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特集:フランシス・ベーコン

20世紀を代表する画家であり、ゲイ・アーティストとしても知られるフランシス・ベーコン。その初の大規模な展覧会が現在、開催中です。フランシス・ベーコンの愛した男たちとゲイとしての人生を中心に、特集をお届けします。

特集:フランシス・ベーコン

「ピカソと並び20世紀を代表する画家」と称され、最も展覧会を開くのが難しいと言われるフランシス・ベーコンの、日本で初めての大規模な展覧会が、新国立美術館で開催されています。本当に貴重な機会で、これを見逃すともう、なかなか実物をまとまった形で観ることは難しいでしょう。美術にあまり関心がない方も、あの絵はあまり好きじゃないという方も、これを機に少しでも興味を持っていただけたらと思います。(後藤純一)


フランシス・ベーコンとは


《人物像習作 Ⅱ》1945-46年
ハダースフィールド美術館蔵

《叫ぶ教皇の頭部のための習作》
1952年
イエール・ブリティッシュ・
アート・センター蔵
 フランシス・ベーコンという名前を聞いたことがあるという方は多いはず(ただし、「知は力なり」とか「帰納法」とか「4つのイドラ」の哲学者ではなく、20世紀の画家です)。現在でもその作品が破格の値(最高価格約90億円)で取引され、ゲイのアーティストとしても有名です。

 ベーコンは1909年、アイルランドのダブリンに生まれました。子どもの頃はぜんそくに悩まされ、学校に通うこともできませんでした。早くから同性愛を自覚していて、退役軍人で競走馬の訓練士であった父親とそりが合わず、家を追い出されます。そしてパリでピカソの作品を見て画家になる決意をし、ロンドンで家具の設計や室内装飾の仕事をしながら独学で絵を描き続けます。25歳の時、初の個展を行うも不成功に終わり、再び長い下積みを経て、36歳のとき(1945年)に『磔刑像の下の人物のための3つの習作』という衝撃的な作品を発表し、画壇で認められるようになります。41歳で王立芸術大学で教えるようになり、45歳でヴェネツィア・ビエンナーレに出品、53歳のときにテート・ギャラリーで大回顧展が、62歳のときにパリのグラン・パレで大回顧展が開催され(英国ではターナー以来の快挙)、66歳のときにメトロポリタン美術館で近作展が開催されました(現存作家としては極めて稀なこと)。生前ほとんど評価されなかったゴッホなどとは対照的に、存命中に成功を見て、賞讃を浴びた画家でした。

 たぶん、ベーコンの作品に接すると、取り憑かれたように魅了されてしまう人と、ものすごく嫌悪感を覚えたり拒絶反応を起こす人に分かれると思います(右上の2点は、今回の展覧会にも出品されている作品です)。人物の顔が醜く歪んだりかき消えていたり、牙をむき出しにして叫びをあげていたり、身体がほとんど肉塊のように描かれていたり…その作品は、人間性を剥奪された状態、心の闇や恐怖そのものを描いていると言われています。
 浅田彰さんはいみじくも「ベーコンは、世界大戦後の人間を、いわば絶滅収容所の肉塊のように描いた」と評しています。二度の世界大戦、アイルランド独立戦争の悲惨さを経験したベーコンは、「私が描くものは今の世界の恐怖にはかなわないよ。新聞やテレビをごらん。世界で何が起こっているか。それに肩を並べるものは描けない。僕はただそのイメージを描いた、恐怖を再現しようとしたんだ」と語っています。

 そのようなベーコンの作品は、美術界だけでなく、さまざまな人たちに影響を与え続けています。特に『エイリアン』のクリーチャーを生み出したH・R・ギーガーやデヴィッド・リンチが有名ですが(『イレイザーヘッド』とか劇場版『ツイン・ピークス』の赤いカーテンの部屋とか)、ティム・バートンの『バットマン』(1989)の中で、ジャック・ニコルソン扮するジョーカーが美術館に展示されている絵画を片っ端から切り刻んでいくシーンで、フランシス・ベーコンの作品だけは「これはダメだ、気に入った」と言うシーンも象徴的でした。


