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伏見憲明の太腕繁盛記:第5回「嬉々として競パン接待するノンケ男子が求めるモノとは?」

伏見憲明さんの連載「太腕繁盛記」。第5回目は、エフメゾに集うノンケたちの不思議な動機について。昔のようにゲイにキワモノを求めて来るのではない、いまどきの若いノンケたちの行動の意味を、のりえママが読み解きます。

伏見憲明の太腕繁盛記:第5回「嬉々として競パン接待するノンケ男子が求めるモノとは?」

最近、どうしてノンケのみなさんが二丁目やゲイバーに来たがるのかに興味があります。もちろん、終戦後の『やなぎ』や『イプセン』の時代からして、ノンケはゲイバーにキワモノを求めて遊びに来ていたわけです。以降も、一部のゲイバーや女装バーはそれを逆手に取り、非日常のお笑いを提供することでノンケ客から儲けを得てきました。

エフメゾはミックスバーですが、残念ながらノンケの欲求を満たすことを目的にはしていません。伏見ママはときに「わかりやすいオカマ接待」をすることもありますが、むしろ、それに安直に笑いを乗せてくるノンケ客を「単純なおつむの子たちねププッ」とゲイのお客様と観賞するのをコンセプトにしていたります(←酷い)。オネエ言葉でチンコマンコと言っただけで笑えるノンケって、なんて浅はかなんだろう!みたいな超上から目線の、「逆観光バー」だと言っていいかもしれません( そんな感じの悪いバーに来てくださるノンケのみなさん、どうもありがとうございます!)。

けれど、エフメゾのノンケ客の多くは、どうもキワモノを求めてこの店の扉を叩くのではないようにも思います。

先日も、まだ年若い美少年が「はじめまして」と入ってきて、あら、ジャニ系なんて珍しい!とママが喜んでいると、彼が申し訳なさそうにカミングアウトしました。
「あの……ぼく、ゲイじゃないんですが、いいですか?」
「え? ノンケなの!?  どうしてノンケの男子が単独でゲイバーに?」
「だって、二丁目やゲイバーってキラキラしているじゃないですか? 憧れますよ」
まだ少年の面影を残した彼はキラキラした瞳でそう応えたのでした。

ノンケのヤング男子なら六本木や渋谷へナンパにでも行けばいいのに、どういうことでしょう。最初はからかわれているのかなあと思っていたのですが、その美少年は明け方まで他のお客様たちと歓談し、すっかり満足した様子で帰っていきました。
「本当に楽しかったです! また遊びに来ます」
そう言って頭を下げる美少年は、やっぱり二丁目に本当に憧れてきたのだと納得しました。きっと、彼にとっては、ゲイたちの空間はなにか特別な体験を可能にくれる場として想像されていたに違いありません。それは、自分に何か新しい「意味」を与えてくれる場だと言ってもいいででしょう。

そして、伏見ママがはっきりと、ゲイバーにはノンケに「意味」を付与する機能があるのだと確信したのは、お客様ではなく、スタッフのR君がきっかけでした。R君はエフメゾの店子のなかで唯一のノンケ男子です。彼は元々、他のお客様に連れられてきた大学生だったのですが、伏見ママがバイトを募集したときに自ら応募してきたツワモノ。どうしてノンケが……?とも思ったのですが、彼の志望動機は、「以前のバイト先でゲイの人と知り合って、もっとゲイのことを知りたいなあと思ったから」。さすがに、その優等生的な理由をそれほど信じてはいなかったのですが、見た目もゲイ受けする素朴筋肉系だし、性格も素直で使いやすそうだったので採用してみたら、思った以上に評判がよく、お客様にも喜んでいただけました。

伏見ママは因業な女将なので、この夏は若い店子には競パン姿でお色気接客をさせ、鵜飼いの鵜になってもらいました。もちろん、ノンケのR君にも。ただし、「ここは多少なりとも性的な空間だけど、もし、本当に嫌なことがあれば嫌だって拒否すればいいのよ」とも忠告していました。けれど彼は「触られるくらいなら大丈夫です」と笑って応え、お客様に冗談まじりにくどかれても、嫌な顔ひとつしません。こいつ、ほんとはホモなのかな……とか、なにか信仰でも持っているのかな、とか……その寛容な態度が不思議でならないママでした。透明度のある彼の表情がどこか仏様みたいに見えてきたほど。

それであるとき訊いてみました。
R君って、なにか信仰でも持っているからそんなに他人に寛容なの?」
「いえ、宗教には入っていませんよ」
R君ってノンケなのに、ゲイに自分のからだを性的に見つめられてもキモくないの?」
「はあ、とくに嫌じゃないです」

ノンケの男子というのは自分の身体が他人の性的な対象になるという意識が低く、女性に対しては自分が「目」になる傾向があります。肉体派であるR君にしても、ゲイ的には受けがよくでも、ノンケ界では性的にちやほやされる経験はなかったはずです。しかし、二丁目では「かわいい」とか「イケてる」とか賛辞の嵐。昔風のノンケ男子なら「キモい!」と嫌悪を露にしたでしょうが、彼の場合、慣れてくるとそれがまんざら嫌ではない様子にも思われました。 

