
伏見憲明さんの連載「太腕繁盛記」がスタート! 第1回目は、世間でも高名な作家である伏見さんがなぜゲイバー(エフメゾ)を開くようになったのか、について語ってくださっています。そして6/23の2周年パーティもお知らせします。

こんにちは、伏見憲明です。ご存知ない方も多いと思いますが、ぼくはゲイやセクシュアリティについての評論、小説などを書いてきた物書きです。そして最近は水曜のみ営業をしているゲイバーのママもしています。このエッセイ「太腕繁盛記」では、ぼくが営業しているゲイバー、エフメゾで経験している様々なことについて書き連ねていく予定です。
……振り返ってみると、ぼくがゲイバーに出入りするようになって、今年で30年。と文字にしてみて、自分でもビックリ。30年ですよ、30年! デビューの時代は、歌謡界でたとえると山口百恵から松田聖子に移り変わる辺り。あのときに生まれた子供たちがもう30歳になるのだから、浦島太郎のような気分にもなります。高校2年生のぼくは週刊誌の風俗記事を見て、そこでスキャンダラスに取り上げられていたゲイディスコなるお店に勇気を振り絞って出かけていきました。当時アルパチーノ主演で話題になった『クルージング』というホモ映画の公開があり、アンダーグラウンドな風俗として二丁目にもほんのちょっとスポットが当たっていたのです。
以来30年間、まあまあコンスタントに繰り出して行っては、飲んだり、ハッテンしたり、友だちと遊んだり、接待したり、案内したり……と、自分の人生に欠かせない場所として二丁目と付き合ってきました。だけれど、好き嫌いの激しいぼくには、ついぞ「常連」になったといえるような店はできませんでした。そこそこお邪魔していた店はありましたが、「常連」だと胸を張れるかと訊かれれば、うーむ、と口ごもってしまうような不真面目な客だったと思います。客観的に思い出してみればとてもいい店もあったし、尊敬できるママもいました。だけれど、「自分の場所」だと感じられる店があったかというと、それは四半世紀以上、得られなかったかもしれない。
その理由は自分にあって、やはり、自意識過剰な人間ほど、他人の空間にはなじめないものなのですね(笑)。だとしたら、他人がやっている店にけちをつけていても埒があかない、自分でお店をやればいい。……のだが、資本金も人脈もないぼくには、自分でいちから出店することなど叶いませんでした(まあ、書き物の仕事もやっているしね)。そこに、たまたま、「メゾフォルテ」を経営している福島光生さんから、休店日を使って何かをやらないかというお話しをいただき、これは渡りに船と、水曜日を借りてゲイバーのまねごとをしてみることに。週一なら文筆業との両立もできそうだし、あきもこないかもしれない。この先行き不透明な時代、フリーランスは収入源もたこ足化しておくのが安全だし!と。
それで2年前から「水曜日だけのゲイバー」という触れ込みで、エフメゾ(Fushimi's mf)営業させてもらっているのです。ただ、まねごととはいえ、人様からお金をいただくのですから、物書きの片手間仕事ということではなく、ちゃんとした接客をしようと心がけています。ぼくがそれまでの経験で嫌な気分になったゲイバーの対応というのは、初めて行ったときにミセコにろくに口をきいてもらえず放置プレイされたり、水商売以前に基本的な礼儀がなっていない接客でした。なので、自分のバーでは、とにかく初心者には丁寧に接客をし、たとえ友人でもお客様として臨むことを忘れないようにしています(当たり前だけど)。それが100パーセントできているかと言われれば、ハイとは答えづらいですけれど、手伝ってくれているスタッフにもそのことは徹底しています。客と友だちの境があいまいになってしまうのがゲイバーの良いところでもあり、悪いところでもありますが、それが悪いほうに作用してしまうと、なんともどんよりしただらしない空間になりがちだからです(終わりかけのゲイバーって、どこか死臭が漂いますよね)。
それと、ゲイバーであるからはお客様には多少なりとも色っぽい欲求があるのだと想像するので、できるだけ積極的にお客様同士をカップリングをするように努めています。昭和のくっつけバーの伝統はちゃんと受け継ぎたいと思っているのです。「エフメゾではオトコできない!」とよく常連さんたちに愚痴られますが、実際は水面下ではあれやこれやあるのがゲイバーです(笑)。伏見ママは個人的な趣味としても他人のカップリングが好きなので、ほんと、心から、自分の店でお客様に恋人やセクフレができてくれたら嬉しいと思っています。

最後に、エスムラルダさん熱演の『団地の女学生』PVをご覧ください!