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HIV陽性の結果が出ていたにもかかわらず刑務所が1年間放置したせいでエイズを発症した元受刑者の男性が国を訴えていた裁判で和解が成立、実質的な勝訴です

2023年09月21日
HIV検査結果を1年間知らされずエイズを発症した元受刑者が国を訴えた裁判で、原告が実質的に勝訴

 八王子医療刑務所(現・東日本成人矯正医療センター)※でのHIV検査が遅れ、エイズを発症したとして、横浜刑務所などで服役した元受刑者の50代男性が国に計6600万円の損害賠償を求めた訴訟について、21日、東京地裁(篠田賢治裁判長)で和解が成立しました。東京地裁が八王子医療刑務所の対応は「極めて遺憾な事態と言わざるをえない」とし、和解を勧告、国側が解決金100万円を支払うことになりました。
 
※医療刑務所:精神や身体に疾患がある受刑者、一般の刑務所では収容できない専門的な医療行為を必要とする受刑者を収容し、治療を行なう施設。主に精神疾患のある受刑者を収容する施設ですが、全国に4ヵ所あるうち八王子医療刑務所と大阪医療刑務所は身体に疾病がある受刑者も収容対象としています
 
 男性は横浜刑務所に服役中だった2013年4月、HIVの一次検査を受けました。陽性だったにもかかわらず、結果を知らされず、担当した八王子医療刑務所(現・東日本成人矯正医療センター)が二次検査に必要な検体を運ぶケースの発注を忘れ、放置。2014年6月に二次検査を受けて陽性が確定しました。男性はエイズと悪性脳リンパ腫を発症し、出所後も右半身の麻痺や、ろれつが回らないといった後遺症が残っています。
 
 男性は、刑務所に入る以前は半年に1回のペースでHIV検査を受けていました。複数の人と交際歴や性的接触があったため、検査への意識が高かったそうです。収容からしばらく経ち、就寝時に発汗するなど、体調不良が気になっていたこともあり、刑務所へ検査を申し出て、2013年4月に血液検査を受けることができました。しかし、通常は2週間もすればわかるはずの検査結果が、いくら待っても来ませんでした。仮に陽性だったとすれば、発症してしまうかもしれない、逮捕前に接触があったパートナーの命にも関わる…不安が募りました。刑務所では週2回、准看護師資格を持つ職員による回診があり、ほぼ毎回、結果を尋ねた。返事はいつも「来ていない」でした。約半年後、結果を求める「願箋(がんせん)」(刑務所で何か申し出をするときに出す書面)を刑務所に提出しました。これに対し、刑務所側から「非公式」な回答として「キット不足のため二次検査ができていない」との返事がきました。改めて「相談願」と題した願箋を提出し、結果を求めたところ、最初の検査から約1年が経った2014年3月に体調に異変が起き始めました。発熱やめまいに見舞われ、体重も減り、右目の焦点が定まらず、文庫本や新聞が読めなくなりました。3月終わり頃に正式回答があり(相談願の紙の裏に書かれていたそうです)、「容器確保など準備に多くの時間を要した」「冷凍保管していた血液の再使用ができなくなった。一次検査から実施したい」「不安を抱かせてしまいました」とされ、あきれながら再度検査を受けました。体調不良が続いたまま6月に入り、刑務所の医務部長から陽性であると告げられ、刑務所外にある市民病院を受診し、CD4(免疫を示す値)が極めて低く、血中のHIVが多いことがわかり、すぐに投薬治療が始まりました。この間、発熱などに加え、右半身の異変が悪化し、室内で転倒したり、食事がとれなくなったりして、右半身がほとんど動かなくなっていました。さらに、頭に腫瘍が見つかり、即日入院、後に「悪性脳リンパ腫」と診断されました。エイズの発症でした。放射線治療を重ね、医療刑務所に移り、リハビリに取り組みました。
 
 男性は、最初の検査の結果が1年も告知されなかったのはおかしいと考え、2017年、刑務所内から国を相手に裁判を起こしました。
 裁判で国側から出てきた資料を見て、男性は怒りに震えました。最初にHIV検査を受けた6日後に陽性の結果が出ていたにもかかわらず、職員が検体を送るためのジュラルミンケースの発注の手続きを忘れ、約1年間放置されていたのです。12月には失念に気付いたものの、年度内の購入が難しい、「冷凍保存しているから構わない」として、そのままにされ、2014年3月になって冷凍保管の期間が長くなっていることに懸念が生じ、「仕切り直しという意味で再度検査をやろう」と決まったそうです。  
 しかし、裁判で国側は、「一次検査で陽性でも擬陽性が出る可能性がある」「『二次検査ができていない』と伝えており、結果は暗に伝えていたとも言える」などとして、一次検査の検査結果を速やかに知らせなかったのは問題ない、と主張したのです。「二次検査を怠ったからエイズを発症したとは断言できない」とも。
 男性は憤りを抱えたまま、2023年1月、刑期を終えて出所しました。治療のおかげで体内のHIVが検出限界以下にまで下がりましたが、右半身のまひは続き、杖が欠かせない状態です。