20世紀をゲイとして生きたフランシス・ベーコン

 幼少期のフランシスは、しばしば母親の服を身に着けたり化粧をしたりしていたそうです。父親に家を追い出されたのも、その現場を見られて父親がかっとなったからだと言われています。早くから同性愛に目覚め、そのことを周囲に隠しませんでした。
 フランシスには、生涯にわたってたくさんの恋人がいました。
 20歳のとき(1929年)、フランシスはバスハウス(サウナ)の電話交換手のバイトをしていて、エリック・ホールに会いました。彼は裕福な美術収集家で、フランシスのパトロンとなり、いっしょにモンテカルロに旅行に行ったり、フランシスのために展覧会を開いたりしました(そのために妻子を捨てたといいます)。1949年、二人の恋愛関係は終わりを迎えましたが、よき友人であり続けました。
 43歳のとき(1952年)、フランシスは、元空軍のパイロットであるピーター・レイシー(写真右)と恋に落ちました。二人はよくモロッコのタンジェリンに旅行しました。ピーターはドSで(フランシスは真性のMでした)、時に暴力的になり、芸術家の作品を破り、酔っぱらったフランシスを叩き起こしたり、通りに放置したりしました(殺し合いになりそうなこともあったといいます)。が、フランシスはピーターを本当に愛していたようです(ベーコンと親しかった歴史家のマーティン・ハリソンは、真の恋人はピーターだったと語っています)。1962年、テート・ギャラリーでの大回顧展の前夜、フランシスはピーターがタンジェリンで泥酔して亡くなったという知らせを受け取りました…。
 フランシスの恋人として最も有名なのは、作品にもたくさん描かれているジョージ・ダイアー(写真右)です。フランシスが55歳のとき(1964年)、自宅のアトリエに天井から男が落ちてきます。それは家に盗みに入った泥棒だったのですが、彼の姿を一目見て気に入ったフランシスは、警察に突き出す代わりに「ベッドにおいで、欲しいものは何でもあげる」と誘い、その日から二人は恋人どうしになります。無口で無教養だったジョージは、美術評論家・写真家・モデルたちの皮肉や毒舌に満ちたサロンにどうしてもなじめず、やがてフランシスにも冷たくされるようになり、次第に精神が追い詰められていき、ドラッグとアルコールに溺れるようになります。そしてついに、ベーコンがパリのグラン・パレで喝采を浴びているまさにその時にホテルで睡眠薬を大量に飲んで亡くなります。ベーコンはジョージが亡くなった後も、追悼する作品を描いています。代表的なものが「Triptych - In memory of George Dyer (1971)」です(二人の関係は以下にご紹介する『愛の悪魔』という映画で鮮やかに描かれています。フランシス・ベーコンのドキュメンタリーでは、ジョージ・ダイアーの映像を見ることもできます。また、あの村上隆さんもジョージ・ダイアーへオマージュを捧げる作品を制作しています)。ジョージの自殺は、フランシスにとって二度目の恋人の死(しかもより悲劇的な)であり、彼はきっと自身の運命を呪い、途轍もなく打ちひしがれたことでしょう。しかし、その後も彼は、恋をあきらめませんでした。
 65歳のとき(1974年)、フランシスはジョン・エドワーズ(写真右)という青年に会いました。フランシスもこの頃にはすっかり穏やかになっており、ジョンにはまるで父親のように接していたといいます。「エドワーズは天性のかわいらしさとあたたかな心情の持ち主で、ベーコンを尊敬していた」とマーティン・ハリソンは語っています。「しかし、彼は無意味には堪えられなかった。ベーコンが毒舌を発しはじめると彼は『消えるよ』と言って立ち去った。そこがダイアーと違うところだった」。ちなみに、ジョン・エドワーズにはもともと長いつきあいのパートナーがいたそうです。
 79歳のとき(1988年)、フランシスはスペインのハンサムな青年、ホセ・カペッロ(右写真のいちばん左)に出会い、夢中になりました。83歳のとき(1992年)、医師に止められたにも関わらず、フランシスはホセに会うためにマドリッドに出かけて行き、そこで急激に体調を崩し、亡くなりました。ベーコンの遺産は実の子同然に面倒を見ていたジョン・エドワーズに譲られました。

