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COLUMN

伏見憲明の太腕繁盛記:第2回「ゲイバーの案配」

伏見憲明さんの連載「太腕繁盛記」。第2回目は、ノンケさんもいっしょに飲める「エフメゾ」でのコミュニケーションの魅力、ゲイとノンケの「黄金比」など、営業にまつわるさまざまなエピソードです。

伏見憲明の太腕繁盛記:第2回「ゲイバーの案配」

ゴールデンウィーク明けから梅雨時にかけてゲイバーは少し客足が落ちます。冬から春に向かう季節には、かすかな暖かさに発情が刺激されて花が咲くようにゲイたちが二丁目にやって来ますが、それもひと段落し、連休で小遣いを使い果たすと、ゲイたちの足取りはにぶります。そして梅雨の到来とともに、気まぐれな彼らは、蒸し暑い中わざわざ新宿まで足を運ぶのが面倒になる……。というのが、伏見がベテランママから教えてもらった二丁目のバイオリズムです。これで夏真っ盛りになると、また暑さでムラムラした発情釜たちで街が華やぐようになるわけですが、この5月、6月をどう乗り切るのかがゲイバー商売の勝負どころ。

というわけで、伏見がやっているエフメゾも、この時期の客枯れを補うために周年パーティを前倒しに催すなどしました。おかげさまでけっこうなにぎわいで、6月前半の減収をなんとか取り戻すことができたのですが、少々気になることが……。これ、二丁目全般に関しても最近よく言われることなのですが、やって来るお客様のなかでのノンケ率、とりわけ女子の比率が高く、ゲイ客が減少傾向にあるのです。もちろんせっかくご来店いただいたお客様に、性的属性でいちゃもんをつけるわけではありませんが、ゲイバーなのにゲイが少なくなるのは、あまりいい傾向ではありません。このあたりの案配の問題が、ミックスのゲイバーをやっていていちばん頭を悩ませるところです。

「政治的な正しさ」を求めることで快感の得られるマニアなら、ゲイにこだわらず誰にでも平等に開かれていればいい! と明るく理念を語るでしょうが、実際はそうしていくと今度は場の「面白さ」が脱色されてしまうのです。だって考えてみてください。そもそもなんで人々が二丁目に来るかというと、そこが他の街とは異なる文化を持っているからです。昨今ではその文化がゲイだけで作られていないのも確かですが、歴史的な経緯もあり、二丁目の二丁目たるところはやはりゲイに負うところが多いのも事実。オネエのセンスや、マッチョの風景や、過剰なエロスがあるからこそ、この街は他とは異なる空気に覆われているのです。そして、そういう文化的な色彩が面白くて人々が集まってくるわけですから、やはり二丁目の魅力は単に「多様性がある」だけでなく、その根幹にあるゲイたちの存在に依っています。文化ってある意味で「偏向」だとも言えるでしょう(だから文化と政治的な平等って相容れないところもある)。

なおかつ、エフメゾはゲイバーを標榜していて、そこに来るノンケのお客様も「ゲイカルチャーな」情景や雰囲気を求めてやって来るわけなので、ゲイよりもノンケのほうが多かったらわざわざ二丁目まで足を運ぶ意味もなくなってしまいます。人間、身勝手なもので、自分はそこに入れてほしいけれど、かといって完全に開かれて「普通のバー」になったら来る意味もなくなってしまうのです。……という具合で、ミックスのゲイバーを経営していく上で大事なのは、お客様のバランスなんですね。

そんなことを考えながら2年ほどゲイバーをやってきた印象では、ゲイ客が7割を占め、残りの3割をノンケや他の性的マイノリティのお客様が分け合う、という案配が健全で、その偏向ゆえにかえって多様性が実感できるように思います。これが、ノンケや女子が5割くらいになってくると、ホモエロスの濃度が低減し、そこにお金を落とす理由が見いだせなくなったゲイ客が引いてしまい、あっという間に観光バー化が加速してしまいます。伏見の場合、物書き業の人間関係などがあるので、むしろ観光バーにするほうが簡単で、もしかしたら利益も格段に上がると想像するのですが、そうなったら自分自身、接客をしていて楽しくなくなってしまう。やはり伏見はゲイバーのコミュニケーションや、場の空気が好きなんですね。