 男性が提訴したのち、2020年に共同通信がこの問題を報じ、世間に知られることとなりました。
 神奈川県弁護士会は同年6月、人権侵害にあたるとして横浜刑務所と八王子医療刑務所に対して警告を発しました。「検査結果が早期に伝えられ、適切な治療を受けることができていれば、エイズの発症を抑えられた」「刑事収容施設及び被収容者等の処遇に関する法律第56条に違反し、申立人の個人の尊厳(憲法第13条)及び生存権(憲法第25条)を侵害するものである」とするものです(詳細はこちら
  
 提訴から6年が経ち、東京地裁は9月21日、「治療開始が1年以上遅れたことは社会一般の水準に照らし、適切な保健衛生上及び医療上の措置を講ずると定めた刑事収容施設法に照らし、極めて遺憾な事態と言わざるを得ない」「『適切な処遇』が行われ、同様のことが生じることがないよう切に願う」という厳しい言葉で和解を勧告し、国側が男性に解決金100万円を支払うことで和解が成立しました。
 国側は「裁判所の指摘を真摯に受け止め、原告の検査が適時に行われなかったことに遺憾の意を表する」「本件同様の事態が起きないように努める」と述べました。
 また、東日本成人矯正医療センター(八王子医療刑務所)は「今後とも被収容者に適切な医療を講じることに努める」とコメントを出しました。

 男性は和解を受けて、記者会見で「和解が成立したことはよかった」「(エイズを)発症して生活が困難になっているので、そこについては憤りがある」「同じことが二度と起こらないようにしてほしい」と語りました。
 男性の代理人でNPO法人「監獄人権センター」の高遠あゆ子弁護士は、「こうした和解勧告が出るのは異例で、実質的な勝訴と受け止めている。(背景には)刑事施設の医療体制の不十分さ、HIVや医療全体への意識の低さがあると思う」と述べました。
 会見に同席したぷれいす東京の生島嗣代表は、「早期にHIV感染を発見する機会があったのに治療が遅れたのは、あってはならないこと。検査を受けたいと思った時に受けられる態勢を実現すべきだ」「刑務所内でのHIV検査のガイドラインやマニュアルを整備してほしい」と語りました。

 
 刑務所側の対応は本当に杜撰で、憤りしかありません。
 エイズと悪性脳リンパ腫を発症していた男性は、もし放置がもっと長引き、適切な治療を受けられずにいたら、亡くなってしまっていたかもしれません。
 刑務所側の方たちはHIV/エイズに関する知識がなかったのでしょうが、本当にひどいのは、1年間も放置してしまった結果、一人の人間がエイズの発症という命にかかわるような事態に陥り、後遺症が残ることになったにもかかわらず、それがどれだけ取り返しのつかない過ちだったかという意識が、施設や国側からどうにも感じられないということです。
 これまでの報道を見る限り、国や施設側の人たちから、男性に対して、きちんとした謝罪がなされたようには見受けられません。
 神奈川弁護士会も人権侵害だと警告しているように、刑務所側の対応は人の命(生存権)に関わるような深刻な失敗でしたが、男性に陳謝するような態度が感じられず…人権意識が希薄なのではないかと思えてなりません。
 
 2019年には、刑務所で服役中に愛し合うようになり、養子縁組をしたにもかかわらず、法で認められた手紙のやり取りの権利を剥奪された受刑者の男性カップルに対し、国に賠償を命じる判決が言い渡されています(詳細はこちら
 また、トランスジェンダーで法的性別変更が未済の受刑者が戸籍上の性別に従って収容されたり、ホルモン療法を受けられなかったりということも問題視されています(詳細はこちら

 刑務所で働く人たちに対するHIV/エイズやLGBTQに関する知識の周知・啓発も大切でしょうが、それだけでなく、国がもっと根本的に人権意識を高めていくような方針、施策を打ち出し、差別や人権侵害がなくなるように努めていただきたいと願うものです。
 
 


参考記事:
元受刑者のHIV検査怠る 国側が解決金100万円(共同通信)
https://nordot.app/1077549006437499784?c=768367547562557440
受刑者のHIV検査を放置して治療開始が遅れる 国が後遺症抱える男性に100万円支払う内容で和解成立(東京新聞)
https://www.tokyo-np.co.jp/article/278917
HIV「陽性」、刑務所が1年間知らせずエイズ発症 国が男性と和解(朝日新聞)
https://digital.asahi.com/articles/ASR9P63QWR9HUTIL02T.html
HIV検査の結果が来ない 1年待った男性が知った刑務所の「うそ」(朝日新聞)
https://digital.asahi.com/articles/ASR9P651WR9HUTIL02S.html

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