 美術館で配布されていた解説にも書かれていますが、英国でソドミー法(同性間の性交渉を禁じる法律)が撤廃されたのは、1967年でした(1952年、アラン・チューリングがこの法によって逮捕され、悲惨な末路をたどりました)。ジョージ・ダイアーと出会ったのが1964年ですから、(『愛の悪魔』にも登場するような、妻帯して決してセクシュアリティのことは表沙汰にはしない人がほとんどだった時代に)ベーコンが堂々と恋人を作り、恋人といっしょに出かけ、ゲイとして生きたというのは、勇気の要ることでした。

 マーティン・ハリソンは「彼は子どもの頃からゲイだと知っていたし、それを隠そうとしなかった。が、それを苦難だと認め、耐えなければいけない何かだとも感じていた。彼はいかがわしさを愛していたにも関わらず、たいへん礼儀正しかった。泥酔した時でさえ、紳士的な物腰を崩さなかったし、高級さと低俗さの両方を気軽に楽しんでいた」と語っています。
 ハリソンによると、フランシスの恋人たちは、四六時中いっしょにいることは許されず、近くに住まいを与えられ、呼ばれたときに彼の家に来たそうです。フランシスは「恋人たちの甘いささやき」を嫌悪し、セックスだけを好みました。「つまるところ、彼は一匹狼だった」

 1975年までにフランシスは何度もパリに通うようになり、マレ地区にアトリエを構えましたが、そこでオーストラリアの歴史家エディ・バターシュとラインハルト・ハッセルトというゲイカップル(写真右)と知り合い、二人はフランシスのよき友人となりました。
「よくいっしょにギャラリーをめぐり、絵画や彫刻を見た。彼はルーブルの古代エジプトのアートを愛した。よく深夜まで語ったよ」
 二人は、ベーコンを、クラブやカジノに入り浸る生活から救いました。 
 バターシュは「フランシスは理想のパートナーをずっと探し求めていた。『私の理想はフットボール選手のような肉体で、ニーチェのような精神をもった男だ』ってね。彼は自分より精神的にも肉体的にも強くて、彼を完全に服従させるご主人様を欲していたんだ」と語っています。しかしフランシスは、とうとうそんな男とは出会えませんでした。「フランシスはただ肉体的に服従できるような関係を求めていた。でもいつも彼は、心理的には相手を支配していたんだ」「彼は真実の愛などというものの存在は信じていなかった。ただ性欲があるだけだ。フランシスにとっては、二人の人間が毎日いっしょにいて、愛に満ちた、おたがいのために喜んで自分を捧げるような永続的な関係を築けるなんて、信じられなかったんだ」

(参照:日経新聞「『フランシス・ベーコン展』技法と人物像から探るベーコン絵画の秘密」The Sydney Morning Herald「Dark night of the soul」、ART GALLEERY NSW「More about Bacon」


映画『愛の悪魔』

 フランシス・ベーコンの伝記映画というよりは、あまりクローズアップされてこなかったジョージ・ダイアーの気持ちにも寄り添い、二人の関係性が丁寧に描かれた作品になっています。
 DVDの特典映像としてジョン・メイバリー監督らのインタビューが収録されていて、その中で監督が「僕も以前、画家でドラッグ中毒だった彼氏を亡くした経験があって」と語っていますが、映像的にも(随所にベーコン作品からの引用が見てとれます)内容的にも、監督のこだわり、思い入れが感じられます。

 ベーコンのマネージャーであったイザベラが「あなたがジョージを描いた作品には、一筆ごとに優しさがにじみ出てる。まるで愛の詩のようだわ」と語りかけるシーンがとても印象的でした。フランシスがジョージをパリに連れて行くと聞いて、手遅れになる前にクスリと酒でボロボロになっているジョージをリハビリ施設に入れようと説得するのです。 