そして、ゲイバーのコミュニケーションのどこがいいかというと、「勝ち札」で勝負しようとしないところなのだと思います。

以前、飛び込みのお客様がテレビにも出ている有名人を連れてきてくれたことがありました。あまりテレビを熱心に見ていない伏見は、その人が誰だか気づかず、「どんなお仕事なさっているのですか?」などと伺ってしまったのですが、それに対して先方はどこか不満げ。仲間内で思わせぶりな表情をするだけで、(あとで考えたら)自分を知らないの? みたいな表情を投げかけてくるばかり。ほどなくつまらなくなったのかお帰りになったのですけど、その様子を見ていた別のお客様が、「伏見さんがあの人のことを○○さんだって気づかないのが可笑しかった!」と言ってくれて初めて、あぁ、そういえば見たことがある顔だと、相手の名前を思い出したのでした。

たしかに、お店に有名人が来るというのは宣伝になる面があるし、お客様も最初は喜ぶので(あくまでも最初だけ)ママとしては嬉しくないわけでもないのですが、肩書きが全面に出たかたちでコミュニケーションするのは案外つまらないものです。ゲイバーの面白さは、もともとゲイたちが世間から差別されているがゆえに、どんな偉い人でも学生でも同じカウンターに座って同じ目線で話すことができるところにありました。「所詮ホモだから偉ぶっても格好つけても一緒」という感覚があったのです。ですから、そこに必要以上に世間的な立場を持って臨まれても興ざめしてしまうわけです。身分を競うのなら銀座にでも行けばいい、と。


エフメゾで恋人募集中の
23歳サラリーマン
あと、ノンケの男性客によくあるのですが、自分の「勝ち札」を切るように会話するのも笑えない。有名人の誰それと知り合いだとか、どんな会社と付き合いがあるのかとか、どんな大きな仕事をやってきたのかとか、そんなことで会話をされても、ちっとも面白くない。そういう力のある男が好きなノンケ女子は「勝ち札」でジュンと濡れても、ゲイバーの空気が好きな人たちは鼻白んでしまうわけです。やはり、ゲイバーの魅力は、どこまで自分を落とせるか、互いに落とし合って笑えるのかにかかっています。換言すれば「負け札コミュニケーション」の気楽さやリラクゼーション、対等な感覚が、人々を新宿駅から徒歩15分もかかるこの街に引きつけてやまないのでしょう。

そう考えて営業戦略を立てると、ゲイバーはミックスにしていても、ゲイ客を優遇せざるをえないし、ゲイでないお客様もたまには脇役であることを楽しんでもらうことが肝要になってきます。それを「差別」と受け取るセンスの方は、少なくともエフメゾには来てほしくないし、来てもらっても困惑するだけでしょう。でも、人はいつでも自分が主役でいる必要などないのだから、たまには脇役をきわめて楽しんでほしいものです。伏見だって、レズビアンバーに行けば脇役に徹しますし、女装バーに行ってまで主役を張ろうとは思いません。(そんなことを言っていても、実際は主役脇役の区別もそれほどなく、エフメゾではみんなお酒や会話を交わしてしますが)

そんなわけで、7月は新しいゲイのお客様にたくさんお越しいただくために、「ホモ強化月間」というキャンペーンを実施しています。新規のお客様だけに「お試しコース」として焼酎、ソフトドリンクなら2000円で3杯まで飲めるサービスを提供しています。ゲイバーだって「お試しコース」があっていい時代でしょう。ぜひとも、この機会に一度、遊びにお越しください。そしてエフメゾで恋愛や淫乱のお相手を見つけて、熱い夏を過ごしていただければ幸いです。

 

 

伏見憲明:1963年生まれ。作家。ゲイバーのママ。『プライベート・ゲイ・ライフ』で物書きデビュー。2003年に『魔女の息子』(河出書房新社)で文藝賞。『さびしさの授業』『男子のための恋愛検定』(理論社/よりみちパン!セ)など著書多数。近著に『団地の女学生』(集英社)

公式サイト http://www.pot.co.jp/fushimi/
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伏見さんがママをつとめるお店「エフメゾ」

ゲイバー「mf(メゾフォルテ)」(東京都新宿区新宿2-14-16タラクビル2F 03-3352-2511
毎週水曜日のみ、伏見さんがママをつとめます
17時~カフェタイム/19時~バータイム 

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