりながら、店の奥から出てきた古い日本酒を一緒に飲むのだが、翌朝目が覚めると、3人の体が入れ替わっていることに気づき、大騒動に…。
映画の『転校生』は中学生の男女が入れ替わったことによる大騒動を描いた名作ですが、この「彩虹ドラマ」では社長→花ちゃんの体、チー坊→社長の体、花ちゃん→チー坊の体というゲイ、ノンケ男子、女子の入れ替わりが描かれています。
男の体になった花ちゃんも、おっさんの体になったチー坊も、体が変化したことで戸惑ったり気づきがあったりするのですが、特に面白いのは、花ちゃんの体にちょっと強気で「豪華」なタイプのゲイである社長の魂が入ってしまったことにより、花ちゃんが俄然イケイケな女に変身し、ダメ男な元カレをバッサリ切ったり、クラブでチヤホヤされたりするところです。生まれ変わったら女性になってノンケ男にモテてみたいと思ったことある人、きっと少なくないと思いますが、ある意味、そんなゲイの願望を叶えているわけです。一方で、女体になった社長が、生理ってこんなにつらいのか…と思い知るシーンもあったりして、男性視聴者へのさりげない啓発にもなっています。
そして、3人ともが、それぞれに恋愛を経験するのですが、本当の中身は見た目と違っているため、視聴者は、人を好きになるということは、身体上の性別を含めたその人の見た目を好きになるということなのか、それとも内面を好きになるということなのか、もし性別(外見)が変わっても好きなままでいられるのか、といったことについて自然と考えさせられます(性をめぐるちょっとした思考実験が促されます)。「魂に性別はないよ」というセリフもあるように、男性/女性や異性愛/同性愛という固定観念にとらわれず、魂を愛そうとする崇高な「人類」愛というありようが提示されるところが、このドラマのいちばんの見どころであり、メインテーマになっていると思います(もちろん現実には、ストレートは同性に惹かれないし、ゲイは女性に惹かれないのですが、ファンタジーとして)
特筆すべきは、3人の主演俳優の素晴らしさでしょう。
ゲイの社長・アブを演じたパトリック・リー(李沛旭)は、もともとビルダーでならした人で(李沛旭で検索すると筋肉画像がうじゃうじゃ出てきます)、短髪髭ガチムチ40代ゲイという役を演じるのにこれ以上の人はいないだろうと思うくらい、見事にハマってますし、セクシーです(今までアジアのゲイ映画やドラマを山ほど観てきましたが、短髪髭ガチムチ野郎系の俳優が主演する作品は皆無だったと思います。パトリック・リーが初めてじゃないでしょうか。彼をキャスティングした人に拍手!)。それだけでもすごいのに、パトリック・リーはメイキング映像のなかで、高校の頃、親友のことが好きで、同じ髪型にしたり、服装も真似したりしてて、自分はゲイじゃないかと思っていた時期があるというエピソードを語ったり、男どうしのキスシーンについて語る場面で、少しも茶化したり嫌がったりする素振りがないどころか、求められてないのにもう一度キスして見せたりして、素晴らしかったです。現場の空気感も、もし彼が本当にゲイだとしても、誰も気にしない、何も変わらなかったに違いないと思わせるものがありました(さすがは台湾です)
チー坊を演じたエドワード・チェン(陳昊森)は、『赤い風船』というネットドラマでゲイを演じて有名になった人です(『赤い風船』もシュイ・チェンドゥオ(税成鐸)という同じ監督の作品で、エドワード・チェンはシュイ・チェンドゥオのミューズなんだなぁと思います)。エドワード・チェンはこの『美男魚(マーメイド)サウナ』に出たあと、2020年に『君の心に刻んだ名前』に主演しています。彼もストレートなのですが、今回は入れ替わりによって中身が女性になった男の子の演技を頑張りつつ、男どうしのキスもしています。
花ちゃんを演じたレネ・ライ(賴琳恩)は「ミスアジアページェント2008」の準グランプリに輝くほどの美貌を誇り、たくさんの映画やドラマに出演してきた方です。今回はちょっと天然であまり冴えない感じの女性と、中身がゲイの、センスよくビッチな女性を演じ分けています(欲を言えば、ミニスカートってスースーする、とか、ヒールってこんなに痛いんだ、といった、女の体になったときに感じるであろう違和感がもっと描かれていたらよかったかも、と思いました。演技というよりは演出の話ですが)
ともあれ、とても面白かったですし、1話15分とたいへん短く、サクサク観れてしまいますので、ぜひお気軽に。
9話のメイキングも、俳優たちの素顔を垣間見ることができて面白かったです。
美男魚(マーメイド)サウナ ~魂に♂♀なし~(全8話)
原題:美男魚澡堂 英題:Mermaid Sauna
2018年/台湾/監督:シュイ・チェンドゥオ(税成鐸)
Amazon Prime Videoでご覧いただけます
INDEX
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- 愛し合う美青年二人が殺害…本当にあった物語を映画化した『シチリア・サマー』
- ホモフォビアゆえの悲劇的な実話にもとづく、重くてしんどい…けど、素晴らしく美しい映画『蟻の王』
- 映画『パトリシア・ハイスミスに恋して』
- アート展レポート:shinji horimura個展「神と生きる漢たち」
- アート展レポート:moriuo個展「IN MY LIFE2023」
- ドラマ『きのう何食べた?』season2
- 女性たちが主役のオシャレでポップで素晴らしくゲイテイストな傑作ミステリー・コメディ映画『私がやりました』
- これは傑作! ドラマ『ゆりあ先生の赤い糸』
- シンコイへの“セカンドラブ”――『シンバシコイ物語 -最終章-』
- 台湾華僑でトランスジェンダーのおばあさんを主人公にした舞台『ミラクルライフ歌舞伎町』
- ミュージカルを愛するすべての人に観てほしい、傑作コメディ映画『シアターキャンプ』
- 史上最高にゲイゲイしいファッションドキュメンタリー映画『ジャンポール・ゴルチエのファッション狂騒劇』
- ryuchellさんについて語り合う、涙、涙の番組『ボクらの時代 peco×SHELLY×ぺえ』
- 涙、涙…実在のゲイ・ルチャドールを描いた名作映画『カサンドロ リング上のドラァグクイーン』
- ソウルにあったハッテン映画館の歴史をアニメーションで描いた映画『楽園』(「道をつくる2023」)
- 米史上初のゲイの大統領になるか?と騒がれた人物の素顔に迫る映画『ピート市長 〜未来の勝利宣言〜』
- 1920年代のベルリンに花開いたクィアの自由はどのように奪われたのか――映画『エルドラド: ナチスが憎んだ自由』
- クィアが「体感」できる名著『慣れろ、おちょくれ、踏み外せ』
- LGBTQは登場しないものの素晴らしくキャムプだったガールズムービー『バービー』
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