 主役のベーコンを演じている(そっくり!と評判になった)のが、デレク・ジャコビというベテランの俳優ですが、彼はオープンリー・ゲイで、リチャード・クリフォードという俳優と2006年に結婚(イギリスなのでシビル婚)しています。
 また、フランシスが一目惚れしてしまうのも無理はないジョージの肉体的な魅力を「一糸まとわず」表現しているのが、今は6代目ジェームズ・ボンドとなったダニエル・クレイグです。この映画はダニエル・クレイグが世界的に有名になるきっかけとなった作品なのです。
 それから、監督のジョン・メイバリーは伝説のゲイの映像作家、デレク・ジャーマンのもとで映像を学んだ方で(『ラスト・オブ・イングランド』などで編集を担当)、シンニード・オコナーの『NOTHING COMPARES 2 U』のPVも監督(MTVアワードで最優秀ビデオ賞を獲得)、1994年の映画『リメンバランス~記憶の高速スキャン』は、ベルリン国際映画祭でテディ賞審査員特別賞を受賞しています。
 坂本龍一氏が音楽を担当しているのもスゴイと話題になりました(しかも、ベーコンを愛しているからと、無償で引き受けてくださったとか)

愛の悪魔』Love is the Devil
1998/英・日/監督:ジョン・メイバリー/音楽:坂本龍一/出演:デレク・ジャコビ、ダニエル・クレイグ、ティルダ・スウィントンほか


フランシス・ベーコン展

 現在開催されているフランシス・ベーコン初の大規模な展覧会では、身体がテーマとして掲げられ、ジョージ・ダイアーはもちろん、フランスの友人の絵、闘牛士の絵など、男性の裸体を描いた作品もたくさん展示されています。

 イザベルが「愛の詩」と語ったように、ジョージ・ダイアーを描いた絵には、他の作品のような恐怖や衝撃はあまり感じられず、抽象画テイストの肖像画といった趣になっています(右)。また、今回展示されている「Three Figures and Portrait(1975)」からは、その死を悼む感情が伝わってくるように感じます。
 そして、ジョージの次の恋人、ジョン・エドワーズを描いた作品(トップ画像)などは、他の作品に比べてはるかにリアルで明るい雰囲気の作品になっているのが印象的でした(ホックニーかと思うくらいの爽やかさでした)
 また、亡くなる3ヵ月前に描かれた「Triptych(1991)」(右)は、右側に自画像、左側に(明言はされていませんが)最後の恋人ホセ・カペッロ、そして真ん中に肉体が絡み合っているような絵、という構成になっています。
 
 予備知識なしにベーコンの絵を初めて観る方は、面食らったり、驚いたり、拒絶反応を起こしたりするかもしれません…が、ここでご紹介してきたようなフランシスという一人のゲイの生き様を知ったうえで作品を見渡してみると、きっと、より興味深く、充実した鑑賞体験が得られるのではないかと思います。

フランシス・ベーコン展
会期:~5月26日(日)
会場:東京都 竹橋 東京国立近代美術館
時間:10:00~17:00、金曜日は20:00まで(入館は閉館時刻の30分前まで)
休館日:月曜日(ただし4月1日、4月8日、4月29日、5月6日は開館)、5月7日
料金:当日 一般1,500円、大学生1,100円、高校生700円/前売 一般1,300円、大学生900円、高校生500円
 

『芸術新潮』のベーコン特集

 最後におまけ情報を。
 現在発売中の『芸術新潮』4月号で「20世紀美術のカリスマ フランシス・ベーコンを解剖する」という特集を組んでいます。今回のベーコン展のキュレーターである保坂健二朗さんが、茂木健一郎さんや鈴木理策さんら、さまざまな著名人と対談しているのですが、なかでも都築響一さんとの対談が「ゲイ そこを隠さずに話そう」というもので、非常に読み応えがありました。ベーコンが亡くなった後、遺産相続人であるジョン・エドワーズを差し置いてギャラリーが作品を持って行こうとした(要はエドワーズは「労働者ふぜいが」とナメられていた)そうなのですが、アート界のゲイの方たちが団結し、裁判を起こしてベーコンの絵を(エドワーズを)守ったというエピソードなどは感動的でした。また、「ベーコンはギリシア彫刻みたいな美青年よりもちょっと体がタプンとした男が好きだったんだよね」みたいな話も「わかる〜」って感じで面白かったです。ぜひ読んでみてください。