先日、彼のノンケ友だち数人が女子を含めエフメゾに遊びに来てくれました。すでに夏の猛暑は過ぎ去っていたので、スタッフも競パン営業をやめて私服の接待をしていたのですが、しばらくするとR君のほうから、「友だちが来たので、競パンになって仕事してもいいですか?」。最初何を言っているのだかわからなくて、「そうしたいならいいけど……」と首を傾げるママ。その後、彼の仕事ぶりを観ていると、上裸で嬉々として接客をしているではないですか! そんな姿の自分をとくに笑いに落とすでもなく、ちょっと恥ずかしげに嬉しそうに裸を晒している。これはいったいどう考えたらいいのでしょう。

当然、学生同士のお笑いネタとしてパフォーマンスしている面もあるわけですが、ぼくには、性的身体として必要とされている自分を楽しんでいるようにも見えました。ゲイ客に教えられたとおり、競パンの臀部を半ケツが露出するようにローライズ気味におろしているところからして、なかなかの性的自意識が育っています(笑)。そう考えると、透明度があると印象づけられた彼の表情は、もしかしたら茫洋とした自我の現れで、自分の輪郭もといキャラが確定できない自信のなさだったのかもしれません。そして、そこにこそ、彼が潜在的に抱えている問題があったのではないか。

この前も、女性のお客様でいまひとつエフメゾの空気に馴染めない方がいて、彼女曰く、「私って、とくに個性もないし、面白いことも言えなくて……。でもみなさんのお話しを傍らで聴いているだけで楽しいんです」。でもね、ここは一応ゲイバーで、つまりゲイの人たちが楽しむことを優先しているコンセプトの店なので、女性客を一方的に楽しませるところではないから、と厳しく指導するママ(笑)。それで、彼女が「負け札コミュニケーション」のゲイバーの会話に入りやすくなるような「落としネタ」を探していたら、「潮吹き体質で、やたら吹いちゃうんです」と赤面して告白するではありませんか。「だったら、あんたは吹き江って名前でこれからやっていきましょう」ということになりました。「この子、潮吹きやすいから吹き江って呼んであげてねッ」と、この落としネタが他のお客様に紹介するときのつかみになるわけです。

ある意味、性的なマイノリティ性って(ゲイもそうだけど)キャラ化しやすいものです。そしてこのキャラ化という形式化が、今日コミュニケーションをする上で非常に重要になっているように思います。コミュニケーションが高度に複雑化している現在だからこそ、わかりやすい形に自分を仮託しておくと、互いの出方の予測可能性を高められ、やり取りがスムーズになる。会話でのスタンスがはっきりして、それが入り口となって関係にさらに踏み入ることができる……。二丁目が「わかりやすく」人と人との関係を可能にしている面があるとしたら、それはオネエとかエロとか定番のキャラ設定によって、コミュニケーションが円滑に運ぶからなのでしょう(それに乗れない人には逆にその設定が抑圧的に働くことにもなるけれど)。

そんなふうにお客様の生態を観察していると(失礼)、もしかしたらいまどきのノンケ客は、ゲイにキワモノを求めているのではなく、自分自身を何か特別な色に染めたくて二丁目に来ているのではないかと思えなくもありません。要するに、自分に付与する「個性」を求めてゲイたちの空間に足を踏み入れる傾向。R君がバイトに募集してきたのも、そんな面があったのではないかと想像します。また、二丁目にキラキラしたものを求めてやってきた少年も、不器用な自分を持て余しながらゲイバーのカウンターで飲んでいた女性も、「本当の自分」を求めてやって来た面があったのではないでしょうか。

いやいや、いまどきの二丁目のゲイたちも、ネットなどでいくらでも他のゲイと出会うチャンスがあるのにわざわざこの街にやってくるというのは、「ゲイ」というキャラを改めて獲得することで、自分をわかりやすく設定するためだと想像できなくもありません。「ゲイ」というキャラをゲイバーでダウンロードすることによって、友だち作りを可能にしたり、反差別の物語を自己実現に取り入れたり、女装を自己表現に付け加えたり、作り上げた性的身体を周囲の視線によって確認したり、いにしえのキャムプなゲイカルチャーを体験したり……それらはすべて自分をキャラ化する営みだと言うこともできます。

つまり、いまや二丁目やゲイバーは、ゲイたちが集まる場所ではなく、わざわざ「ゲイになる」ために集う空間だと言えまいか、というのが思うところです。being gay ではなく、becoming gayの場になりつつあるということ。んな英語があるか、ぼくは知らないけどね(笑)。

 

 

 

伏見憲明:1963年生まれ。作家。ゲイバーのママ。『プライベート・ゲイ・ライフ』で物書きデビュー。2003年に『魔女の息子』(河出書房新社)で文藝賞。『さびしさの授業』『男子のための恋愛検定』(理論社/よりみちパン!セ)など著書多数。近著に『団地の女学生』(集英社)

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伏見さんがママをつとめるお店「エフメゾ」

ゲイバー「mf(メゾフォルテ)」(東京都新宿区新宿2-14-16タラクビル2F 03-3352-2511
毎週水曜日のみ、伏見さんがママをつとめます
17時~カフェタイム/19時~バータイム

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