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ホモノーマティビティ

 クィア・スタディーズの基本概念の一つ。
 異性愛者たちがノーマルだと感じる性愛のありようを同性愛に適用し、同性愛コミュニティに異性愛規範的な価値観を持ち込む態度のこと。(ノーマティブ=規範的という意味)

 ホモノーマティビティという言葉も元からありましたが、LGBTQ(クィア)の文脈でホモノーマティビティという言葉が使われる場合、多くは「新しいホモノーマティビティ(the new homonormativity)」のことを指します。「新しいホモノーマティビティ」とは、クィア理論の研究者であるリサ・ドゥガンが名付けた概念で、スタイリッシュな生活を送る「消費の達人」としての高所得層ゲイが、異性愛を前提とする制度の「調整弁」として働いている現実に鑑み、社会変革を志向せず、差別的で抑圧的な異性愛規範に無批判なまま、裕福な消費者として市場におもねり、社会のなかで有利なポジションを獲得しようとする同性愛者のありようを批判的に捉えた言葉です。LGBTQ(クィア)の間に分断を生み、クィアムーブメントの「差異に基づく連帯」という基本的態度を否定するものとして批判されています。
 
 リサ・ドゥガンは2003年の著作で、90年代中盤以降、特に9.11以降、米国のゲイ団体が新自由主義的なレトリックを採用するようになり、同性婚と従軍への要求が強まったと指摘します。その代表的な団体がIndependent Gay Forum(IGF)で、ほとんど白人のゲイから成るIGFは「ゲイやレズビアンの市民社会への完全な包摂」を求め、その代わりにゲイやレズビアンが国民生活の「創造性、たくましさ、品性」に貢献することを宣言しています。ドゥガンはIGFのような団体のネオリベラルな性の政治を「新しいホモノーマティビティ」と呼び、批判します。それは異性愛規範を補強し、「家庭と消費につなぎとめられた、私的化され、脱政治化されたゲイカルチャー」を志向するもので、セクシュアリティを公的で政治的な問題とみなしてきたそれまでの運動の戦略を放棄していると批判されます。
 
 2018年に北大で開催された公開シンポジウム「『LGBT』はどうつながってきたのか?」において、東京大学の清水晶子教授(フェミニズム・クィア理論)は、実は「新しいホモノーマティビティ」はエイズ・ポリティクスのときからきっかけがあって、当時、「こんな目に遭うのもゲイ男性である私たちがこんなにも不道徳に乱交を続けていたからである。私たちも異性愛者と同じように、きちんと礼儀正しく、立派な市民として活動をしていきましょう」と言う人たちが出てきたと、そのような発想が「新しいホモノーマティビティ」につながっていると指摘しています。「ニュー・ホモノーマティビティの運動が同性婚だけをとりわけ推進していくのは、「私たちは乱交的な卑猥で卑劣なゲイではなく、一人のパートナーと家族を築いて一生を過ごし、家族に対して責任を持つ人間なのだ」と言う主張に裏付けられている。この主張は実は、新自由主義的な福祉予算削減の話とつながっていて、私的領域として、家族は家族の中で面倒を見るべきである、と。裏を返せば、子どもがいるとか、だれかが病気になったとか、シングルマザーだということで、国に迷惑をかけてはならない。そういういわば家族主義や保守的な性道徳観だの、自己責任論だの、国家が再分配機能を果たすことへの新自由主義的な忌避だのが一つの動きになっていくのが、ニュー・ホモノーマティブな運動と言われるものです」「ゲイでもレズビアンでもいいのですけれども、そのコミュニティの中にはそれこそ死ぬまでスワッピングをしながらやっていきたいみたいなセクシュアルな実践を追求してきた人たちもいるわけですけれども、それに対して「ああいう人たちがいるから困るんだよね、私たちは、愛し合った一人と結婚して、できれば子どもも作って、やっていきたいだけなのに」という話が出たりする。やっていきたいというのは個人の自由なので構わないのですけれども、そこでだめな人を切り捨ててしまう動きが出てくるとき、それはデュガンが言ったニュー・ホモノーマティビティに近くなっていくだろう、と」
 

 なお、ホモノーマティビティとよく似た概念として、「ホモナショナリズム」があります(「ホモノーマティヴ・ナショナリズム」とも言います)。クィア理論の研究者であるジャスビル・K・プアーが『Terrorist Assemblages: Homonationalism in Queer Times』(2007年)において提唱したもので、イスラム圏への軍事攻撃を正当化するために、イスラム圏の同性愛差別を持ち出す米国の同性愛者の問題性を指摘しながら(つまり、ピンクウォッシュの背景にホモナショナリズムがあります)、社会変革を志向せず、差別的で抑圧的なヘテロノーマティヴィティに無批判なまま、体制順応的なナショナリストとして体制におもねり、国家のなかで有利なポジションを獲得しようとする同性愛者のありようを批判的に捉えたものです。

 

参考文献:
『LGBTを読みとく ――クィア・スタディーズ入門』森山至貴

GQ「クィア・スタディーズとはなにか:学問としての現在──LGBTQ+を読みとく vol.3

脱政治化という〈性の政治〉」黒岩裕市

公開シンポジウム「『LGBT』はどうつながってきたのか?」(2018年10月8日、北大で開催)

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